目覚め



ベルガナ王国領ヴィティア地方スライのスライ城にて女王サルマは文官からの報告に耳を傾けていた。


「バリクリンデの西にて建造を進めております城塞都市バンジェルダンにつきまして、現在外壁の建造を完了、市街地の形成に移っております」


「メルセテの動きは?」


サルマの問いに対し今度は武官の1人が進み出る。


「セイドゥ勢に与する地方太守の動きを探っておりますが、今のところ動きはありませぬ。国王を擁立するシウレイ勢は北と南で同時に戦端を開いており此方に目を向ける余裕などない様子。南のケンゴウ勢の海路を用いた侵攻が懸念されますが、今の所はシウレイとの戦闘以外に何かを企んでいる様子はありませぬ」


「海路からの侵攻についても天海山北端に建設した監視塔、サンスリパン南の海上要塞、サンスリパン港の要塞があればケンゴウ勢単独の侵攻程度防ぐ事は容易でしょう」


別の武官が具申する。

サルマはその報告を聞き思案する。


「天海山と言えば。大規模な火災があったと報告が有りましたが。その後何か分かりましたか?」


サルマは尋ねる。

しかしその実サルマはそこで何が起こったか把握していた。


関わるべき内容では無い。


「いえ。村落の者達が何者なのかも分からないと報告が。モールイド人であるという事以外は何も。申し訳ございません」


「そう」


サルマは安堵していた。

生存者を発見したなどと報告が上がった日にはその処理にいらぬ神経を使う。


背後にて護衛を担うシルアも表面上何も変わりはない。


「クサビナ方面の報告を。先のクサビナとの同盟締結以降、クサビナでは我が国への野心を抱える様子は御座いません。クサビナ国内は内乱の影響により厭戦の傾向にあります。ケツァル周辺に領土を持つ貴族の多くが力を削がれ赤鋼軍は壊滅状態。今クサビナを攻めれば或いは」


「グレンデル一族の青鈴軍は健在。ましてや結んだばかりの約定を破棄すれば大陸諸国から後ろ指を指され、二度と他国と協調など取れなくなるでしょう」


此処まで2つの国を滅ぼして領土を広げている事に自信を持ち大言壮語を述べる武官は多い。


しかし現実は碌な武力を持たなかったヴィティアと森渡りに中枢を壊滅させられたラクサスを落としたに過ぎない。


恐らく青鈴軍と対峙すればベルガナは敗北するだろう。

そして敗北云々の前にこれ以上の国土は統治しきれないだろう。


サルマの目的は他国に搾取されない強い国家を作り上げる事だ。

何は統一されるであろうメルセテからの脅威に抗する術を今のうちにつけるのだ。


しかしそんなサルマの想いを理解できない者は多い。

今サルマがやるべき事は砦を築き、兵を鍛えさせ、武器を集める事。

そして森を切り開き土地を作り畑地を増やす。

民を豊かにする必要がある。


それにはまず、森渡りの逆鱗に触れぬ様嵐が過ぎ去るのを待つ事だ。


サルマは自嘲し僅かな笑みを浮かべる。

2国を併呑した大国の女王である自分が世には名の知れぬ薬師の一族に怯え、何の対策も取れていないのだから。




山渡りの粛清を終えた森渡りは波が引く様にベルガナから去り、様々な経路で里へと帰って行った。

シンカは2人の妻と親族含め数名と共にサウリィ、ムスクアナとベルガナが接するのイルヒ川沿の町、マランドンを経由してサウリィ王国に向かう。


マランドンはムスクアナとサウリィに抗する要塞都市である。

国土を守る事に腐心するサルマにより防壁は強化され、都市外周では練兵が行われていた。


一行は街に2日滞在し、身体を清める。

ヨウミンとテンカに声を掛け、彼女らの父との思い出を語り、何かあれば力になると伝えて励ました。


煩わしいかもしれない。余計な世話かもしれない。

1人でいたいかもしれない。

人を慰めたり励ますのは得意ではなかった。

しかしそれでもシンカは2人に関与する。


2人がシンカとの関わりを嫌うのならばそう態度に見せるだろう。

その時は少し離れたところから見守ればいい。

だが、そうでないならシンカは関わる。


自分はそうされて嬉しかったから。


鬱々とした胸中のシンカは2人の妻を激しく抱いた。


人を斬り、血を吸った剣は鞘に収まり静けさを取り戻す。

人も同じだ。


男は怒りや悲しみ、そのほかの様々な気の高ぶりを女を抱いて沈める。

男にとって女は、シンカにとって妻達は己の鞘なのだ。


強く腰を抱き、荒々しく口を吸い、寝台に組み敷く。

そうすると不思議なもので、鬱屈した感情は綺麗に失せていくのであった。


マランドンに辿り着き3日目、一行は早朝に街を出た。東進し森に踏み入ると進路を北に向ける。

その日の夕暮れ時にはイルヒ川の南岸に辿り着いた。


行法を用いて太い木を斬り倒すと3人乗りの小舟を人数分削り出した。

その作業に1日をかける。


翌日の黄昏時、シンカ達は舟を漕ぎ出してイルヒ川を渡った。


クサビナのイブル川やオスラクとナルセフ、ムスクアナとグリューネの国境を延々と流れるレヒレ川程では無いが、川幅の広いイルヒ川を渡り終える頃には日はすっかり沈んでいた。


やや東側に流されつつも舟を降り、森渡りへの印を残して舟を隠すと一行はサウリィ王国を北上した。

ゴダリフの街まで5日の道のりを踏破し、3日間滞在した。


ゴダリフの街はサウリィ王国の王都であるが、ケツァルやグレンデーラと比較するとその活気は大分劣る。


普段ならばその土地特有の風景や食べ物、文化などを楽しむが、山渡りへの報復からひと月近くが経過して幾分か気分も落ち着いた一行であっても、観光を楽しむ様な気持ちにはなれず、身体を清め休めたり、次の旅支度をする程度に終始していた。


シンカは以前旅をし、ゴダリフを訪れた時のことを思い返した。


あの時はユタがおらず、代わりにナウラがいた。

ヨウミン達はおらず、オスカル・ガレ一家と共に旅をしていた。


もう何年も前の事だ。懐かしかった。


防壁の上から北東の山脈を見上げる。

薄らと掠れてはいるが、かつてリンファを除いた5人で探索した姥度谷の風の遺跡がある方角だ。


シンカは里の事、家族の事を考えた。

多くの同胞が精霊になった。


しかし、シンカの伴侶達も、近い親族も死ぬ事はなかった。

浅ましい考えとは分かっていても、家族が無事である事に安堵してしまっていた。


最早シンカは家族の為であれば己の命を賭す事ができた。


家族の為に死ねと言われればシンカは死ねる。

あの時、身篭った子を庇い敵に命乞いをする女を見てからシンカはいままで以上に伴侶達のことを考える時間が増えた。


何があっても失いたく無い者達。かけがえのない者、代わりのない者。

失うかもしれなかった者達。


いままでの様々な出来事を思い返しながら薄空色の空の下に霞んで見える高い霧笠山脈の峰を見遣っていた。


3日後再び早朝にゴダリフを出た。

北に進路を取り、7日後にルーザース王国のヘンレクに訪れた。


再び3日で町を出てエリンドゥイラを経由、ガルクルトのゴールへ山渡の里から都合一月半で辿り着いた。


そしてその3日後、シンカは里へと続く隠し洞窟を潜り抜け竹林を抜けていた。


竹林を抜けると直ぐに里の入り口が見える。

風に焦げ茶の波打つ髪を靡かせて、リンファが佇んでいた。


リンファは目を細めて此方を見つめて方角に柔らかい笑みを湛える。


「おかえり」


リンファの腹は既に少しだけ膨れていた。

腹に気を付けながらシンカはリンファを抱きしめた。


「帰った」


自分には帰るところがある。


リンファの微かに香る小花の様な髪の匂いを嗅ぎながら、シンカは己の幸福を噛み締めた。




里の様子を遠目に見ながらシンカは家路を辿る。

長い岩壁沿いの階段を登ると眼下に里の全貌が広がる。

あの惨劇から既に三月が経っている。


里に残った者達が美しかった故郷を取り戻すべく地を均し、植栽を施し、施設を建て直し、殆ど元の姿を取り戻しつつあった。


一際強い風が吹き上げ、シンカの笠を煽った。

その時強い風と共にえも言われぬ感情がシンカの胸中に湧き起こった。


それは安堵や悲しみや虚しさ喜びがない混ぜになった複雑なものであった。


シンカも心に傷を負ってしまっているのだろう。

ここに来て漸くそれを自覚したのだった。


階段を登り、漸く家の扉が見えた。

山法師の花は既になく、金糸梅の黄色い花が鮮やかに咲いていた。


ヴィダードが植樹したものだ。

4人揃って家に入る。

ナウラとカヤテが昼食の支度をしていた。


「お帰りなさい。ヤカが来たので戻ってくるのが分かっていました。旅装を解いて身を清めてください。お昼にします」


手を止めて此方にやってきたナウラと抱き合った。


「お怪我はない様ですね。シンカとこれ程離れたのは出会ってから始めてでしょう。無事でよかったです」


手を洗い布切れで濡れた手を拭いながらカヤテも近づいて来る。


「其方が討たれるとは考えてはいなかったが、いや、夫を待つ女の立場になってみれば不安の大きさに驚くばかりだ。無事で本当によかった」


「既に十分争いは経験した。金輪際にしたいものだ」


カヤテを抱きしめた後、2人と口づけを交わした。

今までのシンカは関わる争い事を何処か他人事の様に捉えていた所があった。


森渡りは力と知識を持ち、害されることなど考えて来なかった。


それは違うのだ。シンカはここで生きているのだ。


夕刻になり、シン家にてささやかな宴が開かれた。

リンファの悪阻も今は大分落ち着いている様で、吐き戻す事も無くなり食事を取る事は問題無いが、妊娠中に摂取を控えるべき食材に気を付けて料理が出される。


以前のリン家での宴とは異なりゆっくり落ち着いた調子で始まった。


シンカは里に残った3人に天海山で起こった出来事を語り聞かせた。

楽しみも悲しみも怒りも、全てを共有する。

それがシンカ達のあり方だ。


隠し事は無い。


どんな出来事だろうと話し合い起こりと凄惨な幕引きまでを分かち合う。


シンカが見逃してしまった妊婦と幼子のくだりを責める者はいなかった。

しかしナウラは何処かほっとした様子で、リンファは納得がいきかねる様子であった。


それはシンカの罪となるのか、或いは善行となるのか。はたまた何の意味も無い行いとなるのか。


それはシンカが生きているうちに結論が出るものではないだろう。


歌を歌い、楽器を弾き、暖炉の火を見ながらゆっくりと強い酒を舐める。


何はともあれ、シンカはこうして帰ってきた。




旧ヴィティア領、領都スライから南東に2日の位置を1人のウバルド人が歩いていた。


亜麻色の短髪を掻き上げて額の汗を拭う。


旅の薬師シドリであった。


シドリは薬師が撤退したヴィティアの寒村を巡り貧しく病に倒れた人々へ薬を施し、代わりに寝床と食事を得て次の村へと旅をする。そんな日々を送っていた。


本人にとってそれは人助けではなく、飽くまで道楽という認識ではあったが、彼女が訪れた村々では精霊の如く崇められていた。


道すがら一息着こうとシドリは前方に見え始めた大きな岩の辺りで昼の休憩を取ろうと考え後一息と腹が鳴く音を無視した。


軈てその大岩が近付くと、岩の上に1人の老人が腰掛けているのが目に入った。


こんな森の狭間、路の最中に老人など珍しい事だ。

見れば老人は見窄らしい身なりで、夏の日差しも相まって近付けば垢の臭いがするのだろうと、シドリは考えていた。


軈て大岩の袂に辿り着く。

見上げた先で老人は東の方角をじっと見つめたまま、シドリには見向きもしない。

何処かの村で口減らしにあった痴呆の老人かと考えた。


「もし。御老人。この先に何か見えるのですか?」


「………」


尋ねるも老人は声が聞こえていないのか微動だにしない。

シドリは会話を諦めて荷物を岩の袂に下ろすと食料を取り出す。


「御老人………はぁ。よければこれを食べない?」


煎り豆を入れた小さな麻袋を取り出して老人に差し出す。

しかし彼はやはりみじろぎ一つしなかった。


「…ここに置いておくわよ」


岩の物が置ける平たい部分に麻袋を置いた。

シドリは自分の昼食を済ませるべく腰を下ろして岩に背を凭れかけた。


多くの旅人が此処で休息を取ってきたのだろう。

その岩肌は人に撫でられて来たからか、手の届く範囲は摩擦で磨かれ黒光りしていた。


「……はじまる……」


背後から嗄れた声が聞こえて来た。


「…え?」


シドリは振り返り岩の上を見上げる。

老人の姿は忽然と消えていた。




ラクサス出身の薬師夫婦、ダレンとシャールは圧政から解放された故郷の村に戻り、その日は薬の素材を採取するべく森へと踏み入っていた。


その森は比較的穏やかで、魍魎も小型のものしか生息せず夫ダレンの先祖が代々貴重な薬剤の採取に利用していた。


夫婦は木漏れ日の差し込む明るい森を抜け、細いせせらぎに辿り着く。


岩にこびり付いた苔を少し剥がし、上流に向けて進んでいった。


半刻程小川を遡ると小さな泉に辿り着く。泉には崖の上から細い滝が飛沫を上げながら落ちており、辺りをひんやりと冷やしていた。


泉の脇には立派な苔桃の樹が生えており、赤く色付いた小さな果実を所狭しとぶら下げていた。


ダレンとシャールは2人で数個それを摘み取り、木の袂に座り持参した水筒から水を煽った後それを口にした。


「久しぶりね、この苔桃」


シャールが1つを口に放り込み咀嚼する。

本来の苔桃は非常に酸味が強いが、この古い苔桃の木からなる果実だけは酸味の中にも甘味が多分に含まれており、食べることができた。


「この木は僕が小さい頃からずっと変わらない」


ダレンも1つを口に放り込み、咀嚼しながら苔桃の葉に着いた葉巻虫を潰していた。


「お隣のクサビナの内乱も終わった事だし、これからは平和になるのかしら?」


軽食を終えたシャールは崖に張り付き滝の飛沫を受けるシダから胞子を採取し紙包に包む。


ダレンは泉の皆底の岩をひっくり返すと角の生えた親指先程度の大きさの蛙を捕まえて陶器の容器にしまい栓をした。


「そうだといいけどね。前に戦争に巻き込まれた時は生きた心地がしなかったよ。菅笠の薬師達に守ってもらわなければきっと僕らも……」


一通り薬剤を少しづつ採取すると2人は帰り支度を始めた。


「……はじまったよ……」


「え?何が?」


ダレンは妻を見遣る。


「…なに?」


妻と視線があう。


「いや、今何か言ってたから……。何がはじまったの?」


「始まる?え?…私、何も言ってないわよ?」


「………」


ダレンは全身を粟立てた。

妻は人を揶揄う様な性格では無い。


穏やかで、生真面目で、心優しい自慢の妻だ。


幼い頃から幼馴染みとして共に過ごし、自分が16、シャールが15の時に結婚した。


今年35になるダレンと30 年以上の付き合いとなる。

彼女の事はよく分かっている。


ダレンは周囲を見回す。当然、人の姿は無い。


「…空耳かな?」


背嚢を背負うと泉を後にする。

思い返せば聞こえた声は妙に甲高い、あどけない子供の声だった様に思えた。




その日、大陸各地で様々な巫女が声を聞いた。

そしてそれは大陸で最も力を持つとされるアケルエントの欅の巫女、カリオピも同様であった。


カリオピはその日も祈りを捧げていた。

国の平安、民の安寧を祈っていた。


物音一つしない神聖な祭壇でカリオピは祈る。

その光景を見る事が出来るものはアケルエントの国王すら叶わないが、まるで芸術の様に美しい光景であった。


質素だが美しい祭壇と余りに巨大な欅の幹。所々に若々しい小さな枝葉が生え生命力を物語っている。

祈りを捧げる巫女も美しく、閉じられた目蓋の長い亜麻色の睫毛が艶やかに松明の明かりで煌めいていた。


「………到頭目覚めました。東の山の中腹で、悪しきものが…」


カリオピは手を組み目を閉じ熱心に祈りを捧げていた。

そのあどけない幼女の囁きを耳にしてカリオピははっと視線を正面の欅の幹に送る。


大樹の向こう側に長い亜麻色の髪が翻った様に見えた。


「…………欅様……到頭、始まってしまったのですね。…人の世の終わりが……。…………勇者様……………」


カリオピは再び祈る。

災厄が退けられる事を。


その魍魎が退治される事を。


そして姉と慕うダーラを助けてくれた勇者の無事を。




森渡りの里は標高が高い為、夏であっても夜は涼やかである。


そんな涼やかな黄昏時に急遽六頭十指に召集令が出され、夕飯を目前にしたシンカは苛立ちを覚えながらも長老の集まる横穴へと向かった。


珍しい時間の召集である。

非常事態を表す召集合図では無かったが、シンカは嫌な予感に苛まれていた。


入り口の前で世話役の女と雑談をして待っていると1人1人と六頭と十指が集まり始める。


半数程集まった段階で一行は中に入っていった。

中には既に五頭とクウハンがおり、険しい顔付きで黙り込んでいた。


続々と里の首脳陣が集まってくる。

現在里にはいない十指のシャハンとハンネ以外が集まった。


「…これで全員か?」


エンホウが梅干しの様な皺くちゃの顔をいつもより更にしかめながら言葉を発した。


「シャハンは赤鋼軍の動向を見張りバラドゥーラに」


クウハンが答える。


「ハンネは予言の罔象と逃げた曼陀羅龍の調査でリュギルに行っているね」


リンレイが続く。


「皆、心して聞け。先の報復戦時、皆が分散して天海山を目指した。内一隊が消息を断ち、今に至るも足取り、痕跡が分からぬまま」


「どこの隊だ。経路は?」


ジュコウの言葉にコクリが聞き返す。


「あたしんとこだよ。ランギの小隊だ。経路は白山脈を南下しリュギル、オスラク、アガスタ、ムスクアナを経由した南回り。帰還時に同じ経路で消息を確認したが、何処でも足取りがつかめない」


話を聞きシンカに思い当たるのはサンカイから伝えられた欅の予言、東の縦山で罔象のみ。

それ意外に10人を忽然と消すものなど考えられなかった。


我等は森渡り。

生半可の魍魎であっても10人を1人も逃さず屠るなど有り得ない。


若しくは山渡りの残党の手にかかったかとも考えるが、矢張り現実的では無い。


「加えて巷で気になる噂が飛び交っている様だ」


ガンケンが口を開く。


「噂?」


スイセンが聞き返した。


「然り。各地の精霊が一斉に同じ予言を巫女へ告げたという。曰く、目覚めた…と」


何かが始まっているのだと、シンカには感じられた。

目に見えないところから、それはシンカ達へ向けてひっそりと腕を伸ばしている。

その様に感じられた。


「目覚め…。予言の魍魎か」


クウハンが腕を組み考え込む。


「ハンネからの報告もある。二頭の曼陀羅龍の内一頭は翼に傷を負っており、リュギルの王都ケルマリオの東で捕捉、此れを撃破したと。しかし残る一頭は姿を確認できず、既に予言の地に辿り着いたと見るべきだ」


五老のトウマンが長い白眉を片方だけひくりと上げて告げた。


「事は欅の精霊の予言通りに進んでいる…か」


ジュコウが浮かされた様に言葉を漏らした。


「やはり今一度捜索に出るしか無いね」


六頭のリンレイが皆を見渡し口に出した。


「…誰ぞ、立候補する者はおるか?」


五老のアンジが十指達を見回し問うた。


「俺が行く。100人を連れて行きたい」


クウハンがいの一番に声を上げた。


「私も行きます。クウハンさんの下で経験を積ませてください」


スイキョウが続いて立候補した。


「他の者は?シンカはどうだ?」


「……悪いが、先の戦いより心が乱れている。妻が妊娠している事もある。今は控えたい」


「ふむ…そうか。他にはおらんか?」


「では俺が」


コクリが名乗り出る。


「それでは僕がケルレスカンに赴き情報の統括、現地での判断をします。10名ほどを連れて行きたいですね」


六頭のコウセイが挙手して告げた。


「頼むぞ。お告げはこれまで正しかった。シンカとハンネの尽力でその災害規模は減じられているはずだが、それでも相手は王種。くれぐれも気をつけ、過信せず、情報連携を怠るな」


「分かっている」


「はい。その通りに」


3日後、113人の森渡りが里から未明に出立し白山脈の中腹を南へと進んでいった。

森渡り達にとって精霊の言葉とは一目置き考慮するべき者ではあったが、反面自らの力で道を切り開く彼らにとって、全てを理解するには難いそれを解明し頼る事は二の次であった。


わからない事は多かった。だがそれでも動かざるを得なかった。


精霊は確かにいる。そしてその言葉は正しい。するべき事はする。後は来たるべき時が来ればなる様になる。


それが歴史を傍観してきた彼らの結論であった。


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