万来の涙
@lusus
万来の涙:時間警察
時間の歪みがある。
「あっちだ。お前はどうだ?」
「私も同じ場所から感じた、間違いないよ」
何者かが時間軸を越えようとしている。
「座標は・・・おい、距離はどのくらいだ?」
ホログラムに浮かぶ複雑怪奇な星図を拡大しては縮小させ、男は苛立たしげに隣を見やる。方位が分かっても、距離が掴めない。
「出航準備完了。コネクタ繋げて。自分の頭に聞いてみなさいよ」
「必要か?」
男を一瞥しながら、後頭部につながれたケーブルをこつこつと叩く。
「・・・分かった分かった、痛っ」
【おかえりなさいませ、グライス。ご用――】
合成音声が脳内に響き渡り、反射的に怒鳴る。
「あーうるさい! 歪みの距離を推定!」
AIは自らの音声機能を遮断し、静かにポイントを星図に追加した。
「うしっ、セット完了。」
【AIに怒鳴ってどうするの】
「っ・・・はい、はいはい。そっちはやめろって言っただろう。うるさくてかなわん」
【慣れなさいよ。便利なんだから】
男は耳を抑える。脳に直接送り込まれる信号は、一切の減衰を許さなかった。
【脳領域の25%をシステムに譲渡。ワープ起動シーケンスに移行】
「25%了解。ワープ起動シーケンス移行。タイムカウント、2時間34分13秒。そっちで音量下げられないのか?」
【自分の頭に聞きなさいよ】
ヘルメットから直接、頭に冷気が噴射される。過熱を防ぐための一般的な機構だ。
時間軸を越える行為そのものを、彼らは咎めない。さらに過去から、存在そのものを消し飛ばせる。場所は違う。空間は跳べない。
「ワープ完了、誤差予測範囲内、システムエラーなし。脳領域の譲渡を終了、通常航行モードに移行」
【脳領域の譲渡を終了。バイタルグリーン、時間の歪みを目標に航行開始。あなたは武装準備して】
小さな恒星の周囲を回る惑星、その周辺を回る衛星。歪みの地点はもう分かっている。
男は意気揚々とコネクタを外し、するりとコクピットから抜け出す。
「ようやくだ。サッと殺して帰ろうぜ」
【目標まで、6分13秒です】
「想定規模は?」
スピーカーを通したAI音声なら、男には何の支障もきたさない。
【最大4名での時間跳躍。推定B.U.K.I. technica製タイムマシン"TM-04β"】
【TM-04・・・設計者の祖先ごと消したタイムマシンね。αともども設計図から存在しないはずよ】
「問題ない。装置頼りなら俺たちからは逃げられん」
スーツを脱ぎ捨て、エアロックからハッチに移動する。全身を覆う黒い体毛は、宇宙のように暗く、星のように輝いていた。
【目標地点に到達。ハッチ開放】
コネクタに小さな通信端末をはめ込み、宇宙空間へ飛び出した。正面には恒星が、煌々と光を放っていた。
【こちらグライス。応答せよ】
【こちらテイダ。感度良好。同期もばっちり。支援砲撃は任せて】
【よーし、追跡開始だ】
生身で宇宙を放浪できる身だ。真空、低温はもちろん、恒星の熱量さえ問題ではない。そんな肉体の神髄は、時間移動能力にある。
苛烈に降り注ぐ光を身に浴び、不気味に輝く。体をくねらせ、時間の歪みに突っ込んだ。
【次元振を検知】
一瞬の気絶を介して、意識は戻る。
【こちらグライス、過去に跳んだ。お目当てのものを目視した、マークする】
【-18:78:14:34:05】
AIが時間差を正確に割り出す。
【こちらテイダ、同期完了。発射シーケンスに移るわ。マーク継続お願い】
船に取り付けられたレーザー砲は、虚空に照準を合わせる。それは過去、タイムマシンがあった場所。時間だけが異なっている。
これから数日かけて過去への砲撃を始めるが、グライスのいる時空にとっては一瞬の出来事だろう。
【同期時空からマイナス5秒で照射用意】
【了解。現在時刻から48時間後に照射】
グライスの通信から5秒前に、目標は破壊される。2日後には、その過去が確定する。
【目標の破壊を確認。未来の状況を確定させる】
【次元振を検知】
直後に、グライスが虚空から現れた。
【こっちの砲撃は2日後で変わりないか?】
【その通り。そっちの記憶が変わったら教えてね】
脳の半分をシステムに譲渡しながら、彼女は深い眠りに入った。
万来の涙 @lusus
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