荼毘の煙

エンリ隊とシンカ隊は静まり返った廊下を駆け抜けていた。


先行するエンリ隊の双子の兄スイハが弟スイホの肩を蹴って飛び上がり、天井に飛び付いた。天井はただの石組みで掴まる物など無かった。

だがスイハの指は石材に沈み込み身体の向きを変えて天井を這うように進み始めた。弟のスイホはそのまま床に減り込み沈んで行く。


スイ家は土行に極めて優れる家系だ。

その分家から生まれた双子は生まれつき口がきけなかった。何か特別な力を得た者はその分何かを失う事がある。


双子は声帯が生まれつき萎縮し、声を発する事が出来なかった。

代わりに土行に異常な程親和性があり、粘土細工を弄るように岩や土を操る事が出来た。

兄スイハは家守の様に天井を這い、弟は蚯蚓の様に床に沈んで姿を隠した。


総勢15名が音も無く駆ける。

暫し進むと曲がり角の向こうで増援に向かうべく隊を整える3小隊を音で認識する事が出来た。


奇襲、先、スイハ。

エンリが合図を出した。


衣擦れの音すら立てずスイハは天井を這い廊下の角を曲がって行く。


「今この王城が何者かに襲撃されている!我々も合流し陛下を御守りするのだ!」


緊張した面持ちの兵卒達は頭上から落下した人の頭大の岩石をなんとなしに眺めていた。

岩石は床に落ちて大きな音を立てると激しい音を立てて爆散した。


スイハが頭上から行った土行法 火栗だ。


撒き散らかされた礫と爆風が敵兵を嬲り、阿鼻叫喚の巷と化した。

無事な者が剣を抜く頃には棍を構えた大柄な女が目前に現れていた。


呻いていた隊長の頭が先ず叩き潰され、目にも留まらぬ速さで棍を回転させ、剣を抜いた兵士の腕を打つと返す手で頭を冑の上から叩き潰した。


「伏せ!」


経を練り終えたフウイが合図を出す。

エンリが後退し身を低くさせた頭上を廊下の壁まで削りながら大きな風の刃が吹き抜けた。

風行法 大断ち風だった。


全てが斬り刻まれた後に吹き飛ばされ、廊下は朱に染まった。

そして何もなかったかの様に侵攻は再開された。


散発的に遭遇する兵達を葬り進み軈て広間へと続くであろう大きな扉の前に辿り着いた。


エンリ隊が扉を破壊し、シンカ隊が突入する。

エンリが合図を出した。


空かさずカヤテが炎剣で扉を斬り裂き、ナウラが斧頭で殴り飛ばした。

内側へ吹き飛ぶ鉄扉を追う様にシンカとユタが突入した。


突入しながらも周囲を確認し、武器を持つ者、強い経を持つ兵を立て続けに葬った。

着飾った貴族達が慌てふためき悲鳴を上げて逃げ惑った。

恐らく玉座へ続くのであろう階段の前に2人の武人が立っていた。


1人は男。顎を上げ切れ長の目で不敵に此方を眺めている。

背は高く6尺を超えた痩身で、焦茶の波打つ頭髪を背で1つに括っている。


瞳には自信があり溢れていた。

黒衣の装備で槍を床についている。


もう1人は女だ。背の竹は5尺半ほど。同じくシメーリア人で巻き毛を髪留めで全て後ろへ流している。

装備は八目白蛇の蛇革を鞣した白衣で、剣を佩いている。

かなりの手練れだ。


「・・あの女、僕が貰ってもいいよね?」


普段よりも更に三白眼が進み、にたりと口角を上げて薄気味悪くユタは笑った。


「あれは白激のアクア。男の方は黒風ルイヒ。この前俺が仕留めた銀剣のロクアの弟子2人だ。」


シンカの言葉に2人が反応する。


「師匠を打っただと!?」


「許さない。」


2人が即座に武器を構える。


「カヤテ。頼む。」


「・・ん?カヤテ?・・その肌、髪、目の色!赫兵か!?」


ルイヒが目を剥く。


「カヤテ・・処されたと聞いたが・・」


「クサビナの謀略か!」


「クサビナが本格的に我が国を攻め始めたという事が?!」


「まさか、ベルガナと同盟を結び挟撃するつもりか!?」


ざわりと壁際に逃げた貴族達が恐れを忘れ口々に騒ぎ出す。


「我等は森渡り!この装いに見覚えがあろう!汝等が略取した我等の同胞の身柄を取り返しに来た!」


エンリが声を張った。彼女の声は絢爛な広間に響き、貴族の私語を止ませた。


「然り。その罪、万死に値するもの也。」


シンカが低く続ける。

その時、ばたばたと音がして広間の奥から兵士が駆け出て来る。

行兵含めその数100。中隊だ。


対して此方は15。

無理では無い。だが犠牲は免れないだろう。

だが、シンカが1人でケツァルに乗り込んだ時よりは無謀では無い。


「キキキっキッ、キッキッ」


「キキキキッ」


エンリとシンカが合図を送り合った。

敵兵は扇状に展開してシンカ達をじりじりと包囲し始める。

皆、経を練っている。肌のひりつきを感じた。


「ふふあああああはっ!」


緊張の糸を切ったのはユタ出会った。

ユタは剣を外套に隠したまま真っ直ぐにアクアに向けて突撃した。


「名乗りも上げない。下賎な鈴剣流。師匠の仇、打つ。」


アクアは据わった目付きでユタを見やった。

笠から覗く目は焦茶。シメーリア人だろう。鈴剣流を扱うシメーリア人。ランジュー出身の鈴紀社の高弟と思われた。


非常に目付きが悪い。凶相だ。

得物の長さが分からなかった。牽制で一度仕切り直し得物の長さを見極める。


アクアは両手を突き出した。


「瞬光閃」


発光と共に鋭い音波が瞬時に広がる。

目と耳を潰し距離を開け仕切り直すのだ。

だがユタは止まらなかった。


瞬間何かに光が反射し目が眩んだ。

アクアは続け様に手を突き出し風行法 虚千本を行う。


空気の針が前方へ向けて多数射出された。

ユタはアクアが2度目に手を突き出すのを見て取ると手を握りあわせる。

水行法 水張り手。

水の膜が空気の針を薙ぎ払った。


アクアの行法を封じたユタは前転しながら飛び上がった。

アクアは考える。

相手の構えは鈴剣流だった。鈴剣流が飛んだ時は奥義の天誅を警戒する必要があるが飛距離が足りない。別の思惑があるに違いなかった。


アクアは逆に間合いを詰めた。床からの高さ5尺まで飛び上がったユタは近寄ったアクアに対して斬撃を放った。

外套から腕が出され、剣が振られる。

アクアは腕を上げ頭上の高い位置で受けた。

それはただの勘でしか無かった。

剣を掲げて刃を受けた筈だったが、鋒が目の前にあった。


「えへへっ」


粘ついた笑いが目に付いた。


「っ!?」


アクアの白い装備が破られ傍からじくじくと赤い染みが広がった。

始めは何が起きたのか分からなかった。


ユタは一太刀目に湾曲剣を振るった。

半円を描いて湾曲した剣は防御の内側に潜り込んで受け手を傷付ける。

アクアは初見でそれを無傷で防いだ。

だがユタは油断なく二手目を放っていた。左手で握った透明の剣を外套の隙間から突き出していたのだ。

違和感を覚えたアクアは躱そうとしたが間に合わず、脇腹を破られたのだった。


「ひひひひっ、今の、躱すんだ。」


距離を取ったアクアを深追いせずユタは剣についた血を眺めた。

アクアはじっとり汗を掻きながら脇腹を押さえた。


「なに、その剣。」


ユタの磨き上げられた剣は粘度の高い血液を撥水し視認しにくい透明色へ戻っていった。


アクアは再び両手を突き出した。圧縮された空気が石床を殴りつけた。石材は破壊され絨毯に穴が開く。アクアはその穴に飛び込み逃亡を図ったのだった。


一方ルイヒとカヤテは暫しの間見合っていた。

ルイヒもカヤテも瞬光閃を知っていた。

アクアが法を行った時、ルイヒは目を閉じ耳を塞いで防いだ。

同じくカヤテも目を閉じた。

だが耳は塞がなかった。


耳孔に経を充填させ音波を遮断したのだ。

同時に体から吹き出すように経を放出させた。

その経はカヤテの目となり耳となり、広間の絨毯の毛足から石材の隙間の厚みまで全てをカヤテに知らせた。


カヤテは目を閉じたままルイヒに迫ったのだ。光が落ち着きルイヒが目を開けた時、カヤテは既にルイヒの目前にあり炎揺らめく輝ける劔を大上段に振りかぶっていた。


「な!?」


ルイヒとカヤテでは明らかに役者が異なっていた。


「千剣徳位、カヤテ!」


名乗りと共に斬り伏せるカヤテにルイヒは身を横に投げ出した。


「はっ!」


縦斬りを放った後直ぐに横に薙いだカヤテの剣をルイヒは転がって躱す。


「黒風ルイヒ。お前には我が部下、シャーニの兄の妻の弟、ホルンが討ち取られている。仇を取らせてもらうぞ!」


黒風ルイヒの二つ名は彼の装備とその体捌きを由来とする。

ルイヒは油断無くカヤテを見遣った。

赫兵カヤテはラクサスの人間にとって最も悪名高い人物である。

幼子の頃より戦場に立ち、ラクサスの侵攻をその身をもって食い止めた。


一撃で千を殺し、万の軍勢の士気を削ぐ。

何時も万全の態勢を整えたラクサス軍を打ち破って来たのだ。


この女を必ず殺す。

ルイヒは飄々とした表情の下でそう誓った。

ルイヒは望槍流と春槍流を収めた槍術士だ。

しかし槍は穂先は長いものの張り出してはおらず春槍流の物だ。


ルイヒは他者に望槍流の技を見せない。見せた相手は必ず殺す。

必殺技を見せた相手は必ず殺さなければ次には必殺技では無くなる。


ロクアの教えだ。


しかし此処には人が多い。技の流出は避けられないだろう。

それでもルイヒは躊躇わなかった。

腰を落とし水平に槍を構える。春槍流の構えの一つ、啄木鳥の構えだ。

対してカヤテは赤く赫く剣を正眼に構え、身動ぎせずに静かに此方を見据えていた。

赫兵の炎剣は全てを溶かし断ち切る業火の剣だ。


幾人もの武将が彼女には討ち取られてきた。

ルイヒ自身愛人であった女傭兵を跡形も無く蒸発させられた事もあった。


憎き相手だった。ここで仕留めると強く誓い人知れず槍の柄を握り締めた。

カヤテは剣先を小刻みに上下させ此方の動きを探っている。

じりじりと足の指、踵を器用に使い少しづつ躙り寄る。

見合ってどれほどか2人の距離はルイヒの槍の間合いまで詰められていた。

カヤテの肩が僅かに下がる。呼吸か。誘いか。


再び肩が上がりルイヒは動いた。

ルイヒの必殺、投槍では無く突き出しからの奥義、落雷。

春槍流に於いて投槍術落雷を放てる者は徳位を得る。

ルイヒは投槍としての落雷は放てない。だが高速の突きはそれに匹敵する威力と速度を持っていた。


ルイヒは正確にカヤテの心臓を突いた。

そして確実に仕留めるべく密かに練っていた経で左方から3筋の氷の爪を走らせ、身体を転じて柄を振るう。

望槍流の奥義旋毛薙ぎである。

刃で首を跳ねる旋毛薙ぎだがルイヒのそれは柄の石突き近くで首をへし折る。


師のロクアに三殺と称された必殺の三連撃だった。瞬き一つの間に行われたこの技で殺せなかった者は居なかった。


ルイヒは技を出し終わり勢いのままカヤテに振り向く。

そして自身の両手が明後日の方向へすっぽ抜けるのを唖然とした表情で見送った。

虚しい響を上げて槍が転がる。

何が起きたかルイヒには分からなかった。


「お前には我が国の町や村を幾つも襲われたな。死した民らに死して償え。」


ルイヒはその時自分が何故負けたのか考えていた。

初撃の落雷を剣でいなされて二撃目の氷爪を体を落として躱され、そのまま旋毛薙ぎまで躱されたのだ。


そして振り返ったルイヒの腕を薙ぎ払う。

落雷を躱すなど尋常な力量では無い。

ルイヒは振り下ろされる赤い剣を苦虫を噛み潰した様な表情で見上げ、防ごうと両腕を上げた。

だがルイヒの腕は既にそこには無い。

血の滴る肘だけが挙げられ、直ぐに頭を断ち割られて崩れ落ちた。




二つの一騎打ちを見守っていた両勢力だったが、カヤテがルイヒを斃した事でラクサス側に動揺が広がった。

それを形成悪しと見たのだろう。


一矢、鋭い音と共に兵の合間から矢が放たれた。

矢は経を練るナウラに向けて飛来した。

ヴィダードが笠を素早く脱いで打ち払った。

乾いた音と共に勢いを失った矢が緩く回りながら弾かれ、ヴィダードの麦穂色の髪が晒され波打った。


「おお!貴女はヴィーさん!私に会いに来」


見目の良い貴族が突然前に進み出て声を上げた。

その動きで張り詰めていた緊張の糸が切れ、森渡り達の行法が行われた。

ありとあらゆる強力な法が貴族中心に展開され、彼は一呼吸の後に肉塊へと変じた。

ヴィダードの矢はいの一番に眉間に突き立っていたがその矢さえも粉砕され、周辺の貴族や兵も纏めて薙ぎ倒された。


遅れてラクサスの行兵が手振りを行う。

飛び出たシンカは床に手を付きカヤテとユタを守りに入った。


床が盛り上がり中央で折れ、上に立っていた兵達を文字通り叩き潰した。


敵行兵が放った法は中央に屹立した床石のなれの果てに阻まれてカヤテとユタには届かなかった。


矢を射かけようとする一隊の頭上に岩の塊が三つ降り落ちた。

遮る間も無く石床に落ちたそれらは爆散し耳を劈く様な音を立て周囲の兵士を吹き飛ばした。

吹き飛ばされた兵士は激しい爆風により四肢が引き千切られる。


「囲め!全方位から押し潰せ!敵は少数!此処より一歩も進ませるな!」


偉丈夫が現れ兵達の鼓舞を始めた。

直ぐ様ヴィダードが矢を射るがその矢も切り払われて落ちる。


「不味いぞシンカ。敵が隊列を整え始めた。誘蛾風情に我等が阻まれるなどあってはならないぞ!」


エンリがシンカの横に来て悪態を吐く。


「俺に怒るな。ヴィー。次は行けるか?」


「勿論よぉ。」


ヴィダードが経を練りながら囁く。


「援護する。」


シンカは手を突き出す。

十指の先端から波状に細い稲妻が放射される。

風行法 紫扇。威力は弱いが敵の動きを止めるには良い法だ。


絶叫の中ヴィダードが経を練り終えた。

両手を突き出し弦を引く。

番た木製の矢の周りに風が渦巻く。

風はうねり渦巻きヴィダードが放った矢に寄り添う。

矢は飛びながら緩く回転し、その速度を上げていく。

風と共にそれは加速して偉丈夫に迫った。

彼はそれを見とめ打ち払うべく剣を振った。

男が剣を矢に向けて振り終わった時、その剣線は鏃にすら触れることはなかった。時すでに遅く、矢は眉間に吸い込まれ後頭部を破裂させて抜け出て背後の石壁に突き刺さった。


「イスナール様!?」


「将軍が!」


ヴィダードが仕留めた男は将軍ガロ・イスナールであったらしい。

相手がどんな立場の者であったとしても森渡りはもう止まることはない。


薬師の風態である侵入者を阻むべく彼等を押し包むラクサス兵と、仲間を捉えた国家の転覆を目論む森渡りでの激しい攻防が続けられていたが、将軍が打たれた事でラクサス兵に更なる動揺が広がる。


「セキア!ガンコウ!ヨウケン!敵行兵、弓兵を引き付け徹底防御!フウホ!スイハ!スイホ!遊撃に徹しシンカ隊を援護!」


ガンコウが両手を突き出し立風で矢の斉射を防ぐ。


「カヤテ!」


「任せろ!」


「ヴィー!」


「はあい。」


動きを止め経を練り始めたカヤテの前にヴィダードが立ち敵の遠距離攻撃を防ぎ始める。

ラクサス兵との接点ではユタ、シンカ、ナウラ、センヒ、ガンレイ、ジュリが剣を振るい防衛戦を築いていた。


シンカは時折後方から正確な矢を射てくる男に目を付けていた。


槍兵が突き出した槍を握り感電させ、槍を奪い取ると槍を支柱に飛び上がる。体を前転させながら奪った槍を投げ放った。矢を番えていた男は胸を大きく抉られ、床に突き刺さった槍に支えられて立ったまま生き絶えた。


「隊長!このままでは持ちません!」


エンリ隊の若い男の森渡り、セキアが貼り叫ぶ。


「黙って戦え!退けば死ぬ!仲間も救えずに!」


隣で奮戦するヨウケンが答えながら手を突き出す。

背を仰け反らせながら息を吸い込み胸が大きく膨らんだ。

そして吐き出された風が太く長く束ねられ敵の鎌鼬を押し退け迫る敵兵達を薙ぎ払った。

その瞬間ヨウケンの腕に2本矢が突き立った。


「己れ!」


僅かな隙が生まれヨウケンの腹に槍が突き立てられた。


「小癪な!斯くなる上は!」


ヨウケンは敵中に踊り出ると更にもう一太刀胸を斬り付けられながらも丹田に急速に経を集中させる。


「よせ!ヨウケン!」


エンリが叫ぶ。

ヨウケンは自爆せんと経を解放する。

その直前影のように滑りよったシンカが拳でヨウケンの腰を突く。

濃縮され制御を失う直前の径が全身に散っていく。


シンカはヨウケンの襟首を掴んで背後のエンリへ向けて投げ捨てた。


押し寄せる敵剣兵の刃を躱し懐に潜り込んで拳を鎧に押し当てた。

爆音を立てて吹き飛ぶ敵を尻目に腰を落とし足の裏、親指の種子骨を使って転じると次の敵に肘を当てる。

またも激しく吹き飛び周囲の敵を巻き込んでラクサス兵の包囲を広げる。


「ガンレイ。ナウラを支援し戦線を維持。ジュリ、ユタを行法で支援。センリ、経の起点がずれ始めている。後退しガンレイ、ジュリを支援、集中力を回復させろ!」


既に手信号を出す余裕すらない。


「シンカ!敵行兵の集中砲火を止められませんか!」


ナウラが叫ぶ。


「カヤテに準備させている。このまま守れ!エンリ!お前の部下達の疲労、負傷が激しい!俺が引き受ける!一度下がらせ回復させよ!」


兵士を1人吹き飛ばしシンカは両手を突き出す。

紫扇がエンリ隊正面の兵士を薙ぎ払い、更に白糸を一閃させる。


「すまん!ガンコウ!ヨウケンとフウイの治療を!スイハ!スイホ!シンカを支援!」


壁からぬるりと突き出た腕が今にも法を行おうとする壁際の行兵の首へ伸びて短剣で脊髄を破壊した。

腕は再び壁に飲み込まれその後壁から石の槍が何本も突き出て十数名を死傷させる。

天井から小石が勢い良く打ち出される。

鎧に当たったそれらは小さく破裂し敵の意識を削いで行った。


「シンカ!行くぞ!」


カヤテが叫んだ。


「来るぞ!全員後退!カヤテの背後まで引け!」


シンカは叫ぶ。

全員が素早く後退するとカヤテが両手を突き出して人差し指と親指の間で起点を定めた。


「桜ヶ丘!」


叫び、右手を振った。

必死の形相で弓を番えるラクサス兵の足元が白く輝いた。

それは小さな豆粒大の光源だった。

その光点を元に床が色を変えていく。

赤く赫き、青へと変じ、最後には同じく白く。

桜の咲き誇った丘の様に。

しかしそれは人の目に留まり美しく輝く命の息吹では無い。

人を焼き殺す灼熱の赫きだ。


阿鼻叫喚となった。

ラクサス兵達は生きながらにして脚から炭化を始め崩れて崩れ落ちる。

人が燃えた時特有の異臭も余りの高温に発生しない。

ヴィダードが風を吹かせ消し炭さえも散らしてしまった。


「これが、赫兵・・・。」


セキアが浮かされたように呟いた。


「直に増援が来る。進むぞ。」


エンリの言葉に皆が粛々と従った。

広間を進むと先には大きく絢爛な扉が立ち塞がっていた。


「あれだけの味方を、この人数で!?」


「落ち着け。この人数しか生き残らなかったのだ。」


「此処を通すわけにはいかん!」


「イスナール様も、ルイヒ様もアクア様も、メルヴィル様も、皆討ち取られたというのか!?我が国はこれからどうなるのだ!?」


4人の衛兵が立ち塞がる。


「往ね。さすれば命は取らん。」


一命を取り留めたヨウケンが槍を突き付ける。

彼等は動かなかった。


「ならば去ね。」


穂先が翻り春槍流の奥義が繰り出され呻き声1つ上げずに彼等は倒れた。


床から浮び出たスイホが扉に手を当てる。

鋼鉄製の巨大な扉が溶けて崩れた。


豪奢な赤い絨毯が伸び、一段高い位置に背の高い玉座が据え付けられている。

顎鬚を蓄えた中年が苦い表情で片肘を手摺についてかけていた。

傍には幾人かの衛兵と若い美貌の男が控えている。


「その出で立ち・・・」


美貌の男が呟く。

玉座の男、ラクサス国王ローグ三世が口を開く。


「余の前にその様な薄汚い出で立ちでよく姿を現せたものだ、森の苔豚供め。」


苔豚とは森の戦争で茸や落下した果実や苔、下草など何でも食う獣の事だ。

時には人の遺骸を喰らうこともあり嫌われている。


「へ、陛下!この者達を刺激してはなりません!」


老人が焦った様子で国王を止める。


「殺せ。」


冷たくエンリ告げる。

衛兵に守られた国王の背後から浮き出したスイホが石で作った槍を突き出す。

玉座を貫通し穂先はローグ三世の胸を破った。

豪奢な衣類が突き出た穂先を中心に赤く濡れていく。


「・・ば・・・ばか・・な・・・。・・薬師風情が・・ラクサスを敵に回す・・の・・か・・?」


「この国からは既に我ら森渡りどころか凡ゆる薬師が退去しているところだ。」


冷たくエンリが述べた。

その視線の先には胸を掻き毟り震える哀れな中年の姿がある。


「お前達は我等の同胞を手に掛けた。」


「待って下され!直ちに解放する!後生です!」


先程国王に諫言を行った老人が喚いた。

玉座の間に集っていた貴族達が物言わぬ骸となった国王をみて狂乱した。


「あ、貴女は!」


見目の良い男、ルドガー・レジェノが顔を綻ばせて歩み出た。

その視線はナウラに向けられていた。


「良かった!ずっと貴女に逢いたかったのです!」


そうしてその見目を誇示するべく長髪を掻き上げた。


「ナウラさん、でしたね?アゾクでお会いした時から再びと思っていました。」


ナウラは彼の事を覚えていた様だった。


「また、私に命乞いをするのですか?」


ナウラは表情を変えずに尋ねた。

シンカにすら彼女が何を考えているのか分からなかった。


「命乞い何て、そんな。私は貴女に会えて喜んでいるだけです!」


敵味方全員がナウラとルドガーの遣り取りを見守っていた。

森渡り達はルドガーとの関係性を推し量って生殺の判断をしあぐねていた。

ラクサス貴族はルドガーが女を誑かす事に自身の命に対し光明を見出していた。


「取り敢えず、目障りなので髪を弄るのを辞めて頂けますか?挙動の多い男性は余り見ていたくありません。」


「っ?!」


ルドガーは一瞬顔を引攣らせて直ぐに柔和な表情に戻る。


「それは失礼致しました。改めて、私に貴女の心を射止める機会を頂けないでしょうか?」


会話を聞いていた森渡り達にはこの男が何をしたいのか図りかねていた。

増援の為の時間稼ぎと捉えて周囲を警戒する者が殆どであった。


「後、私は人妻です。 主人を差し置き男の方とお会いする事も、お食事も、お話する事すらあり得ません。」


ナウラの歩み寄りの一切ない言葉にラクサスの老人が蹌踉めき尻餅をついた。


「・・・また、またお前か!お前が!」


ルドガーは表情を豹変させてシンカを睨みつけた。


「アゾク大要塞、ヴィティア、そしてラクサス。お前が何処で何をしようと勝手だが、ラクサスに我等を略取する様讒言したのはお前だな。ならば、お前は我らにとって害悪だ。お前は俺の姉を誘拐したのだ。」


「まっ」


シンカの言葉にルドガーは何か答えようとした。

しかし言葉を発した時にはその胸に槍を生やしていた。

春槍流奥義落雷がルドガーの心臓を奪った。


「おれ・・は・・・こんな、ところ・・・で・・・」


ルドガー・レジェノはこうして命を失った。

ロボクを破滅させ、旧ヴィティア勢力を壊滅させ、ラクサス王国の権威を地に落とした疫病神はこうして何も生み出さずに命を失った。


どうと倒れたルドガーの体から血が広がる。

彼の死を合図として森渡りは動いた。四行ありとあらゆる行法がラクサス貴族と衛兵に殺到した。


「返してもらうぞ!我等の一族を!」


逃げ出そうとした兵士をエンリが棍で弾き飛ばす。

やがて動く物が無くなると皆が手を下ろす。

皆息が荒く目が血走っている。


怒りに突き動かされ加減を失っていた。

彼らにとってこれは売られた喧嘩であり仕掛けられた戦争であった。


「・・・たった・・・10人やそこら・・・拐かした、だけ・・で・・」


血を流し横たわった兵士の1人が息も絶え絶えに言葉を紡いだ。

たった10人誘拐しただけで数百から1000人近い人間を殺傷した事を責めているのだろう。


「お前は母や子を害した者を憎まんのか?妻を拐かされ復讐せんのか?自分の家族を2度と傷付けられ無い様に徹底的に痛め付けんのか?・・・我等は行う!それがどんなに側から残虐に見えようと!決して許さぬ!力の限り争い我等の恐怖を刻み込み!2度と同胞、家族に手を出されぬ様に!」


エンリの棍が兵士の首をへし折った。




「澱んだ臭いがするわぁ。」


ヴィダードが小さく口にする。


「俺は地下牢を目指す。エンリは玉座の後方、ガジュマ城本塔を。ヴィー。」


エンリは手信号を出し素早く駆けていった。背後にエンリ隊が続く。


「ガンレイ、ジュリ。まだ行けるか。」


カヤテが振り返り若く経験の足り無い二人に問う。


「勿論よ。誰かが困っている時に助けられ無い人は自分が困った時に助けて貰えないのよ。」


ガンレイの言葉は真理ではない。善意を尽くしても人に裏切られる事もある。見捨てられる事も有るだろう。


だが身内を見捨てて得られる物など何一つない。それは確かだ。

何を犠牲にしようとも家族を、同胞を守る。

それが森渡りの考えだ。


「私も大丈夫です。捕まっているランハクは私の親友なんです。絶対に助けます!」


ガンレイに続き口数の多くは無いジュリが気炎を吐く。


「屍山血河を越える覚悟は良い様だな。」


カヤテはそう言うと表情を更に引き締めた。

ヴィダードの鼻に従いシンカ達は王城を進んだ。


何処かで森渡りとラクサス兵が戦闘を行なっているのか遠くから喧騒が聞こえてきた。

王城の廊下を素早く、音もなく駆けて到頭地下牢への階段を発見した。


「分かるか?」


シンカは短く言葉を発する。


「何がですか?」


ジュリがシンカに尋ね返した。


「この臭い、薬煙ね。森萱草の乾燥根を炊き込めている。」


センヒが替わりに応えた。


「森萱草の薬煙は寝たきりする程の効力は無い筈よ?」


「眠気で集中力を奪い行法の使用を妨げる手立てでしょう。」


ガンレイの疑問にナウラが応えた。


「特別意志が強く、強力な自制心を持つ者なら別だが、手足を拘束しこの薬煙を散布すれば大抵の者は何も出来なくなる。」


言うとシンカは口当ての位置を調整し直し階段を降り始めた。

岩を切り出したままの表面の荒い階段は汚れがこびり付いており、土中から滲み出した水分が薄汚い苔を育てていた。


「鼻が効かないわあ。」


臭気に顔を顰めたヴィダードがそう口にする。


「シンカ。どうですか?私たちは足手纏いでは無い事が分かったでしょう?」


以前カヤテ救出の際に置いて行かれた事を根に持つナウラが起伏少なくしかし厭味ったらしく言葉にした。


体を清める機会の無い囚人達の垢や、汚物の匂いが口当ての布越しに鼻に届く。


槍で突きかかってきた牢番を殺し鉄格子の合間を進んで行った。


汚臭の中にも嗅ぎ覚えのある匂いをシンカは嗅ぎ取る事が出来た。

懐かしい匂いだ。

シンカはこの匂いを肌に触れながら嗅いでいた。

小さな野花から香る淡い良い匂いだ。


牢番の絶叫を聞いた囚人達は一行を無言で伺っていた。

頭のおかしな男がへらへらと笑いながら野次を飛ばし鉄格子の隙間から腕を差し伸ばす。

一顧だにせず通り抜け網状に広がる地下牢の中心を進んで行った。


狭苦しい牢を抜けると独房の区画に辿り着く。

膠で作られた壁に空気孔が開いており、その袂に煙を上げる線香が立てられていた。


「ユタ。」


シンカが名を呼びとユタは特に返事も無く空丸で線香の着火部分を切り捨てた。

独房は多数あったが線香が立てられた房は多くは無い。

略取された同胞の数から自爆したナンカンを引いた10部屋の空気孔前に立てられた線香を斬り払って行く。


センヒ、ガンレイ、ジュリ、カヤテ、ナウラが次々と扉を破り独房の中に入って行く。

シンカも一つの扉を破り、中を改めた。


濛濛と立ちこめる煙の中、壁面の手枷に繋がれ身じろぎ一つしない20前半の青年の姿を目に止めシンカは人知れず歯を噛み締めた。


だが幸いナンカンの牽制が聞いたのか多少の打撲や擦り傷程度で拷問の形跡はなかった。

しかし視線は定まらずシンカの姿も認識できていない様だった。


「許せん!!」


通路からセンヒの声が届く。

シンカは翅で手枷の鎖を破壊し、青年ソウホウの体を抱きとめて通路へ連れ出した。


「ユタ。薺人参を酒精に融いて小さじ1杯を飲ませろ。ヴィー。換気を頼む。」


「なずな人参?なんだっけ?・・・あああ、怒られる怒られるっ!思い出せないよ・・・」


「あれよぉ。男が飲むと絶倫になる薬よぉ。でも催淫は出来ないのよねぇ。」


「ヴィーなんでそんなに詳しいの!?可笑しいよヴィーなのに!」


「ほほほ。」


2人を尻目にシンカは次の独房に脚を踏み入れる。

錠前を翅で切り落とし無骨な鉄と杉材の開いた。

煙の中で四肢を拘束されていた女が此方を向いた。


「・・・カ・・」


シメーリア人の美しい女だった。

もし彼女と再会するのであればお互いに伴侶を連れ、2人とも幸せとなった時だと考えていた。

この様な形とは露とも思っていなかった。


記憶の中で快活に笑っている目は茫洋としており色濃い疲弊を感じさせた。

異国情緒溢れる濃い眉は苦しげに歪められ、少し厚い何処か妖艶な唇からは唾液が溢れ、糸を引いて床に小さな水溜りを形作っていた。


5歳の時分に死んだ母の弟、養父リンレイの長女リンファだった。

シンカの初めての恋人で有り、義理の姉でも有る女だった。


掠れた声は微かにシンカの名を呼んでいた。

意識はある様だ。共に切磋琢磨しただけあり流石に屈強である。

しかしそのリンファをしても此処まで衰弱している。

拷問や強姦の形跡は無かったが水も食料も与えられて来なかったのだろう。

だが 1日や其処等だ。命に差し障る状況では無い。

それでもシンカの顔は憎悪に歪んでいた。


例えその進む先が別れたとしても彼女は大切な姉だ。

四肢を繋ぎ止める鎖を斬り抱き留めたリンファの身体をシンカは確と抱き留めた。


「リンファ。俺が来たぞ。もう何も恐れるな。お前が帰る先までに立ち塞がる全てを斬り刻んでやる。例え血と臓物で出来た道を歩く事になっても。」


焦茶の滑らかだが乱れ、解れた髪を撫で付けて彼女の体を抱き上げる。


通路に出ると全員が解放されて簡易的な治療が施されていた。

汚らしい床に体を横たえるのは抵抗があったが彼女達には自ら歩いて貰わなくてはならない。

リンファにも気付薬を飲ませ意識を覚醒させる。


「ナウラ、センヒ。補水液を作ってくれ。残りはそれを皆に。カヤテ、ヴィー。地下牢の入り口へ向かい見張りを。ユタ。恐らく近くに皆の装備があるはずだ。探してくれ。」


矢継ぎ早に指示を出しリンファの容態を確認した。

脈に異常はなく瞳孔も正常。軽度の脱水症状といった所だ。

気付薬で薬煙の効果を飛ばせば動く事は出来るだろう。


「皆、聞け。仲間が皆を助けに来ている。現在ラクサス兵と交戦中だ。辛くとも戦ってもらわねばならん。」


シンカの言葉に拘束されていた森渡り達が頷いた。

ユタが見つけ出した装備の元までふらつく者達を支えて歩む。


「既に薬師組合からラクサスからの撤退勧告が出ている。里からも直に指示が届く筈だ。ゲンイ、ゲンラン親子はラクサス在住だったな?着の身着のまま里に帰る形となるが問題ないか?」


シンカの言葉に中年の男と少年は首肯した。


「・・シンカ・・・」


装備を整えたリンファに声を掛けられる。

彼女の姿を見てシンカの胸が微かに痛んだ。

リンファは切れ長の釣り目に涙を溜めていた。


シンカには彼女の感情を推し量ることが出来なかった。


「話は後だ。皆と合流し城を出る。」


皆が装備を整えると降りて来た階段を登る。

カヤテとヴィダードが武器を構えながら経を練っていた。


「来たか。丁度良い。敵が来るぞ。手練が10程だろうな。」


シンカ、ナウラ、ユタ、センヒが捕われていた仲間を庇い前面に出た。

弓を引くヴィダードの隣でシンカも短弓に矢を番えた。


カヤテの言う通り複数の人間が近づいて来る。

音も匂いも判別は出来なかったが空気中に薄く散布した経が人の動きを伝えて来た。


地下牢への階段を目指し真っ直ぐに近づいて来る。

一同は固唾を飲んで壁に張り付く様に身を寄せて敵が訪れるのを待った。

訪れる者達に心当たりはあった。

音も無く人影が滑り込んで来る。

始めに足が視界に入り続いて三度笠が現れる。


まずヴィダードが射た。

矢を射出する鋭い音と伴に正確に喉仏を射抜いた。

勢いを殺せずに侵入して来た二人目の男をシンカが射る。

砥木の弓の破裂音と伴に三度笠ごと首が吹き飛ぶ。


「己れ!既に地下牢に侵入されています!此処を突破します!」


女の声が山渡り達を叱咤した。

森渡りと山渡りは奇しくも壁を挟んでこの大都市ガジュマの王城で対峙する事となった。


ラクサスの盆暗貴族達が森萱草の香等を知っている筈が無い。誰かが入れ知恵した事は間違いが無い。


そして此処にはルドガー・レジェノが根を張っていた。


山渡りが噛んでいる事は分かっていた。


「イリア様!ゴドウィンの息がまだあります!」


「辞めましょう。共連れです。それに彼はもう助かりません。」


曲がり角の向こうから会話が聞こえる。

お互いに相手の出方を伺い暫し膠着した。

緊張の糸を切ったのは虜囚となっていたコウキであった。コウキは曲がり角に向けて丸い物体を放った。


玉は中に2つの小瓶を内包しており、衝撃で割れた瓶の中から溢れた2種の液体が反応して煙を出す。


そこにトウホが壁の松明を投げた。

激しい爆発が起こった。


「あ、あああああああああっ!?」


「おお、お・・・」


「なんだ!?」


「後退しなさい!来ますよ!」


センヒが飛び出して両腕を振った。両の指の間に挟んでいた礫、6個を弾き放ったのだ。

セン家の者が好んで収める技、指弾だ。


センヒの横を影が駆け抜けた。

ユタだ。

ユタは黒煙の中を突っ切り山渡りに踊りかかった。


「イリア様、お下がりをっ!」


渋い見かけの中年が槍を構えてユタの前に立つ。


「はぁっ、はぁっ、いいよっ!僕の事深く刺し貫いてっ!」


続いてシンカが黒煙を抜けて躍り出る。


「ダニエラ、ツィポラ、クリス。その男、腕が立ちます。4人で相手をします。」


イリアと呼ばれる女はメルセテ系モールイド人の美しい女だった。

これ程美しいモールイド人をシンカは初めて見た。


だが敵だ。美しさは何の関係もない。

シンカの斬撃を女の山渡りが防ぎに掛かる。

シンカはその剣を呆気なく切断した。


「ああっ!?」


女の身体を袈裟に斬り捨てる。しかし浅い。


「ぬ!?この女!?モリス!助成を!」


中年の槍を悉く足裏で捌くユタに危険を感じ背後の青年を呼ぶ。


「あの奇妙な剣は防げない様ですね。ダニエラは下がりなさい。」


シンカの前に3人が立ち塞がる。

煙が晴れカヤテが駆ける。


「ふん!」


強烈な兜割を中年が槍の穂先で弾く。

続け様に五駿を放つがカヤテは全てを捌ききった。


「げげげっげっ、ひひっ」


不気味に笑うユタがモリスという男に迫る。

床すれすれを這う様に迫りユタは斬りかかる。

モリスは剣で防ぐ。ユタはすぐさま斬り返す。

モリスは同じく防ぐべく剣を立てた。

だがユタが放った斬撃は鈴剣流の秘奥影抜きだった。

モリスの首の動脈をユタは斬り払ったのだった。


「か・・・ぁ、か、く・・・」


患部を手で押さえ小さな呻き声をあげるモリスに留めを指した。


ダニエラという若い女を負傷させたシンカにイリスという女が襲いかかる。

ヴィダードの援護射撃を足で躱し猛烈な勢いで迫った。


手には短槍。出会ってきた山渡りの中でも群を抜く強さと見て取った。


シルアよりも腕が経つだろう。恐らくナウラとユタでは倒せない。カヤテ、ヴィダードと同格と言ったところだ。


森渡り達が不覚をとり虜囚となった事も頷けた。


初手の素早い強烈な突きをシンカは左の素手で捌く。

右手の翅を警戒して下がろうとする敵の短槍を捌いた左手で掴み取った。

シンカは引き合いをするつもりはない。

驚いた事にイリアは自分の武器から手を離した。

彼女が手を離した直後紫色の小さな稲妻が槍の表面を走った。


射線を確保したセンヒが再び礫を弾く。

イリアは4発をぎりぎりで躱し2発をシンカへ向けて抜いた短剣で打ち返した。

シンカは素早く笠を取り、笠で払う。


「ナウラ。壁を溶かし道を作れ。穴が出来次第ヴィーと共に先行せよ。」


逃がさんとばかりにシンカの前に立ち塞がる3人が動く。

引いたダニエラという女も経を練っている。

正面から両手に短剣を構えたイリアが肉迫する。


遅れて左から男、右から別の女が迫る。

シンカの頬が大きく膨らみ断続的に水針を吐き出す。

乱射されたそれをイリアは全て突進しながら足捌きで躱した。

シンカは振られた短剣を背の仰け反りだけで躱し、続け様に身体を狙う連撃を体捌きでかわしていく。

横合いから斬りかかろうとする女に手首の動きだけで奪った槍を投げ、右手の翅で男の剣を斬り払う。

ヴィダードが経を纏い弓を引き矢を射る。

左の女は躱そうとしたが、急に加速した矢に対応できず腕を射られ、反動を殺せず背後へと吹き飛んだ。


「ツィポラ。下がって治療をして下さい。」


イリアがそう口にした時にはシンカの足元までダニエラの経が浸透していた。

勢い良く突き出る土槍をシンカは躱し次々とシンカを追って迫り出す追撃から逃げながら右の男に近付く。


迎え撃とうと新しく剣を抜いた男が斬りかかるが、彼の剣は空を切った。

男は何が起きたか理解できず目を白黒させる。

その時には既にシンカは剣を振り終えていた。


「クリス!?」


ツィポラが声を上げる。


「霞不知火、ですか。」


脇を深く斬られたクリスという山渡りが倒れ伏した。

再び起き上がる事はない。


「む・・・。ここまでか。」


左方でカヤテが袈裟に中年の男を斬り捨てていた。


「カヤテ!ユタ!その男自爆するぞ!」


シンカは吠える。


「仕留め損なった!」


下がろうとするカヤテに男が追い縋る。

モリスという若い男を仕留めたユタは離脱するがカヤテは袖を掴まれる。


「往生際の悪い!」


腕を切断する。

ダニエラとツィポラがシンカの足止めをせんと土行で行く手を塞ぐ。


「行くのですね、ドーナル。」


急速に中年の山渡り、ドーナルの丹田に経が集中するのを感じる。


「イリア様。お先に失」


カヤテが剣を首に向けて振るうのをドーナルはにやりと嗤い、そのままの表情で首が落ちた。


「いかん!」


頭を失い集められた経が一気に膨張する。

数瞬後にはドーナルの身体が爆散し、沸いた血液、砕け散った骨片を全身に浴び穴だらけになって死ぬだろう。


いつも以上にシンカの体感速度が遅くなり目前の光景がゆるりと流れた。

シンカは手を握る事無く水柱を口から噴き出した。

首と左手を失ったドーナルの身体を勢い良く押し流す。

20間先でダニエラが地に手を付き岩戸を起こす。

直後ドーナルの身体が爆散した。


「シンカ!抜け道を作りました!」


ナウラが叫ぶ。

爆風に煽られながらカヤテとユタの撤退を確認する。


「先に行け!すぐに追い付く!」


ツィポラがこちらに手を突き出す。

頭上の空気がうねるのを視線すらやらずに確認する。

シンカは前に進み堕龍を躱すと駆けた。


「私の仲間を殺した貴方を許しません。」


「先に仕掛けたのはお前達だ。」


「だとしても。今は敵いません。ですが、必ず。」


イリアは地に手を着く。

床ぎ競り上がり天井まで覆い尽くした。

通路は塞がれシンカと3人の山渡りは完全に別たれた。


「・・・っ!」


シンカは水条を吐き出し首を振り聳える岩戸を一閃した。

上下に断たれた岩塊を更に刻み崩すがその向こうに女達の姿は無かった。

血痕を一瞥しシンカは仲間達の後を追った。




シンカ隊と囚われていた仲間達は城の中庭に辿り着いた。


センヒが無言で火薬玉を撃ち上げる。

そして予てから予定していた通り東へ向けて城内を移動し始めた。


敵戦力は北と南に集中し東西は手薄となる。

信号は撤退の合図だ。

陽動を行なっている残る部隊が城の東側に集束する手はずとなっている。

城内に潜んでいたエンリ隊が陰から滲み出て来てシンカ達に合流する。


無人の城内を移動して城の最東に辿り着いた一行の足元からスイホが浮かび上がる。

スイホは床から足音を聞き取り手信号で情報を伝達する。


南、8半、北、4半。


「北が遅いな。頭数は多い。情けない。」


エンリが苛立ち悪態を吐く。


「落ち着け。勢力が集中している可能性がある。援護に向かった方がいいだろう。」


シンカは周囲に気を張り巡らせながら答える。


「すまん。私の隊はかなり疲弊している。これ以上は死者が出かねない。」


「わかった。此方はまだ戦える。南のクウハン、テンキ、ジュコウ隊と合流したらそのまま脱出を図ってくれ。」


「頼む。スイハとスイホをお前に付ける。」


シンカは自分と共に歩んで来た仲間を見渡す。

ガンレイ、ジュリに至っても視線を逸らすものは無い。


「スイハ、スイホ。中央の尖塔を時間差で爆破したい。錬成で建材を幾らか可燃性の物体に変えてくれ。カヤテ、ナウラ。この城からは既に無関係の者は逃げ散っている。方々に火を放ち撹乱したい。」


駆けながら指示を出していく。


「キキキっ、キキキキキチチチッ」


声帯を絞り合図を送る。

遠くから2つの応答がされる。

経を練りながら待つ事少しでクウハン達が外套をはためかせて音も無く駆け付けた。


「シンカか。被害は!?」


「俺の隊もエンリの隊も被害は無い。其方は。」


「テンキが逝った。身体が上手く動かなかった様だ。身体を晒され無い様に俺が弔った。」


「・・・」


シンカは暫し目を閉じて同胞に黙祷を捧げる。

テンキには幾度か無手の稽古を付けてもらったこともある。

2人で森に潜り泉の側で果実を食べた記憶やリンファとの初体験を迎える前に相談して励まされた記憶がシンカの脳裏に蘇った。


里の者は皆家族だ。皆が皆の名を知っている。


皆が関わって里を支えている。


シンカと血は繋がらなくとも沢山の姉や兄がおり弟や妹がいる。


テンキは5歳で父と母を失ったシンカを時折構ってくれていたのだ。


彼はシンカの兄の1人だった。


「・・・。」


目尻から涙を滲ませるシンカを見てクウハンが肩を掴む。


「行け。此処で残りを待つ。エンヒ達と先に脱出しろ。」


クウハン達は全員が皆負傷しており外套も革鎧も肌も血濡れ、疲弊している。

皆がシンカ達に目礼を行い駆け去って行った。


周囲は城が燃えるきな臭さに包まれている。

シンカ達は場所を中庭に移しクウハン達を追って来るラクサス兵に備えた。


「居たぞ!」


現れた指揮官をヴィダードが即座に射殺す。

スイホが敵の進路に小さな土の棘を生やし足止めを行う。


「カヤテは大技の為に精神を集中してくれ。ナウラ。」


ナウラが未だ目尻に涙を溜めるシンカの背を摩る。


「分かっています。」


棘を踏み呻き立ち止まる兵に向けてヴィダードが両手を突き出す。鋭い音と共に細く束ねられた風が敵を一薙する。


風行法 銀線はシンカの白糸並みに殺傷力のある技であるが、法の行使には相当の技術を要する。

風を細く針金の様に纏めるにはかなりの集中力を要する。


ヴィダードは矢張り天才である。


その銀線により野菜でも切るかの様に兵士が斬られ物言わぬ骸となる。

汚泥の様に醜悪な怒りの感情がシンカの胸に堆積している。

散発的に中庭に駆け込んでくる敵を打ち取り残る同胞を待ち8半刻。


追撃を去なしながらヨウロ隊、シャハン隊、スイセン隊が現れた。


「おお!シンカか!流石、無傷だな!」


気軽に声を掛けるヨウロの顔は赤く染まり肌が僅かにも見えない。

気楽な声音とは反し目は血走り怒りに染まっている事がわかる。


「被害は。」


「キュウカがやられた。」


尋ねると途端に陽気さを失い獣が唸る様に告げる。


「私の所はヒンブが死んだよ。まだ若いのに。自分が情けないよ!」


スイセンが歯を剥いて吠えた。


「俺んとこはガイムが死んだ。名付きだ!一角のベルトランに打たれた!俺は死んでも此処に残って仇を討つ!」


シャハンが理性を失い唾を飛ばしながら喚く。


「落ち着け。お前達は俺よりも年上だろうが。俺達は皆の命を預かっている。」


「優等生がふざけんな!てめえは里を出てたから知らんだろうがあの子達はなぁ!」


覚えている。


キュウカは彼女の兄キョウシンと小川で遊んだ時によく一緒について来ていた。

泳ぎを教えてやった。当時まだ幼かった彼女は人懐っこく疲れて眠る彼女を交替で負ぶって家まで送った。


ヒンブはシンカに憧れていたのか、何度も剣の稽古をせがまれた。

稽古が終わった後は長老の家の前の果実を2人で盗み分けて食べた。


ガイムはとは一度一緒に森に潜った事がある。弓を持たせて鹿を狩らせた。

ガイムは何度も取り逃がしてシンカは何度も慰めた。


皆弟、妹の様に可愛がっていた。

堪え切れず涙を流すシンカを見てシャハンは手を緩めた。


「・・すまん。」


「お前は悪くない。悪いのは山渡りとラクサスだ。相手しながら後退する。シャハンは先行し若いのを連れてくれ。ガンレイ、ジュリ。お前達ももう先に行け。」


シンカが言うとガンレイは目を剥いて怒りを表に出した。


「私が力不足だって言うの!?」


自分の腕に自信を持っていたガンレイには屈辱だったのだろう。

だがシンカは深く息を吐き片手で顔を覆った。


「・・仲間が死ぬのは辛い。頼む。・・・頼む。里の者が死ぬのを見るのも、聞くのも嫌だ。」


「・・・。」


シンカの気持ちを察してスイセンが皆を先導し始める。

怒る気持ちは皆同じだ。

だが状況は予断を許さない。

冷たく冷えていく経を感じ取ってから妻達は言葉を挟まない。


「行こうか。」


ヨウロが凶相で陽気に告げた。

城の最東、エンリ達と別れた場所に辿り着く。


壁には大きな穴が空いておりラクサス兵の死体が点々と転がっている。

死体を追う事で容易に行き先をたどる事ができる。


穴を潜ると早速城壁を回り込んできた追手と遭遇する。


「カヤテ!」


「ふぅぅぅぅ。」


汗で濡れそぼったカヤテは深く息を吐く。


「火岸花!」


白い閃光が迸り城が大きく抉れた。

周囲に居た敵兵諸共光は全てを飲み込み跡地は更地となるどころか綺麗に球系に抉れていた。


「ユタ!カヤテを連れて戦線を離脱しろ!ナウラ!ヴィー!速度早めて接敵を許すな!行兵を優先しろ!歩兵は捨て置け!一斉掃射来るぞ!ヴィー!仲間に届く前に防げ!ナウラ!正面溶かせ!スイハ、スイホ!目一杯火栗を撒け!来た、来た来た来た!ヴィー!」


敵の攻撃を防ぎながら後退していく。

疲労しふらつくカヤテの脇を掴んでユタが先に離脱を図った。


「貴方様ぁ?エンリとか言う女が街を抜けたみたいよぉ。」


「うん。見える。・・うん?・・・・ナウラ!先に外壁の穴に向かえ!退路を確保し待機!スイハ、スイホはもう撤退しろ!」


無言でシンカの指示に従っていた双子が2人同時に首を傾げた。

経の使い過ぎで彼等は汗だくでふらついていた。


「素晴らしい手業だった。どうしても、やりたい事がある。行ってくれ!」


貼り叫ぶと双子は速度を上げて走り去った。シンカに付き添うのはヴィダードだけだ。


「私はぁ?」


「お前はどうせ俺から離れんだろうが。見ろ。彼奴だ!一角のベルトランだ。奴だけは必ず縊り殺す!」


双子の火栗が破裂し追い縋る敵を吹き飛ばす。

立て続けに爆発が続き敵の速度が遅まる。


「てめぇらちんたらしてんじゃねえ!糞が!」


「ベルトラン様!?道が熔岩で通れません!」


「煩え!しょん便でも引っ掛けてろ!」


太い円錐系の槍を携えた全身鎧の巨漢が兵を引き連れ迫っていた。


軈てシンカとヴィダードはナウラの待つ外壁へと辿り着いた。

シンカは其処でベルトランを待った。

森渡り達の足は早い。既に敵射程からは逃れている。


「お前等何もんだ?この国の王都を襲撃してただで済むと思ってんのか?」


ベルトランは野太い声音でシンカに問う。

どうでも良い事だ。


「一角のベルトラン。同胞を殺したな?お前には死んでもらう。」


シンカは強い憎しみを込めて睨め付けた。


「馬鹿か?!お前等がどれだけ殺したか分かってるのか?!」


「下らん問答だ。先に我等に手を出したのは汝等だろう?」


「たった10人だぞ!?」


ベルトランは目を剥いた。


「お前、妻がいるな。匂いがする。10人の男にお前の妻が嬲り殺しにされたら。たった1人の命だ。10人は助けよう。そう思えるのか?」


ベルトランは口を噤んだ。

それが答えだ。


「ルドガーの口車に乗り我等に手を出した報いを受けただけの事。」


ベルトランは自身の長大な槍の柄を握り片手で扱く。


「一騎討ちだ。名乗れ。春槍流仁位、ベルトラン!」


「春槍流徳位、シンカ。」


ベルトランはシンカの名乗った階位に片眉を動かし鼻で息を吐くと眉庇を落とした。


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおっ!」


自身の胸当てを籠手で殴り雄叫びを上げる。

勇ましい様を見て続々と集まる千を超えるラクサス兵達皆がベルトランを鼓舞する喚起の声を上げた。


「おっ、おっ、おっ、おっ、おっ!」


自分自身を鼓舞するベルトランの戦士の声に兵達は声を合わせて自身の胸当てを叩く。

あまりの歓声に周囲は細かく振動し足元の小石が跳ね飛ぶ。


シンカは森渡りの誰かが屠り地に伏した兵士の手から槍を奪い取り構える。


ベルトランの硬銀製の槍に比べればその強度や質は天と地の差と言える。


ナウラが背後で突然踊り出し、兵士達の声に掻き消されるもののヴィダードが何か歌を歌っている。

敵に負けじと2人で鼓舞してくれているらしい。

場違いにも少し笑いそうになった。


ラクサス側の雄叫びと共に兵士数名が太鼓を持ち出し打ち鳴らし始める。

戦士の高揚を煽るそれは心臓の脈拍と同じ間隔であった。


シンカは肩幅に足を開き軽く腰を落とす。啄木鳥の構えだ。


対しベルトランは前に出した右脚に体重をかけ前傾に構える。一角の構えだ。

シンカは敵と相対する時相手との力量差を忘れる。


格下相手でも釦を1つ掛け違うだけで敗れる事となる。そうなれば力量差など関係無いし、油断を生む可能性もある。


笠の下から強い眼光でベルトランを見据える。

対しベルトランは眉庇で表情を窺うことは出来ない。

ベルトランが息を吐く音が聞こえる。


直後、動いた。強烈な突進だ。


瞬く間にシンカとの距離を詰める。

シンカは余裕を持って避けた。

躱しざまに突きかかろうとして取り止めた。

少量の経が槍に纏わり付いているのを感じた。


瞬間、シンカは身体から紫電を発した。

躱したベルトランの槍から白い稲妻が打ち出され、シンカの紫電に当たって消滅した。

風行法 一角だった。

銀剣のロクアも扱っていた技術だが、武器の扱いを行法の導入と兼ねて法を行う技術であった。

今までベルトランが討ち取ってきた敵はこの攻撃で仕留め切っていたのだろう。


シンカが風行法を防ぎ、僅かの間身体を硬直させた。


それを見逃すシンカでは無い。

再び槍を突き出す。

ベルトランはすんでのところで槍を振り払った。

豪快な一撃を潜り込んで躱すと槍を突き込んだ。

春槍流奥義貫痛をベルトランは読んでいた。

身体を捩り鎧の曲面を使って受け流そうとした。


シンカの狙いは逸れた。

しかし穂先はそれでも鎧の脇を削り取り僅かに脇腹を穿った。


「ぐ、おらぁ!」


上体を晒したシンカに力尽くで槍を叩き付ける。

シンカは眉庇の隙間を槍で狙いながら攻撃を躱した。

ベルトランも首を傾げて攻撃から逃れた。


2度後ろに跳ねて大きく後退すると間髪入れず突撃する。

再び一角の構えを取ったベルトランに対し、牽制の突きを放つ。

数合突き合いシンカは強く左へベルトランの槍を打ち払う。


ベルトランは返すように左から右へ槍を薙ぐ。

シンカは巧みに振るわれる槍を躱しつつ自身の持つ槍の穂先を添えて力の流れる方向へと払った。

ベルトランは自身の怪力故に体勢を崩して上体が流れた。


シンカは槍を転じ石突きを体重の乗ったベルトランの踝へぶつけた。

石突きは鉄靴ごとベルトランの脛骨を破砕した。


「おっ!?」


ベルトランは折れた足首を庇い向かって左足に体重をかけた。

シンカは直ぐに槍を転じて銅金で激しく内膝を打った。

槍のけら首が折れて明後日の方向へ飛んでいくがベルトランは呻いて膝を着いた。

シンカは先端を失った槍を突いた。


首鎧に折れた槍を突き込むと首鎧はひしゃげて首にまで槍は到達した。

ベルトランは己の武器から手を離し、自身の首に刺さった槍に手を当てた。


「・・か、・・・くっ、ぐぅ・・・ぅ、ぁっ」


暫し踠き苦しむと激しい音とともに地に倒れた。

更に暫くのたうつのをシンカは冷えた眼差しで見下ろしていた。


一瞬の決着にラクサス兵達は何が起こったか分からなかったのだろう。

ひた、と雄叫びや太鼓が止まった。


シンカは復讐という目的を遂げて兵達が思考を取り戻す前に身を転じて駆け出した。


素早く穴を抜けるとナウラが練っていた経で岩戸を行い穴を塞いで瞬く間にラクサス近郊の麦畑に紛れ、軈て3人で森へと逃れていった。


森暦195年夏下月、動乱の続く大陸でラクサス王都が政治的暴力により陥落する騒動が起きる。


政治的暴力は大規模な物で当時の王族が軒並み惨殺され、王城は修復不可能な迄に破壊された。


しかし暴徒からは主張はなされず、後年の研究でクサビナやベルガナの襲撃説や当時の国王に弾圧された大貴族の報復である等多くの説が歴史家の間で議論された。


ラクサスは国家を運営していく中で必要不可欠な優秀な人材を多く失い国力を急速に失った。


幼王を即位させ、ヴィルマに遷都するものの後にベルガナとクサビナに併呑され数百年の歴史を閉ざす事となる。


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