火入れの話
がらを一通り掻き出して、ホッと一息。
機関区の構内にある時計を見ると時計は12:50を指しています。
当時の国鉄では駅構内や機関区などの設置されている時計は電気時計と呼ばれ、電力区で一括して管理されていました。
佐倉君の腹時計はすでに、お昼のピークを越えて15:00頃を示しているのですが・・・。
一先ず、佐倉君は休憩をとることにしました。
佐倉君は、独身で寮住まいですが、賄さんが居るわけではないので、一応自炊しているのでした。
お弁当も自分で・・・といっても、梅干し入りのおにぎり二つとたくあんと言う簡単なものでしたが。
詰所に戻ると、数人の人が遅い休憩を取っていますが、その殆どはすでに仕事についています。
ふいに、別班の年配の班長が声を掛けます。
「佐倉助役、今から休憩か?」
「食べる前に髭だけ剃っておけよ。」
笑いながら、班長が話しかけます。
そう言われて、ちょっと赤くなる佐倉君、
髭だけ・・・慌てて近くにある鏡を覗いて見ますと、見事にまだ煤が顔に
最初の釜掃除の後、顔も洗ったのですが、どうも洗いきれずに余計に広がってしまったようでした。
慌てて、洗面所に走る佐倉君、それを見ながら、「頑張れよ、大変だけどな。」と呟く班長でした。
やがて、すっかり煤汚れが取れた佐倉君ですが、戻ってくる頃には既に班長は持ち場に戻っていました。
詰所にある薬缶から茶を注ぎ、やっと遅い昼食にありつけた佐倉君。
急いで食べなくともいいのに、癖なんでしょうか。
早飯の癖がついているのでついつい早く食べてしまいます。
本来であれば、休憩をもう少ししても良いのですが、釜の火入れが気になって仕方がないので佐倉君、早めに取り掛かることにしました。
今日は、C56形機関車なので、比較的楽ですが、D51のような大型機関車だと泣かされるからです。
火入れの手順ですが、これは最初の頃に先輩に教えてもらった方法をそのまま踏襲しています。
まず最初に小さく切った古枕木を何本か入れて床に敷きます。
これは最終的に燃えてしまうので丁度良いのですが、結構重い。
それをまばらに敷き詰めてから、枯れた松葉を入れることもありました。
そこに新聞紙、もしくは整備で使ったぼろきれ等に点火して釜の中に放り込むんです。
1回で火が燃え上がるときもあるのですが、そうでないときは何回かやり直す必要があったりします。
最初は小さな火ですが、やがて下に敷いた古枕木などに移って少しづつ火が大きくなってくると初めて石炭を投入することが出来ます。
急ぐあまり、火が小さいうちに石炭を入れると下からの空気が入ってこなくなって消えてしまいます。
そうなると、また点火作業から行わなくてはなりませんから一番慎重になってしまいます。
最初は小さな炎でしたが、しばらくすると本格的に下に敷いた枕木にも点火したようで大きな火となってきました。
佐倉君、ちょっとホッとして、少しづつ石炭をテンダからスコップ(ショベル)で掬ってボイラーに投げ込みます。
C56は基本片手ショベル(スコップ)と呼ばれる比較的小さなタイプを使っていました。
これは、片手で焚口の鎖を開き、もう片方の手で石炭を投入する必要があったからです。
今回は、焚口は鎖で固定してあるので左手が手持無沙汰ですが、それでも自分が機関助士になったつもりで、片手でスコップを持ってと思うのですが、これが意外と重い。
最初の1・2杯は格好つけて片手ショベル(スコップ)だったのですが。
やがて、両手で・・・。
そうして、徐々に火は大きくなり、火が消える心配はなくなりました。
でも、蒸気機関車の圧力計は未だ0を指したままです。
C56形蒸気機関車の常用圧力は14.0 kg/cm2なので、そこまで圧力が上がらないと使えないのです。
まぁ、仕方ないかと圧力計と睨めっこの佐倉君でした。
でも、待っている時間は長いものです。
少し機関車の中でウトウトしてしまった佐倉君、そこで見た夢は?
また次回のお楽しみといたしましょう。
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