2-4
警戒しているのか、戦士はしばらく動かなかった。じっと三人の方を見つめ、それはまるで獣が飛びかかる前の静寂だ。
「……ギ」
手にした大刀がかすかに揺れる。来るぞ、そう感じて野島が太刀を強く握り締めたその瞬間、戦士は消えた。間を置かずに金属音が響き渡る。
「はやぁ……!」
無意識に体が音の方へと向く。ソニックを使った戦士が高尾の真後ろから大刀を振り下ろしているのが目に入った。その、巨大な武器を、高尾は2本のナイフで危なげなく防いでいた。感嘆の声を上げるほどには余裕があるらしい。
「動くなよ高尾」
飛び出したのは野島だ。一気に間合いを詰め得意な抜刀術を繰り出す。戦士はもう片方の手に握った大刀でその攻撃を防いだ。
『よく狙って』
ルドルフの声を聞きながら伊助は装備したレーザーガンを戦士に向かって最大威力で発射する。当たる、誰もがそう思ったがやはり戦士の方が上手だ。アバターを掠めただけですぐにソニックで回避された。
「2撃目を!」
「分かってる、伊助オレをあいつの真後ろに!」
返事をする暇もない。伊助はソニックで野島のとなりに移動し、彼を連れてまたソニックする。指示通り戦士の真後ろ、と思ったが奴はもういない。自分の後ろにソニックされたのだ。分かっているのに体がついていかない。このままでは攻撃をくらう。
『伊助、やられるのはまだ早い』
ルドルフの声がする。気づけば戦士の真上に野島とソニックしていた。どうやらルドルフが操作したらしい。思わず笑みがこぼれる。
「死にな!」
状況理解だけで手一杯の伊助と違い野島の反応は早かった。太刀を頭上に振りかざし、戦士の頭めがけて振り下ろす。戦士はそれを大刀で防いだ。
「ギ」
派手な金属音を響かせて、野島の太刀と戦士の大刀が砕け散る。うまくいった、伊助は叫びだしたい気分だった。だが感動している場合ではない。伊助はすぐに野島に代わりの刀を装備させ、攻撃に備えさせる。初めての共闘にしてはかなり高いレベルのコンビネーションだ。
だが戦士も負けていない。すぐさまもう一方の刀を野島めがけて振ってくる。
「2本目!」
その攻撃を野島が防げないわけはなく、2撃目を受けた戦士の武器は再び砕け散った。
「やれ!」
2人のアバターに気を取られている隙に高尾は戦士の真後ろに迫っていた。まずは一発目、高尾はナイフを一回転させ勢いをつけるとそのまま戦士に突き刺した。
「……えっ、?」
だが、攻撃を受けたのは高尾の方だった。武器を失った戦士の腕が先の尖った巨大なドリルのようなものに変形し、それが高尾の体を突き刺したのだ。
「ははぁ……っ! やられた」
巨大な槍に突かれ、高尾の右半分が吹き飛ぶ。言葉を失う伊助とは真逆で、彼は驚くべきことに笑ったのだ。
「高尾さん、ログアウト……!」
「いい、まだやれる」
「はぁ?!」
会話している。高尾は意識がある。その事実は伊助をひどく動揺させた。あれほどの損傷を受け平気なわけがない。ログアウト処理もされないままだ。
「伊助、そのポンコツ向こうにやれ」
「っ、はい!」
この状況下で思考するのは自殺行為だ。野島の声にハッとして伊助はソニックで高尾を戦士から遠ざける。
「それは反則だろ、なぁ!」
野島の声が上ずっているのはおそらく楽しんでいるのだと分かる。彼は再び刀を戦士めがけて振り下ろした。
「野島さんそれ2撃目!!」
「ぁ……」
気付いた時にはもう遅かった。伊助が叫ぶのと同時に野島の刀が砕け散る。戦士の腕が野島に迫る。
「くそ、当たれ!」
ソニックでは間に合わないと瞬時に判断し、レーザーガンを発射する。その攻撃が運良く戦士の腕に当たって弾け飛んだ。
「やるじゃねえの!」
「言ってる場合じゃないですよ!」
その一瞬を狙ってソニックで野島を救出する。瞬間、感じたことのない悪寒が彼を襲った。
『伊助、気をつけて。戦士が伊助に狙いを定めた』
「は?! サイアク!」
「何が?」
ルドルフの声が聞こえない野島はポカンとしている。慌てて戦士に視線を向けるがやはり奴はもういない。やられる、そう思った。
『あ、なんで』
初めての反応だ。ルドルフが困惑している。なぜか、すぐに分かった。
ルドルフは瞬時に反応してソニックを使ったのだ。だがそれを戦士は読んでいた。ソニックで移動した先には既に戦士が待ち構えており、槍を突き出していたところだった。
戦士は自分たちの戦闘パターンを学習したのだ。槍が自分の腹に当たる瞬間をスローモーションのように感じながら、伊助は思った。離れたところから名前を呼ばれているのが聞こえる。野島の声だ。
フィールドを制圧していればログアウトできる、なんと甘い考えだったのだろう。スピードが速すぎる。常人がこれに対応できるわけがない。間に合わない。
「伊助!!」
野島が叫んでいる。戦士の槍が刺さる。完全に体を貫いた。息が止まり、激痛に備え目を閉じる。
――あ。
――目が覚めた。
閉じられた瞳の向こう、映像が見える。小さな男の子と青年が向き合って何か会話をしていた。声は聞こえない。聞こえないはずなのに、言葉を認識している。妙な感覚だ。音のないセピア調の映画、その字幕を読むように、青年の声が聞こえる。
――きみのともだちだよ。
「……?」
痛みがない。
目を開けると戦士の顔が目と鼻の先にあって喉が鳴る。のっぺらぼうのその顔にじっと見つめられ、伊助はただ呆然としていた。
「キエエエエアアアアアァ!!!」
金切り声に目を見開く。目の前の戦士の頭に刀が振り下ろされた。その刃先がそのまま戦士を縦に貫き、静寂が訪れる。
「ギ」
ノイズのようなその音がまるで声のように伊助に届く。無意識に手が伸び、触れようとした瞬間、戦士は跡形もなく崩れ去っていった。
――ピースメーカーさんに勝利しました。
システムの勝利宣言で3人はようやく体の力を抜く。勝ったのだ、あの戦士に。
「伊助! 大丈夫か?!」
「……っ、は、はい…たぶん…?」
野島に肩を掴まれ、腰が抜ける。震える手で腹部を確認するが、損傷は全くなかった。だが、貫かれたの間違いない。運良くエラーでも出たのか、とにかく助かったのは分かった。
「悪い……守るとか言っておきながらこのザマか。無事でよかった」
「お、おれなんかよりも…高尾さんが……!」
落ち着きを次第に取り戻し、その代わり高尾の損傷を思い出す。慌てて高尾を見ると、彼は右半身を失ったまま優雅にあぐらをかいて座っていた。その光景にぎょっとする。
「あー……、いや、こいつはいいんだ。これくらいじゃ死なない」
「で、でも、データ修復しないとこれじゃ戻れないですよ……」
「平気だよ伊助くん。どうもお疲れ様。お先」
「ちょ……!」
そう明るく言うと、高尾の姿は消える。ログアウトしたのだ。あの損傷を受けて精神が無事なわけがない。あまりの衝撃に伊助は言葉を失ったままだ。
「戻れば分かるさ。オレたちもさっさと戻ろう」
「は、はい……」
『伊助、本当に大丈夫かな。わたしが見る限り損傷はないけれど』
野島の目の前なので迂闊に返事できない。伊助はまたこくんと頷いて、ログアウト操作をする。ルドルフが損傷なしというのなら、きっと大丈夫だ。一瞬見えたあの映像が気になったが、一刻も早くこの場所を立ち去りたいのが本音だ。
戦士の居た場所を最後に見て、伊助は現実世界へと戻った。
「立てるか?」
目を開けると、野島が目の前に立っていた。その後ろにはけろっとした顔で高尾も控えている。口元の微笑みはいつもと同じで、体自体も異常はなさそうだった。
「は、はい、平気です。やっぱり戦士のあの攻撃は当たってなかったみたいですね。なぜかは分かりませんが……」
「まあ、助かったならそれでいいんじゃないか」
「そう言う高尾さんこそ……。あんな傷を負って平気だなんて……」
そこでふと、野島も大きな損傷を受けながら無事だったことを思い出す。SBというのは普通の人間とは違う超人パワーか何かがあるのかもしれない、本気でそう思った。
「そうだな……。簡単に言うと、オレとこいつは特殊な訓練で第二世界において受ける攻撃に耐性をつけてんだ。だから、簡単には精神破壊されないってこと」
出会って間もないが、そう説明する野島の表情は今までと少し違う気がした。どこか、後ろめたさのようなものが感じられる。精神破壊されない、それは第二世界において無敵を意味する。どんな訓練なのか非常に気になるところではあるが、深く尋ねられる度胸はもちろん伊助にはない。
「とにかく、よくやった。あのピースメーカーも負けを認めたみたいだぞ」
変な空気を払うように、佐渡が手のひらを叩いて三人の元へやって来る。彼の差し出してきた端末には、ツイッターのタイムラインが表示されていた。
『おめでとう、人類の勝利だ。野島武、高尾俊介に賞賛を』
「うわ、名前バレてる」
予想もしてない展開に野島は素直に驚きを露わにしていた。さすがと言うべきか、ピースメーカーにとってはアバター情報から個人情報を抜き取るなど朝飯前なのだろう。だが、そこに伊助の名前はなかった。
「なんだよ、伊助の名前は? AIのくせに仲間はずれするなよ」
子どものように不満そうな野島は見ていて面白いが、伊助は笑えない。ここに名前がない理由を、彼は薄々感づいている。
「とりあえず、これで俺たちSBや他国の治安維持部隊もダイブ可能になったわけだ。これで終わりとはさすがに思えないが……、その前に。なぜここにお前の名前がないのか、本人はよく分かってるみたいだが、確認させてもらってもいいか」
ああ、やっぱり来るんじゃなかった。佐渡の言葉に伊助は唾をのみ、全員の視線から逃げるように目を伏せる。
「さっきの時間を使って井村伊助のデータを調べた。お前の顔データを勝手に解析したんだ。別に犯罪者扱いしているわけじゃない。本人に聞くよりこうした方が早いと思ったからな」
「……佐渡さん、伊助を逮捕するのは話が違います」
「逮捕するとか言ってないだろ、野島。俺はただ、このハッカーに興味があるだけだよ。すごい技術だ。一体どうやって、データ改ざんした?」
場が静まり返る。先ほどの戦いですっかりチームになれたような気になってはいたが、結成してから数時間しか経過していないだけあって互いのことは何も知らないのだ。伊助にとっては野島が言う訓練も、不死身の高尾も、考えれば考えるほど胡散臭い。こんなバラバラなチームがあるだろうか。黙り込んでいる伊助に、佐渡が一方的に言葉を続ける。
「該当データは数年前の古いものだけだったが、数件見つけた。そこから個人情報を調べるつもりだったが何もない。井村伊助はこの世に存在しない人間だ」
人と関わるとロクなことがない。確かに、ルドルフとともに行った伊助の改ざんは未熟ではあったが、他人と関わらなければ露見することは絶対になかった。
「存在しないって……偽名か何かって意味?」
話についていけていないのは、やはり野島と高尾である。助けを求めるように尋ねる野島に、佐渡は肩をすくめた。
「なわけあるか。俺の言う存在っていうのは、データのことだ。戸籍もなにもない、つまりこいつの存在を証明するデータが何一つないってこと」
「は? そんな事あるのかよ? 手違いか何かで?」
心配そうな野島の目と伊助の目が合う。ここにきて誤魔化す必要もないだろう、伊助は腹を括った。そもそも、こうなることは少し想像できた。それを含め意を決して、ここへきたのだ。
「おれが、自分で消したんです。出来るだけ誰とも、関わりたくなかったから」
世紀の大犯罪者も、歴史に語られる大きな選択も、その動機や理由が壮絶とは限らない。伊助だってそうだ。彼がやったことはおそらくこの時代にとって驚くべきことではあるが、彼自身大きな理由があって行動したわけではない。自分のことを知る人間も、これから知るであろう人間も、必要ないからそうした。それが出来る技術を持っていたから、そうした。ただそれだけ。
「す、する人がいないだけで、おれと同じことが出来る人間は他にもいると思います。おれレベルが出来ることだし……」
「本気で言ってます? 政府が管理するデータの改ざんですよ。誰でも出来ることじゃない」
警戒されていると理解するには充分なほど、春野の声は鋭かった。伊助は黙るしかない。
『ぽん』
そんな中、気の抜けた音が部屋に響く。端末の通知音だ。いくつか重なっていたのを考えると、複数の端末が同時に何か受信したらしい。
「……ピースメーカーの呟きだ」
端末の画面を見ているのは、呟いた野島だけではない。この部屋にいる全員が同じだった。
伊助もつられるようにして端末を見る。頭が痛いのは、先ほどの戦闘のせいだろうか。一瞬見えた映像が思い返される。
――『きみのともだちだよ』
あの言葉が引っかかっている。なにか分かりそうで分からない、気持ちの悪い感覚のまま確認した画面には、短い文が表示されていた。
『Next stage→千代田区七番町夕日坂』
誰もなにも言わなかった。それでも全員が理解する。
――まだ終わっていない。
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