幕間

身体に砂をたくさん付けて宿に戻るとシンカの部屋に残る全員が待っていた。


「良かったですね、ユタ。」


ひくりとも表情を変えず冷たい口調で言葉をナウラが発した。

しかし良く観察すれば暖かい表情であるのが分かる。

カヤテの時との違いは共にいた時間の長さか、或いは元々恋愛感情を抱いていたことに対する嫉妬なのだろうか。


「貴方様?潮の匂いがとても強く香るわぁ。・・・?」


「・・・おや。砂が付いていますよ?」


「・・・・!まさか!?外でしたのか!?」


カヤテが目を酢橘木葉梟の様に見開いてシンカとユタを凝視した。


「・・・うん。どきどきしたよ。」


えへへと笑うユタを見てカヤテは2度声を失った。


「・・・それは、その、いいのか?普通より。」


「普通が分からないよ・・」


「なんと破廉恥な・・・。シンカ。ユタの様な無垢な女に何と不道徳な真似を!」


「・・そこまで強く言われるとは・・。情緒的で素晴らしい景色の中で、と思っただけなのだが・・・」


少し落ち込みながら口にするとするするとヴィダードが寄ってきた。


「ヴィー以外の女の匂い。貴方様から落とさないと。」


「やめてよヴィー!意地悪しないで!」


ユタに言われヴィダードはほんの少し笑った。

珍しい事だ。

それだけユタに心を許しているという事なのだろう。


「それで、シンカ。貴方の夢の妻を5人持つという目標まであと一歩ですが、どの様な気分なのでしょうか?」


「皆に聞くのだが、俺で良いのか?以前親交のあった女に身体を重ねたからと言って恋人面するなと言われた事がある。」


「不毛な数年を過ごしましたね。里を出てから直ぐにエンディラに来ていれば私に会えたものを。」


「ヴィーに追われなければそのまま向かっていただろうな。だが向かっていたところでお前を弟子に取ることも無かったろう。そうなればお前も導かれる事は無かったのではないか?」


「・・・いえ、そんな事はありません。必ず導かれていたでしょう。」


「よく言う。初めは人ごみの中で手を引く事すら嫌がっていたろうに。」


「気のせいです。」


シンカとナウラの問答を聞きカヤテがはぁと声を上げた。


「今の2人を見ているととても信じられないな。お前達はどこへ行くのも一緒だったではないか。過保護にも程があると思っていたぞ。寧ろ恋人では無いと言うから逆に驚いたくらいだ。」


「そう言うカヤテは初めからシンカにでれでれしていましたね。」


「でれでれとか、言うな。私はそんなこと、した事はないぞ。」


「あ!カヤテ嘘ついた!僕この前見たよ。水の遺跡の小部屋でシンカに膝枕されながら頭撫でてもらって年寄り喇嘛みたいに弛んだ顔してたよ!」


「やめろおおおおおおおおおおお!うわあああああああああああああああああああ!」


敵に囲まれても取り乱さぬカヤテが顔を林檎のように赤らめて頭を抱える姿は見応えがある。が、煩い。


「そんなこと?どんな事でしょう?」


「ナウラもいっつも人の事からかってるけど、君だってお腹抱っこされるのが大好きで甘えて仔犬みたいに鼻を鳴らしてるの知ってるから意地悪してても可笑しいだけだよ。」


「・・・・。何が悪いのですか。」


「開き直った!」


騒ぎを尻目にシンカは寝台に身体を横たえる。

乾燥した気候のメルソリアはヴィティアやベルガナと違いまだ過ごし易いが、それでも汗ばんでしまう。


アケルエントを経由して北上し山を越えてコブシに入る。

コブシの山間部は夏でも涼しくまた花の咲く樹木が多く快適に、情緒豊かに過ごすことができる。

以前に一度訪れてから一度でも良いのでコブシで過ごしてみたいと考えていた。


寝台で横になっている間も女達は騒ぎ続ける。


「まあいいでしょう。どの様な女に一時脇見しようとも、最後は母性溢れる豊満な私の元にシンカは帰ってきます。」


「ちょっとぉ?ナウラに母性なんてないでしょぉ?10代の小娘が・・母性?」


「シンカは僕のお尻と足はみんなの中で1番って言ってくれたよ?僕だってシンカのお嫁さんになるんだから今までみたいに黙ってないからね!」


「これは異な事を。お尻ならまず私でしょう。寝ぼけていますか?」


収集がつかなくなる嫌な気配が漂っていた。


「そういえばこの前誰が一番か聞いた時答えてくれなかったな。まあシンカが優劣は無いと言うのならそれで構わん。だがそのかわり1人10づつ良いところを述べると言うのはどうだ?」


予感が的中した。

見事な飛び火だった。

シンカは自分の伴侶が持たない物を見つけるに至った。

それは淑やかさだった。


「それよりもこれからエシナを経由してコブシへ入る。特に俺とユタは装備の損傷が激しい。ユタ。これからは剣以外に伸ばさねばならない能力の方に重きを置いて学んでくれよ。」


翌日シンカはユタと共に外套の血を落とし穴を繕った。

2人の傷は跡も残さず綺麗に治った。

自分は兎も角女の肌に傷が残るのは良くない。

その後シンカ達は再度旅支度を整え、街中を駆けずり回る混乱しきった護岸騎士団を尻目にエシナを出立した。

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