第2話 むしろ付いてるよ

 俺は目を疑った。公園に向かってランニング、公園で休憩を挟む。ここまでは普段通り、日常であった。しかし公園での休憩中、おかしなモノを見てしまった。猫のような耳を持っている女を。しかもそれは、あろうことかこちらに向かってきている。


 やばい、直感がそう告げている。彼女に関わるべきではないと、今すぐ逃げろと危険信号を送っている。


 しかし体は金縛りを受けたかのように動かない。そして視線も、彼女から離せないでいる。彼女の美しい眼に、整った美しい顔立ちに、見惚れてしまっている。


 彼女は自分を無視してそのまま向こうへ......とは勿論いかずに俺の正面で立ち止まり口を開ける。


「喜べ」


 彼女はこちらが黙っているのを訝しげに見ながら、続ける。


「喜べ、君はこの私の暇つぶし相手に選ばれた。精々頑張って私の娯楽となるがいいよ」


 意味が分からず、呆けていると、


「君の口は飾りだったか、しかし口を飾るにしては些かつまらない顔立ちをしているね」


「そいつはずいぶんなご挨拶だ、つまらん顔で悪かったな!」


 ひどいいい様に、つい言葉が口に出てしまった。


「なんだ、やっぱり喋れるじゃん。最初から何か喋ってよね。私が喜べって言ったら超うれぴーぐらい言ってくれないと」


「変な奴に会ったら口を利かずに知らんぷりしろって言われてるからな」


「変な奴とは失礼しちゃうな、私はかわいい女の子」


 そう言うや、彼女はぶりっこポーズをする。かわいいかもしれないが、どこからどう見ても変な奴だった。猫耳着けてるし。


「かわいいかはさて置き、猫耳を着けてるうような人は変な奴に該当すると俺は思うんだが」


 彼女はそれを聞き、ふふんと鼻を鳴らす。


「実はこれは着けているのではない!むしろ付いてるのさ!」


 自身気に彼女はそう言う。そんな感じの揺るがない設定があるらしい。


「は?そういう設定の痛い人だったか……」


「痛い人ゆーな!これは!正真正銘の!耳!生まれてこの方ずっと付いてます!なんなら触ってくれればいいよ!」


 そうは言っても猫耳とかあるわけない。てか触ったら猫耳取れちゃうよ?いいの?とか思いつつ手を伸ばす。そして猫耳に触れる。お、思ったよりふさふさしている。けっこう触り心地がいい。てか何だか気持ちいい。


「いつまで触ってんの!変態!手を離せ!」


 触れといったくせに今度は触るなと言ってくる。理不尽極まりないと思いつつ手を離した。それにしても、結構触ったのに全然取れてないな。結構しっかりできてるみたいだ。


「これで分かったでしょ、この耳は本物だって」


「良くできてるとは思うが、本物じゃないだろ。仮に本物の猫耳だったとしたらお前は何だ?猫又(という設定)か?」


「察しがいいじゃないか、そう猫又だ」


 これは驚いたといわんばかりの顔で言う。


「私は猫又だ、昔は猫であったが、時を経てつい最近猫又になった。飼い主もとうにいなくなり、ゆく当てもない。奇しくもそんな時、君は私を見つけてくれた」


 本当に猫又(という設定)だったことに驚き、俺の中の彼女の変人メーターが振り切りつつ、さっきから話をしていて一番の疑問点を口にする。


「なんで俺なんだ?他の人もここはよく通るだろ?俺じゃなく、ほかの人にコスプレごっこをしてればいいじゃないか」


 彼女はこれを聞き、まだ俺が自身の耳をコスプレだと思っていることに呆れながらこう言った。


「なぜって……それは君だったからとしか言いようがないね。ほかの人でも私はいいけど、ほかの人に私は見えないし、相手にしてもらえないから」


 言い終わると少し悲しそうに目を伏せる。しかしすぐに明るい顔に戻る。


「私は君以外の人には姿は見えない。だからこーんなことできるんだよ!」


 彼女は公園で缶蹴りをして遊んでいる子供たちのところへ行き、あろうことか缶を思いきり蹴る。缶は砂や小石などと重りがあったものの、思いきり蹴られればそこそこの距離を飛んでいく。それは不幸にも近くのベンチで休憩していたサラリーマンの脛にぶち当たる。


「痛っっっ!」


 サラリーマンは当然痛がり、立ち上がり怒鳴る。


「このクソガキ!蹴る方向を考えやがれ!」


 缶を蹴った彼女に向かって......ではなく彼女の少し離れたところにいる子供に向かって。いや待てなんで彼女に向かって言わないんだ?立ち位置を見るに彼女が蹴ったことは明白――にも関わらず、子供に向かってそう言った。


 「い、いや僕じゃないよ……」


 「お前以外誰が蹴ったって言うんだ!気をつけろよ、全く……」


 彼女は缶のあった位置のすぐ近くに立ち、こちらを向きながらにこにことしている。周囲の人たちは、そんな彼女が見えていないかのような反応をした。


 「どう?これで信じてくれる?」


 彼女はそう言って再びこちらを見ながら微笑んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

 猫も猫又も猫のうち あまめ @amamehara

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る