割れて砕けて裂けて散るかも



里の入り口で奮戦を続けるヨウロの身体は最早血塗れていない箇所は存在していなかった。

癖の強い頭髪や髭、衣類の裾からは湧き水の様に山渡りの血液が滴り、血濡れた顔に真っ赤に充血した目が炯々と輝いていた。


血濡れた槍は掌で滑り、身体には無数の矢と槍、剣が突き立てられていた。


「はっはっはっは、はっはっはっはっはっはっはっはっはっ!」


けたたましく狂った様に嗤いながらヨウロは山渡り相手に暴れ回っていた。


その姿は正しく赤鬼であった。


間合いに入った山渡りを瞬時に突き殺す。


「何なんだ!?何故倒れない!?」


「鬼だ!此奴は鬼なんだ!」


愉快そうに笑い声を上げるヨウロに山渡り達が後退する。


「退くな!最早後戻りはできぬ!此処で退がれば次は我等の里が襲われるだけぞ!」


土長のイルカイが叫ぶ。


「はっはっはっはっはっはっ!汝等は知らんのだ。我等の総数が如何程か。最早皆殺しは免れん!はっはっは!はっはっはっはっはっは!全ての街、全ての村にて暮らす同胞が号令1つで汝等の隠れ住む天海山脈に集おうぞ!」


「土長!此奴!我等の里の場所を!」


「狼狽えるな!質を取れば逆えん!」


不安を現す山渡りを見てヨウロは獰猛に牙を向いた。


「質程度で収まる我等と思うてか!皆殺しにせなんだ事を後悔するぞ!はっはっはっ!皆!殺せ!手足を失おうと我等は戦うぞ!」


地に四肢を貼り付けにされたサンロがヨウロの言葉に嗤う。

地に染み込む血液を増幅させ赤い氷柱がサンロの周囲から山渡り達に向けて突き出る。

数人が百舌の早贄の様に氷柱に貫かれて脚をぶらつかせた。

だがサンロに矢が射掛けられうち一本がサンロの眉間を射抜く。


ヨウロは矢の雨が降る中を駆ける。

更に2本が身体に突き立つ。


妻と娘がいる。彼等を通す訳にはいかない。

なるべく多くを己の命を賭してでも屠らなければならない。


槍を突き出す。突き出した槍は山渡りの肋骨下を進み背骨に当たる。

ヨウロは槍を振り上げ串刺しにした山渡りを掲げる。

血液が降り注ぐ。


「はっはっはっはっは!殺せ…殺せ…。血祭りだ。血潮を浴び赤く染まり赤鬼となろう。汝等を貪り尽くす鬼へと」


槍玉に挙げられて呻く男を振り飛ばす。

脇から斬りかかる敵の顎に石突きを送り、正面から駆ける敵の脳天に槍を振り落とす。


1人目の顎が無残に砕け首がおかしな方向に折れる。

2人目は売りの様に三度笠ごと頭が割れる。


近寄る敵を都度退ける。

矢が更に3本背に刺さる。


「まだ倒れないのか!?」


「早く仕留めよ!」


森渡りは徐々に数を減らしていく。


疲労でふらついた隙に討ち取られる者、両手を失い行法のみで戦い倒れた後起き上がら無い者。


5人相手に押し包まれ全身に刃を生やして息絶える者、敵を複数人抱き留めて爆散する者。


返り討ちに遭う山渡りと合わせて里の入り口から血と臓物が敷き詰められ悍しい光景を作り上げていた。


ヨウロの身体も徐々に動きを鈍らせていた。

槍を地に突き身体を支え、駆け寄る3人を突風で吹き飛ばす。


周囲を見回す。


立っているのは最早ヨウロだけであった。


既に2刻は槍を振り続けていた。


「……………まだ、戦える……」


血の混ざった泥を蹴り上げながら駆ける2人を槍の一振りで首を飛ばす。


右手から素早く寄る男に風咳を行い頭蓋を潰す。


矢が左腕に刺さる。

左腕だけで既に5本。纏めて引き抜く。


鎌鼬が飛来する。2つを避けるが1つ避けきれず左腕が宙を舞った。

背後から近付く山渡りに後ろ蹴りを放ち吹き飛ばす。


三方から同時に敵が迫る。

右腕だけで槍を振る。1人目が腕をひしゃげさせながらも受けて残る2人が肉薄した。正面の剣を躱す。


右の剣は深く杯に刺さった。

槍を手放し肺に剣を突き刺した男の首を掴み握り潰すともう1人に叩きつける。


咳き込み、吐血した。


口惜しい。叶えていない望みは吐いて棄てる程あった。


娘の婚儀を見守りたかった。孫を抱きたかった。

その孫に槍を教えたかった。

妻と穏やかな老後を過ごしたかった。


しかしもう叶わない。


妻と子の無事を祈る。


里が難局を乗り越えて復興し、再び美しく戻って悠久の時を森渡りと共に歩む事を願った。


「……後は、頼む……」


槍を教えた才気溢れる男を思い浮かべてヨウロは倒れた。


血でぬかるんだ大地に顔が半ばまで埋まった。

寒かった。血を失い過ぎたのだ。


霞む視界に曇り空が映った。

今にも泣き出しそうな空模様だった。

空が自分達の為に泣こうとしている。

ヨウロにはその様に感じられた。


最期にヨウロは歩ける様になったばかりの娘を思い返していた。

丁度今日の様な曇り空の日であった。


妻が娘を立たせ、自分はしゃがんで娘を呼んでいた。




シン家にて槍を握るリンファは駆ける足音を耳に捉える。


細かく擦れる葉が擦れの様な音で蓑を纏った山渡りと確信する。


「…シンカ、怒らないわよね…?」


吐き気を堪えて立ち上がる。

経が練り難かった。

神経を集中させ胸の前で掌で球を形作る。

中心が輝き熱を持ち始める。


「あたしは森渡りのリンファ。リンレイとリクファの子、シンカの妻。心の臓が動く限り戦い、抗う。……くたばれっ!」


右手を振るう。

火行法・白炎弾

凄まじい速度で白い炎弾は飛び、木製の重厚な扉を爆散させる。


外に集っていた山渡り数人を巻き込み消し飛ばした。


「なんて奴らだ!?皆が行法を扱え皆が武を納めているのか!?」


「女だ!上玉だぞ!」


リンファは込み上げた吐き気によりえずきその場に嘔吐した。


男が4人、そして脇に控える狼2頭。


赤銅色の滑らかな毛並み、人の腰程の体高。

西大陸狼だ。リンファは短槍を両手に構えて立つ。

山渡りの脇で狼が牙を剥き唸る。


皆が構え、暫しの間緊張した空気の中様子を探り合った。

始めに動いたのはリンファの予想だにしないものだった。

八咫山蚕のハナが小刻みに翅を震わせた。


「行け!」


山渡りが声を張り上げる。


2頭狼が飛び掛からんと四肢を屈曲させる。

ハナが翅を広げる。無数の何かがハナから射出された。


それは曇天下でも尚光をちらつかせて山渡り達に突き刺さる。


「な、何…?」


リンファは声を上げる。


「ぐっ、いってえ!?なんだ?!」


「針?!」


「目がぁ!?目に何かがぁ!?」


2頭の狼は情け無い声を上げて縮こまる。

針。

白い針だ。


それは暫し硬度を保っていたが軈て力尽きたかの様にへたれる。


毛に変わった。


ハナはリンファを守る為に己の体毛を飛ばしたのだった。


リンファは大きく背を逸らし大気を吸い込む。

そして口を窄めて吐き出した。

風行法・虚千本

無数の空気の針が山渡りと狼の姿を肉塊へと返事させた。


「こっちだ!来い!」


仲間が殺される場面を認めた山渡りがシン家に向けて駆ける。


「こんな木偶の坊が此処までしてるのに、あたしが折れてちゃおしまいよね?」


ハナが翅で激しくリンファを打擲した。


リンファは大きく息を吸い込み吐き気を無理に追い払う。


「女と魍魎!?」


現れた男に礫を飛ばす。頭部が破裂し仰向けに倒れる。

その先に地面は無い。音も立てずに男はリンファの視界から消え去る。


家の前に岩戸が起こる。

そこに山渡りが転がり込む。


経が地を伝わりリンファに向けて近付く。

リンファも地に経を浸透させてそれに抗う。

土行法を阻止する。

だが寄せる経を跳ね除ける程の力は今のリンファには無かった。


「女1人と虫一体!大きな蛾だ!女の経を捉えた!今だ!」


男の声と共に素早く小さな影が躍り出る。

4頭の猿が入り口から素早く侵入した。


リンファは槍を構えるが振るう間も無くハナが翅を広げた。

再びハナの体毛が飛ばされて4頭の包猿に殺到する。


猿はきいきいと泣き喚いて此方に尻を向け逃げ去った。


僅かな隙を突き男が転がり込む。

リンファは経にて制地を争っている。


男が剣を腰だめに構えた。

男がにやりと笑う。

制地を諦め男の剣に抗すれば、足元から土行が行われる。

制地を諦めず男の剣を見送ればその剣により害される。


詰みだ。


迫る男は嗤い剣を振る。

そして顔を強張らせた。

胸に槍が刺さっていた。


「…ら、落雷…だと…?!」


リンファは2槍の内右槍を全身を余す事なく扱い突き出していた。

リンファが抗えると考えていなかった山渡りは防ぐ事なく槍を受けた。

そして短く呟き胸に風穴を開けて崩れ落ちた。


経を扱いながら武器を振るう事は森渡りにとって難しい技術では無いのだ。


リンファは男の胸から引き抜いた槍を担ぎ上げ投擲した。

それは岩戸を突き抜けて地に手を着く山渡りの首に刺さり、頭部を弾き飛ばした。

槍は家の前の藤棚の支柱に突き刺さり止まった。


「……この家はあたしの家。やっと辿り着いた、あたしの幸せ。誰にも奪わせない」


ふらつきながらもリンファは槍を構え直す。山渡り達が気迫に一歩後ろずさった。




シン家を通り過ぎた山渡りの一隊は崖の最上部にある扉を目指していた。


入り口の前には女が4人武器を手に陣取っていた。

山渡りは15人。

犠牲は出るだろうが倒せるだろう。山渡り達はそう判断する。


「此処に何の様ですか!?」


女の1人、4人の中で年嵩だが、それでも20に届かないだろう女が気丈に声を上げた。


「女ら降伏しろ。降伏すれば死ぬ事はない」


「誰があんたらなんかに!」


気の強そうな女が勢い良く叫ぶ。


「いきがいいなぁ。こういう女は決まって尻に入れ込んじまえば大人しくなるもんだ。ははっ!」


「辞めろ。降伏を促している最中に反感を買う事を言うな」


「こっちも散々やられてるんだ。子を生ませて増やさなきゃだろ?」


「あんたらに犯されるくらいなら自爆するよ。…あたしらがそれをできる女だってのは、今まで散々見てきたんじゃないの?」


緊張が漂う。

今際の際に極限まで経を高めて自爆する森渡り達を多く見てきた。

彼女達は言葉の通りそれをやるだろう。


女達が武器を構え直す。

隙のない構えだ。

此処でも激戦となるだろう。


此処に訪れている山渡りは鈍土隊と呼ばれる山渡りの精鋭であった。

その彼等をしても半数は失い兼ねないと予想できた。


それでも山渡り達は戦う。如何なる犠牲が出ようと、もう後に引く事はできない。

此処で怖気付き背を向ければ今度は己らが襲われる事は明白だ。


唐突に鳥の声が聞こえた。

正確には蝙蝠か。


「……入りなさい。五老様が話をすると仰っています」


「…まさか」


1人が呟く。

攻撃を仕掛け、矢鱈と鳥が煩いと思っていた。

鳥、もとい蝙蝠の声は彼等の合図なのだ。


崖の下で仕切りに蝙蝠が鳴いている。

此れは彼等の言語なのだ。彼等はこれで意思疎通をしているのだ。


鈍土の隊長であるクリフトは背筋が粟立つのを感じた。


全てが山渡りは森渡りに劣っている。

勝っているのは数だけだ。


「……どうする隊長?入りますか?」


女達が消えた扉を見遣る。


「……そうするしかあるまい。此処が森渡りの長が居る場所なのは間違いない」


森渡りの里、その最上部の扉を目指して来た。

途中多くが脱落した。


只の女を1人殺すのに平均5人を失って来た。

武器を構え経を練りクリフトは部下達と共に踏み入った。


慎重に気配を伺い天井から垂れる布を交わしながら奥を目指すと3人の老人が座る部屋に辿り着いた。

3人は武器も持たず、経も練っていない。


中心の1人が黒い巨大な珠を器用に指先で回転させているだけだ。

手遊びだろう。


「我等の里にこの様な無体、どういうつもりかの?」


薄毛の長髪を後頭部で纏めた老人が声を発する。


「…簡潔に言えば、お前達の知識と戦力を我等の復興の為に利用しようという試みだ。降参せよ。さすればこれ以上無駄な血が流れる事はない」


クリフトの言葉に禿頭の皺に覆われた顔の老人が高い声を上げて笑った。


「面白い冗談じゃ。立場が逆よ、のう?我等が敗れるなどありえぬ事。此処で同胞を多く失ったとしても、勝つのは我等よ。…汝、妻と子があるな?……必ず殺してやるわい」


「っ!?」


クリフトは剣を立てる。


「その様な事、させるものか!」


「天海山の中腹に汝等の里がある事なぞ皆が知っておる。必ずこの難局を乗り越えた暁には礼に向かうだろうのぉ!」


かっかと長い白眉に目が隠れた老人が笑う。


「降れ!森渡りが我等の里に手出しせぬ様言い含めろ!さすれば貴様らを生かしてやる!」


クリフトが吠えると3人の老人は薄気味悪く笑い合った。


「隊長!こんな薄気味悪い爺い共早く殺そうぜ!」


「指導者を失えば森渡りの心も折れる筈ですよ!」


「…いや。この状態で指導者を失えば強力な戦力を持つ森渡り達が延々と抗うだろう。指導者を抑え全ての森渡りに降伏を指示させる。それがラング様、イルカイ様のご指示だ」


「ひょっひょっひょっ!」


白眉の老人が楽しそうに笑う。


「何がおかしい!?」


笑い合う老人に武器を向ける。

彼等の余裕のある態度に腹が立つ。状況が分かっていると思えない対応だ。


だが彼等は武器を持っていないし経も練っていない。


「1人2人殺さねば言う事は聞かぬか…残念だ」


クリフトの言葉に3人は再び笑う。


「汝等は勘違いをしておる。それも多くの勘違いを」


「左様。まず、我等が死んだ所で同胞は何も変わらぬ」


「然り。次に、我等が止めた所で最早誰も止まらぬわい」


「我等五老は方針を発するだけの存在よ。複数の代表の合議により里は動く。我等がいなくとも里は進む」


「そして我等にはさしたる掟も無い。我等五老に何かを強制する力も無い。我等が止めた所で汝等の里に必ず襲い掛かろう。憎しみに染まった同胞が、必ず女も子供も関係無く殺しに向かうだろうのぉ」


クリフトの背筋が凍った。この老人達は嘘を付いていない。それが直感で分かった。


「そんな事!あってたまるか!」


鈍土隊の1人が叫ぶ。


「止めろ!如何にかしろ!」


「……それは出来んな。儂等が命惜しさにそれを止めた所で誰も聞きはせぬ」


「左様。それに儂等は命など最早惜しまぬ」


「汝等に報復できるのならば悪霊に身をやつそうと後悔せぬわ」


老人達は暗く不気味に嗤いながらも形容し難い視線を送っていた。


「天海山の女子供まで殺すなど!そんな卑劣な事をお前達はするのか?!」


暗く老人達が鼻で笑った。


「汝等が此処に来るまで何人の女を斬った?何人の子を殺した?」


「…………」


鈍土の者は誰も答えられなかった。


「…半刻程前に、儂の娘が死んだと報があった。孫も1人被弾して死んだそうじゃ」


「…………」


「最早手遅れよ。汝等が始めた事じゃ。どの様な絵図を描いて此処までやって来たかは知らぬが、我等は汝等を滅ぼすまで止まらぬよ」


「……………やめろ……」


「やめぬ。汝等が始めた事よ」


「それと、最後の勘違いを正してやろう。………汝等に易々と」


白眉の老人が手慰みにしていた珠を放り投げた。

それはクリフトの足元に落ちると急激に経を発した。


床から無数の土槍が突き出て鈍土隊を貫いた。


「…かっ?!……く……っ、ぅ、ぐ……」


鈍土達は軒並み身体を穿たれて死傷した。

突然の事に対応できなかった。


「……討たれる我等では無いわ。老いていてものぅ」


クリフトは激痛の中老人に向けて手を伸ばす。


「…おれの…つまと、こは……」


「おお、しっかりと殺してやる。汝と同じく串刺しでのぅ。悔いて死ね!絶望に心覆われて、無為に死ねい!」


「……たの、む……」


「条件を出そう。今日汝等によって殺された同胞を返してくれ。生き返られせくれたなら、汝等の里には足を踏み入れんと誓おうぞ」


「……………そん……な……」


クリフトは絶望に覆われ息を引き取った。

悪鬼の様に歪む老人達の顔を薄れ行く視界に認め、彼等が本当に自分の妻と子を殺すと確信して死んだ。


この里に来て森渡りを襲わなければと考えたが最早後の祭りだった。


死を間際にして漸くした後悔であった。




ヨウキは里に次々と侵入しようと進む山渡り達を里の中央広場で迎え撃っていた。

風行法・銀線がヨウキの左方を抜けようとする一隊を上半身と下半身に分かち、地を斬り裂いて土埃を舞わせる。


即死では無くとも腹圧を失った人間は直ぐに死ぬ。

右方から迫る一隊を翅で相手取る。

剣を寸で躱し脇を抜く。


槍を構えて肉薄する敵の穂先を切断し柄を握り敵を引き寄せ掌底を顎に当てる。

槍使いの頭部は爆散し後方の数人に頭蓋の破片で裂傷を負わせる。


立ち止まる彼等の足元から土槍群を生やして傷付けると次の敵に向かう。

既に200近い敵を殺傷していた。


切りが無い。


恐らくは山渡りの頭目ラングはヨウキに対して恐怖を抱いていた。

その様に思われる様応対した。


手駒として扱う為に天海山の隠れ里に赴き頭目のラングを力で捩じ伏せた。


利を説き彼等の鬱屈した心を擽り目的を持たせた。

彼等は国土豊かなメルセテに返り咲く為に暗躍を始めた。


ベルガナにてヨウキは早い段階から女王サルマに目を付け、ロボクで捕縛されたルドガー・レジェノを山渡りに奪還させ、共にサルマの元に送り込んだ。


サルマにとって必要不可欠な存在に仕立て上げ、徐々に乗っ取る計画を立てていた。


サルマは信奉者が多く、その計画は困難を極めた。

しかし時間をかけ、信奉者を少しづつ排していけば問題はないはずだった。


計画が破綻したのはルドガーが妙な執着をサルマに対して持った事であった。

あと数年は足場を広げる事に専念する予定であった。

だが予定よりもかなり早くルドガーはサルマに反旗を翻した。


そして剰えその当人を逃してしまったのだった。


この頃のヨウキはサルマの能力を加味し将来的にサルマに着くか、排すかを悩んでいた。


ルドガーの早すぎる計画始動を知った時、山渡りの頭目ラングはルドガーに着いた。

しかしサルマに可能性を見出した白雲山脈の山渡り達は彼女に着き、ラングはその勢力を大きく減らす事となった。


同時に各地で並行して計画していた事案にて悉く悪手を取り、彼はヨウキに見限られて消される事を恐れたのだろう。


だからこそヨウキの知らぬ所で森渡りに手を出した。

ラクサスにて同胞が略取された事も、今こうして襲撃を受けている事も、全て己が発端であるとヨウキには分かっていた。


彼等は窮鼠だ。

悲願に対する光明をヨウキにより示され、道を辿る最中己等の判断により足を踏み外し、到達点に足る武力を失ってしまったのだ。


それを森渡りに求めている。

彼等は森渡りの知識を利用し、更に戦力として活用しメルセテにて復権する事を企んでいるのだ。


両手を突き出し正面に鎌鼬を飛ばす。

複数人による大立風で防がれるがその隙に肉薄し翅で斬り刻む。


翅を振り思い返す。

この翅はシンカと共に流蜻蜓を仕留め得た武器だった。

動きが早く圧倒的な移動速度を持つかの魍魎をヨウキの策とシンカの腕で誘き寄せて仕留めたのだ。


右側の2枚をシンカが、左側の2枚をヨウキが使った。

幼い頃、ヨウキが策を講じシンカの行動で年長の虐めに抗い兄弟達や仲の良い友人達を守った。


しかし時折ヨウキとシンカが喧嘩をすれば、ヨウキの策はシンカ破られてしまい、拳骨を喰らい泣かされたものだった。


シンカには敵わない。大人になって尚。

しかし仲違いなどせずに今2人で立っていれば。


山渡りなど簡単に退けられていたのではと考えてしまう。


大地を隆起させる。うねる土が山渡りを巻き込み全身の骨を砕き、臓器を捻り潰す。


ヨウキはシンカが里に帰らない事に対して憎しみを抱いた。

里を捨てたのだと軽蔑した。


リンファに振られて里から出たと知って後悔した。

シンカはリンファを深く愛していた。

リンファが何故その様な事をしたのかは知る由もないがその衝撃は大層なものであっただろう。


ヨウキにも心を寄せる女が出来た。

彼の気持ちは分かる。

慰めてやるのが自分の役目だったと思う。


シンカは誰にも何も告げず里を出た。気付き慰めてやる事は不可能であったが、慰めてやる事ができていれば、結末も違ったのでは無いかと思えてならない。


放たれる矢を躱し集団に突撃した。

敵を探す必要はない。全てが敵なのだ。

剣を振るえば敵に当たる。


「やれ!仕留めろ!」


複数の森渡りが離れた位置で経を練っていた。

経の感覚から火行法と推察できた。

ヨウキは大地に手をつく。

土行法・岩船起こし

巨大な岩が隆起し逆さの船首を形作りヨウキを守る。


直後大炎弾がいわに着弾し轟音を数度上げる。

その時背後からヨウキを囲う様に強い経の気配を感じた。


ヨウキが防御の為に土行法を行うのを彼等は待っていたのだ。


敵を囲み攻撃する時、友軍誤射を考慮し矢や行法による攻撃は方向を限定する必要がある。ヨウキは大陸を彷徨う中で厳しい環境に身を置き己を鍛えた。

しかし相手して来たのは所詮遥か格下。シンカの様に生命の危機を覚える戦いは少なかった。


その判断の失敗はそういった経験の差から生じたものなのだろう。

岩船を行った事で敵は射線を気にせず攻撃をできる様になった。


ヨウキは考える。

あの時、自分は何に負けたのか考える。


ヨウキには人を先導し思うように動かし望む結末を求める事は出来てもルドガーやオスカル・ガレの様に類稀な戦術眼、戦略眼により戦を勝ちに導く事は出来ない。


山渡り達が一同に手振りを行う。

炎弾がヨウキに向けて迫った。

6つの明かりがヨウキを照らした。

光に当てられ周囲が何も見えなくなる。

身体が飛ばされる。


轟音がヨウキの鼓膜を麻痺させる。

死んだのか。まだ生きているのか。

ヨウキには判然としなかった。

光が収まり礫が降り注ぐ。

何が起こったのか確かめる。


岩船の袂に女が倒れていた。

女の身体は下半身が無く、上半身から臓器が零れ落ちていた。


「……っ」


ヨウキに加勢する様に森渡りの装束を纏ったモールイド人達が同じモールイド人の山渡りに斬りかかっていた。


ヨウキに向かっていた攻撃が現れた元山渡り達に向かう。

その隙にヨウキは倒れる女に這い寄った。


「………ごぶじ……ですか……?」


いつか小川の畔で出会い、ほんの短い一時の間2人の時間を過ごした女性だった。


彼女がヨウキを突き飛ばし、代わりに致命傷を負ったのだ。


「無事だ!貴女のお陰で!」


だが此処は森渡りの里。

半身の再生を行える者は少ないが存在する。

ヨウキは彼女の命を救おうと身を起こす。

助けを呼ぼうと周囲を見回す。


そして絶望した。

今この場は助太刀にやって来た者達のお陰で無事だが、里の中ではあらゆる者が武器を取り、数倍の敵と交戦していた。


彼女を治す事ができるであろう者も散見できる。


ジュコウは大樹に槍で身体を貼り付けにされながらも行法で近寄ろうとする敵を散らしている。


ジュガは左手を失いながら倒れたソウカを守りつつ戦っている。


姿が見えない者は里にいないのか、既に倒れたのか。


そしてシンカは数十の敵に囲まれて封じ込められ刻々と経が途切れ敗れる時を控えていた。


だから、彼女は助からない。

ヨウキは助ける事が出来ない。


「……よかった………」


かつて山渡りであった女性は青白い顔色で薄く笑った。

声はか細く震えていた。


「…何故、俺などを……」


ヨウキは泣いていた。

彼女と過ごした僅かな夏を心地よく思っていた。

出来ることなら思いを告げて添い遂げたいと考えていた。


だが、大きな目的の為にその思いは後回しにされた。

名すら聞いていなかった。


女は苦しそうな様子を見せながらも儚い笑みを浮かべた。


「……おしたい、して、おりました………」


ああ、己は誤ったのだ。

ヨウキはそれがはっきりと分かった。


本当に大切な者を己は分かっていなかった。見失っていた。


同胞や家族、好いた者と共にいる時間以上に大切なものが一体どこにあるというのか。

大陸を旅し、勝手な忖度で自己満足の計画を立てた。

その結果がこれだ。


抱き抱えた腕の中で好いた女の命が零れ落ちて行く。


「俺も貴女を思っていた」


この違いは何なのか考える。

ヨウキが使っていた山渡りはこうして森渡りを襲い、シンカが捕らえたという山渡りは里の為に戦ってくれている。


全てが敵わない。昔からそうだった。

きっとヨウキは認められたかったのだ。


近くで里の皆に称賛され続けるシンカという親友に勝ちたかったのだ。

偉大な事を為して里の親友よりも偉大な者として認められる名を残したかったに違いない。


浅ましい欲がこうして里に良からぬものを呼び寄せた。

己の命一つでは到底贖い切れない許されざる罪だ。


だが。

それでも、この女性は関係無いではないかとヨウキは歯を食い縛り涙を流した。


「…なかないで……あなたのことば、うれしいです……。おなまえを……おしえて、もらえますか…?」


「ヨウキだ。貴女は?」


「………レミ…と……」


これが己の自己顕示欲の為に多くの人の命を奪った者の定めなのだと、ヨウキの心を深く暗い諦念が覆った。


レミと名乗ったその人は虚な眼差しでヨウキを見上げていた。

その眦からは痛みによるものか、無念によるものか判然とはしなかったが涙が零れ落ちていた。


ヨウキはその瞼を閉じさせて遺体を横たえほつれた髪を整えた。

彼女の為に悲しむ資格は自分には無いのだと、そう断じて立ち上がる。


ヨウキにできる事は出来るだけ多くの山渡りを殺す事だ。

その顔、表情はも正に鬼の様であった。

人は鬼になるのだ。



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