王子と女、騎士と宰相の事情

今川 巽

第1話 事の始まり

世界にはたくさんの大小国があったが、小国が、いや大国が諍いや戦でなくなることは決して珍しいことではない、そして弊害を背負うのは街、市井の人間ばかりだ。

 中でもリィファンとダイラバンの二つの国は昔から、文化や様々な問題があった。

 決定的な違いといえばリィファンはドラゴン、タイラバンは獅子を使役しているということだ。

 ところが、ここ数年、リィファンはドラゴンによる事故が増えていた、


野生のドラゴンを子供の頃に捕まえてきて、人が育てるのだが、ここ数年、それができなくなった、というのもドラゴンの住処が変わってきたのだ、以前は難しくても人が行き来できる場所に巣はあった、だが、ここ数年、住む場所が変わった、山の頂上、谷深い場所に巣を作るようになったのだ。

 だが、それだけではない、決定的なのが、今まで慣れている、使役していたドラゴンたちの人喰いという行為だ。

 騎士は馬だけではない、ドラゴンに机上することもある、ところが、最近になって乗り手である騎士を殺しただけではない、食べたのだ。

 

 「珍しい事ではありませんな」

 魔法使いの言葉に王と宰相、周りにいた貴族達も驚いた、遙か昔にもこのようなことがあったとききます、その言葉にどうすればいいと貴族達は青くなり、互いの顔を見合わせたのも無理はない、ドラゴンは兵士にも匹敵する存在だったからだ。

 「止められないのか」

 自分の先代、いや、その前から、忠告していた筈だと笑う魔法使いに、広間はしんとなった。

 「だが、他の国ではドラゴンを使役している国もあるというぞ」

 「確かに、ですが、それは正しくはない、ドラゴンが人を選んだのです、時に呼び寄せる場合もあります、それも他国者を、召喚者ということもあると聞きますが」

 「そのようなことが」

 なら、その者、召喚者を呼び寄せればドラゴンの人喰いを止める事ができるのではないのか、王の側近の一人が魔法使いに意見した。

 「おおっ、それは」

 「なら、魔法で、その者を」

 「魔法で呼び寄せることができるのですか」

 広間の重苦しい空気が、わずかに払拭されたのか、その場の人々の表情が変わった。

 だが、その意見に賛成できないとばかりに魔法使いは首を振った。 

 「異界の者は人とはいえ我々とは違います、私なら、ごめん被りますな、災いを引き起こさないとも限りません、それで国が傾かないとも限らない、責任が取れますかな」

 先に発案、召還をと口にした男の顔が青ざめたのも無理はない、災いがどんなものなのかわからないが、それで国に何か大きな災厄まがいの事が起きれば。

 「ですが、この国のドラゴン全てが人喰いを始めたら、多少の犠牲や災いがあるとしてもやってみる価値はあるのではないですか、魔法使いどの、私としては」

 「宰相、ヴィクトール」

 名前を呼ばれ、目つきの鋭い黒髪の彼は自分より年上の魔法使いを睨みつけた、自分より年上なので相応の礼儀や態度をとらなければいけないとわかっていても、素直になれないのは魔法使いという人種が好きではないからだ。

 見かけは老人だが、この魔法使いは人の寿命は軽く越えている、それは人でない者と契約したからだとか、禁忌の術を行ったせいだといわれているが、真実を知る者はいない。

 いくら知恵者だからといって、このような者がいつまでも城内で大きな顔をしているのは、正直、不快だ。

 いつか、ここから追い出してと思っていても、なかなかその機会がないことがヴィクトールにとっては悩みの種だ。

 「召喚ならされているかもしれませんぞ」

 魔法使いの言葉に魔法使い以外の全員、黙り込んだ。

 三日ほど前、七人目の騎士がドラゴンに食べられましたが、それ以後、人喰いは何故か、止まっていますな。

 「人を喰らい、ドラゴンは力を貯めたのかもしれませんな」



 跡継ぎは第一王子のマイセン、自分は駄目だ、第二王子だから、いやそれだけではない、体が不自由な男が王になったなど今まで聞いたことがない、だから自分で決断をしようと思い森にきたのだ。

 最後の決断、命を絶つくらいは自分の手で、そう思って杖をついて森に来たのだ、共も連れずにだ。

 崖から飛び降りてしまえ、そうしたら、あっというまだと思ったのだ。

 ところが、崖の下を見下ろした、その瞬間、高さに、自分が地面に衝突したときの痛みとはどんなものだろう、そんなことを考え、足が震え、持っていた杖を落としたのだ。

 そしてあろうことか、体が震え、足を滑らした。

 

 気がつくと自分を見下ろしている人の顔を見た、ああ、自分は生きていると思った瞬間、なんともいえない気持ちになった。

 第二王子という立場だが、十歳までは乳母と一緒に村で暮らしていたので貴族らしからぬところがあると自分でも思っていた。

 そのせいかもしれない、ありがとうと自分を助けてくれた相手に礼の言葉も素直に口にできた。

 相手は不思議そうな顔をした、それで彼はわかった、言葉がわからないのだと。

 余所の国の人間なのだろうか、真っ白な髪は肩口までの長さだ、これには驚いた、男なら、街の市井の人間なら不思議はないが、自分を助けてくれた、この人は女だ。

 「ジョー、僕はジョーだ」

 少し気恥ずかしさを感じるのは、相手が、じっと自分の顔を見ているせいだろうか。

 通じるだろうか、自分の言葉が少しでも分かれば、そんなことを思っていると。

 「ジョー、ジョー」

 と相手が笑った、自分は城に住んでいると説明すると女は驚いた顔をした。

 そして、少し遠いと独り言のように呟いた。



 第二王子が居なくなったと聞いて城の中は騒ぎになったが、それは長くは続かなかった、最初、庭か離宮にでも行っているのではと思われたが、一日、二日目も昼を過ぎ、夕刻近くになると、ただ事ではないと城内はざわついた。

 自分が冷遇されていることを感じて戻るつもりなく、森に行ったのかもしれない、王の言葉に呼ばれた騎士団の数名は黙り込んだ。

 朝になったら捜しに、もし、死体を見つけたら、そのままにしておいてくれて構わない。

 愛娼ではない実の血を分けた息子だが、その言葉は冷たすぎるのでは、だが、これが王族というものなのだろう。

 捜索に選ばれた数名の騎士達は黙ったまま、その言葉を聞いていた。

 その中の一人、サンダーは表情にこそ出さなかったが、内心複雑な気分だった。

 第二王子のジョーとは一度、言葉を交わしたことがある、そのとき、自分のことを見ていた目、表情を思い出した。

 王子の怪我は子供の頃の事故のせいだ、それは決して本人のせいではない、だが、体の一部に何かの傷害、支障があるというのは。

 「頼む、息子の事だが」

 王の言葉が途中で途切れた、建物が揺れた気がしたからだ、いや、それだけではない、風の音もだ。


 「大変です、庭に見たことのない、ドラゴンが」

 広間に駆け込んできた衛兵の言葉に皆が窓の外を見た。

 そこには今まで見たことのない、騎士達が馬代わりとして騎乗しているドラゴンの倍の大きさはあるだろう、それも。

 「く、黒い、ドラゴン、あのようなものが」

 「初めて、見ます、まさか」

 王の隣にいた魔法使いも驚きの声を漏らした、騎乗している者がいるようですな、その言葉に王だけではない、そばにいた宰相も目を凝らした。

 夜だし距離もある、だが、ドラゴンは庭に降り立ち、じっとしている、その様子に誰かが声を上げた。

 「王子だ」


 城の中をジョーは歩いていた、といっても以前のような杖をついてではない、椅子に座ったままだ、だが、その椅子には馬車のような大きな車輪がついている、その車輪を自分で回しながら移動しているのだ。

 そして王子の側には、一人の女性が寄り添うように歩いている。

 この国の人間ではないというのは一目でわかるのは変わった服装をしているからではない、ズボンにシャツという軽装、それは町の人間のような格好だが、色も素材も、明らかに異国のものだ。

 だが、それだけではない、白い髪、それと同じくらいの肌の色も。

 

 城の中を歩いているだけで見られているという事にジョーは緊張と多少の気まずさを感じていた。

 だが、自分は第二王子だ、臆していてはいけない、前を向いて歩かなければ、そんなとき。

 廊下の向こうから一人の大柄な男性が歩いてくる姿が目に入った。

 

 自分の姿を目にした男は立ち止まり、避けるように背中を壁につけ、頭を下げるのを見て、ジョーは必要ないといわんばかりに手を軽く上げた。

 そして女に顔を向けると紹介するよと女に声をかけた。

 

 「彼はサンダー、騎士団の中でもとても強い騎士なんだ」

 「サ、ンダー、サンダー、ああ、空から、とても強い」

 

 空からという言葉に続いて、女が何か言葉を続けるとジョーはああと頷いた。

 「彼女の国の言葉でサンダーは雷というらしい」

 返事はなかった、というより騎士はできなかった、女が自分を見ている事に気づいたからだ。

 

 「おお、王子、ここにいらっしゃったのですか」

 わずかに首を後ろを向けたジョーは驚いた、声をかけ、近づいてきたのは宰相だ、今まで声をかけてきたこと、まともに話しかけてきたこともなかったのに。

 「実はお話ししたいことがありまして、よろしけれは」

 視線が女にも向けられ、ジョーは一瞬、むっとした顔つきになった。

 

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王子と女、騎士と宰相の事情 今川 巽 @erisa9987

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