2-3


 時間はあっという間に経過した。伊助の提案を笑うものはもう誰もいない。彼の言う『チート』が妄言ではないことを証明してみせたからである。


「つまり、お前が野島の中で見つけた戦士のプログラムを参考に、それに対抗するものを作るってことか」


 楕円形のテーブルを囲むようにしてメンバー全員が椅子に腰掛けている。先ほどまでの会話を要約した佐渡の言葉に伊助は頷く。


「はい。おれが見つけたのは一撃で相手のデータをバラバラにするプログラムと相手プレイヤーの武器データを取り込み二撃目を受けるのと同時に粉砕してしまうプログラム。それぞれに合わせるもしくは真似てプログラムを書けば、反撃できると思います」

「……ですが、それで仕留めきれない場合はどうなりますか」


 プログラミング自体に疎いメンバーと違い、春野はすぐに納得することはできない。その鋭い視線を向けられ、伊助はつい目をそらしてしまう。


「フィールドもこっちが制圧すればなんとかなるんじゃないかなって……」

「……なるほど」


 そこで納得したのは春野と佐渡だけで、他のものはぽかんとしている。普段はヒーローとして活躍している人間が難しい話に眉根を寄せる様子は新鮮ではあるが、それを笑う勇気は伊助にない。


「つまり、甲冑野郎はプグナのバトルルームを自作して現れるわけだろ。俺たちもそれも真似ればいい。そういうことか?」

「は、はい。フィールドを制圧できればログアウトも妨害されません。倒すことができなくとも逃げ道は確保できます」


 専門分野は違うであろう佐渡の理解力はさすがと言うべきか高い。ようやく難しい話が終わりほっとしたのか野島がようやく口を開く。


「けど、オレたちがチートになってなおかつバトルルームを作れたとして、あいつをうまく閉じ込められるか?神出鬼没な空気みたいなヤツだ」

「いえ、見つけるんじゃなくてんです」

「待つ?」


 やはり苦手分野はそう克服できるわけではないらしい。眉根のシワが深くなる兄に変わって、要が答える。


「あいつの狙いはわたしたち。こちらが自作したバトルルームにダイブして、あいつを誘い出す。見つけるよりもずっと簡単です」

「へえ、なんとかなりそうだな」


 なんとも気の抜けた高尾の言葉だったが、実際解決策はどんどん具体化していった。佐渡は頷き、立ち上がる。


「そうと決まれば早速行動するぞ。春野はバトルルームを、井村は奴に合わせたプログラミングを、残りのものは制圧方法を」


 まるで映画のようだった。何もかもが非現実的で、それでも、そんな非現実的なメンバーの輪の中にしっかり入っていることが伊助を奮起させてくる。

 渡された操作用PCには様々なアプリケーションがインストールされていて、伊助が普段から使用しているものもあった。それを起動して入力画面が表示される。


『こんにちは、伊助』


 1行目、勝手に文字が入力される。ルドルフだ。続けて数字やアルファベットが勢いよく入力されていく。それは伊助にも見覚えがあった。ピースメーカーの戦士が残していったチートプログラム。思わず口元に笑みが浮かんで、キーボードに両手を添えた。


(お前の好きなゲームだよ。一緒にやろう)


 心の中でそう笑って、キーボードを叩く。時折勝手に文字列が入力されるのはルドルフの仕業だ。互いに知恵を交わらせプログラミングを完成させる、これがいつものパターン。


「指揮官、一応確認させてください。上へ報告はせずにこの作戦を実行する気ですね」


 ふと、春野の声が耳に入り、伊助は手を止める。春野の視線の先には佐渡がニコリともせずに立っていた。


「ああ。すんなり許可が出る訳がないし、それ以前にモグラの件も説明しなきゃならないだろうからな。今回の作戦において俺の役割はその尻拭いって訳だ」


 無意識に体を小さくする。伊助は慌てて視線を画面へ戻し、作業を続けた。

 なんであれ自分が法に反したことをしていたことに変わりはなく、そしてこの場にいる全員がそれを知っている。持ち上げられはしたが、もしこの一連の作戦がうまくいったとしても自分の身が無事に済むとは限らない。


「安心しろよ。利用するだけして、済んだらポイ、みたいなことはしないから」

「あ……はい」


 伊助の心中を察したのだろう。佐渡が穏やかに言う。少なからずほっとしたが、どこまでが本当なのかは正直分からない。ただ、引き返すにはもう遅すぎる。やるしかない。それに、伊助自身この状況を楽しんでいるところもある。


「で、誰がバトるかって話だ。まずはオレ。一度ヤツと戦っているからな」

「負けただろう、お前は。俺が行ったほうがいいんじゃないかな」

「黙ってろ高尾。てめぇだって負ける」

「はは、面白そうだ」


 すぐ近くで戦闘について作戦を立てている彼らの話が伊助の耳にも届く。伊助の目から見ても、野島と高尾の仲があまりよろしくないことはすぐに分かった。ただ、高尾に関しては何とも言えない違和感があって、口元は微笑んでいるのに目は全く笑わない顔は少々不気味である。観察していると、ふと高尾の視線とぶつかって伊助はぎくりとした。


「サスケくん」

「や……伊助です」


 気持ちのいいほどはっきり名前を間違えられる。小声で答える伊助に、高尾は微笑んだ。


「ああ、伊助くん。きみ、どこかで会ったことあるかい。俺と」

「……え、いや、おれはテレビであなたを見たことはありますけど。……会ったことはないと思います」


 それは確かだった。要以外、ここにいる人間たちはかなりの有名人である。とはいえ実際に会うのは全員これが初めてだ。以前どこかで会っていれば忘れはしないだろう。

 高尾は表情一つ変えず伊助を見つめる。何を考えているのか全く読めない。まるで未知の生物と向き合っているみたいだ。


「おぉい、ナンパかよ、優男。まだオレがお話している途中だろが」

「うん、で。春野くん、バトルルームってのは何人が同時に入れるんだ」

「おいこら、何もなかったかのように勝手に話を進めるんじゃねぇよ」


 ようやく高尾の視線が消え、伊助はホッと息をつく。気を取り直して作業を再開しようとしたとき、野島に呼ばれる。


「あの瞬間移動みたいな技、あれが使えれば有利だ。伊助が戦えるのなら頼みたい。もちろんお前を死なせるつもりはない」

「え、えと…ソニックはそうですね……。短時間で実践で使えるようになるのは確かに難しいかもしれないです。戦士はソニックが使えていた。だから、こちらも使える方がいいとは思います。おれは……行けと言われれば行きます」


 体が硬直するのを感じる。必要とされていることへの嬉しさと、あの戦士と再び対面することへの恐怖。だが、伊助に断る気はなかった。実際問題、ソニックが使えないのは勝率がかなり下がる。


「バトルルーム、おそらく三人くらいならばなんとか。わたしはこちらでバトルルームの制御をするので必然的に戦闘には参加できませんから……野島さんと井村さん、そして高尾さん。その三人がベストじゃないかと考えます」


 視線だけをよこした春野が淡々と言葉を並べる。野島と高尾、そのふたりが味方というのは伊助自身とても心強い。


「メンツは決まり。で、どうやって戦う?」


 涼しい顔で話を続ける高尾を野島が睨みつけるが、文句は呑み込んだ。


「まずはプレイヤー全員に、ピースメーカーから奪ったチートスキルを付加します。ソニックが使えるおれは主に援護に回って……野島さんと高尾さんが仕掛ける」

「役回りはそんなとこだろ。問題はどうやるかだな。まずはあいつの武器を奪う」


 迷いのない野島の言葉には伊助も賛成だった。


「やつの武器はあれだけとは限りません。春野さん、おれの武器を全員で使えるようにできますか? それができれば、こちらの武器が破壊されてもすぐに対応できる」

「プグナの共闘モードを参考にすればいいんじゃないでしょうか。あれなら、味方同士の武器を共有できます」


 負けじと要も知恵を出す。ゲームを知らない高尾は目を瞬いていたが、春野は迷うことなく頷いた。


「それも含め、プグナのソースコードを参考にやってみます」

「よし。つまりチートスキルがあれば2撃目でお互いの武器は壊れる。あとは丸腰になったところを叩けばいいってわけか」


 唇を舐める野島はまた笑みを浮かべている。その横にいる高尾も同じような表情をしていて、やはりその光景は不気味だ。


「一撃で倒せるとは思えないけど。俺と野島で総攻撃すれば粉々にはできそうだ」


 気の抜けた高尾の声も、今度ばかりは頼もしい。


「できた……!」


 元々ピースメーカーの痕跡をコピーしていたためにチートスキルのプログラムはすぐに完成する。これが平和の災厄を起こした張本人のプログラムと思うと無意識に体が強ばった。興味深そうに高尾と野島がやってきて画面を覗き込んでくるが、二人共理解できないようでにこりともしない。


「無駄のない文字列ですね……。これが人工知能が作ったプログラム、ですか」


 同じく画面をちらりと見た春野は独り言のようにつぶやく。彼の言うとおり、スキルプログラムはまるでお手本のように整頓されていた。プログラムとはそれを書く人間によって特徴が現れるものだと考える伊助や春野にとって、ピースメーカのプログラムは整いすぎて面白みがない。


「ピースメーカーは高度な自己学習型の人工知能だと言われています。広大なネットの中で膨大なプログラムに触れ、その中で洗練されたものがこれなんでしょう。人間に例えると狂人のテロリストのようですが、は意外と冷静なんですね」

「人工知能に冷静とかそうじゃないとかあるのかよ」


 感心している春野に野島は笑う。専門分野が違う野島のその言葉は確かに至極まっとうな意見だろう。春野は少し不満そうだったが、小言を言うのはぐっとこらえたようだった。

 伊助はふと、自分に構ってくるルドルフを思う。一緒にプログラムを完成させてはいるが、ルドルフのプログラムは多くのプログラマーからいいとこどりで学習した破天荒な、よくいえば天真爛漫なわんぱく小僧のような、そんな雰囲気がある。実体はない、だが中身はある、人工知能。こんな状況下だからだろうか、一体ルドルフはなにものなのか改めて興味がわいた。


「こちらも出来ました。ログアウト処理も思うままですが、ピースメーカーより上手とは思えません。一瞬でも危ないと思ったら早めに撤収してください」


 春野の声にはっとして伊助は顔を上げる。いよいよ準備は整った。全員がそれぞれ顔を見合わせ、最初に口を開いたのは佐渡だ。


「やるなら早いほうがいい。俺たちが先手を打つ。すぐに行けるか?」


 高尾、野島、そして伊助はそれぞれ頷く。緊張で顔の強ばった伊助に佐渡が投げたのは携帯用のダイブ機器だった。


「それを首後ろにつけてみろ。どこからでもダイブできるスグレモノだ。ストック用のものだから、遠慮なく使うといい」

「す、すげ……。こんなのあるんですね」


 バトルルームにダイブする三人はダイブ機器を首後ろに装着すると近くにあった椅子に腰掛ける。伊助もそれに倣って腰を下ろしたが、心臓が痛いほど脈を打っていた。手が異様に冷たいのに、汗がにじむ。嫌な感覚だ。


「ダイブ後、わたしが三人にスキルを付加します。お気をつけて」

「任せたぜ、ハル。伊助、オレたちが守ってやるから安心しな」


 伊助の気持ちを察して野島が声をかける。だからといって緊張がほぐれるわけではないが、心強いのは確かだ。


 ――大丈夫、あっちにはルドルフもいる。


 唾を飲み込み、目を閉じる。


「……はじめます」


 春野の声を最後に、伊助の意識はネットワークに飲み込まれた。



「……どうして俺だけ弱そうなんだ?」


 聞こえてきたのは相変わらず気の抜けた高尾の声である。目を開けると、伊助の姿はプグナのアバター、モグラになっていた。すぐ隣に野島ことNが立っている。その後ろには初期設定のシンプルな銀色アーマーに白い面をしたアバターがいた。それが高尾だ。どうやらうまくいったらしい。公式と何ら変わり無いバトルルームに伊助は感心する。


「はっ、ザコっぽいな高尾。良く似合ってる」

「そういうお前はアバターでも背が小さいんだな」

「殺すぞ」


 このふたりはどこにいてもこうなのかもしれない。現実と違って表情は見えないが、声の調子でだいたい予想がつく。


「おれの装備を使ってください。プグナはレベルとかがなくてそのひとの戦闘能力と装備が勝敗を大きく分けますから」

「へぇ、いいね。武器はナイフみたいな小さめのやつとかがいいかな」

「分かりました」


 コマンドを操作し、高尾の装備を勝手に操作する。共闘モードで可能な操作方法だ。防御装備にはSランクの『アサシンの装束』。黒色の羽織のようなコスチュームで、背中には予備の短剣が二つ装備されている。面には伊助のチョイスで天狗をデザインしたもにした。


「高尾山」


 そう言って、野島はぷっと笑う。自分の面が見えない高尾は首をかしげるだけだった。ナイフを2本両手に装備させ、準備完了だ。


「お、ハルがうまくスキル付加できたみたいだ」


 野島の声にハッとして、スキル画面を確認すると確かにチートスキルが機能していた。ここまではうまくいった。だが、問題はここからだ。


『伊助、大丈夫。わたしがついている』


 自分にだけ聞こえるルドルフの声。伊助は返事の代わりに軽く頷いた。そして、その時はやってくる。

 

 ――ピースメーカーさんより挑戦状が届きました。受けますか?

 ――イエス。


 ぶん、と、耳障りな電子音を響かせて空中に現れたのはあの戦士だ。やはり食いついた。三人はそれぞれ武器を手にして身構える。


「出たな、甲冑野郎。お前にとってのラスボスがオレたちだ」


 野島の声が堂々と空中に響く。


『いいね、野島武。確かにわたしたちがラストボスかもしれない』


 ルドルフが笑っている。伊助にとっては、それが何よりも心強かった。

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