最後の憩い
シンカは2月振りに里に帰ってきた。標高が高い為、家の前の藤の花がまだ咲いておりヴィダードがとても喜んでいた。
花を丁寧に摘み取るとナウラの手帳を奪って押し花にした。
第一子の挙式だけありリン家の式に対する熱意は隔絶していた。
ナウラ達を疎かにしていた訳では決して無いが、やはり知らぬ女と娘、姉では扱いが変わってしまうという事だろう。
そして最も大きな理由に勝手知ったる里での式で、何処まで何をしても良いか理解しきっているという事が大きいだろう。
何をしでかすか分かったものでは無い。
来たる日の朝、早朝に起きだして身支度を整えていたシンカは朝食の卓に着くリンファの背後で竹筒を構えるカイナの姿を発見した。
黙って見ていると筒から針を吹き出した。
シンカの目には針の先が何かの液体でぬれている事を確認できた。
音も無く吹かれたそれをリンファは手にしていた食器を背後に回して受けつつ素早く振り返った。
しかし避けられる事を想定していたカイナは既に多数の針を投げ終えていた。
食器と皿で15本を打ち落としたリンファだったが1本がリンファの肩に刺さる。
「カイナ母さん!?…なんで…」
リンファは肩から針を抜く。
針の毒は恐らく強力な睡眠導入剤と練経阻害薬。
リンファは諦めて元の席に着いた。
「で?何?」
カイナの拳により腹を突かれてリンファは意識を失った。
カイナが口から蝙蝠を真似た音を出すとシンカ亭の扉が跳ね開けられてリンガ、リンク、リンマン、リンハの年若い弟達が現れてリンファを引き摺り出していく。
「あ」
鈍い音がしてリンファの頭が戸枠に打つかる。
しかし気にした風もなく両手両足をそれぞれが持ち連れ去られていった。
入れ替わりにリンゴ、リンツと2人の弟が甲冑の胴を、リンリとリンヒの十代半ばの妹が甲冑の左右の足を、最後に今年7歳になる妹リンリウがとことこと腕を持って家に入ってくる。
「兄さん、今日はこれを身に付けて来て。」
ぎらぎらと金色に輝く趣味の悪い鎧だった。
「…正気か?」
「良いから言う通りにしなさいな?」
「………」
シンカは溜息を吐いた。
カイナは居なくなったが弟達がシンカに鎧を着せるべくにじり寄った。
「わかったわかった。抵抗せんから。好きにしろ」
手を挙げて言うと4人は一斉にシンカに集り、黄金の全身鎧をシンカに纏わせた。
最後に黄金色の騎士用外套を肩に止め、整髪油で髪を後ろに撫で付けると満足してシンカ亭を去って行った。
「おお!その髪型はなかなか凛々しいぞ!…鎧は悪趣味だがな」
感想を述べるカヤテを半眼で睨め付けた。
目を擦りながら出て来たユタはシンカの黄金騎士姿を目にしたが欠伸をしながら通り過ぎた。
「ねえねえ、ごはんは?」
ユタは席に着くと萎れた花の様に宅に突っ伏した。
食事を作っているとヴィダードが現れる。
ヴィダードも特に何も告げる事もなくシンカに執拗に絡まり7回濃厚な接吻をしてシンカのあしの間に座り込む。
邪魔で仕方ない。
食事も完成した並べて席に着いた時ナウラが今にやって来た。
「馬鹿ですか?」
一目見て冷たく突き放す様に口に出した。
「お前の暴言がここまで有難いと思ったのはは初めてだ。」
「失礼ですね。暴言?この慈愛に満ち溢れた私が?」
「ははははっ!面白い冗談だな。慈愛に満ち溢れた女は馬鹿とは言わぬのだ。」
「…純真無垢だった私に悪い遊びを教えたのはシンカです。」
「純…ん?なんだって?」
「このっ!」
口論をしつつも食事を終えると外からけたたましい音で金管楽器が吹き鳴らされた。
ラクサスの行進曲である。シンカ亭の扉が勢い良く勝手に開かれ外の騒音が鼓膜を直撃する。
「なんだなんだ?!」
カヤテが目を白黒させて席を立つ。
騒音の中ルーザース式の野暮ったい全身鎧を着込んだ男、リンブが駆け込んで来た。
そしてシンカの腕を引き家から引きずり出すと家の前で跪いた。
「おお!天下無双の騎士様!」
大仰な仕草でリンブはそんな事を言った。
その声は行法で拡散されて里の広場まで届いた。
広間から下品な笑い声が響く。
シンカの片眉がひくりと痙攣した。
笑ったものの顔を忘れない。
1人残らずだ。
シンカは豆粒程の大きさの一人一人に人差し指の先を向ける。
お前らの顔を忘れないぞ、と。
リンブの演技は続く。
「我が国の姫であるリンファ様が悪しき竜に攫われてしまいました。騎士様!どうか、姫をっ!ぷっ……お助けください!」
「リンブ殺すっ!」
遠くからそんな聞き覚えのある声が聞こえた。
「姫って、もう30だろ!年増姫っ!」
「殺すっ!殺す殺す殺すっ!」
聴衆の突っ込みに不穏な言葉が並ぶ。
「はははっ30なんだから大年増だろ?」
シンカは全て気にしないことにした。
「騎士様!彼処に竜が!そして竜の周りを竜を信奉する邪教徒共が守っております!」
遥か下の広間とその奥の修練場との間に枯葉柄の大きな布が退けられた。
竜がいた。飛竜だ。
いや、あれは皮だ。
大きな翼を棒で頭まで外套で覆った一族の小娘と思われる数名が動かしている。竜が口から火を噴く。頭の部分に身体の小さな火行法使い、恐らく6歳のリンビンだろう。
奇声をあげて木剣を持った黒尽くめの者たちが30程林からかけ出て来て崖を登りシンカの通り道に布陣した。
そしてもう一枚の枯葉柄の布が取り払われる。
磔にされたリンファだった。
桃色の大胆な夜会着にふりふりの透かし布が付けられており、髪は側頭部での二つ結びである。
完全に遊ばれていた。
「カイナぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁっ!リンドぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおうっ!赦さん!絶対赦さん!手を解け赦さん!出て来い赦さん!くああああああああああああああああああああああっ!」
目が血走り唾を撒き散らしながら吠え狂い、体を揺さぶり激しく荒ぶっていた。
近寄りたくない。
「騎士様!これが邪教徒供を打ち倒す聖なる剣です!」
渡されたのはただの金鍍金された木剣である。
「おらぁ!シンカを叩き潰せ!」
「儂の干し柿の仇を取るのじゃ!」
「俺にも嫁1人分けろ!」
聴衆が何やら叫ぶ中シンカは木剣を握る。
「…まあこれでも殺せるだろう……」
振るわれた木剣は空を切り裂いて獣の断末魔の様な音を鳴らした。
「兄さん…瞳孔が開いてる…よ…?」
階段を降りていると1人目が襲い掛かってくる。
「残念だハンケン。義弟として仲良くできると思っていたが…」
「ば、ばれてっ!?何故?!」
「姿を隠そうと俺の鼻は誤魔化せん。一度会ったことのある人間なら間違えん。」
素早く振り払われたシンカの輝く木剣は割波でハンケンの木剣を一撃で断ち切った。
「嘘だろ…?何だこの割波…早すぎだ…しかも木剣の意味が無い…」
シンカは素早くハンケンの懐に入り込み背負い投げた。崖の下に。
絶叫を上げて落ちて行くが下で落下者を救出する部隊が控えているのを見逃すシンカでは無い。
2人目、3人目とシンカは歩を止める事すらせずあしらって行く。
その度にシンカの動きを何処かでリンゼイが適当に脚色して物語調に解説し、その声が里中に響く。顔から火が出そうな程の恥であった。
10人目の相手は小柄な女だった。
「ガンレイ。お前もこの糞の様な茶番に加担するのか。俺に何の恨みがある?」
「あんたと剣を交える機会ならどんな茶番でも利用するわよ。」
八相に構えたシンカの木剣の握りが軋む。
打ち込んできたガンレイの鋭い一撃に激しく合わせる。
「教訓一。武器にも経を纏わせ強度を上げるべし。」
ガンレイの木剣は激しい一撃に罅が入る。
「教訓二、人の結婚式に余計な茶々を入れるな。失礼だろう。」
二撃目でガンレイの木剣は微塵に粉砕された。
「っ、それは私のせいじゃっ?!ああああああああああああっ!?」
小生意気な小娘を崖から突き落として先に進む。
「騎士シンカは姫を攫われた怒りに燃えっ、ひっ!?」
リンゼイが仕様もない解説をしている姿を目に留め指を向ける。
覚えていろ、と。
リンゼイは小さく息を飲む様に悲鳴を上げた。
主犯と思われるカイナとリンドウをさり気なく目の動きだけで探していた。
15人目は踊り場で4人固まっていた。
「セキムか。そっちはフウリとセンシ。もう1人は知らんな。」
セキム。シンカに心的外傷を負わせた相手である。
「はははっ、俺はな、ずっとお前の事が嫌いだったんだ!何時も俺より目立って!この場で恥をかかせてやろうと思ってな!」
「泣き虫セキムが随分と大きく出たな。女とばかり乳繰り合っているお前に訓練を続けた俺が劣るものか。」
「黙れ!リンファは俺が娶る筈だったんだ!」
隣の知らない匂いの女がセキムを殴った。
「あんた、私達に手付けといて巫山戯んなよ。」
「ごめんなさい。」
セキムはどうやら尻に敷かれている様である。
「シンカ。悪いけど旦那があんたの事嫌いだからさ。まあ悪いけど付き合ってよ。私は嫌いじゃないけど、寧ろあんたの子供なら産んでみたいけどね。」
「寝取られ?!」
センシの言葉にセキムは頭を抱えてふらついた。
「何でもいいけどさー、早く終わらせてよ。披露宴の食事楽しみなんだよね。」
何時も自分勝手なフウリは12年経っても変わりない様だ。
「王剣流仁位、アグニア!参る!」
4人がシンカを囲む様に展開する。
「騎士シンカ絶体絶命!4人の邪教徒に囲まれてしまった!どうする!」
「死ねっ!俺の前から消えろ!シンカ!」
構えるセキムに突進しようとすると3人が前に出てセキムを庇う。アグニアの縦斬りを寸で避け洞を打とうとするとセンシが防ぐ。
「アグニアは妊娠してるのよ!?お腹なんて普通狙う!?」
「馬鹿かっ!?お前ら正気か?!今すぐ家に帰れ!」
「因みに私も妊娠中。お腹は勘弁して。」
「狂っている。この里は狂っている!」
フウリの言葉に対しシンカは吠えた。
「旦那がどうしてもあんたに勝ちたいっていうからさぁ。まあ惚れた弱みよね。」
「…………」
センシの剣を紙一重で避け体を突き飛ばす。
センシは踏鞴を踏む。しかしその先に足場は無い。
「あらら。残念。」
一言残してセンシは崖から落ちて行った。
「センシ!俺の嫁をよくも!」
「馬鹿か。下でぴんぴんしてるぞ。」
怒りに燃えるセキムを見遣り肩を竦める。
「お前のそのすかした面が何時も気に食わなかったんだっ!いつもいつも俺を蔑んで!」
「…自意識過剰だ。10歳の課題の多爪熊を内緒で狩ってやった恩も、15歳の時賢竜の群れから助けてやった恩も忘れたのか糞野郎!」
「それは言うな!内緒の話だろ!お前が悪いんだ!俺の初恋のクウアンはお前の事が好きだって言って俺を振ったんだ!この恨みは死ぬまで忘れないぞ!」
「巫山戯るな!クウアンはふた回り歳上の太った男が好みだから体良く俺を理由にしただけだぞ!見ろ!最初の旦那が痩せたら別れて別の太ったおやじに乗り換えただろうが!」
「うるさいうるさいうるさい!」
無言で突っ込んできたフウリの剣を鋒で受け止めて左手で素早く鼻の下を突く。
「うっ……」
その場で気絶するフウリを抱きとめ転がす。
「俺の嫁を2人も!?」
「言っておく。俺もお前を好かなかった。修行をさぼり女に声を掛けてばかりの中途半端なお前が!手当たり次第女に声を掛けるのはいい。だがその女をお前は守れるのか!?」
劇的な音楽が崖の上から流されている。
リンドの仕業だろう。
「黙れええええええええええっ!お前がいうなああああああっ!」
鋭い突き。その速さは燕蛾を突き刺せる程であった。
だが立てられたシンカの木剣がその鋒を逸らす。
そのまま流れる様に顎を打った。
「がっ…畜…生…」
崩れ落ちるセキム。
残るアグニアが油断無く此方の様子を伺っている。
「成る程。強いな。」
「…名からしてウバルド人か。このへたれが里を出たとはな。」
「まあそう言うな。守ってあげたくなったんだよ。」
足を肩幅より少し大きく開き腰をずっしりと落とす。剣は正眼。
大樹の構えだ。
「妊婦が何をしている。大樹の構えなど、産まれてしまうぞ。」
「まだ3ヶ月だ!」
シンカの最低最悪の言葉での性的嫌がらせを何処吹く風で流すアグニア。
王剣流らしい。
シンカは体を回転させ剣を手首や指の動きで回転させ舞いながらアグニアに迫る。
「兄さ、騎士シンカ、華麗なる舞で邪教徒を翻弄する!鈴剣流木の葉の舞!その美しさは最早芸術だ!」
アグニアは切り口を見破れず歯噛みする。
アグニアは斬りかかられると思い剣を横にし掲げた。
だがそれは欺瞞。意識の間を突くような突きが放たれ動揺した隙に懐に潜り込まれていた。
シンカはアグニアの鎖骨と鎖骨の間、天突を指で突く。
意識を失い崩れるアグニアと抱きとめてフウリの隣に転がした。
23人目と24人目を倒して漸く地に降りる。そして25人目として再び小柄な女が立ちはだかる。
「リンメイ。お前もか。」
「えへへっ、まああたしもそれなりに強い自信はあるからさ。シンカ兄ちゃんとどれくらい離れてるか確かめたいじゃない?」
言うなりリンメイは動く。低く左に沈み込んだかと思えば姿を見失った。
霞不知火だ。
即ちリンメイは鈴剣流の徳位に至っているという事。
しかし対処法を知っていれば大したことはない。ましてや周囲に自分の経を散布している。
感知した剣の軌道に自身の剣を合わせる。
「なにっ!?」
袈裟に振られた一撃がリンメイの出先で軌道を変える。
影抜きだ。
驚いた。
しかし影抜きという技を知っていれば対処もできる。
影抜きはその前段階の斬撃と軌道が精々四半角程度しか変わらないのだ。
だから来ると分かっていれば避けられなくはない。
シンカは大きく身体を落として軌道から逃れ、木剣を握った拳の中指の第3関節で腕のつぼを突く。
途端に握力が鈍りリンメイの木剣がすっぽ抜ける。
「うっそ?!あたしが!?…痛たたたたたたたたっ!?」
指二本でリンメイの鼻を吊り上げる。
「まだまだ甘い。技の切れは素晴らしいが、読まれている相手には何の意味もない。厳しい修行をつけてやる。ガンレイとも連れて来い」
最後に指で額を弾いて退けた。
28人目は酷い露出の女、コウシュンだった。
「シンカさんは女好きでしょ?どお?」
あわや頂点が見えそうな程の帯で隠されただけの乳房を寄せて深い谷間を見せつけてくる。
その場で小石を拾い指弾を放って終わりにした。
「騎士シンカ、姫の為なら女の色気も何のその。これぞ、愛の力です。」
「リンゼイっ!あんた覚えてなさいよっ!絶対後悔させてやるっ!」
歯をむき出しにしてのたうち回りながら切れ散らかすリンファ。
男の戦士を一撃で延し、竜に近付くと黒い魍魎製の装備を着込んだ女が現れる。
最後に立ちはだかったのは事のほったんと思われるカイナであった。
「やってくれたな、カイナ。」
「お母さんを呼び捨てとは悪い子に育ったわね。」
「母としての威厳が無いからな。尊敬に足るところを見たことが無い。なんだあのリンファの格好は。里中の恥だぞ。」
「シンカっ!あんたっ!」
血走った目でリンファが吠える。
「大丈夫。お色直しあるから。」
「そういう問題では無いっ!」
シンカの岩断ちをカイナは剣を斜めに担いで擦り落とす。
王剣流の瓦落としだ。
シンカの剣を擦り落とすや否や肩を狙い鋭く斬りつける。
シンカは上体を逸らして躱した。
更に首を突いてくる一撃を木剣で逸らし腕、肩、頭と続け様に打つ。
四半角寝かせた木剣で全てを防がれる。
「強いわねえ?ねえシンカ?リンドウの事娶らない?」
「おい!俺とリンファの式じゃ無いのか!?」
「そうだけど、本気で好きなんだって、私の子。私に似て美人でしょ?駄目?」
唐突に訳の分からない事を言うカイナにシンカは口をあんぐりと開けた。
「親がしゃしゃり出る話では無い。」
「そうかもね。じゃあ私が勝ったら娶ってよね?」
40を超えて尚年齢不詳の美しい外見。大きな目での睨み付けは美しいが故に肝が冷える。
言うや否や深く右足を踏み込み脇に構える。
「妹に手を出すわけがあるかっ!」
「私の娘の何が悪いっ!」
シンカにすら視認が難しい横薙ぎの一撃が迸る。
千剣流奥義、雷光石火。
一度間合いで放たれれば避ける事も防ぐ事も出来ない必殺剣である。
シンカは軌道を予測して身体を沈め、木剣を立てる。
「騎士シンカ、雷光石火を受けようとしている!?そんな事が出来るのか?!いや、出来るはずがない。受けられないからこその雷光石火!」
リンゼイの解説が耳に障る。
猛烈な勢いで振られた剣をカイナは振り切った。
「シンカが敗れた?!」
「まさか!?」
聴衆がどよめく。
「ちっ」
舌打ちしたのはカイナであった。
「やられたっ!」
カイナが持つ木剣は柄だけになっていた。
シンカは強烈な剣技を放つ際にカイナの持つ木剣の同じ位置を狙い続けていた。
幾ら経で覆っても所詮は木材。
負荷のかかり易い根元を狙い痛め付けていた。
故に木剣は雷光石火の威力に耐えられなかったのだ。
「そんなにリンドウが駄目なの?!従兄妹ならメルセテとメルソリア以外合法でしょ?」
打ち拉がれるカイナの元にセンコウが現れ肩を叩いて首を振った。
「私だって、娘の幸せを…!」
「今日じゃない」
カイナは連れ去られていった。
シンカの目の前には苔色の鱗の四つ脚竜が鎮座している。
リュギル南部に生息する爪飛竜の皮の中に人が入り動かしているのだ。
流石と言うべきか、才能の無駄遣いと言うべきか、生前を模した見事な動きを見せている。
翼を動かしているのだ4人の幼女が楽しそうで微笑ましい。
「到頭姫を攫った邪竜の元まで辿り着いたシンカ!果たして彼は邪竜を倒し姫を助けだせるのかっ!?」
竜の向こうで磔にされたリンファが顔を赤くしている。
あれは恥によるものだ。
「おらぁ!行くぞぉ!」
竜の中からくぐもった声が聞こえる。
先制で竜が爪で薙ぎ払ってくる。飛んで躱し、足元を過ぎ去る腕に斬りつける。
ぼてっと腕が落ちて棒で腕を動かしていたリンツの顔が見える。
首が擡げられるその後突き出される。口が開き可愛らしい息吹が吹かれた。
牙の間からリンビンが懸命に炎を吹き出している必死な顔が見え、首を落とすのは後回しにした。
竜が向きを変えて尾で薙ぎ払う。また飛んで躱して3分の1程を斬り捨てる。
聴衆が歓声をあげる。奴等は既に各々持ち寄った酒を飲んで酔っ払っていた。
残る腕を斬り、最後に首を落とす。
落下するリンビンを抱き止めて地面に下ろして頭を撫でるとリンビンは嬉しそうに笑って抱きついた。
「騎士様!邪教徒に邪竜を見事に打ち果たして下さったのですね!?」
再びリンブが現れシンカの前に傅く。
弟達が竜の皮を引きずって下がって行く。
「姫をお任せ出来るのは騎士様だけです!枷を解き姫を貴方の手に!」
「…リンブ。後で修行を付けてやる。」
「げっ」
「安心しろ。リンメイもガンレイも一緒だ。リンゼイも連れて来い。」
慄くリンブを尻目に木の柱に固定されたリンファに近寄る。
「…もう最悪。何これ?」
「悪ふざけが過ぎるが、悪気は無いのだろう。その格好以外は。」
「えっ?格好?」
眉を顰めるリンファに向け手を握りあわせる。地中の水分を集めて立ち上げると水鏡に変えてリンファが自分の姿を見られるようにしてやった。
「なんじゃこりゃ!?カイナああああああああああああああっ!」
「若作りしすぎでは無いか?」
少し揶揄いを含めて告げると据わった目をして此方を眺める。
「シンカ。あたしその話好きじゃない。早く外して。」
リンファを磔にしていた手足と胴の綱を水蜘蛛針で断ち切ると落下するリンファを抱き止めた。
途端歓声と拍手が響く。
「こうして竜を倒し騎士とお姫様は結ばれ、末永く暮らしましたとさ。あ、ウンホウ?私ちょっと旅に出るから子供の事宜しくねーっ」
そんな言葉を最後に解説は途切れた。
シンカは歯の根を噛み合わせてかちかちと音を鳴らす。
岩肌がぬるりと動き金色の瞳が現れる。
更に数度歯を鳴らすとそれは素早く崖を這い上っていった。
怒るシンカとリンファから逃れようと姿を晦まそうとするリンゼイをミダが捉えて来てくれる事だろう。
「おらぁ!お前ら早く接吻しろぉっ!」
「いや、熟女の接吻姿…見たいか?」
「男同士の接吻こそが美。」
「リンファは若過ぎる。後20は歳を食わないと女じゃない。」
「うるせぇ三馬鹿!すっこんでろ!」
聴衆が野次を飛ばす。
シンカは接吻しようとしてリンファの顔を見る。
側頭部の二つ結びと頬にべったりと丸く塗られた頬紅が笑いを誘う。
シンカは無表情であったが身体が震えた事を感じ取りリンファは半眼になる。
そしてシンカの肝臓を拳が抉った。
咄嗟に腹に力を込めて筋肉で防ぐが衝撃が一部貫通した。
「ぐおおおおっ」
「やっちまえリンファ!そこの女誑しを畳んじまえ!」
リンファは野次を飛ばした男に下品な手信号を送る。そして現れたリクファに連れられて一度退場した。
広場に設けられた宴の席、その最も上座の高砂にシンカは腰掛け広場を見回す。
青空の下に設置された木製の円卓にこれでもかと豪勢な食べ物が載せられ、同胞達が群がり貪っている。
作っているのはシンカの血族達だ。
彼らはシンカと4分の1しか血が繋がっていない。
それでもシンカの為に遥々エンディラまで同道し、そして此処でも祝ってくれている。
リンファが戻るのを待つ間1人のシンカに弟や妹に遠縁の親戚までが祝いの言葉を述べてくれる。
酒を注がれ、注ぎ返して談笑した。
小さな頃の失敗談や思い出話。そんな話に笑みを浮かべる。
1人で里を出てこの温もりを忘れていた。
自分には家族がいるのだ。
だからこそ戦う。
皆同じ気持ちだろう。
この戦火が里まで延焼しないように立ち上がるのだ。
皆がこうして騒いでいるのも直ぐに戦に呑み込まれるからこその、最後な憩いなのだ。
ナウラやユタ、カヤテも宴を楽しんでいる。
ヴィダードだけは少し離れたところから此方を凝視し視線を逸らさない。
何時もの光景だ。
此処に自分の必要なもの全てがある。
それは本当に全てだった。
他に何一つとして必要無かった。
地位も名誉も金も要らない。
ただ、今目の前に見える家族達と伴侶達が居れば何も必要無い。
特別な物は必要無い。家族と、妻達と居られればそれ以上望むものなど無い。
何は子供を産んで貰えれば、それで良い。
いや、最悪は子供もいなくたって良い。彼女達が健康でいてくれればそれは二の次だ。
目の前の騒がしい光景を見つめシンカは感慨深くなりじんわりと目が熱くなるのを感じた。
少し涙ぐんでいるかもしれない。
この光景を守る為ならどんな事でもする。何度も誓った決意だ。
どんな薄汚い事でも残虐非道な事でも成して見せる。
そう思えるのだ。
リンファが戻ってくる。
明るく快活な彼女らしい黄色の夜会着を身にまとっていた。
黒く瞼の際を縁取り桃色の口紅が差されている。不安そうな様子で口元を弄っている。
口元の黒子が何故だか目に付いた。
彼女は仕草がいつでも艶やかなのだ。
「綺麗だ」
目を見てそう告げると彼女は擽ったそうに笑う。
リンファははたから見れば男を引っ掛けて遊ぶ様な悪女然とした外見をしているが、その実中身は面倒見が良く、家族愛に溢れる温かい女だ。
そして今のシンカは彼女が重たいと感じる程に一途な事も知っている。
これからやり直していくのだ。
参列者数百人に見守られシンカはリンファに口付けをした。
彼女の髪と頸から花の香りが届く。
30になる歳に、2人は漸く名実共に結ばれるのだった。
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