自覚


標高の高い森渡りの里に訪れた短い夏が終わり山々は一斉に紅葉を始める。


シン家の前の紅葉は鮮やかに美しく色付きはじめ、森渡り達は冬籠りの支度を始める。


冬上月に入り早朝は厚手の上着を着なければ凍えるほどである。


シンカは背中に麦穂色の髪の女を貼り付けたまま家を出て朝の里を眺めていた。


吐き出す息が僅かに白い。

欠伸の口元を手で覆い涙を滲ませる。洗ったばかりの顔が冷風に吹かれて冷たく感じた。


里の景色は最早ここで激しい戦闘があった事など一目では気付けない程度に修復され、すっかりとその美しい姿を取り戻していた。


しかし人々の顔には今尚確かに悲しみがひっとそりと息付き、何処か重苦しい空気を里に纏わせていた。


鮮やかに色付いた秋の山とその中に静かに隠れ潜む里の姿をシンカは目を細めて眺めていた。


秋の山中の清涼な匂いと早朝に囀る小鳥の声憂鬱な気分を拭い去っていく。


背中に張り付いたまま首元や耳の裏の匂いを頻りに嗅ぐヴィダードの鼻を肩越しに摘むとシンカは家の中に戻った。


厨房に立ち火を入れる。

漸くヴィダードが背中から離れ2人で朝食の支度を始めた。


白丸米を研いで鍋に入れて水を張り炊き始める。ナウラが漬けていた根菜と瓜の漬物を取り出して調理刀で親指の先程の大きさで切り分けた。


この糠床はナウラがリクファに分けて貰ったもので大切に育てていた。


ヴィダードはナウラ産の漬物が好きで、在庫が少なくなるといつもナウラをせっついて漬けさせていた。


代わりにヴィダードはカヤテと連れ立って川に赴き、山女魚や岩魚を取って調理をする。ナウラはヴィダードの魚料理を好んでいた。

よく味の濃さで口論をしているが。


この日もヴィダードは前日にカヤテを引き連れて川に赴き、人数分の山女魚を行法で仕留めて内臓を取り出して保管していたものを塩焼きにしている。


シンカは手早く湯を沸かし、干した椎茸と葱の汁物を作る。


淡い良い匂いに釣られて我が家の餓狼が2人、夢遊病患者の様に現れる。


掠れた声で朝の挨拶をする2人に此方も挨拶をする。


目脂を擦りながら早くも食卓に着く2人に顔を洗う様に告げて朝食の支度を終わらせた。


食事の配膳を3人に任せるとシンカは残る2人の元へと向かった。

カヤテの部屋の前に立つととを拳で叩く。


「…起きている」


返事を聞いてシンカは戸を開いた。

嘗て凛々しかった女騎士はゆったりした部屋着で寝台に腰掛けていた。


木綿製の砂色の服に艶やかな黒髪が流れている。

窓から差し込む朝日が豊かな黒髪を輝かせていた。


「調子は?」


尋ねる。


「矢張り経の流れに違和感があるな。だが具合が悪いという事はない」


カヤテは妊娠していた。既に妊娠5ヶ月目。腹が膨らみ始めた所だった。


妊娠した時期は山渡りの報復を終えて里に帰ったあたりだろう。


里に帰ったシンカは妻達を激しく抱いた。

荒ぶり、時には鬱々とした気持ちをぶつけた。


その内の一つでカヤテは孕んだのだった。


人の妻となり家庭を得て、子供まで授かるとは。考えたこともなかったが嬉しいものだ。


カヤテは妊娠が分かるとそう言葉にした。


グレンデル一族の当主は公爵位を得ている。

つまり降嫁した王族を過去の当主が娶っていると言うことだ。


当然、カヤテの血にも薄いが王族の血が流れているということだ。


シンカは己の子供にクサビナ王族フレスヴェル一族の血が流れる事に始めは戦慄したが、よくよく考えてみればシンカ自身太古の滅びた王朝の王族である。と考えて思考を停止させた。


先祖が誰か、血筋が何処か等、生まれてくる子供は勿論、シンカにとっても何の関係もない。


愛する女が自分の種で子を孕んだのだった。

これほど嬉しい事はない。


リンファの時もそうであったが、自分の女を自分で孕ませたという事実は、彼女の全てを手に入れたという気分になる。


妻に対する所有欲や承認欲求、自己顕示欲や存在意義の追求の最上級に位置する行為だった。


勿論彼女らを大切にしなければ皆自分の元を離れて行くだろう。人は誰かの物ではない。皆が自由だ。


しかし裸身を曝け出して抱き合い、口付けを交わし、そして子を孕むという事は相手に全てを明け渡していないと出来ることではない。


幸せな事だとシンカは感じていた。


カヤテは安定期に入り父親に対して手紙を送った。

森鶫のヤカの脚に文の筒を結え着けて送り出していた。


グレンデル一族の文化は知らないが、シンカはカヤテから生まれる子を手放すつもりはない。自分の手元でしっかりと生きる術をたたき込み、広い視野を持たせる。


真っ当な人間性を子供が培う為には可能な限り二親の元で育て、愛情を注ぎ込むべきなのだ。

カヤテに朝の口付けをすると彼女のの手を取って立たせる。


カヤテを居間に送り出すと今度はリンファの部屋に向かう。


再び扉を叩くと中から返事があった。

扉を開けてリンファの部屋に入ると彼女は化粧台で眉を整えていた。


「おはよう。もう終わるわよ」


最後に唇に保湿をしつつ色を着ける軟膏を塗るとゆっくりと立ち上がる。

ゆったりとした長衣を着てはいてもその腹は目立つ。


リンファは後二月で出産する。


シンカはリンファに近寄る。

リンファはシンカの首に両腕を絡ませ接吻した。

リンファは妊娠をしても変わらない。


いつも薄くとも化粧をし、肌の手入れもかかさずシンカの前では常によく見られようと努力をしている。


無駄な努力だと思う。


シンカは彼女の年々少しずつ深くなる目尻の皺を愛している。

結婚とはそういう物だ。


若い女を手元に置きたいならどこかの街で高い娼婦を買えばいい。


伴侶と共に経験を積み重ね、共に過ごした年月を皺や染みとして認識する。


リンファにはそれが分かっていない。


妊娠線を気にしてあたふたしているが、そんなものはどうでもいいのだ。

シンカにとってそれは己の子を孕んだ勲章でしか無い。

尊敬し、尊重こそすれど何かが減る事はない。


どうしても気になるなら出産後に指圧や身体や肌への整体や按摩をしてやればいい。

脂肪がつく事を気にするなら一緒に鍛錬をして身体を鍛え直せばいい。


しかしそう言ってもリンファは気にする。

妊娠中にも関わらずしなくても良い事までしようとする。


それは過去の出来事により付いてしまった心的外傷なのだろう。


こればかりはシンカには同情する事はできない。

2度と置いて行かれないように、捨てられないように自分に付加価値を付け、シンカに飽きられたり嫌われたりしない様に努力しているのだろう。


シンカとしてはそんな事で飽きるくらいならユタとはとっくに縁を切っていると言いたい。


何しろ奴の目脂を取ったり、食後口の端に付着した食べかすを取るのはほぼシンカの仕事である。


とはいえそれでリンファが納得するのならとシンカは最早放置していた。


リンファとの付き合いは長い。5歳から18歳までの13年間、内恋人として3年。

11年の間はあれど、再開してから既に2年が経つ。

15年間。

シンカの約半生を共にしているのだ。

彼女を置いて何処かに行くはずがない。


シンカは自分の持ち物に対する所有欲は強い。

リンファや他の妻達を自ら手放すなど、ありえないのだ。


そうして6人で朝食を取る。

皆より大人になり、慣れて落ち着きを持ち朝の食卓は静かになった。


当初はリンファをよく思っていなかったヴィダードも今では無関心へと心境も変じている。

受け入れたと言っていいだろう。


偶に一緒に家の前の植物に対して論議している所を見ると微笑ましい気分になる。


そんな朝の時間を最近は過ごしていた。



ここのところのシンカの生活は冬籠の準備で忙しなかったが、時間を見つけてはナウラとウルサンギア人に纏わる書の構成について話し合い、下書きを始めるなど充実していた。


段々と寒くなる天気の中で魍魎を狩り、捌いて塩漬けや燻製を作り、酒を作り、穀物を蓄える。


炭を焼き、魚類を干し研究所の構成を完成させた頃にちらちらと雪が降り始めていた。


ユタはふり始めた雪に喜んで駆け出して行き、里の子供達と雪合戦を始めた。


ヴィダードは相変わらずシンカにべたべたと張り付き、カヤテは運動不足を妊婦でも出来る鍛錬で補おうと苦戦していた。


ナウラは雪の間に読む本を日々書館に繰り出して吟味し、リンファは胎児に蹴られるて痛む腹に苦しんでいた。


「シンカ。あたしに子供何人産ませるつもり?…もういい。一人でいいから」


「あと19人頼む」


「ふざけんなっ!」


「安心しろ。旅をしている間に赤子を取り上げた経験は何度もある。薬師だからな」


「そう言う問題じゃないのよっ!」


そんなやりとりもあったが経過は良好であった。


「ナウラ。手を当てて薄く経を浸透させてみろ。あまり強く経を流すと胎児が驚いてしまう。薄くだ」


「はい」


「いや、あんた自分の嫁の腹で何学ばせてんのよ」


リンファの言葉は捨て置かれ、シンカとナウラがリンファの大きく膨らんだ腹に手を当てた。


「逆子になっている場合は水行法で正しい向きに変える。しかし胎児が成長し過ぎていると難しい。羊水への経の浸透は至難だ。必ず両手を当てて細心の注意を払う」


「私は水行法が使えません。出来るのは診察程度になりますね」


「ねえ、すごい変な気分なんだけど。なんか恥ずかしい」


「少し黙っていろリンファ。分娩を行える者を増やす事は大切な事だ」


「…えええ…あたしが怒られるの?」


「リンファ。シンカ様の子でもあるし、特別にヴィーも安産の祝福を授けるわぁ。感謝なさい」


ヴィダードは唐突に取り出した柊の枝でリンファの膨れた腹を軽く叩きながら歌を歌い出した。


「ちょっと!私の美しい肌に引っ掻き傷が!」


柊の葉の棘によりうっすらとついた引っ掻き傷にリンファが文句をつける。


「安心しなさいな。酒で清めてあります」


淡い小さな白い花が粉雪のように舞い散った。


「では私も祝福を」


ナウラが傍から小さな壺を取り出し、中から白砂を取り出す。

それをリンファの臍上に盛り舞始めた。


「砂なんて!悪い蟲が付いたらどうするのよ!?」


「安心してください。焼き清めてあります」


ナウラは緩やかに踊りながら部屋に白砂を踊りながら落とし、模様を描き始めた。


「ねえ!これ誰が掃除するのよ!?」


散った酒や柊の花、砂を見てナウラが吠えた。


「出産までこのままにしてくださいこの砂が邪なる霊を防ぎますので」


「砂はいらないけどぉ、この花が悪霊を退けるのよぉ。これから寒くなる時期にこの花は病魔も防ぐの」


「ああもう!あんた達出て行きなさいよ!」


リンファは吠え散らかした。


「ねえねえ、何してるの?なんか楽しそう!」


ユタが現れてリンファの顳顬が痙攣した。


そんな日々を過ごし、雪が本格的に降り始めた頃、リンファの腹が胎児に蹴られる回数が格段に増え始めた。


そして冬下月の中頃、到頭リンファは破水した。

食後に2人で他愛の無い雑談をしている最中、唐突に大きな破裂音が聞こえたと思うとリンファが大量のお漏らしを始めたのだ。


「キキキキキッキッ、キキッ、キッ」


直ぐに合図を発した。


どやどやと現れた4人の妻達にシンカは向き直る。


「よし、始めるぞー」


「ちょっと!真剣味が足りないわよ!」


怒鳴るリンファを尻目にシンカは指示を開始する。


「カヤテは自室待機。何かの際の伝言係とする。ナウラは急ぎ湯を沸かしヴィーと一緒に器具や布などの煮沸消毒を。ユタはリンファに屈伸運動をさせて円滑に出産できるよう身体を動かさせろ。……では、開始!」


「ほらリンファ、立って立って!陣痛が来るまで頑張るよ!」


ユタが小さな笛を取り出して口に咥えるとぴっぴぴっぴと調子良く吹き始めた。


残る3人は部屋を出て行く。


「はい!脚を肩幅に開いてー、しゃがんでー、お尻下げ過ぎ!背を伸ばしてっ!」


「何なの!?こんなのあたしが思い描いてた出産じゃない!」


「そこっ!無駄口叩かないの!今度は脚を前後に開いてー、前脚に重心をかけて沈むっ!そのまま姿勢保ってー、大腿直筋にきてる?大臀筋も刺激してっ!リンファ最近お尻おっきくなったから絞らないとっ!」


「うるさいわ!」


シンカは床の掃除を始めると大きな音が玄関から聞こえた。


「来たわよっ!やっとリンファの出産か。長かったわね」


「大丈夫ですか?陣痛はまだでしょうか?」


「初産が少し遅いから一応注意ね」


「村の入り口で朽ち果てるんじゃないかと思ってたけど」


「ちゅぽんと産んじゃいなさいよ」


どやどやと母達と妹達がやって来る。

リンファの部屋の扉を開き、屈伸運動をするリンファに目に止め、故を咥えて振り返るユタに目を止め、床に這いつくばって無表情で掃除をするシンカに目を止めた。


「慌てふためかれるのも嫌だけど、こんなに冷静にされるのも嫌だわ…」


リンコがぼそりと呟いた。


「ナウラとヴィーが湯を沸かしている。出産用の部屋の消毒を頼む」


「つまんないわねぇ。慌てふためくシンカを揶揄ってやろうと思ってたのに」


カイナがふざけたことを言う。

彼女達は何人も子を産んでいる。今更焦る事はない。


部屋や器具の消毒が終わるとリンファはその部屋に移された。


「お迎え棒しなくていいの?見ててあげるわよ?」


「親の前で?!馬鹿じゃないのっ!?」



再びカイナがふざけたことを言うが、恐らくそれはリンファの緊張を緩和するためなのだろう。

半分は。


「ほら、陣痛始まるまで体動かすよ!」


ユタが再び笛を咥える。


「はい、足開いてー、沈む!お尻に意識してー、はい、僕みたいな小尻目指して足伸ばす!」


「煩い煩い煩いっ!あんたらみんな出て行け!」


「俺もか?」


「シンカは居て」


慌ただしく準備が進められ1刻後、到頭リンファの本陣痛が始まった。


子宮が収縮し、胎児を排出しようとし始めたのだ。

リンファは激しい痛みに苦しみ始めた。


長い戦いの始まりだった。

シンカはリンファの手を握り苦しむ彼女を見つめた。


巷で母体や胎児が死亡してしまう理由の全てを排除した。


幾度も赤子を取り上げてきた。

それでもいざその時が来るとどうしても不安になってしまうのだった。


「シンカ…辛い…替わって…」


「それは無理だが安心しろ。お前の尻はでかいからな」


「あんたあたしが元気になったらおぼ、いたたた、痛い…」


「息んで糞を漏らすなよ」


「無理無理無理!」


「俺が肛門を指で押さえてやろうか?」


「殺すぅぅぅぅぅ!」


リンファは全身に汗を流し、額に髪の毛を張り付け、呻きを上げた。

長い時間彼女は痛みに苦しんだ。


お産の手伝いに来た家族達は1刻ごとに入れ替わっていたが、シンカはずっとリンファの手を握り彼女に声を掛け続けていた。


水を飲ませ、汗を拭い、そばに居続けた。


3刻経ってもリンファは陣痛に苦しみ続けていた。

リンファは破壊的な握力でシンカの手を握る。


シンカも自身の手に経を纏わりつかせて筋肉と骨を強化していたが、内出血は避けられず皮膚が黒ずんでいた。


日はとうに沈み、寒さが増すとナウラが口から溶岩を吐き出して部屋を温めた。


「そんなに痛いのか?!気が重くなるな…」


苦しむリンファを見てカヤテがやれやれと首を振った。


「ねえねえ、まだ出てこないの?笛吹いたら出てこないかな?」


「特別にもう一度安産祈願の歌を歌ってあげるわぁ」


ずいと身を乗り出したユタと柊の枝を振ろうとしたヴィダードは即行で部屋から追放された。


ナウラは初めての出産立ち会いに興味津々で、様子を伺いつつ甲斐甲斐しく手伝いをしていた。


そして更に1刻が経過した頃、リンファが猛烈に苦しみ出した。


到頭胎児が産道を通り始めたのだ。

シンカはリンファの枕元に移動すると両手を握った。

更なる力を発揮する握力に耐えつつ、リンファの名を呼び、励ました。


リンファの苦しみは凄まじいものだった。

その痛みの程がシンカにも分かるようだった。


きっとエシナで手足を断たれた時より痛むだろう。

絶叫を上げ、悶え苦しんだ。


知らず知らず、シンカは涙を流していた。

自分の妻が自分の子を産むために苦しんでいた。

シンカはリンファの枕元で両手を握りながら、身体を折って苦しむリンファに頬を寄せ彼女を励まし続けた。


その時間はとても長く感じた。

6半刻程だろうか。


「出たっ!」


クウルが赤むくれた肉塊を到頭取り上げたのだ。


センコウがすぐに鋏で臍の緒を切断するとクウルは仕留めた鶏のように赤子の足を持ってぶら下げ、背中を叩いた。


すると赤子はくしゃくしゃな顔で泣き始めたのだった。


「よくやった。リンファ。本当に良くやった」


「……なんであんたが泣いてんのよ…」


リンファは悪態を吐きながらもシンカの頬に自分の頬を擦り付けた。


リンファの汗がシンカにも付いたが、気にならなかった。


「シンカ。生湯に浸けてあげなさい」


その台詞は今までシンカが妊婦の亭主に告げていた言葉だった。

到頭、自分にその番が回ってきたのだ。


シンカはクウルから生まれたての赤子を受け取り、耳を塞いで湯につけた。


赤子は湯につけられるとすぐに泣き止み、太々しく身を任せていた。

男の子だ。


赤子を清めているとカヤテ達が部屋に駆け込んでくる。


「産まれたの?!抱っこさせて!」


ユタが騒ぐがシンカは赤子の体を拭くとリンファの元へ行き、息も絶え絶えな彼女に抱かせた。


「……あたしとあんたの子………。ねえ、見て?あんたに太々しい顔がそっくり」


「…俺に、似ているか?…お前に似た良い顔に産まれてほしかったが…」


「……だから、ごめんって。あたしあんたの顔好きなのよ。この子もあんたに似て欲しい」


リンファは疲れた表情で、しかし微笑みながら赤むくれた己のこの頭をそっと撫でた。


その赤子にはシンリと言う名が付けられた。

森の理、シンリ。


シンカには未だ父としての自覚は持てていなかった。

父とはなんなのか。ここに至っても答えが導き出せなかった。


しかし妻達と同じ様に、この子を何があっても守らなければと言う強い気持ちが、薪が燃え尽きても赤く燃え続ける炭火の様に胸中で熱く熱を持っていた。


シンカが差し出した指を握り、リンファの母乳を吸う赤子を見て、シンカはその気持ちを強く持った。


無垢で何も出来ない赤子を、何があっても守る。

或いはそれこそが父としての自覚なのかも知れなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る