リンファとの昔を振り返る穏やかな1日と、激しい夜を過ごした翌翌日、シンカは自室で楽器の調子を確認していた。


シンカは元々器用な質であった為、興味本位で手に取った六弦琴を見様見真似で触っているうちに上達していったのだった。


1人で旅をして、行き着いた街の酒場で吟遊詩人に楽器を借りて演奏して金を得たこともある。


楽器を弾いていれば息遣いと指使いに集中し、嫌な事を忘れられた。


どこかの下品なおやじとまっすぐ歩けなくなるまで酒を飲み、この指と唇さえあれば楽器と女を演奏するのは三擦り半、などと巫山戯た発言をした後、2人仲良く財布をすられて薄汚い路地裏で吐瀉物に塗れて目覚めた事もある。


退廃的な日々だった。


以来、シンカは楽器を好み続け、ナウラとヴィダードと心を繋いでからは各地に伝わる音楽を集めたりもしていた。


今日シンカはヴィダードと過ごす。

前日に何をしたいか確認した時、ヴィダードはシンカの演奏で唄を歌いたいと告げたのだった。


イーヴァルンの民は伴侶と2人で歌を歌うのが最も情緒的な逢引き方法なのだと言う。


ヴィダードはシンカと共に居る事や触れ合う事については貪欲だが、それ以外の我儘は殆ど主張しない。


それは7年もの間シンカを文字通り這いずり回って探していた事による心的外傷なのかも知れない。


恐る恐るシンカと共に歌を歌いたいと告げ、シンカが了承すると嬉しそうに、恥ずかしそうに歯に噛み微笑む表情は、儚げな容姿と相まって心臓を握られたかと思う程に魅力的であった。


見ていたナウラが驚愕し、素人でも変化が分かる程に目を見開いてあんぐりと口を開けて凝視する程だった。


朝食を食べた後、弦の音程を整えているとしずしずとヴィダードがシンカの部屋に現れた。


ヴィダードは髪を結いあげて、遅咲きの赤い梅の花を髪に散りばめ、瞳と同じ色の長尺の民族衣装を着込んでいた。

薄い空色の服はヴィダードの白い肌が際立ち、シンカには芸術品の様に感じられた。


「お前は本当に綺麗だな」


楽器を置いて立ち上がるとヴィダードの手を取り引いた。

彼女は部屋に入ってから片時もシンカから視線を逸らさなかったが、迎え入れて抱き締めると肩に額を擦り付け、彼女なりの愛情表現をしてくれた。


楽器を手に取り2人連れ立って家を出る。

ヴィダードは暫く何も話さなかった。

シンカはヴィダードの手を握り長い階段を降りて行く。


「……どうした?具合でも悪いか?」


ヴィダードは吸い込まれてしまいそうな瞳をシンカに固定したまま恐る恐ると言う様子で口を開く。


「…あ、あなた様ぁ?わたくし、幸せ過ぎて死んでしまいそう」


シンカは呆れた。そして僅かばかりの後悔が心中に渦巻く。


「何を生娘の様な事を。生娘どころかお前は人妻だぞ。して欲しい事があれば言えばいい」


ヴィダードはシンカに逢引きしたいと伝える事ができなかったのだろうか?

そうだとすれば、それはシンカが作り上げてしまったものだ。

手を繋いで外に出かける事も出来なかったのだろうか。


「…そうなのよねぇ。でもぉ、一緒にいると他の事がどうでも良くなってしまうのよねぇ」


ヴィダードのその性が彼女の個人的な資質なのか、精霊の民としての資質なのかは分からない。

ナウラと違いが生じた原因は7年放浪した結果なのかもしれないが、シンカの予測ではヴィダード本来の気質だろう。


イーヴァルンの里からしつこくつけ狙われたことを忘れてはならない。


長い階段を降りて林へと向かう。

ヴィダードはシンカの右腕を取って腕を組み、歩調を合わせて張り付くように歩いていた。


朝の早い日差しは白山脈の頂に遮られて見えないが、それでもヴィダードの白い肌と麦穂色の柔らかそうな髪は朝の光の中で輝いて見えた。


まだ若葉も萌えていない枝に葉の蕾が付いた林の中を歩いていく。

雪はまだ残り難い音を立てて二人の靴に潰されていた。


ヴィダードと連れ立って進んでいく。

途中小川の表面を凍らせて渡り、里の北側を目指した。


里の外れに着く。

林から出るとそこから北の海を遠くに見ることが出来た。

海は朝日に輝き光を散らしていた。


ヴィダードが手を擦る。


「ヴィー、もう体が冷えたのか」


「そ、そんな事ないわぁ」


ヴィダードの唇は紫色で歯の根が合っていなかった。

シンカは腰にぶら下げていた石の水筒を取り出す。

内側の熱を逃しにくい材質の鉱石を使っており、中に詰めた茶はまだ熱いほどだ。


蓋を開けてヴィダードに渡すと彼女は両手で餌を頬張る栗鼠のように水筒を持ち、中身をちびちびと呷った。


「甘くて美味しいわぁ」


要椿の赤茶に牛の乳を入れて煮立てたものに砂糖を混ぜている。


これは古のテュテュリス人の飲み方で、彼等が大陸中央に侵攻した際に各地に伝わった飲み方だ。


牧畜を行わないイーヴァルンの民であるヴィダードが、シンカと旅をするようになって好きになったものの一つだった。


水筒の蓋を閉めた彼女から水筒を受け取る。

僅かに触れた手が冷たく、シンカはその手を取って自分の掌で包み込んだ。


ヴィダードは吸い込まれそうな瞳をシンカに向けつつ口元を綻ばせた。

シンカはそっと顔を寄せ、ヴィダードの薄い唇を吸った。

僅かに紅茶の香りと牛の乳の風味、それと甘さを感じ取ることができた。


少ししてヴィダードの身体が温まるとシンカは楽器を持ち出して音程の調節を始めた。

部屋の中では合っていた音程だが、外の寒さで本体と弦が縮んでずれていた。


シンカが軽く弦を鳴らすとヴィダードは合わせて声を出して喉の調子を確認した。

ヴィダードの口から声が出るのに合わせて湯気が立ち上る。


歌い出しはヴィダードから。



想い人の胸熱く、私もつられ

吐き出す息は熱く、耳をかする

同じ道辿り、腕が擦れ、貴方を感じ

二人抱き合い、鼓動を受け、貴方を感じる

流す涙を拭って

触れる指先を、掴んで

揺れる枝葉を見上げて

二人肩を寄せ合い


想い人の背は高く、私は見上げ

腕を引き向き合って、顔を埋める

褥共にし、髪の匂い嗅ぎ、貴方を感じ

卓に向き合い、顔を見つめ、貴方を感じる

肌を撫でる指触って

髪を漉く仕草を、覚えて

激しく抱いて

連れて行って


またきっと出会い、貴方と導かれ、私は還る

あの白い山と麓の川のように、ずっと隣にいる


繋ぐ手の熱伝って

隣歩く音、耳にして

心の鼓動を読み取って

双樹のようにいつまでも


私は貴方の隣にいる

温もりは全部私のもの

私は貴方と手を繋ぐ

声も息も私のもの


抱いて…


シンカの伴奏に併せてヴィダードは歌う。

歌いながら彼女の瞳はじっとシンカを捉えて離さなかった。


イーヴァルンの導かれた女が歌う恋歌だ。

彼女らの想いの強さが籠った歌だ。


それは人の身には重過ぎる愛なのかもしれない。

家庭や女に縛られる事を嫌う男は多い。女を愛して尚。


しかしシンカは昔リンファに傷付けられた反動からか、縛られる事を心地よくすら感じる嫌いがある。


しかしそれも自分。今では嫌いではない。


来世も隣にいると違う歌。

ヴィダード自身もそのつもりでシンカに想いを伝えようとこの歌を選んだのだろう。


それはシンカにとっては嬉しく感じられたのだった。

歌が終わりヴィダードは伴奏が続く限り即興的に歌いスキャット続けた。


透き通り伸びやかな声が旋律に合わせて紡がれる。

伴奏出来ることが光栄な程の歌声だった。


澄んだ冬明けの空だ。ヴィダードの澄んだ声は北の海まで届くのではないか。

シンカは弦を弾きながらそんな想像をした。


浜を歩いている人間がふと彼女の透き通る声を耳に留めたらどう思うのだろうと想像する。

自分だったら春の精霊が小春日和を喜んで思わず歌を口ずさんだのではと思うだろう。


「……ちょっと休憩ねぇ」


ヴィダードは足元に置かれた水筒を取り一口含む。

一曲歌って体温が上がったのか頬が僅かに赤らんでいた。

いや、楽しかったのだろう。嬉しくて頬を赤らめたのだろう。


シンカは余韻を楽しもうと黙って手慰み程度に知った曲の旋律を弾いていた。

ヴィダードはそんなシンカの様子をいつもの様にじっと見つめていた。


苦しい。

その無垢な瞳を裏切るのが苦しい。


彼女は自分以外何もいらないというのに他に何も与えられず自分は森の深くに足を踏み入れようとしている。

自分がいなくなれば彼女は残りの生を狂って過ごすのだろう。


リンファにも帰ってくると告げた。

だが確証はないのだ。


ずっと隣にいてやりたい。いや、自分が自分の意思で隣にいたい。


だがやはりシンカには自信が無かった。

生きて帰る自信が無かった。


鬼羆を倒した時だって一歩間違えれば死んでいた。いや、あれは奇跡的に助かったに過ぎない。運が良かっただけだ。


次に同じ幸運があるとは思えない。


何時だって命を賭して死と隣り合わせだった。

何かに導かれるように。


何時だって何かを失う恐怖、死ぬ恐怖と戦ってきた。

必死に恐怖を塗り潰し、己を奮い立たせて剣を振り、経を練ってきた。


ヴィダードの顔を見つめる。

分かっている事だ。しかし何度も自分に言い聞かせる必要があった。


この女を死なせたくないのだ。

妻達を、生まれたばかりの子供を。

両親を、弟妹達を。

里の皆を。


彼等が1人でも多く生き延びられるなら自分1人の命をかける価値がある。

夢の中のシンカは1人で里に背を向け、森の暗がりに消えていった。

そうする必要があるのだ。

あれは御告げなのだ。


「もうすぐ綺麗な若葉が芽吹くわねぇ」


「…うん。色々あった。色々変わった。しかしこの摂理だけは変わらんな」


「ねえ、今度の旅はどうしてついて行っては駄目なのぉ?」


ヴィダードはシンカに近寄り岩に腰掛けるシンカの肩をそっと撫でた。


「乳飲児を抱えるリンファと妊娠しているカヤテがいる。家を守って欲しい」


「でもぉ、ナウラがいるでしょぉ?」


さりげなくユタを数に入れないヴィダード。彼女にもユタがあまり役に立たない認識があるという事だ。

同族である。


「お前は俺の妻だろう?人間の妻は亭主が留守の間、家を守るものだ。ヴィーは俺の妻だろう?」


「そうよお!」


ヴィダードは嬉しそうに笑って踊るように尻を振った。


罪悪感が生まれる。

こう言えばヴィダードは我が儘を言わず家に居てくれるだろうと踏んで発言した。


もしシンカが敗れて死ぬとしたら、彼女の幸せは家で帰らぬ夫を待ち続ける事ではない。

隣で一緒に死ぬ事だ。


それくらい付き合いの長いシンカは分かっている。

これは自己満足だ。

もう倒れて血の気が引いていくヴィダードの顔など見たくないのだ。


弦を弾きながら考え込むヴィダードがシンカの袖を引く。

次の曲だ。

ヴィダードは一緒に歌える歌がいいと主張した。

2人で相談し曲を決める。

コブシの西方で人気のある曲だ。

シンカが演奏を始める。


静かな夜 ふと目が覚めて

声を思い出す

寒い夜に 身を縮めて

温もり想像する


明日になったら 明日になったら 明日になったら


抱きしめ別れ背を向け歩く

離れる香り離れ行く足音

抱きしめ別れ手を振り歩く

伸びる夕日、伸びる人影


二人寄り添い 話した木陰に

また花が咲いている

二人掛けて 遊んだ野原

また草が生えしきる


どこにいるの 帰って来て 夢では会えるのに


抱きしめ別れ 背に手を伸ばす

薄れる記憶 滲んでいく面影

抱きしめ別れ 背に呼び掛ける

夢を見た 貴方の夢を見た


抱きしめ別れ 名を呼び叫ぶ

触れ得ぬ身体 届き得ぬ呼び声

指折り数え 帰りを待ち続ける

夢を見た 貴方の夢を見た

貴方は何処で彷徨っているの? あの北の森で?


シンカが低音で、ヴィダードが高音で歌う。

混声だ。


この歌は戦に向い帰らない夫の帰りを待つ妻の歌だ。

幼い頃から共に育った幼馴染の夫が戦争に駆り出され、帰らぬ夫を待ち、見送った日の事を思い返し続ける。


常に戦争に巻き込まれ、或いは魍魎に命を奪われる大陸中でこのような歌は歌われている。


ヴィダードの澄んだ声とシンカの低音、それに伴奏が絡まり切ない曲を奏であげた。


歌うヴィダードは楽しそうに身体を揺すり、手振りで感情を歌に込めていた。


「楽しいわぁ。貴方様ももっと歌を覚えて、もっと一緒に歌えればいいのに」


「俺は歌はあまり上手くない」


「練習が恥ずかしいだけでしょぉ?練習すれば器用なのだからぁ、すぐ上手になるわぁ」


ヴィダードはその後三曲をシンカの伴奏で歌い、ナウラに用意してもらった昼食を取った。


「あっ!」


ヴィダードが握り飯の一つに噛み付いて声をあげる。

白米の中からヴィダードが嫌いな青鞘豆が転がり出て来た。


ナウラのちょっかいだろう。

顔を顰めるヴィダードからそれを受け取り、自分が手に持っていた焼き鮭のほぐし身の握り飯を渡した。


シンカにとってはどうと言うこともないやり取りだったが、ヴィダードは嬉しそうにシンカの顔を見詰めながらそれを小さな口で頬張った。


昼飯を食べ終えるとまた数曲歌を歌う。


恋歌、悲恋歌さまざまだ。

しかしその歌詞はどれも伴侶を求めるもの。


彼女がシンカの心中を理解し、意図を持って選曲しているのかは分からない。

聞くことも出来ない。


歌の様にシンカが帰ってこなければ、ヴィダードもずっと歌詞の様に寂しさを引き摺るのだろう。


帰らなければならないのだ。


歌い疲れると北西の海を眺めたり、東の白い峰を眺めて2人で過ごした。


ヴィダードは雪の間から顔を覗かせる蕗の薹を見つけてちょこんと頭に乗った雪を指で払い、小さな木の烏鷺の中でまるまった爬をシンカに見せる。


樹々の枝には既に雪は無く、しかし踏み荒らされていない残り雪に照らされて静かな林の中での逢瀬を楽しんだ。


隣を歩くヴィダードの腰に手を回し抱き寄せる。

ヴィダードは逆らわずシンカに近寄り2人の下腹が衣類越しに抱き合わされた。

ヴィダードは顎を上げてシンカを見つめる。瞬きもせず、直向きに。


シンカは彼女の唇に口付けを落とす。

ヴィダードの両手がシンカの頭に回された。


ヴィダードは接吻の時も目を閉じない。吸い込まれそうな空色の瞳が一寸未満の距離で輝いていた。

その瞳にはシンカの焦げ茶の瞳が映り込んでいた。


風が吹けば足元の雪と一緒に風花となって吹き散ってしまいそうな儚いヴィダードを、シンカは離さぬ様に強く抱きしめた。


この行為は彼女達の為のものではない。


シンカが必ず災厄を止める為、力を蓄える為のものだ。


ヴィダードが吹き散ってしまわないように。


嘗て見た青褪めて命を溢していく彼女の姿を再現しない様に。

その愛しさを耳に、鼻に、目に、肌に記憶させる為のものだ。

どんなに辛くとも、耐え切るために。


「…ヴィー……」


「はあい」


口を離し、至近距離から目を見つめる。

ヴィダードは涼やかな透き通る声で返事をする。

しかし相変わらず声は清らかでもねっとりと絡みつくような話し方だ。


それも今や彼女を構成する一部分でしかない。

それも含めて愛おしいのだった。


「はじめて出会った時は、この様に抱き合う等と考えた事はなかったな」


「……そうねぇ。ヴィーの人生に失敗が有るとすれば、それは直ぐに貴方様に導かれなかった事よねぇ」


それ以外に失敗は無いらしい。

確かにヴィダードは一見分かりにくいが器用だし頭も良い。


努力もできるし才能もある。


興味を持てるものに対してなら何をやっても一角の人物になれるだろう。


「お前から伸びる冷たい経。今でも思い出せる」


「そんな…いやねぇ…」


恥じらい出す。その感情の移ろいを理解できない。


「不思議なものだ。それが今では…な」


「私達精霊の民は経には敏感だからぁ…覚えているわぁ。助けてもらった時、貴方様の経に包まれてぇ…すごく心地よかったの」


そうか、と内心閃く。

お導きとはいったい何か。

シンカは著書にもその結論を記すことが出来なかった。


生涯の伴侶を定めるお導き。

その特性は人間であるシンカには理解し難かった。


伴侶以外が触れると石になる人間とは異なる特異性の原理究明は難しい。


しかし何を持ってして導かれるのか、その一端が唐突にぼんやりと理解する事ができたのだった。


イーヴァルンの民とエンディラの民は精霊の民の中でも特に経に敏感な種族だ。


人には相性がある。身体の相性、性格の相性。

匂いが好きな相手、見た目が好きな相手、性格が好きな相手等様々な相性がある。


そこに経の相性があってもなんら不思議はない。


一般人は経等感知出来ないが、好意の裏側にそれを感知していてもおかしくは無いだろう。


それが精霊の民であれば。


精霊の民はある日突然互いに導かれると言う。

交流が無くとも、以前から顔見知りだろうと、ある時顔を合わせた瞬間導かれる。


ヴィダードはシンカの経を心地よかったと言った。

ヴィダードを救った時、シンカは強い経を纏っていた。


ナウラが導かれたアゾクでも同じだ。

ヴィダードとナウラにとって、シンカの経は相性の良いものだったのだろう。


しかし、それだけでは片付ける事は出来ない。

どの様な生き物でも異性に何か優れたものを求める。


それは美しさだったり、強さだったりする。


人の男が女の乳房や尻を好むのも強い母性を求める一貫である。

強い子を孕み育てる能力をそこに見ているのだ。


ヴィダードとナウラはシンカの常人よりも濃く量の多い経に生物としての優位性を見出したのだろう。


それに加えて極限の状況で救われたことに対する心理的な好意も合わさったに違いない。


経を強く感じ取れるが故にシンカの経を自身の伴侶たるものと脳が、身体が判断したのだろう。


シンカは笑う。

簡単な事だったのだ。


彼女らの突然の好意を訝しみ戸惑った事を思い出す。

なんと単純な事だろう。人間と判断基準が異なるだけで理解できないものではなかった。


すっきりとした気分でシンカはヴィダードの頭を撫でた。

細く繊細で柔らかい麦穂色の髪が手に心地よかった。


気持ちよさそうに目を細め、シンカの肩に顔を埋めた。

華奢だが背の高いヴィダードの頭はシンカの目線にまで届く。

頭髪に鼻を埋めると朝の森の中の様な清浄な匂いが微かに香る。


静かな逢瀬を終えて自宅へ帰る。楽しいひと時だった。

ヴィダードとここまで穏やかに楽しくひと時を過ごすなど、本当に数年前の自分には想像が付かないだろう。

奇妙な縁だ。


そうしてシンカはヴィダードを連れて自室に戻り、彼女の華奢な身体から衣服を剥ぎ取る。


あまりにも白く、雪の様に溶けて無くなりはしないかと考えてしまう彼女の肌を傷つけない様に丁寧に扱いながら。


寝台に押し倒し、接吻を繰り返す。

ヴィダードは必死にそれに応える。


そうしながらシンカは強く彼女を見つめる。


腕の中の彼女を失わずに済む様に、その顔を記憶に刻みつける。


匂いも声も顔も。どんな時も決して忘れる事がない様に。


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