憤怒


シンカ達はウバド谷遺跡を出ると進路を北に取った。

10日かけてラクサスのガジュマに辿り着いた頃には秋下月に入っており、残暑の中に時折涼しさが含まれる頃合いとなっていた。


一行はいつもの様に宿を取り旅の垢を落とすと食事へと向かった。

衣類を買い求める時間が無く、再び装備を着込んでの食事であった。


シンカには微かな違和感があった。

街が何処と無く浮ついている様に感じられた。

しかし危険が迫っている雰囲気でも無い。


こういった勘は信じる様にしているが、ここまで全く原因が掴めないことも珍しい。


料理屋に入り食事を取る。

その後場所を移して酒を飲もうと酒場に赴き席に着いて少し。

血相を変えて男がやってきた。


「おまえ!?シンカ!こんなところで何してる!?呑気に酒を飲んでる場合じゃ無いぞ!」


現れたのは中年のシメーリア人、精悍な顔立ちの男だった。


「どうしたシャハン。」


シャハンはシンカの5人目の義母の伯父にあたる。

里の選りすぐりの戦士である。


「ラクサスに我等の仲間が拉致され不当に拘束されている!」


「・・・声が大きい。場所を移すぞ。」


酒場の客の中にはジュハンに目を留めている者もいる。


「何を落ち着いている!お前の姉も含まれているのだぞ!」


「何いっ?!」


卓に両拳を叩きつけてる立ち上がった。


「皆殺しだっ!」


「ま、まて、落ち着け!」


「煩い離せ!俺の家族をよくも!」


暴れるシンカをシャハンは抑えつける。


「・・・仲間が続々と集まっている。お前も来るな?」


シンカは目を炯々とぎらつかせて頷いた。

背後でユタがうっそりと嗤った。


「ところであんたはこんな時に何故酒場に居たんだ?」


「げ。」


急ぎ移動しようとするとシンカの袖をナウラが掴んだ。


「私を置いて行こうとは考えていませんよね?」


常より瞼が若干開いている。ナウラは苛立っている。


「シンカ。私達を連れて行く方がいいぞ。これ程優秀で意思疎通が図れる小隊などグレンデルにすら無い。」


腕を組んだカヤテがナウラに同調する。


「カヤテ。そういう問題ではありません。この男はカヤテを助けに行く際、危険だからと私達に薬を嗅がせて置き去りにしました。夫が妻の身を案じ危険を遠ざける気持ち、よく分かります。ですが逆もまた然り。夫の危険を案じぬ妻など私の里には存在しません。私はどんな時でも夫と共にありたいのです。」


シンカは溜息を吐いた。

無下にする事は出来なかった。無下にすれば婚姻が破綻すらし兼ねないと感じる程の意気込みであった。


だがそれ以上に、今回はケツァルを襲った時よりも絶望的な状況ではない。

彼女達は更に強くなっていたし、同胞も幾らか参戦する。


シャハンを含めた6人で移動した先は地下の酒場だった。階段を降りて戸を開けると身体に張り付くような黒装束を纏った男が待ち構えていた。


「ん!?」


シンカの顔を見て目を見開いたのは森渡りのフウハだ。

彼はシンカよりも少し年上の無口な男だ。


「あれ?彼奴・・見覚えがあるぞ?」


「シンカだ!これならこの作戦、多少の無理が効くぞ!」


「9年ぶりに見たぞ・・何処ほっつき歩いてたんだ?」


集っていた森渡りの戦士達が口々に話し始めた。

緊張した顔付きで皆が小声で話し合っている。


「お!シンカ!お前も来たのか!」


声を掛けてきたのはヨウロだった。

側にはセンヒもいる。


「シャハン、ヨウロ、スイセン、エンリ、テンキ、クウハン!物凄い面子だ!」


シンカは辺りを見渡して驚きの声を上げた。


「馬鹿。お前はその全員を相手取っても勝ちを収めるだろうが。・・・ん?また女が増えてないか?」


やだやだ、と首をヨウロは振る。


「凄いよシンカ!僕より強そうな人がいっぱい居る!」


ユタが怪しい目付きで息を荒げている。

復讐を遂げてもユタの剣狂いは治らなかった様だ。とても残念にシンカは思った。

男が1人酒場の奥、皆の正面に立つ。

顔の右顳顬から左顎にかけて4本の爪痕が走る目付きの悪い男だ。


最後に見た時より線が一本多い。里の凄腕戦士10人の1人、クウハンだ。


背後で扉が開いた。5人の森渡りが戸枠を抜けて現れる。皆医療に特化した者達だ。白髪交じりで顎鬚を生やしたシメーリア人のジュコウ。偏屈な男だが医療の腕は稀代の物と言われている。そのジュコウの三男ジュガにジュコウの弟子ソウカ。

他にも総勢で65人にも及ぶ。


皆が殺気立ちクウハンを見据えた。

それはシンカにも該当する。


「改めて説明する。」


クウハンが口を開いた。


「昨日未明、突如としてラクサス兵がガジュマ在住、或いは滞在中の我等が同胞11名を略取した事が分かった。略取された同胞はサンハク、カイケン、ツルセン、リンファ、ソウホウ、ナンカン、コウキ、ランハク、ゲンイ、ゲンラン、トウホ。内ナンカンの死亡を確認した。」


「なんだと!?」


「許さん!絶対に許さん!」


「揺蕩の魑魅魍魎どもめ!」


数人が激昂してはり叫ぶ。


「ナンカンの死因は自爆。他の同胞に拷問の手が伸びるのを抑すると共に我等に居場所を知らせる為と思われる。」


クウハンは皆を見回す。


「ナンカンの自爆により王城南西の尖塔に仲間が監禁されている事が分かった。だが既に位置を移動している可能性が高い。部隊を分け、潜入、突撃する。」


その後6人の凄腕戦士の輪に何故か呼ばれたシンカは舞台分けをする事となった。医療部隊を除きシンカの妻を含めると全員で65名となる。


シンカは当然妻4人と共に向かう事となる。

シンカの部隊には3人が割り当てられる事となったが、其処に多くの若手の志望者があった。


志望者の1人にセンヒが居たので戦い方を知る彼女を指名する。

残る枠は2枠だったが、ガンキという老齢の男に頭を下げられ、彼の子であるガンレイという子生意気そうな娘を預かる事となった。


残る1人は一番若いジュリという娘を無理矢理宛てがわれる。

ジュリはヴィティアで再会したジュナの末妹でリンメイと同い年だ。


「何故俺だけ女ばかりなのだ?」


「若い女同士は固めておいた方がいいだろう?」


シンカの疑問に男勝りの中年女戦士、スイセンが答える。


「・・・」


「後はお前が一番腕が立つ。経験が浅いのは極力お前に付けたい。」


スイセンに続き30終わりの柔らかい笑顔が特徴の長髪の男、テンキが口を開く。


普段は女に人気のある表情も今は鋭く緊迫している。

妻達だけでも気を張ると言うのに他所の子供の責任など負いたくないシンカであったが異論を唱える時間的余裕は無かった。


たった一枚でも義姉の爪が剥がされる事は許せなかった。


シンカは自分を小さな人間だと考えている。

有象無象1000人よりも自分の家族1人の方が大切であった。

大きな志も無い。友人とて自ら求めようとも思わない。

だが家族だけは何としてでも守りたい。

そういう気質を持つ者であると考えていた。


ガジュマ城は多くの尖塔に囲まれている。

都合13本。東西南北十二時の方角に一本づつと王城中心に一本である。

時刻は巳の刻。馬の刻と同時に正面からシンカ隊とクウハン隊20名が突入する。


ラクサス兵の焦点となり残り部隊が四方より城壁を超えて侵入する。

各隊員は4部隊で四方の尖塔に潜入し拉致された同胞の身柄を確保する。

単純な作戦だ。


医療部隊は激戦が予想される正面の2部隊の背後に控え、更に1部隊が医療部隊の護衛となる。

シンカ達は敢えて森渡りとしての身を隠す事なく突撃する。変装もせず、顔も隠さない。

知らしめるのだ。己らが誰に手を出したのか。後悔させる必要がある。


ガジュマの古い町並みを森渡り達がまるで影を渡るように駆けて散って行く。

宵闇の中、ガジュマの住人達は三歩先を駆け抜けた彼等に気付けなかった。軈て町の中央の王城城壁前にシンカとクウハンの部隊が辿り着く。


クウハンが空を見上げた。

頭上頂点から指2本の位置にに牡馬座の恒星、的盧星が到達していた。

クウハンが手信号で指示を出そうと腕を上げた直後、指示を待つ事なく怒り狂ったシンカが物陰から躍り出て閉じた南門前の6人の衛兵に向けて駆けた。


「待っ」


声を上げた時には既にシンカは半分以上の距離を詰め、両手を突き出していた。


「早い!?」


ガンレイが思わずといった様子で口に出す。

クウハンの部隊が全員駆け出した頃には飛び出た青き稲妻が地を駆けて6人に接触していた。


その行法をガンレイとジュリは始めて目にした。まるで青い兎が跳ね飛んでいるように見えた。


断末魔すら無く兵士達は事切れる。勢いのままシンカが跳躍する。

強化した足で己の背丈程飛び上がった。


クウハンの横でナウラが腕を振った。

巨大な斧が回転し、轟音と共にシンカの足元を通り過ぎると深々と鋼鉄の門を斬り裂き、分厚い蝶番を捻じ曲げて城門を破壊した。

開いた突破口の先に居た兵士が唖然として此方を見詰めていた。


クウハンが声を上げかけると同時にヴィダードが行法を行う。

石床が円形に罅割れ、陥没する。

其処に立っていた兵士は頭頂部から足の裏までの厚さが半寸にまで収縮され床の模様と化していた。


ガンレイとジュリ、他クウハンの部隊の若手がその場で嘔吐した。


「おいおい!生っちょろいなこいつら!大丈夫か?!」


歩み寄ったジュコウが髭を扱きながら呆れた目付きでそれを鼻で笑った。


「あああっ!僕の獲物取らないでよ!」


強烈な三白眼の上にだらし無く舌を垂らしていたユタがシンカの後を慌てて追いかけ、最後に落ち着いた様子でカヤテが続く。


「・・・なんだ彼奴ら・・・尋常では無いぞ・・」


シンカの強さは異様であった。


クウハンはシンカが成長する迄は里で最も腕の立つ戦士として名高かった。


だがクウハンが31歳の戦士として油が乗り始めた頃、あっけなく立会いで17歳のシンカに破れたのだ。


そして翌年にはクウハン、ヨウロ、スイセン、セキレイ、コクリという里で十指に入る優秀な戦士達を同時に相手取って勝利を納めた。

悔しさよりも驚愕の方が大きかった事をいまだに覚えている。


そしてその時よりも更にシンカの動きや技は冴えていた。


彼に続く女達も異様だ。黒髪のアガド人とイーヴァルンの民もクウハンと同等以上の力量があるはずだ。


「何事だ!」


「南門の方角だ!」


城門を派手に打ち破った所為で城の衛兵が気付いた様だ。作戦通りである。


「おいお前ら!同胞を救うのだぞ!こんな所で這い蹲っていて終わりか!?」


前方から敵の小隊二部隊が現れる。


「立て!遅れるな!」


クウハンの視線の先でシンカが手を握りあわせた。


「出るぞ!彼奴の十八番だ!見ておけ!」


シンカが前傾になる。口腔から細い水条を吐き出しながら首を振る。

兵達は左から右へ、全員が撫で斬りにされて上下に分かたれる。

その時前方貴族屋敷上に敵の弓兵が潜んでいるのを発見した。


「シンカ!北北東屋根上に注意!」


クウハンは地に手を着き経を流し込む。床が隆起しクウハン隊を守る盾となる。


「トウケン、ランセン!西側を警戒!敵影見え次第撃滅せよ!センハ、フウホ!東側を!残りは付いて来い!」


その時北北東の方角で眩い閃光が迸った。

輝く白球が浮かび上がり破裂し、貴族屋敷を跡形も無く吹き飛ばしたのだ。


「クウハンさん!あの法は!?」


「まさか、あのアガド人!グレンデルの赫兵か?!」


弓兵を屋敷ごと消滅させたカヤテの前に多数の兵士が駆け寄る。


「本当はずっとこうしてやりたいと思っていたのだ!腐れラクサスの魑魅魍魎共め!クサビナに侵攻して行った暴虐の数々、その身をもって贖罪とせよ!旭火!」


目前に現れた小陽が床と共に兵士達を溶かしながら一直線に第二門を溶かし切ると消滅した。


「か、赫兵!?馬鹿な!死んだと聞いたぞ!」


喚く敵兵を死角から迫ったユタが次々と斬り伏せていく。


「ヴィー。」


シンカが愛称を短く呼ぶとヴィダードは空かさず此方を狙う狙撃弓兵を射殺した。

ナウラが手信号を出す。

敵、50、接近。


シンカは大きく息を吸い、両手を握り合わせる。

身体を畳み吐き出した息が白く変化して濛々と辺りに立ち込める。

水行法 鯉霧で増援の視界を塞ぐ。そして続け様に手を握る。


立ち込めていた霧が一気に晴れる。

代わりに悲鳴と共に増援が凍り付いた。

水行法 樹氷である。

しかしこれには殺傷能力までは無い。


シンカは手信号を送る。

カヤテ、火、弱。

経の消耗少ない低火力でカヤテは瞬時に右手を振った。


「秋霧!」


熱波が氷を纏わりつかせながらも迫る増援を襲う。

そして留めにシンカぎ両腕を突き出した。

風行法 雷波紋が駆け抜け、絶叫と共に増援が全滅する。

シンカ隊、クウハン隊、医療部隊、護衛のテンキ隊は前進し、シンカ隊が突破口となりカヤテが開けた壁穴を潜り抜けた。


「来たぞ!向かえ撃て!」


潜り抜けるや否や敵行兵の集中砲火に襲われた。

ユタとセンヒが土中、大気中から水分を掻き集めて水壁を立ち上げた。

襲い来る炎弾の幾つかは水壁で防ぐが外れた物が両脇の城壁に当たり爆風を撒き散らす。爆発で地が揺れ外套が煽られる。


「シンカ!引け!」


クウハンは耐え凌ごうとするシンカにそう促す。

クウハン隊のは左右から迫る敵増援を行法で食い止めている。

シンカは獰猛に嗤った。

水壁の向こうを見通し手を地に着いた。

床材が形を変じ数多の槍となって敵行兵隊に迫った。


「ぐっ!」


「がああああああっ」


複数の悲鳴と共に攻撃の手が緩む。シンカは水壁を突き抜けて放火の中に飛び出した。

空かさずナウラが信号を出す。


カヤテ、左、ユタ、右、ヴィダード、援護、センヒ、確保。

シンカに続きナウラが飛び出す。

僅かに遅れてユタとカヤテが左右から敵に向かう。

センヒはその場で岩戸を行って城壁の穴を隠した。


「ジュリ!ガンレイ!」


壁穴の両脇で放火が止むのを待っていた2人が岩戸の陰に転がり込む。


「センヒさん!あの5人、何者ですか!?」


ジュリが爆音の中で叫ぶ。


「うちの里きっての俊英とその嫁達よ。」


「噂よりも・・・」


ガンレイが歯を食い縛る。


「悔しがってる暇があったらあれに着いていけるよう努力しなさい!分からないの?あんた達を守る為に突き進んでるのよ!」


城壁に着弾した炎弾が壁の破片を散らす。

飛来した一欠片をセンヒは掴み取って握り潰した。


シンカは水壁から躍り出ると翅を抜き取った。

起こした山嵐を素早く抜けて敵部隊に接敵した。


「なっ!?」


始めの1人の股を潜り抜けながら斬りはらい、経を練る行兵2人を立て続けに斬りはらう。


背後ではナウラが手を着き地面を均す。

その後をユタとカヤテが左右に分かれて駆ける。


ヴィダードはセンヒが起こした岩戸に飛び乗ると矢を番えて瞬きの間もなく狙いを定めて矢を射放った。


人が歩く歩の間隔で次々と矢を放ち、奥で前衛3人を狙う行兵を射殺していく。


ヴィダードを狙った炎弾を気色悪いぬらりとした動きで伏せて躱すと背後からの爆風に乗って跳躍し空中で両手を突き出した。


何の差支えも無く大技滑降風を行い一の城郭に集い一斉射撃を行おうとしていた弓兵30名を指揮官ごと薙ぎ払った。


接敵したカヤテはその劔に火を灯し雄叫びと共に斬りかかる。


「1つ!2つ!3つ!」


豪剣で斬り伏せられたラクサス兵は武器も鎧も全て斬られ、焼き付いた斬り傷は血の一滴も流さない。


「逸物?私は下品な女性とはお付き合いしたくありませんね。」


「そんな事は言っておらん!」


「ひひひっ、笑わせないでよ。ひひっ、戦闘中だよっ?」


「貴女は何時も気味の悪い笑いを浮かべていますよ。お淑やかにするべきです。」


「逸物とか言い出した其方にだけは言われたく無いな。」


ユタは涎を垂れ流しながら行兵隊の指揮官に迫った。


指揮官はユタへ向けて鼠車を放ったが、全て躱し切ると透明の剣、空丸を首に突き立てた。


「凄い!今の人、鼠車を全部躱しました!」


「矢が全部眉間に当たってたわ。しかも当てながら大量の経も練ってたのね・・・」


シンカが手信号を送る。

前進。


それを見てセンヒは鳥肌が立った。


今回の作戦は仲間の略取に居合わせ逃げ切ることが出来たテンランが真夜中に砲玉を打ち上げた事から発覚した。砲玉を見たものは次々と自らもそれを上げてからガジュマに集結した。


凄腕の戦士が半数以上集ったが、里の全勢力から見れば1割にも満たない。


相手は国だ。幾ら個の能力が高くとも焼け石に水である。

センヒは自身の能力に自信を持っている。

十指には届かなくともそれに追随するだろう。


それでも兵と相対し50に囲まれれば軈て力つきるだろう。

だがシンカであれば。


そして恐れる事なく矢面に立ち突き進んでいく。

元来彼は温厚で目立つ事を好まない気質の筈だ。

怒りも有るだろう。だがそれはほんの一握りの理由に過ぎないはずだ。


それは同胞に対する情と家族に対する愛だ。

其処に知、技、力を心で束ね勇を持って突き進んでいる。


ばら撒かれる炎弾の雨の中に飛び込む勇気はさしものセンヒにも無かった。


シンカはさらに進む。


カヤテが燃える剣を地に突き刺し足場を作る。

柄を足場に飛び上がり、一の城壁縁に捕まって壁を蹴り、反動で城壁の上へ飛び上がって着地した。


シンカは背に手をやり信号を出す。

指示を受けヴィダードが手をかざした。

同時にシンカは手を握りながら城壁の反対へ駆けると身体を伏せて縁に手をかける。


一の門前で敵の突破に備えて固唾を飲んで待機していたラクサス軍の連隊長アダム・トトが目にしたのは笠を被った男の顔であった。


男はぬらりと顔を突き出すと口を膨らませ、口から鋭い音と共に白い水条を吐き出した。一瞬で20人が切断されると同時に門が周辺の石壁と共に吹き飛ばされて多くの死傷者を出した。


アダムは一声も発することが出来なかった。

唖然としていると頭上から赤い粘液が降ってきたのだ。


「ぎ、いああああああああああああああっ・・・・」


灼熱の溶岩に身体を焼かれ、直ぐに可燃性の装備が炎上したが、倒れる前に既に息絶えていた。


「凄えな彼奴!はっはっはっは!1人2人この辺りで死ぬと思ってたんだがな!」


ジュコウは堂々と手を後ろで組みながら二の城壁の穴を潜った。


「父さん!もう少し警戒して下さい!」


「師匠に何言っても無駄よ。ジュガ。」


ソウカとジュガも壁穴を抜ける。

それにテンキ隊が続いた。


「皆、背後から敵影多数!此処で防衛線を築いて食い止める!」


土行使いが岩戸を作り出し周囲を囲んだ。


「よし!シンカが一の門を突破した!我等は左右からの敵を食い止め進路と退路を確保する!死ぬなよ!」


遠方より矢が射られた。1人が地に手を着き天幕を張った。


「隊長!西より増援3中隊!」


「壁を起こして防衛せよ!」


ガジュマ城襲撃作戦は此処に佳境を迎えようとしていた。

一の門を抜けたシンカ隊は更に前進していた。

戦線を更に押し上げて後続部隊の安全を確保せねばならない。


周囲を囲む200を超える兵達を殲滅せねばならない。

槍を突き出し迫る槍兵達を白糸で薙ぎ払い背後の剣兵を翅で切り伏せる。


「っ!」


ナウラが斧を振るい一度で4人を散らす。


「シンカ!此れでは時間が掛かり過ぎるぞ!」


「うん。大技で行く。8半刻時間を稼げるか!」


「無論だ!」


返事を聞くや否やシンカは後退し石床に立膝を付いて座り込んだ。

全身で生み出される経を丹田へ集め凝縮し、蓄積し始めた。


カヤテは迫る兵士に相対し剣を振るう。左右のユタとカヤテに気を払いつつ前方の2人を一太刀で葬った。続く3人を剣の刃から炎を伸ばして切断し、行法を使う。


僅かに敵の攻撃の手が緩んだ隙に両の指で起点を定めた。


「白渦!」


定めた起点から焔が溢れ出す。

直ぐに温度が上がり赤から青、後に白く色を変じ渦を巻きながら広がった。


「私のお祖父様とお祖母様はお前達との戦で命を落とした。お前達は無闇に我が国を攻め我が一族は幾度も国を守りて立ち塞がった!私が恨んでいないと思うてか!」


渦を巻きながら広がる白炎に巻かれて次々とラクサス兵は命を落としていく。

白炎は彼等の呼吸を妨げ肺を焼き、身体を焼き尽くして炭に変える。


「ユタ!少し下がれ!ナウラは少し押さねば陣形が崩れるぞ!」


「げっげっげっげっ」


「承りました。」


カヤテの指示にユタが不気味な笑い声を上げながら僅かに下がり、ナウラは柳斧流の奥義風柳の舞で重量のある斧を巧みに操り周囲の敵を文字通り引き千切って戦線を押す。


カヤテは頭上に拳を掲げ、

中、排除の合図を出す。


ヴィダードがわらわらと押し寄せる敵兵の後続へ向けて月鎚を手当たり次第に放ち始めた。


シンカは汗を掻きながら身体に異常をきたさないぎりぎりの速さで経を練っていた。

見るに妻達はまだ余力は残しているがこのままでは半刻で押し返されるだろう。


本城の門を破らねば先は無い。

見れば城の胸壁から此方を狙う人影があった。


大きな弓だ。

数瞬の後それは射られた。

真っ直ぐとシンカの眉間へ矢は飛来する。

速度も精度も一流である。


それをシンカは握った。矢はシンカの眉間半尺で止められた。

シンカは弓兵の顔を見て嗤った。

今は届かない。後で必ず殺すと視線に殺意を乗せて。


経は練り終わった。後はその経を地に流し込み広げていく。


「ラクサスの蛆虫共め、これは殺戮では無い。駆除だ。お前等は人では無い!俺の家族と同胞を返して貰うぞ!」


地に広がる高濃度の経を感知したヴィダードが叫ぶ。


「下がりなさい!」


経に敏感なナウラは既に下がっていた。

残り2人はヴィダードの声に反応して即座に背後に数度跳ねて距離を取った。


直後石床を割って何か大きな塊が天を目指す草木の芽のように力強く伸び出た。

水行法 氷塔原。


地中の水分を増幅させ、更に其れを氷結させて突き出した。

シンカの経が届く範囲全てが凍りつき貫かれた兵士達が百舌の早贄の様にぶら下がっていた。月光に氷が煌めく中、滴る血がそれを汚していく。


ヴィダードが一の城壁から降りてシンカの額の汗を白い布で拭った。


「ガンレイ、ジュリ。行けるか。」


シンカは物陰から行法で応戦していた2人に声を掛けた。


「い、行けるわよ!」


「大丈夫です。」


若いが一族の者だけあり気丈に返事を返す。


「うん。では城門を破り攻め入るぞ。擦り傷1つ許さん。」


城門を破るために回転を始めたナウラに向けて歩き出した。




二の城壁と一の城壁の間では激闘が繰り広げられていた。

左右から襲撃者達を制圧すべくラクサス兵は迫り、敵味方双方より行法や矢が飛び交っていた。


激しい爆発の中ジュコウは仁王立ちで部下の医療部隊4名に矢継ぎ早に指示を出していた。


「おっ!キュウイの腕が吹っ飛んだぞ!ハンタ、回収して渦虫粉で再生させろ。ジュガ!そいつ早く止血しろ!死ぬぞ!」


「やってます!動脈が損傷してる!止血後処置します!」


「おい、誰かクウハンを一回下がらせろ!針鼠じゃねぇか!トウク!引きずって来い!・・あ?」


ジュコウは飛来した岩の礫を頭の動きだけで避け両手を突き出した。

風行法 立風が左方から一斉射撃された矢を巻き上げる。


「あーっ!おい!エンヒの頭の左っ側、見えちゃなんねぇ味噌が見えてるぞ!」


「師匠!突っ立ってないで手伝ってよ!この木偶の坊!」


「え?儂、結構活躍してるよね?!」


ソウカが鎌鼬を受けて倒れたエンヒを引き摺り治療を施し始める。

エンヒを治療するソウカに流れ矢が向かう。

ジュコウはそれを握り止めると怪我が漸く塞がったコウメイの尻を蹴たぐって前線に戻し口を開く。


「おいジュガ。この糞息子。俺が居なかったらソウカは死んでたぞ!手前の女くらい自分で守れ!」


「見てましたよ。当たっても再生出来る程度です!」


「あー、この感じ、やっぱり親子か・・・付き合ったの間違いだったかしら。」


「そんな!?」


ジュガの手元が狂い治療中のヒンドが絶叫を上げた。

医療部隊の近くで立て続けに爆発が起こる。


「糞っ!傷口に破片が入る!おい爺いこら突っ立って無いで蛆虫ども殺してこい糞がぁ!」


怒り狂ったジュガがシンカにも劣らぬ驚異的な速度でヒンドの傷口を縫い付けて喚き散らした。


背後で一際大きな爆発が起こる。

ジュコウの足元に丸い物が転がって来て脚に当たって止まった。

テンキの生首であった。


「やべえ!ソウカ!体引きずってこい!急げ!」


テンキ隊の1人がテンキの身体を引き摺ってやって来る。


「ツルハ!他に重傷者は?!」


「軽傷だけです!隊長が庇って下さったので!」


「あっそ!早く戻りなさい!」


首の無い身体を受け取ったソウカがジュコウの元に向かう。


「こっちの傷口は綺麗にしといた!そっちも早くしろ!」


「分かってるわよ!」


ソウカが放った風の刃がテンキの首の無残な傷口を切り慣らす。

ジュコウは粉末薬を断面に塗布し首を合わせた。


「脈は?!」


「止まってる!やるわよ!」


ソウカは両手を突き出しテンキの胸に当てがった。

弱い雷撃が駆け抜ける。

僅かな間止まっていたテンキの心臓が動き出した。


次から次へと現れる増援にクウハン隊は押されていた。


「避けろ!」


飛来した炎弾をフウホを抱えながらクウハンは交わした。

炎弾が着弾し爆発する。


「おい!壁どうした!張り直せランセン!左!一波来るぞ!フウホ!センハ!持ち堪えろ!」


右方より矢が放たれる。数10。

トウケンが両手を突き出し風陣を行った。矢は掻き乱されるが一矢だけ突き抜けてトウケンの肩に深々と刺さった。


「ぐっ、己れ!」


大きく息を吸ったトウケンが強く呼気を吐き出した。巻き起こった小さな旋風が押し出され、徐々に大きく形を変えて迫り来る剣兵達を巻き上げ、墜落死させた。


左方では押し寄せる敵兵をフウホ、センハ、コウメイ、キュウイの4名が波状に行法を行い凌いでいた。


センハが風咳で断続的に最前列を吹き飛ばすと続いてコウメイが山嵐で多数の兵士を串刺しにする。


「蛆虫共め!此処は抜かせないぞ!」


「然り!」


コウメイに答え膝立ちのキュウイが手を握る。


「つ!ぐ!」


キュウイの肩に矢が刺さり続けて喉に迄矢が突き立った。


「ぉ・・・の、れ・・・」


口の端から血の泡を吹き、キュウイは倒れ際に行法を完成させた。


石床からじわりと水が滲み出る。

それは一気に増幅し大波となって左方の兵を押し流した。


「良くやった!ジュガ!手当を!」


フウホが両手を突き出す。

黄滝が水を伝い流される兵士を焼き殺した。


二の城壁穴で追撃を防ぐテンキ隊も同じく激戦を繰り広げていた。

敵は剣兵による突撃と行兵による襲撃を繰り返し穴を抜けようとしていた。

首が引き千切れたテンキも復帰したが、身体が思う様に動かず壁に背を預けて指示を続けていた。


「さっきから赤蔦を行ってくる火行兵が邪魔だね。トウリ、仕留められるかい?」


「やります。」


二の城壁をよじ登った。


「セキシン、ツルハ、トウリの援護を!」


壁の穴から2人が鳳仙火と礫時雨を行う。

威力は少ないが当たりどころが悪ければ死もあり得る。敵行兵、弓兵が遮蔽物に身を隠した。


トウリは壁から顔を出し強く手を握った。

誰を狙うべきかは経を感知すればすぐにわかる。

トウリは水蜘蛛針を生み出して射出した。

針は寸分違わず敵行兵の眉間に吸い込まれた。

だが撃ち放たれた矢がトウリの左肩に突き立った。


「あっ!」


体勢を崩したトウリは仰向けに二の壁から落下した。


「シャサ!」


テンキに名を呼ばれたシャサが落ちるトウリを受け止めた。


その時だ。

一同は強い経の気配を感じ取った。

濃く、強く、激しい経だった。

そして大きな怒鳴りと共に一の城壁の中から伸び出る氷の刃をを目にする事となった。


「急げ!前進だ!敵を牽制しつつ進路を確保せよ!」


クウハンが叫ぶ声が月下に響く。

クウハン隊は激しく行法を行いながら前進し、ヴィダードが破壊した穴を潜った。

其処で目にした物に彼らは唖然とし僅かな間ではあるが手足を止めた。


一面の氷の刃で出来た氷山だった。

修行時などに精神統一し経を練り行ったのなら分かる。

この規模の行法を行う者もいる。


だがこれ程の行法を戦闘中に実行するなど細い紐の上を綱渡りするようなものだ。

その時遠方、北西の尖塔頂上部が爆散した。

煙の尾を引きながら瓦礫が落下していく。


「皆んな、2つ目の塔は攻略したか・・・」


シャサに肩を担がれたテンキが呟いた。

壁の穴は土行で修復した為、ラクサス兵が己らを守る為の城壁を打破しようとする喧騒が背後から聞こえる。


「南側の仲間が合流するまで此処を死守する!テンキ、やれるか!?」


クウハンが声をかける。


「無論だよ。皆んな、いいね?」


テンキの言葉にテンキ隊は皆頷いた。

夏の夜だと言うのに辺りは氷で寒々しい。

軈て二の門を破ったラクサス兵に向けテンキ隊が行法を撃ち始める。


「門で食い止めるんだ!敵は狭い門を抜けるしか無い!反撃の隙を与えないで!」


ふらつくテンキに矢が撃たれる。

だがテンキはそれを握り止めて投げ返した。

投げられた矢はしっかりと矢を射た者の喉仏に突き立つ。


クウハン隊は半数をテンキ隊に統合し、3名を連れてクウハンはガジュマ王城に突入した。


死屍累々であった。

兵は引き千切られ、穴が空き無残に打ち捨てられている。


だがシンカとその嫁達には一滴の血痕さえ付着していないのだ。

最後の男がだらりと手足を放り出し、シンカに瞳を至近距離から覗き込まれていた。


「捕らえた薬師は何処に居る。」


「・・誰が」


「中央の塔か?・・・地下か?・・うん。地下か。」


男は怯えた顔をした。

目を見開き、歯の根を鳴らした。


「答えが分からずともこの城を遺骸の城に変えれば悠々と探すことが出来る。」


命乞いをする男の首をへし折るとまるで此れから少々の家事でもするかの如く手を叩き小さく息を吐いた。

其処へクウハン隊以外の森渡りが駆け込んできた。

エンリ隊だった。


「派手にやったね。お陰でこっちは手薄。小鬼の空き巣にでも潜り込んだ気分だよ。」


隆々たる体軀の女傑エンリは呆れ半分の様子で声を掛けた。


「・・・。」


「シンカ、エンリ。俺は此処で待機する。潜入は任せるぞ。」


「・・・。」


「はいよ!」


シンカは無言で背を向け、エンリは短く快活に答えて走り去っていった。


「クウハンさん。シンカさんは何者なんですか?」


まだ若いランセンはシンカの事をよく知らない。


稀代の俊英として里で名高いシンカだが、その記録は彼が18歳の10年前で止まっている。


「奴は18の夏に里を出たが、その直前の春に冬眠明けで暴れる黒隈龍と白山脈の槍ヶ峰で遭遇し、単独撃破している。」


「長老の所のあの大きな珠のですか!?」


「そうだ。」


遠方で崩落音が聞こえた。

恐らく北、東、西の尖塔を攻略した部隊が集結し北側の城門を抜いて突入したのだろう。

クウハンは再び城門へと引き返し、戦線へと身を投じていった。

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