終:彼らの日常


 街道を、二人の人影が歩いている。片方は旅装姿も旅慣れた若い男。今一人は、簡素な旅装姿よりも艶姿が似合いそうな美しい女。仲睦まじく街道を行く彼らを、すれ違う人々は羨ましそうに、微笑ましそうに見詰めている。年若い夫婦か、それとも婚姻を約束した恋人かとでも言いたげな表情であった。

 だが、歩いている二人はそんな周囲の視線など意に介さずに、のんびりとした歩調で街道を歩いていた。荷物を持つのは男の方で、女は手ぶらのまま気楽そうだ。その女の、華やかな美貌の中でもひときわ視線を吸い寄せる金色のようにも見える薄い茶色の瞳が、楽しそうに笑んだ。


「のぉ、空彦そらひこ

「何だ、火華かか

「あれらは、我が誅しても良いのか?」


 にこにこと笑いながら、気に入りの玩具でも見つけたかのように問い掛けてくる女、火華の言葉。呆れたような眼差しで傍らの旅の道連れを見て男、空彦は盛大にため息をついた。まったくお前はと、小言めいた言葉はごく小さい声で、傍らの火華にしか届かなかった。


「どうしてそうも目ざといのか」

「いかんのか?」

「いいや、構わん。ただし、殺すな」

「承知」


 瞬間、解き放たれた猟犬のように走り出した火華の背中を、空彦はのんびりと追った。火華が走って行った先では、若い娘を無理矢理に船に乗せようとしている男達の姿が見える。随分と離れていて、普通ならば何をしているのかを理解するのも難しい。それが見えた火華の視力を、若干羨んだ空彦だった。やはり妖は、人間のそれを遙かに上回る能力を有している。

 突然現れた火華の姿に驚いている男達を、火華はちぎっては投げ、ちぎっては投げで倒していく。救われた当の娘が呆気にとられているのを見ながら、空彦は少しだけ足を速めた。あの困っているであろう娘への説明は己の役目だなと思いながら。


 空彦と火華の旅は、続いている。


 空彦が死線をさまよったあの日から、彼らの関係は何も変わってはいない。同じように二人で旅を続け、条理に反する人を、獣を、異形を、狩りながら旅を続けている。時に長逗留を楽しみ、時にすぐに新しい土地へと移り、二人の旅は続いていた。

 火華は相変わらず火華であったし、空彦も空彦のままであった。互いの内側に芽生えた何かを彼らは明確にはしなかった。する必要がなかったとも言える。こうして旅の道連れとして共にいられるなら、彼らにはそれが真実だったのだから。

 いつか来る終わりのその日まで。それが空彦が火華に渡した約束だ。空彦の命が終わるその日まで、二人で共に旅を続けよう、と。人に過ぎない空彦が老いて朽ちるその時は、火華が傍らでそれを見守り、骨の一つも残さずその炎で焼いて弔うという約束と共に。

 もしかしたら、旅を続ける間に心変わりが起こるかも知れない。故郷に残した家族よりも火華に比重を預けるようになったその時に、それでも自分は人でいることを選べるだろうかと空彦は心の片隅で考えた。考えたが、それはその時にならねば解らぬことと、捨て置いた。今重要なのはそんなことよりも、二人で日々を楽しく旅を続けることだったのだから。

 だから、彼らの旅は続く。続いていく。他の誰に理解されずとも、どう思われようとも、構わないのだ。二人でこの国を、ただ、楽しむために旅をする。それが彼らにとっての、生きるということだった。




 いずれ定命の終わりが来たそのときに、彼らが選ぶ未来はまだ、決まっていない。




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空は火を愛で、火は空を請う 港瀬つかさ @minatose

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