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そんなことがあった日の夕飯はめずらしく殆どの寮生と、先生も同じような時間帯に食堂にいました。食事中、とある子が、なんかうれしそやね、と先生に話しかけました。すると先生は優しく、素直に嬉しそうに笑って、ウスルくんとやっと仲良くなれたので。といいました。ウスルはそのときも、先生の方を見ることはできませんでした。その日の夜、ウスルは自分の部屋で、椅子に座って、あのキスの後に渡された、お返しのプレゼントを、見つめていました。それはロゴが焼印された木の箱に入っている、高級そうな黒いボールペンでした。ウスルにはとても値打ちのあるものに見えました。けれど、「私とお揃いですね」と、同じものを持ち歩いているのを見せてもらってからもう一度それを見た時に感じた値打ちは、それ以上のものでした。自分には、勿体無いと思って、かたまっていたウスルの頭を撫でて、「君はもっと、いろんなことに期待ができるようになれたら、いいですね。」と先生が言ったのを思い出します。期待ができるようになれたらいい。期待。期待は、していました。自分は怖いくらいに欲深くて、先生に、いろんなことを期待していました。だって、今日あったことの全て、夢のようでしたし、夢じゃなければいいのにって、確かに思っているのです。理解が追いつかないくらいに一気に夢みたいなことが起こりすぎて、全てあまりに欲深い心が見せた、都合のいい夢だったとしか思えませんでした。唇だと思ったあの感触も、もしかしたら自分が都合よく、唇だと思い込んだだけで、唇ではなかったのかもしれません。そうだとしたら、本当に、自分は救いようもないくらいに強欲な上に、いろいろと倒錯した人格の持ち主だと言うことになります。先生に恋して、先生とのキスを夢見て、先生のご厚意を、勘違いして、舞い上がっているということになります。そのボールペンを見れば見るほど、真横に座った先生の、少しだけ触れていたところの感覚とか、撫でてくれた優しい手の感覚とか、キスだと感じたあれとか、腰を引き寄せられたときの胸騒ぎを、思い出します。その時は胸がいっぱいで、言いたいことの一部も、プレゼントのお礼すら言えそうにありませんでした。それでも先生は、全部わかっているよって言うみたいに、何も言えないウスルを、ずっと撫でていてくれました。思い出すと、ボールペンが本当に自分のものか疑わしいような、どうしようもない不安に襲われました。今すぐ、本当に今すぐに先生に会いに行きたくて、先生、先生って呼びたくて、涙が出るくらいに、胸が苦しくなりました。





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みじめのこ 杓井写楽 @shakuisharaku

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