4. 帰る家がないとして
何故、その場面が唐突に思い出されたのか、僕にもよくわからない。
「なぁ、
「はっ。そんな馬鹿な…漫画みたいなことあるわけないじゃない」
いつだったか、友人と交わした会話だ。同じ大学で、友人の少ない僕を何故かなにかと構ってくれていた明るいヤツだった。
「いや、だからもしもの話じゃん?相変わらず頭かってぇ〜な。下はふにゃふにゃなのによぉ」
「ひとこともふたことも余計だわ、特に最後の。絶対関係ないだろ。…で、帰る家がなくなるっていうのは、ホームレスってこと?そんなの、真っ先に自殺するさ」
正直、死んだ後の世界のことは、あまり考えたことがなかった。ただ、現実の苦しみはないから、生きているよりは楽だろうと思った。でなきゃわざわざ自殺なんてしない。
「そうじゃなくて、死んだ後のことだよ。よく死んだら天国なり地獄なり振り分けられるとか言われてるけどさ、そういうのがなかったら?どこも所属する場所が、行く宛がなかったら、どうすんだよお前?」
彼は賢い男だった。僕が日頃から死にたそうにしているのをどこからか汲んでいたのだろう、その上で、この質問をしているのだ。
それに気づいた時、就職面接で想定外の質問をされて絶句しているときのような心境に苛まれた。嫌だ、そんなことは、まだ考えたくない。
「考えるのを拒否してるってことは、まだ死にたくないってことなんじゃない?」
口はにやりと歪ませながらも、どこか哀しそうな顔で彼は言った。
「おーーい!あーおーいくぅぅうん!!もどってこぉ〜い」
はっと我に返ったとき、眼前にはぶんぶんと手のひらが乱舞しており、自分の名をけっこうな声量で叫んでいるのが聞こえていた。その主と、自分が今置かれている状況を取り戻すのに、少々時間がかかった。
「あ、ごめん。ちょっと、ぼーっとしてたかも。えっと、ユリア?だっけ?」
「え…、ちょ、え?どうしたの、大丈夫?頭真っ白になっちゃった?」
名前の確認をするも、それに対して返事がなかったということは、それであっていると解釈してよいのだろうか。
「そうだね、意識が飛んでいた。結構ショックだったのかもしれない。」
ただでさえ対人関係のあやうい僕が、目の前にいる人の名前を間違えようものなら、この生きているのか死んだのかも不明瞭なこの状況下で路頭に迷うことになる。それだけは出来るだけ避けたかった。
だから、まだ頭の中で名前が定まりきらない少女に思い切って口を開いた。
「…あのさ、帰る家がないって言うのは、死後に生活するような場所はなくて、どこか何もないところに全部消えてしまうって意味?それとも、たとえば天国や地獄のような、どこか行き先はあるの?」
少女は、一瞬怪訝そうに目を見開いたのち、ふぅと大きな溜息をついた。そして、呆れたような目つきをこちらに向けつつ、不可解すぎる爆弾を投じた。
「あなたね、何か勘違いをしているかもしれないけど。あなたはまだ死んだと決まったわけでもないし、かと言って生きているとも言い難い、不安定な状態なの」
「え。それって、どういう…」
「あー。よく漫画とかでさ、ユウタイリダツ〜!ってやつあるでしょ?今の碧生くん、そんな感じなのね。さっきビルの屋上から飛び降りた時、途中で体が宙に浮いたとか思ってるかもしれないけど、それ魂が肉体から離れちゃってるだけだから。体のほうは無事地面に落ちて、今ごろ意識不明の重体として病院とかに運ばれてるはず」
続けざまに繰り出される、衝撃発言の数々に理解が追いつかない。というか、「無事地面に落ちて」ってなんだよ。
「えっ、そしたら僕はまだ死ねていないの…?」
「だーかーらー、そう言ってるじゃーん!それより死ねてって何よ、死ねてって。言っておくけど、碧生にはそう直ぐに終わってもらうわけにはいかないから。ひとっ働きしてもらうんだからね」
フフンとドヤ顔で反り返る、やはり天使らしくない表情を浮かべる天使見習いを見ながら、ようやく状況を少しずつ理解してきた。
「運悪く生き返ってしまう可能性もあるって事か…。で、ユリアさん?だっけ、ひと働きってどういうこと」
「そうだって言ってるじゃない。というか、いい加減あたしの名前覚えなさいよ!合ってるけどね!」
なんだか、また語調がどんどん荒らげてきたが、ひとまず名前はユリアで合っていたらしい。
うろ覚えのままにならずに済んで一安心したところで彼女は、死にかけの死に損ないという衝撃の事実が判明したばかりの僕に、これから始まるとんでもない任務について話しはじめた。
アオイソラ gomma隠居中 @k1y031n
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