3. 天使らしからぬ、天使見習い
「お言葉なんだけど天使さん。見習いとはいえ、その上から目線な態度とかキツイ言動はなんとかならないの?
せっかく大きな羽に白い服と天使っぽい見た目してるんだから、外側から入るのなら言葉遣いも気をつけた方がいいと思うんだよね。見習いってことは、昇進試験というか一人前になる修業を積んでるんでしょ?」
なるべく一気に、しかし早口でまくし立てないように気をつけながら、きわめて穏やかに発言した。途中で反論を突っ込まれても面倒だし、言いたいことはハッキリ言い切りたかったのだ。
言われた方はというと、ぐうの音も出ないのか腹を立てているのか、豆鉄砲をくらった鳩のような顔のまま静止してしまった。少し言い過ぎてしまったかもしれない、そう思った僕は、一度唾を飲み込んでから天使見習いに声をかけた。
「あ、ごめん。別に『生意気だ』と言いたいとか怒ってるとか、そういう訳じゃないんだけど。
僕さ、一応いろいろ準備をした上で今日死ぬって覚悟決めて自殺したんだよね」
そうだ。
バイトは前もって辞めてきたし、銀行に預けてあったお金は全部下ろして自室の机にきっちり置いてきたし、遺書だって屋上に来れば分かるようにしてある。部屋も片付けてきたから、遺品整理に時間はかからないだろう。
突発的に自殺したのではなく、どうしてもこの世界にやっていけないと思わせるだけの辛さとか解決できない悩みがあった。
ユリアはこちらを見て、黙って話を聞いている。僕は話を続けた。
「なのに、それを得体の知れない見習い天使とかいう女子に邪魔されたんだ。…って言うとまた君は怒るかもしれないけど、僕からしたらそうなるんだよね。
ここで自殺を阻まれて、もしまだ僕が生きてるなら、これまで人生を終らせる為にやってきた準備が
確かに自殺なんて世間的には決していいことではないし、君も何か試練があって僕の所に来たのかもしれない。だけど、」
僕にも計画があったし、自殺せずに居られないだけの事情があったわけで、とそこまで話したところで突然、ユリアが割り込むように話を遮った。
「じゃあ、あたしが言葉遣いを天使っぽくして慈悲深〜いキレイ〜な感じの佇まいになったら、アンタは…
「え、」
唐突だった。そういう問題なんだろうか。
「まあ、僕は一方的に話し過ぎたと思う。とりあえずユリアさんの話を聞くことにするよ」
よくわからない状況を整理したくて、仕切り直しのつもりで僕がそう言うと、出番を待ってましたと言わんばかりにユリアが話しはじめた。先程の僕の発言が効いているのか、少しずつ言葉遣いを直そうと試みているらしい。
「あたし、別に上昇志向はそんなにないの。はやく1人前になりたいとは思うけど、万人受けして皆に認められる一流の天使になりたいとかは思ってない。ただ、見習いって立場的には人間に1番近い天使、とも言えるでしょ? そういう目で見た時に、碧生がそんな簡単に死のうとしてるの、すっごい勿体ないなって」
途切れ途切れになりながら、言葉を繋いでいくユリアの目は若干潤んでいるように見える。唇が小刻みに震え、鼻の頭が徐々に赤らんでいく。天使でも泣くとこんなにわかりやすく
「あたしはもっと生きたいのにこんな身体になってしまったから、せっかく健康でまだ望みがあるなら、そのチャンスはちゃんと活かさないと、もったいないよ、ほんと…ほんとに。ぐぇ、うっ」
涙声で話すうち、ユリアの下まぶたに透明な水がみるみるたまっていく。ついには言葉尻に嗚咽が混じり、鼻をすする音だけが聞こえてくるようになってしまった。
「ごめんて、僕が悪かったと思う。ユリアさんも大変なのに、僕が命を粗末にしたように見えたんだよね。悪かった。もうわかったから、ちゃんと生きるから、とりあえず戻ろう?これ、どうやって降りたらいいの?それとも屋上に戻った方がいいのかな、僕メガネがないと目が悪いから…」
泣き止まない目の前の少女を落ち着かせようと思ったのか、つい困ってしまって、気がつくと僕は本心に思ってもいないことを口走っていた。が、その発言さえ数秒後には覆ることとなった。
「あっ、違うの、碧生、誤解してるみたいだけど…」
なんだろう、と僕はユリアの顔を見た。顔面蒼白まではいかないが、明らかに困惑した表情で様子がおかしい。
次の瞬間、その表情を貼りつけたまま、ためらいがちに目を泳がせながらユリアは口を開いた。
「確かにまだ死んでいない。だけど、あなたは一度あの屋上を飛び降りた。だから実質、この世界で碧生の存在は半分消えかけている…。つまり、今のところ、あなたの帰る場所はもう無い状態なの」
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