春のふわふわ
まくの沙江
春のふわふわ
春のよく晴れた日。
犬のオリオンは裏庭でゴロゴロと寝そべっていました。
「こんな天気のいい日は、ハイキングでも行きたいなあ。でも家の人はみーんなお出かけしてしまって、僕だけお留守番なんて、つまんないなあ」
庭は春の花が咲き始め、蝶や蜂が元気に飛び回ってます。
「僕も飛べたら、自由にどこでもいけるのになあ。」
ひなたぼっこにも飽きたオリオンは、のっそりと起き上がり、なんとなく裏木戸のほうをながめました。
「え!戸が開いてる」
そういえば今朝、配達の人が来て裏木戸から入ってきましたから、閉め忘れたのかもしれません。
オリオンは木戸からちょっと、外をのぞいて見ました。
青々とした芝生や若葉が茂った木々が風にゆれて、なんて気持ちのいい風景で、このまま歩いていきたい気分です。
けれど、ひとりで外にでるのは、家の人におこられます。
「うーん、でも今は家の人はいないし、ほんの少しの間なら大丈夫じゃあないかな」
それにいつもお散歩で通ってる道です。
迷うこともないだろうとおもって、オリオンはこっそりと外へでました。
春の日差しはポカポカして、本当にいい気持ちです。
ちょっと嬉しくなって塀沿いに小走りしていると、角でばったり、フクロネズミに会いました。
随分大きいフクロネズミです。
オリオンの半分ぐらいの大きさはあります。
ふわふわの白い胴体にながーいねずみのしっぽ。
「やあ、いいお天気だね」
フクロネズミが、低いゆっくりした声で話しかけてきました。
小さい目に長い鼻、笑うと鋭い牙がみえます。
オリオンはこんなに近くで、フクロネズミを見たことがなかったので、
ちょっと怖くなりました。
目をそらせて通り過ぎようとしたら
「なんだね。人が挨拶してるのにね。こんにちは、も言えないのかね」
と、怒ったように、また話しかけてきました。
オリオンはしかたなく小さな声で挨拶しました。
「どうも。こんにちは」
すると、フクロネズミは顔をぐっと近づけてきて、こう言いました。
「ちょっとお願いがあるんだがね。どんぐりを集めるのを手伝ってくれないかね。魔法を使うのに必要なんだがね」
魔法ですって!
なんて素敵な楽しい響き。
「魔法って、どんな魔法なの?でも、どんぐりなんて今、どこのあるのかな?秋ならたくさん落ちてるけど。その魔法、どこで、いつやるの?」
オリオンはわくわくして、話しかけました。
もう、フクロネズミのことを、怖いなんて思いません。
なるほど、よくみると、フクロネズミは魔法を使いそうな顔をしています。
「そんなにいっぺんに質問されても、答えられないんだがね。とにかくどんぐりを探してくれないかね。見つけたら、レンギョウの木の下に持ってきてくれんかね」
ふくろねずみは、そう言って塀の角を曲がってしまいました。
オリオンも後を追いましたが、フクロネズミの姿は消えてしまったかのように、どこにもありません。
今の季節に鮮やかな黄色の花を、たわわにつけるレンギョウの木もあたりには、見当たりません。可愛らしいタンポポの花が草地に点々と咲いているだけです。
それでも魔法が見たい気持ちでいっぱいになってしまった、オリオンはどんぐりを探すことにしました。
クンクンと、どんぐりの匂いをみつけるために、地面を嗅いでいると、コツンと鼻に固いものがあたりました。
ザリガニのはさみでした。
「探し物?ここにはないと思うわよ」
ザリガニは甲高い声ではさみをカチカチ鳴らしながら、ゆっくり地面の穴から這い出てきました。
あれ?このザリガニは少し変です。
赤茶色の大きな二つのはさみに、強そうな太いしっぽ。
でも胴体は白くてふわふわしてます。
こんなザリガニ、見たことがありません。
オリオンがどんぐりを探していると言うと
「あたしはどんぐりなんて食べないから、あたしに聞いても無駄だと思うわよ。どんぐりのことなら、リスに聞くのが妥当だと思うわよ。リスはあそこの木の上にいると思うわよ」
と向こう側にある林を指差して、するするとしっぽから穴に戻ってしまいました。穴を覗き込んで、何度か話しかけましたが、真っ黒で何も見えないし、物音ひとつしません。
仕方がないので、オリオンはザリガニに言われた林へ向かうことにしました。
林の中に入ると、茂り始めた若葉の間から光が漏れています。木の枝を見上げながらリスを探していると、一本の細いメイプルの木に白いものが揺れています。
よおく見てみると、リスのしっぽでした。頭も体も茶色なのに、しっぽだけ真っ白でふわふわです。
オリオンがどんぐりを分けて欲しいとお願いすると
「どんぐりなら、みんな食べちゃったなあ。きみ、もしかしてあのどんぐりを探してんのかなあ。それならカメが知ってるかもしんないなあ」
と早口で答えると、ピョンピョンと軽快に枝から枝へと飛び移って、あっという間に、見えなくなってしまいました。
かめに会うのは、沼へ行かなくてはなりません。
蔦の絡まった木々が鬱蒼と繁り、水草が生え、足元がブニャブニャする薄気味悪いところです。
しかし、どんぐりがそこのあるのなら、勇気をだして行くことにしました。
薄暗い沼に着くと、沼の真ん中あたりの石の上にカメがいるのを見つけました
「あのう、フクロネズミが探してるどんぐりがどこにあるか知ってるう?」
オリオンは沼に入って行きたくなかったので、大きな声で沼岸から声をかけました。
すると、カメは甲羅から頭を出し、その顔はふわふわの白い毛で覆われていました。
「ああ、あのどんぐりだな。まだまだいっぱいあるよ。あっちの原っぱに落ちてるな。行ってごらん」
かめは力強い太い声で答えると、水の中にはいってスイスイ泳ぎだし、沼の底に潜ってしまいました。
・・・今日は、なんかいつもと違う生き物ばっかりに会うなあ。
不思議な気持ちはしましたが、オリオンはやっとどんぐりが見つけられそうなので、嬉しくなって向こうに見える原っぱを見つめました。
原っぱに着くと、気持ちの良い風が吹いていました。そして足元をみると、草の間に白くて小さいものが、あちこちに落ちています。
「これが、どんぐり?」
だって、どんぐりの形はしてますが、まわりは白くてふわふわした毛で覆われています。
「変などんくりだなあ」
そうは思いましたが、オリオンはこの白くてふわふわしているどんぐりを夢中で集めていきました。
少し風が冷たくなってきたな、と感じた時、オリオンは急に気がつきました。
「ここには一度も来たことがない」
この原っぱは、全く知らない場所でした。
いつものお散歩のコースからは、ずっとずれてしまったようです。
もう帰り道がわかりません。
迷子になってしまいました。
陽は暮れかかっています。
青かった空も次第にオレンジ色に変わってきて、暗闇が忍び寄ってきます。
「おうちに帰りたいよお。」
オリオンはとても悲しくなって、ウォウウォウと泣き出してしまいました。
その時です。
フクロネズミの低いゆっくりとした声が聞こえました。
「なにを泣いているんだね。どんぐりは集まったかね。」
声のするまだ明るい西の方へ振り変えると、夕日に光る黄色の花でいっぱいのレンギョウの木の側に、フクロネズミが立っているのが見えます。
オリオンは集めたどんぐりをくわえて、全速力でレンギョウの木に向かって走り出しました。そして、口いっぱいのどんぐりをフクロネズミの前に置くと、また涙が出てきます。
どんぐりを集められたのは嬉しいけど、お家に帰れなくなってしまったのです。
どうしたらいいのでしょう。
「おう、沢山集めてくたね。よくできたじゃないかね」
フクロネズミは目を細めて微笑みながら、いくつもの白くてふわふわのどんぐりを、オリオンの背中越しに投げました。
するとレンギョウの花が地面にパァーっと広がり、あたり一面がキラキラとした黄色に輝きはじめました。
「さあ、好きなのに乗って家へ帰ればいいんじゃないのかね」
フクロネズミが指差す方を振り向くと、目の前にはあたり一面黄色いタンポポの花でいっぱいで、そこからいくつもの真っ白い大きな綿毛が浮かびあがってきます。
いくつものふわふわした大きな綿毛が空中を舞い出しました。
オリオンが目の前にある一番大きな綿毛に飛び乗ると、綿毛はスーッと動きだしました。
速くも遅くもないスピードで、柔らかくて暖かい綿毛は、高くなったり低くなったりしながら、オリオンを家まで運んでくれるようです。
黄色の絨毯の上のフクロネズミはもう小さくなって、手を振りながら見送ってくれます。さっきまで悲しかった夕暮れの色も、空を飛んでいるとなんて美しく見えるのでしょう。
風をきって飛んでいるのに少しも寒くありません。暖かい春の日差しを感じます。
もうすっかり穏やかな気持ちになって、少しウトウトとしてしまいます。
藍色の空の下には、とても懐かしいおうちの明かりが見えてきました。
ふわふわの綿毛はゆっくりと裏庭におりていきます。
「クシュン」
いつもいる裏庭の芝生の上で、小さなくしゃみと供に、オリオンは目が覚めました。
暖かい春の日差しの中で、眠ってしまったようです。
芝の間のあちこちに、黄色いタンポポが咲いています。
そのうちのいくつかは、綿毛となり、そよ風に吹かれてオリオンの上にも落ちてきていました。
オリオンはあたりに舞う綿毛をぼんやりと見ています。
少し開いた裏木戸からは、大きなフクロネズミが、顔をのぞかせていました。
Fin
春のふわふわ まくの沙江 @shaemakuno
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