第34話

人の世界から魔法が弱まり、科学が隆盛を極めようが、人の世から神秘が喪われることなどありはしない。


日本の首都、東京のオフィス街の中にある世界的にチェーンがある喫茶店の中にも、はいる。


「ブレンドを一つ……」


ドイツ人の大男は珍しいのか、はたまた彼が振りまく不吉の気配を無意識に感じ取ってのことなのかは分からないが、新人バイトの高校生が怯んだように対応していることに申し訳なく思いながら、出てきたコーヒーを受け取った。


さて、彼にとってコーヒーは気分転換であり、それ以上でもそれ以下でもない。

だからというわけではないが、彼はあまり味や香りにこだわらず、飲めさえすればいいという考えを持っている。


正直、缶コーヒーのような安物でも構わないのだが、今日は用があってのこと故に、店で一番安いブレンドを注文した。


「温いんじゃないかい? そっちの処遇は」

店の隅で啜っていると、馴れ馴れしい口調で声をかけていたのは、明らかに少年である。

そのまま、「座ってもいいか」との確認もせずにヨイショと登るように座る。


紅い髪に朱い瞳、中性的な顔立ちの少年は少女のように見えなくもないが、口から出る言葉はその容貌に似合わぬ粗暴なもの。

青いパーカーと半ズボンという服装に相まって、より子供っぽく見える。

しかし、彼の持つ雰囲気は擦れている、というよりも擦り切れている、と言ったものに近い。


明らかに三〇以上は年下であろう目上するとは思えない態度ではあったが、クライクハントはさほど気にした様子もなく、変わらずコーヒーを啜っている。


「ユーカリか」

「アンタがしくじるなんて珍しいからね。ちょっくら見に来たのさ」


挑発とも受け止められる言動だが、「そうであるか」とだけ言って変わらないペースでカップを動かしている。


それが面白くないのか、露骨に顔を顰めて軽く舌打ちをする。


とは言え、面白くないのはクライクハントも同じ。

クライクハントは確かにコーヒーの味にも香りにもこだわりはない、とは言ったが、目の前の少年の態度で味が悪くなるのはいい気分ではない。


しかし、目の前の少年は、その見てくれに侮るなかれ。なんとクライクハントと同じ異端殲滅の正式なメンバーである。


魔法にそれぞれ特性があるため、簡単に優劣をつけることはできないが、攻撃力だけで言えば明らかにユーカリの方が高い。


「それよりも、なぜ貴君がそこにいるのだ」

本部以外で異端殲滅のメンバーが出会うことは稀である。

「なんだよ。せっかくボスからのメッセージを伝えるためにここに来てやったのにさぁ」

やはり、上から目線。

ユーカリは色々と捻れているが、見た目よりも悪い人間ではない。


しかし、それでは済まないのはこの男である。

監督役も仰せつかっているクライクハントは子守に近いこの仕事に辟易していたが、異端殲滅の唯一の良心にして常識人。

他に務まる人間がいない。


彼の見立てでは、能力はともかく、精神的には半人前であるため、一人で任務に向かわせることを快く思ってはいない。

(人手不足とは言え、単独行動を許しているボスは正気ではないに違いないのである)


「で、ボスはなんと言っているのであるか?」

「あぁ。如月の大結界については手出し無用。アンタにも帰還命令が出てるぜ」


手出し無用とは意外である。

この案件は異端殲滅の意向よりも魔導機関の依頼があって、というものが大きい。

だというのに、それが通ったということは、何かしらの理由があったと見るべきだ。


そして、帰還命令。

普段はあまりないことだが、手出し無用となれば異端殲滅であるクライクハントがここにいる意味はないどころか、要らぬ火種を作る原因にもなりかねない。


クライクハントの持つ魔法は、暗殺以外にはあまり使い道はない。

いや、そもそもは異端殲滅が使う魔法は大抵はそうでありーー、


「ん? となると、なぜ貴君がここにいるのかね?」


業務連絡など今時はメールの一つで済ませられる。

ユーカリはタイプで言えば超攻撃型。そんなユーカリの単独行動を許す程に正気でなかったとしても、わざわざ連絡のためだけに派遣するような「無駄」を彼のボスは許しはしない。


その質問を待っていたとばかりにニヤリと笑う。

「こっちも、七大神秘の調を終わらせてきたところさ」

「なんだと?」

自分と同じ任務、ということの不可解さに眉をひそめる。

(まさかとは思うが、如月町に潜んでいたとでもーー)


「あぁ、いや、七大神秘とは言っても『星の雫』じゃあないし、場所だって如月から幾分か離れた場所さ」

そんなことを言って、いつのまにか注文していたフラッペをストローで吸っている。

「この日本に、第六神秘以外に七大神秘があるとでもいうのかね?」

まるでなんでもないことのように、「そうみたいだな」と、さらっと言った。


そして、さらに衝撃的な言葉が続いた。


「一応伝えておこうか。



神秘の深奥。

世界最高の結界に世界最大の魔法媒体が潜む町ーー如月町。


この町に七大神秘が集まろうとしている。


今回の一件はその始まりにしか過ぎない。


如月町に棲む魔法使い達と、世界に残された不思議達の物語はこれからも続いていく。


ちなみに……ではあるが、

これから如月町にやってくる神秘は、第二神秘セカンド・ワンダー


それがどのようなもので、どれほどに不思議なのか。

それは見てからのお楽しみ、ということで。

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セブンワンダー あらゆらい @martha810

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