出城攻防戦


黄迫軍の首脳陣は諸侯勢が惨敗した情報を斥候により事前に入手していた。


シカダレスやゼンマは指示を破ったヴィゾヴニル候に対し激怒していたが、命令する権限など持ち合わせてはいない。


軍議を行う幕営の中で怒りを隠し彼等の苦労を労い、親族を失った者を慰めて報復を誓った。


「父上。青鈴軍の動きはこれまでの見知った物と大分異なります。彼等は確かに精強で用兵術に長けますが、数の多い敵に打ち勝つ奇跡は持ち合わせていません。聞いた限りでは兵力は2千程度。有り得ない事です」


ゼンマが苦々しい顔付きで述べた。


「何処ぞから軍師でも見つけ出したか?」


副軍団長のトウヒが腕を組んで呟いた。

ウラジロがこの場にいればその正体がグリューネの英雄オスカル・ガレであると示唆しただろうが、今彼はこの場にいなかった。


「攻城兵器が間に合い次第あの砦を落とす。数日前まで彼処は平原だった筈。急増の砦だ。力押しすれば容易く落ちる。」


「父上、そのお考えは危険です。油断が初戦での敗因と言えるでしょう。十全な準備を行い攻めるべきです。周囲の森を切り開き攻城兵器を作らせましょう」


シカダレスにゼンマが返す。

ゼンマの言葉を聞いてヴィゾヴニル候の顳顬に血管が浮き出した。


13人の諸侯の内6名が初戦で死亡していた。

6家の内3家は子息が自軍の指揮権を引き継いではいたが、タングリス伯爵家、ヒルディス伯爵家、マナガル子爵家は一族郎等皆討ち死にした為、勢力はヴィゾヴニル候の指揮下に編入されている。


「3日後の早朝の出撃は如何だろうか?」


黄迫軍の軍団長の言葉にゼンマは頷く。

シカダレスは思わぬ被害に気が立っていた。

同じ二の轍を踏む訳にはいかなかった。


「我等の目的は三塔の砦を落とす事ではありません。別働隊が三塔の砦背後に辿り着くまでグレンデル軍を止める事です。グレンデルは別働隊には気付いている事でしょう。しかし我等がエケベルを攻める事で兵を割けなくなる。出城さえ抑えてウラジロが辿り着くのを待てば此方の勝利です。」


ゼンマの言葉にようやくシカダレスは溜飲を下げた。


「カヤテ・グレンデル亡き今ウラジロに勝る将兵は敵には居ますまい。別働隊が敗れる事は無いと言っていいでしょう」


グネモが言う。


「三塔に入った将は其々ネス、ダフネ、シキミ。エケベルにはマトウダ、ガリア。カヤテの姿は確認出来ませんでした。王家の発表に間違いは無いのでしょう」


シカダレスはウラジロにカヤテの戦闘を確認させた事がある。

勝てるか、敗れるかを確認させたのだ。回答は五分五分であった。

カヤテ・グレンデルが21、ウラジロ・ファブニルが26の時のことだ。


「しかしあの黒尽くめ供は忌々しいにも程がある!ゼンマ殿、どうにかなりませぬか!?」


ヴィゾヴニル候が語気荒く尋ねた。


「煙で燻し出すことも出来ず、森に踏み入れば指揮官を殺され此方は影すら捉えられん」


「ゼンマ様。その黒尽くめは行兵で御座います。砦の前の針山はその者達が起こしました」


スジルファル子爵が発言をする。


「何人であれを行った?」


「30程です」


「…それ程数は多くはないのだな」


一同は互いに顔を見合わせて話し合う。

黒尽くめが何人だろうと、どれ程の武力を持とうとも彼等は進む道しか残されていない。

莫大な費用をこの出征に費やしているのだ。

欲深い彼等が何も得ずに引き下がる事は出来ない。


ファブニルはそんな彼等の心情を利用していた。

痛手を負おうと彼等は何かを得るまで止まらない。その様な状況に意図的に追い込んだのだ。


同時に彼等は己の誇りや自尊心を保たなければならない。

はなから肥大したそれらは最早納める術など何処にもない。




対グレンデル軍がエケベル平原西に足並み揃えて整列したのは秋上月の中旬初日の事であった。


日が昇り朝靄が立ち上る中黄迫軍2万、雨月旅団1万、諸侯勢6千が北から順に陣取り緩やかな弧を描いて展開した。


太鼓が打ち鳴らされる。

太鼓持ちが長く声を張り上げ、静まり返った平原に響く。

その声を受け、全軍が鬨の声を挙げた。


続け様に打ち鳴らされる太鼓の音と共に対グレンデル軍は進み始めた。


「風行兵に追風を」


エケベル平原の精巧な模型を櫓の上から眺め、ゼンマは脇に控える副官のドウェイン・ファブニーラに告げる。


情報は櫓の下で待機する角笛持ちにより伝達され戦場に風が起こる。


直後、出城の内側より高々と巨大な岩が打ち上げられた。

投石機による攻撃である。

岩はファブニル本陣の背後の森に落下し樹々をへし折る。


「次は射角を合わせてくる。射線を開けて回避」


ドウェインが細かく笛の音を指定して吹かせる。

戦場に角笛が吹き渡るや否や出城の向こうから巨大な岩石が打ち上げられる。


青空の下で緩やかに岩は回転し黄迫軍に迫る。

黄迫軍の隊列が変化する。

岩の落下予測地点を避けて軍が割れる。


中洲を避けて流れる川の様に兵士達は雲霞の如く出城へ進む。

出城の中から放たれた岩石が意味を成さず着弾する。


その瞬間轟音と共に岩石が爆散した。


「なにっ!?」


ゼンマは目を剥き思わず叫ぶ。

離れた位置の兵士が爆風で薙ぎ倒され、破片で更に多くの兵が傷つき倒れた。

それが更に2度続く。


「っ!?進め!砦に近き射程範囲から外れろ!投石機の移動はまだか!?撃ち返せ!敵の投石機を狙え!」


「固定が終わりません!今暫くお待ち下さい!」


「急げ!軒並みあれにふきとばされるぞ!」


兵士達が駆ける中再び巨石が打ち上げられた。


「来るぞっ!なるべく距離を取り行兵は岩戸!」


着弾し轟音を上げて再度爆散する。

行兵達が起こした岩戸は簡単に吹き飛ばされ、兵達が死傷する。


しかし幾分か被害は軽減出来ていた。


「投石機まだか!急がせろ!行軍速度早め壁に取り付け!風行兵には弓矢対策!土行兵は降ってくる岩の被害を軽減させろ!」


ドウェインが櫓から身を乗り出し唾を飛ばしながら伝令に叫ぶ。


爆音が続く中伝令達が散っていく。


ゼンマは考える。

あの岩が何なのか突き止めるのは後だ。

先に如何に逃れるかを考えねばならない。


「……ゼンマ様……」


ドウェインが思考に沈むゼンマを呼んだ。


「どうした?」


ゼンマはドウェインを見る。

先程まで矢継ぎ早に指示を発していたドウェインが静かに空を見上げていた。


ゼンマはその視線の先を追う。巨大な薄茶色の岩石が緩やかに回転しながらゼンマ達に向かい、その大きさを増していた。


「……退避!」


呆然とするドウェインの兜を叩きゼンマは櫓の梯子を下った。


「来るぞ!ここから離れろ!」


周囲の気付いていない者や固まっている者にゼンマは叫び散らした。


「行兵!岩戸を!」


近くに待機していた行兵が地に手を着く。

直後凄まじい衝撃にゼンマの意識は塗り潰された。


次にゼンマご感じた感覚はくぐもった音だった。

どれ程時間が経ったのかは分からなかった。


自分が何をしていたのか、今は何処にいるのか、ゼンマには暫く何も考えることが出来なかった。


一際大きな音と地面の振動に朧げだった意識が覚醒し、体を起こした。

耳は未だにくぐもってぼやける視界で周囲を確認する。


辺りは薙ぎ払われ、人が至る所に転がっていた。

耳に水が詰まっている様な感覚の中、ゼンマは倒れるドウェインを見つけ這って近付いた。


彼の右脚は無くなっており骨が露出し、血が失われていた。


「医療兵!医療兵はいるか!?」


ゼンマの聴力が一際大きな爆音と共に戻る。

己の鎧用の外套を脱ぎ去り剣で割くとドウェインの患部をきつく縛り止血を施す。


「……ゼンマ様…申し訳ありません……」


「お前に居なくなられては困る!」


「……」


ドウェインは青白い顔で押し黙った。

そこら中から聞こえる呻き声にゼンマは憤る。


本陣の一角にグレンデルの投石が着弾したのだ。

しかし見る限りシカダレスのいる本陣は無傷だ。

戦場を見ると自軍の兵士達が壁に取り付こうとしているところだった。


「ゼンマ様!投石機の固定が終わりました!」


「何機だ!?」


「10機で御座います!」


「よし!目標は敵投石機!雲梯、衝車、轒轀車を投入しろ!有りっ丈出せ!分散させて狙いを集中させるな!医療兵まだか!」


遠目に見える戦場では矢が雨のように降り梯子を登る自軍の兵士達を払い落としていた。


「放て!」


騒音の合間を縫って声が届く。

直後、軋みを上げて投石機が動き、載せていた岩を打ち上げた。岩には油がかけられ、燃えている。


一斉に放たれた巨石は油煙を棚引かせて出城に向かう。


「よし、これで…」


ゼンマは呟く。

だがゼンマの視界で10の岩は出城上空で弾かれ、エケベル平原に落下し黄迫兵を押し潰した。


「……何が………」


ゼンマは唖然と呟いた。




黄迫軍本陣から投石が成された時、シンカは北の塔からその様子を確認していた。


「兄さん!クウハン隊から信号!」


「了承。送れ」


リンブが光の信号に返事を送る傍ら、シンカは手信号を出す。

風行法、反射。


その合図と共に塔の頂上に集っていた黒尽くめの森渡り達は経を練り、体内で凝縮させる。


飛来する燃え滾る巨石を視野に入れつつシンカは手を挙げ、振り下ろした。


塔の東側に急激な風の流れが起こる。

風行使い達が一同に水平方向に向けて滑降風を行った。


シンカ達の頭髪や衣類がはためく。

余りにも強い風は飛来する岩石の炎を消し去り、まるで透明の壁があるかの様に押し返した。


シンカ隊が北側を、クウハン隊が中央、スイセン隊が南側で滑降風を起こして降り注がんとする投石を防いだのだ。


「リンブ。後数度は投石が行われるはずだ。注意しておけ。追い風は一度取りやめ次弾に備えろ」


出城壁際では一進一退の激しい攻防が続いていた。

青鈴兵の奮迅に壁を登り切る者は現れていない。


「ヴィー、衝車の綱を狙えるか?距離は四半里もあるし狙いは精々指三本分だが」


「やってみるわぁ」


ヴィダードは特徴の少ない弧を描く眼と口を開けた仮面の下で気負いなく答える。

そして使いこ慣れた楡の弓を引き絞り馬手から矢に経を纏わせる。


暫し風を読みヴィダードは其れを放った。

弓は加速して遠く離れた衝車に向かう。


「……外したわぁ。でも風で綱は切れました」


ヴィダードは続けてもう一矢番える。

再び弦を大きく引き絞り狙いを定めた。


鋭い音と共に矢が打ち出される。凄まじい速さのそれは長く滞空し、見事に衝車の出口を塞ぐ跳ね板を止める綱を射抜いた。


跳ね板が落とされ、中で壁面に接するのを待っていた兵士が剥き出しとなる。


「流石だな。素晴らしい腕だ」


シンカの褒め言葉にヴィダードは薄い胸板を反らせた。


「イーヴァルンの民ってこんな事できるの?!遠当てだったらあんたも敵わないんじゃない?」


「うん」


「高低差があるとは言え四半里よ?!届く事すら難しいのに…!?」


驚愕するリンファを尻目にシンカは目を強化する。

剥き出しになった黄迫兵達が動かぬ的のように射られて事切れていく。


「兄さん!」


「分かっている。…次弾確認」


シンカは再度手を挙げる。巨石が打ち上げられ悠々と空を走る様は大層な迫力があった。

だが森渡りには通じない。


シンカは手を振り下ろす。ヴィダードやリンファを始め風行法を行える者が手を突き出す。

再び体が持っていかれそうなほどの風が流れ、飛来する岩が押し返される。


「敵弓部隊が射程に入った。追い風を起こす。信号を」


リンブが熱系火行法の光球を浮かべ、温度を操作して明滅させる。


「返答あり。やるぞ。1班、2班、3班!途切れぬよう順に追い風を起こす!投石機の際は残る班で対応!」


森渡りが起こした追い風により青鈴軍の矢の飛距離は伸び、対グレンデル軍の飛距離は縮む。




出城の壁でエリヤス・グレンが奮戦する。

押し寄せる敵兵を壁上から斬り落としていた。


「まだ始まって1刻だぞ!へたれるには早い!糞供を斬って斬って死体の山を積み上げろ!」


油がまかれ火がつけられる。敵兵が絶叫と共に梯子から落ちる。


壁下では兵を登場させた轒轀車が次々と近付いてくる。100車はくだらない。


「おいお前ら!あれを破壊した奴は俺が金貨をやる!」


「エリヤス様、金貨100枚も蓄財あるんですか?」


「大丈夫だ!ゲルト様にも出させる!…どわっ!?」


エリヤスの側に敵の火弾が着弾し軽口を叩いていた兵士が吹き飛んだ。


「糞っ!油断するな!」


倒れた兵士を見やると鎧が吹き飛び臓器が零れ落ちていた。

息はもうない。


「己っ!」


腕を振る。人の頭の4倍ほどの火弾が生じて1番近い車の屋根に着弾し天井を破ると中で爆散した。

絶叫がいくつも上がり、敵兵が車から転がり出てのたうち回る。


「車に行兵が乗っている!近寄らせるな!壁を崩されるぞ!ダン、土行兵を壁下に待機させろ!ラビ!デール!北と南に伝えろ!」


梯子を上って来る兵士を突き落としながらエリヤスは部下に指示を出した。


エリヤスは左方向を見る。

そこでは黒尽くめの一団が戦っている。


左右対称な鰍を模した面を付けた2人組みが壁を抉り取って口に詰め込む。

そして同時に壁の縁を掴むと口から粘度の高い液体を大量に吐き出した。


そこに石斑魚面の女が腕を振って火弾を当てる。

液体のかかった場所が激しく炎上した。


何処の馬の骨とも知れない輩に背中を許すのかと考えたこともあった。

だが彼等は只者ではない。


エリヤスが彼らと打ち合ったとして勝てるのか、勝てないのかも分からない相手だった。


特に狼の面の男は尋常な力量ではないだろう。

エリヤスは経を練る。

近付く轒轀車に向けて腕を振る。目の前で大きな火球が形作られ、その表面が不気味に蠢く。


「行け!山茶火!」


エリヤスの叫びと共に次々と火球が打ち出される。

火球を打ち出す方向を調整しながら敵を叩き斬る。


「あ?」


鋭い音と共に体勢が僅かに崩れる。

肩が熱かった。見れば肩に矢が突き立っていた。

気がそれた一瞬で更に2本、腿と脇腹に矢が生える。


「エリヤス様!?」


配下のラビがエリヤスに駆け寄ろうとする。


「他愛無い!持ち場に戻れ!」


肩の矢を引き抜く。鏃が肉を抉った。

梯子を登り顔を出した敵兵の頭を竹割にして脇腹の矢も抜き取った。


「痛え!糞!」


飛来した炎弾を躱して自身も炎弾を起こす。


「炎弾!」


狭間から身を晒した瞬間にふるった右腕に矢が刺さる。

敵部隊が迫っていた。餌に向けて進む軍隊蟻の様に出城の防壁に集い、次々に梯子を登りくる。


不気味な光景であった。


青鈴軍は矢を降らせ油を撒き其れを水際で堰き止めていた。


打ち鳴らされる太鼓と共にゆっくりと衝車が近付いて来る。


「おいあんた、怪我をしているな」


蜂を模した面の男に声を掛けられる。

森渡りと名乗る者達の中で戦闘を行わず不気味な静けさを保っていた虫を模した面の者達の1人だ。


「何だ貴様!」


「もっと剣を振り続けたいだろう?治してやる」


そう言うと抵抗しようとするエリヤスを片手で簡単に捩じ伏せて奇妙な鳥の声を喉から発した。


「何?」


舞舞蛾の顔を模した仮面の女がやって来て仰向けに押し倒されたエリヤスの脇に屈む。


「此奴抵抗する。抑えてるから治療して」


「嫌ならほっとけばいいじゃない?」


「死なれたら兵の士気が落ちるからね」


「あんた、段々お義父さんに似て来たんじゃないジュガ」


「…そんなの嘘だ!」


会話しながらも2人は素早く矢傷の手当てを行い粉薬を矢傷の中に指で塗り込んだ。


「っ!?」


「はいはい、大人しくしてる。大人でしょ?」


激痛に呻くが驚いた事に傷口が見る見る塞がっていくのだ。


傷が塞がると直ぐに防壁から飛び降り受け身を取って走り去る2人を見送りエリヤスは再び剣を握り締める。

まだ闘える。


「衝車が来るぞ!跳ね橋を焼き落とせ!」


再び剣を猛烈な勢いで降り始める。

味方の放つ巨石が散発的に着弾し方々で爆音と共に周辺の土や人を吹き飛ばし、矢の応酬が続いている。


「ぐっ!?」


近くに着弾した敵の炎弾が側で戦っていたジェイミーの肩を吹き飛ばした。首にも裂傷があり長くない事が見て取れた。


「……エリ…ヤス、さま……グレンデーラを…ぼくの、家族を…、いもうと、を……」


傷口を抑えながらふらふらとジェイミーが立ち上がる。


「分かった!」


エリヤスは強く返す。

ジェイミーは胸に矢を受けながらも狭間から身を乗り出してそのまま大地に向けて身体を投げ出した。


急速に経が高まる。

最後に彼と目が合った。

ジェイミーはそのまま爆散した。


彼の経全てを利用した槍鶏頭は近くまで迫っていた轒轀車と衝車を破壊し、周囲の兵士数人を道連れにして霧散していった。


「ジェイミー。立派な最後だ」


脇で戦うダンが呟く。

開戦から2刻、青鈴軍の被害は少なく、対グレンデル軍の被害は時間経過と共に増していた。


しかし倍数以上の兵差に戦線は徐々に青鈴軍が押されつつあった。




徐々に押しつつある出城防壁を巡る戦線を遠目に眺めつつゼンマは思考を巡らせていた。


戦線は徐々に自軍が押しているが出城陥落までに少なくない被害が出る事が予想された。


「ベイジル。此方の投石機を全て北の塔に向けよ」


「塔…ですか?」


「此方の投石が跳ね返されるのは行法の仕業である事は間違いない。此処から届く北と南の塔を集中的に狙い破壊せよ」


「北を破壊し、次は南ですね。畏まりました」


指示を出すベイジルの背を見ながらゼンマは考える。

上空で岩を跳ね返すのは風行法の仕業だろう。


此方の射出に合わせ行法を行う優秀な部隊が塔に布陣しているのだろう。集中的に狙えば練経が間に合わず打破できる筈と睨んでいた。


投石機の向きが変えられ10を超える巨石が一斉に塔へ走った。

だが始めの攻撃は全てが跳ね返される。


「等間隔で射出を行え!絶やすな!」


再度の檄に投石機部隊が従う。

等間隔で岩が放たれ始め、それが跳ね返されていく。


「……いつまで保つかな?」


ゼンマはうっそりと笑う。

岩を防いでいる部隊は特に優秀な行兵部隊だろう。


これを一網打尽に塔とともに粉砕すれば青鈴軍にとっては痛手となるだろう。


「ベイジル、エリヤスはまだ討ち取れんのか?」


「は。レイスロットに狙撃させていますが手当てを受け未だ剣を振り続けています。ですが時間の問題でしょう」


「烈将のエリヤス。手強い男だ。奴を討ち取れば敵の士気は大いに下がる。…オードラを出せ」


「…分かりました」


眉間に皺を寄せてベイジルは頷いた。


オードラ・ファーブはファブニル一族の暗殺部隊、鬼火を率いる女性である。

ベイジルが嫌悪を表情に浮かべたのには理由がある。


この女は極めて人格に難があるのだ。

しかし今、この場面では役に立つ。


「左方押しが弱い。弓兵を中央から回し援護せよ」


地図の駒を動かしゼンマは戦線の維持に神経を注ぎ始めた。


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