憧れの機関士と乗務した話

「佐倉、佐倉、大丈夫か。煙にやられたか・・・」

「少し休んでおけ」


その声に目が覚めると、憧れの成田機関士が心配そうに見つめています。


はっと気が付くと、佐倉君は走行中の機関車の中でした。


「成田さん」・・・。


成田さんは、機関区の中では運転技量抜群の機関士で、お召列車の運転もしたことがある老練の運転士で、直接成田機関士から蒸気機関車の指導を受けた機関士は少なくはありませんでしたし。


機関士仲間では、成田機関士を親方にもつ、弟子の機関士たちも一目置かれる存在でした。

それだけに、憧れの成田機関士が乗務している機関車に乗っているのが不思議で仕方がなかったのです。


あれ、俺・・・、きょろきょろと見回していると、成田機関士から声が聞こえます。


「おい、だいじょうぶか、急にぶっ倒れるから心配したぞ。」

「鉄分少ないんじゃないか・・・。」


「その辺の鉄粉でも舐めておくか。」


冗談交じりに成田機関士が話しかけます。

成田機関士は、運転の神様として機関区では知らない人はいないほど有名でした。その反面、指導は厳しくて鬼の成田と恐れられていました。

それだけに、ちょっとした冗談すらもむしろ意外に感じられるのでした。


暫くすると、ちょっとよろけながらも立ち上がることが出来たの佐倉君


「すみません、・・・」


成田機関士は特段何も言いません。

ただ、前を見つめているだけです、機関車は約60㎞/hを指しています。


成田君が、投炭を開始しようとすると、

「まぁまて。これから連続勾配だから無駄に蒸気を上げる必要はない。座れ。」


走行中に座る助手席は乗り心地は決して良くはない。

突き上げるような衝撃がお尻を通じて伝わってきます。


佐倉、ここから先はしばらく長い下り勾配が続く、よく見ておけ。

成田機関士は、厳しい反面、自分の技量には絶対の自信を持っていましたので、積極的にその技量を若い助士たちに見せるのでした。


下手な機関士は、ブレーキをかけたり緩めたりして速度を調整することもあるようだが、それをするとどうしても乗り心地が悪くなってしまう。

だから、こうするんだ。


成田機関士はブレーキ弁を2回か3回程度動かして利きを確かめると、今日はこの程度で良いだろう。

といって、ブレーキ弁を任意の位置に固定するのでした。


蒸気の圧力は16㎏を少し下がったところで止まっていますが、投炭していませんので徐々にですが下がってきます。


「成田さん、投炭しなくて良いのですか。」


佐倉君が恐る恐る尋ねます。


「心配いらん、ここは3㎞程下り勾配が続く」


成田機関士は、蒸気機関車の自動弁と単弁を巧みに操作しながら速度を調整しています。

見事に速度は、40km/hから動きません。


日頃は無口な成田機関士が珍しく雄弁に話します。

「自動弁で軽くブレーキを当てて、速度の微調整は単弁(機関車本体のブレーキ)で微調整しているんだ。こうすれば、常に一定の速度以上にならないので、安定してヤマを下れるからな。」


「下手な機関士は、ここ自動ブレーキをかけたり緩めたりするからな。時々タイヤ過熱させてなんていうへたっぴ機関士も多いんだ。」


いつもになく、自分が知らない成田機関士がそこに居ました。

成田機関士の一挙手一投足に尊敬にまなざしでみつめる佐倉君


10分ほどの勾配区間は、神業ともいえるブレーキさばきで下って行きます。

それでは、「また助手席に戻ります」


そう言いかけて、一歩踏み出そうとしたとき・・・


助手席から転げ落ちた佐倉君が居ました。


「こら、佐倉寝るんじゃないぞ。」


班長がキャブの後ろ側から顔をのぞかせます。


「けがは無さそうだな。」


はっと、我に返る佐倉君


 「あれ、成田機関士は・・・」


何寝ぼけているんだ、成田機関士は今日は公休だぞ。

「カマはどうだ?」


班長が声を掛けます、慌てて上記の圧力計をのぞき込む佐倉君。


「班長12kg/です」


やっと、長かったカマ掃除も終わり、空はすっかり朱くなり、冬の夕暮れが近いことを示していました。


続く


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機関助士 佐倉一郎の思い出話 blackcat @blackcat_kat

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