第51話 カトラス団長の憂鬱
暗黒砦付近には三つの集団が集まってきた。
ひとつはフレッチャーとビアンカ姉弟。もちろん暗黒砦を抜けて暗黒大陸へ渡るためだ。彼らとしては誰にも気づかれるこなく通り過ぎたいところだろう。
そしてもう一つは帝国からの偽装商隊。
彼らの目的は密偵として王都に潜入することだが、間が悪いとしか言いようがない。フレッチャーの捕縛劇に巻き込まれる未来しか見えないからだ。
そして三つ目は、フレッチャー捕縛の任についた、というか押し付けられた第三魔法師団である。
彼らはたまたま暗黒砦に駐屯していたところ、暗黒砦防衛部隊に王国宰相補佐からの密命があり、彼らの代わりに殺人容疑者マックス・フレッチャー捕縛の任に就くことになった。
その理由は簡単だ。暗黒砦防衛隊は魔獣討伐のスペシャリスト集団なので対人戦闘には不慣れだからである。
しかも今回の捕縛対象は帝国との戦いでも大活躍したマックス・フレッチャーだ。暗黒砦防衛隊ではこの大魔導師に抗えるはずもない。
「まったく割に合わん……」
第三魔法師団の団長を務めるカトラス・ギジェンは、周辺が見渡せる丘の上で愚痴をこぼしていた。
「親分、また愚痴ですかい?」
副団長のエリアスがいつものように応じる。
「親分と呼ぶな。何度言わせるんだ」
エリアスはカトラスを尊敬するあまり、様々な呼び方をする。分かりにくいが彼独特の敬意表現なのだ。
それにカトラスは言うほど嫌がってはいない。
「団長はツンデレ属性でやすね。まあ、固いことは抜きにしましょうや。あまり気を張ると疲れますぜ」
「ツンデレ? お前は気楽でいいな」
チャランポランに見えてもエリアスは優秀な部下だ。いずれは団長になる器だろうとカトラスは思っている。ただし性格の矯正は必要になるかもしれない。
「そうだ! 今日はお前に団長を代わってもらうことにしよう。どうだ?」
「今日だけはだめですよ。俺だって命が惜しい」
「流石に騙されんか……」
当然だがエリアスも捕縛対象がフレッチャーであることは判っている。
「捕縛対象が辺境一の魔導師ですぜ。命がいくつあっても足りゃしない」
「そうだな。生憎と俺は一つしか命を持っていない。もし、俺が殺られたら、次はお前の番だからな」
「う〜、そりゃそうですね。でも、あっしは師匠が簡単にやられるとは思ってませんがね。もし俺の番が来たら速攻で逃げますぜ」
「敵前逃亡罪か。勇者だな……」
「やだな〜、俺が勇者なら逃げませんぜ」
「いや、意味が違うんだがな」
彼らの会話は噛み合わないことがよくあるが、エリアスは意に介していないようだ。
ある意味、大物なのだろう。
「それはそうと、現実的な作戦ってありませんかね?」
「ほぉ……」
エリアスも今回の作戦については真面目に考えているようだ。
やはりこいつも無駄死にはしたくないのだな。
カトラスは少しだけ安心した。
「俺は武力行使をするつもりはない。話し合いをして時間を稼ぐ」
武力行使を望まないのは相手がフレッチャーだからだ。
捕縛対象が雑魚ならば話が違う。
「フレッチャーが話し合いに応じることと、捕縛隊が間に合うことが前提の作戦でやすね」
「よく考えるとダメダメな作戦だな。不確定要素が二つもあるし、俺が殺される未来しか見えん。まあ、それをプランAとしようか」
「プランBとして、泣き落としというのはありですかね? 旦那はフレッチャーに面識があるとお見受けしやすが?」
――今度は旦那かよ。
「面識どころか帝国の猛攻を一緒に防いだこともある」
「それなら戦友じゃないですかい。やっぱり泣き落としで行きやすか?」
「却下だ。あいつは感情で動く人間じゃない。泣き落としなど無意味だ」
「暗黒砦防衛隊にも出張ってもらったほうが良かったんじゃないですかい?」
「バカ言え。奴らには対人戦闘の経験が不足している。ましてや相手はフレッチャーだ。役に立つどころか足手まといにしかならん」
「それじゃあ出たとこ勝負ですかい?」
「臨機応変――お前の得意とするところだろ」
「褒め過ぎですよ親方」
「いや、褒めてないけどな。うっ!」
その時、カトラスの体を悪寒が駆け抜けた。
「どうしやした?」
「お客さんだ」
カトラスが北西方向を睨んだ。彼の広範囲探知網に誰かが引っかかった。
「野郎ども! すぐに戦闘態勢をとれ!」
エリアスが大声で待機している部下達に指示した。
「フレッチャーですかい?」
「いや、違うな。魔力放射強度はフレッチャーに匹敵するが、奴がそれを隠さないはずはない。それに……」
カトラスは何かを感じ取ろうと目を閉じた。
結論を急ぐ必要はない。フレッチャーならわざと魔力放射で敵を誘き出すくらいのことはやりそうだからだ。
――だが違う。
「フレッチャーの色ではない――」
生命は魔素を体内で生み出し保持するが、魔素は生み出されたそばから少しづつエネルギーを体外へ放出する。
それが魔力放射として感知される――もっとも、誰でも感知できるわけではない。
魔力放射には固有の波長があり、それが測定できれば人であろうが魔獣であろうが特定することができる。
カトラスはその波長を色として認識できるのだ。
それは魔法研究者の間で魔力共感覚と言われていて、とてもレアな能力だ。
「おそらくこの魔力放射は人族のものだ」
「フレッチャーに匹敵する魔素の持ち主ですかい? 王国にそんな奴いるとは思えませんね」
「勘違いするな。魔素を大量に持つ人族は割と多いが、戦闘で強いとは限らない」
魔素は自動車に例えると燃料タンクだ。その自動車が高出力のエンジンを持っているとは限らない。それに実際の戦闘では、使える魔法の種類やその使い方など、様々な要因が勝敗を左右するのだ。
「そうでやしたね。魔素量に過剰反応してはいけやせん。仰るとおりでやす」
エリアスは頭を掻いて、顔を赤くする。
「まあ、俺たちの任務はフレッチャーの捕縛ではない。本当に期待されているのは奴の足止めだ」
「足止めは解りやすが、お客さんとどういう関係があるんですかい?」
「フレッチャーは誰よりも好奇心が旺盛だ。そこを突く」
「なるほど……魔素量が多い謎の人物を人質にとるというわけでやすね? 悪い男だねぇ」
「褒め過ぎだエリアス」
「いや、褒めてませんぜ。とにかく、それはプランCでやすね」
「プランBだろ」
エリアスの中では〈泣き落とし〉がプランBに確定しているようだ。
「その前に、フレッチャーと出会い頭の戦闘を避けるために、こちらの位置を知らせておくか」
「解りやした。野郎ども、団長から二十メートル以上離れろ! 今すぐだ!」
エリアスはカトラスのやろうとしていることすぐに理解し、部下たちに距離を取らせた。
カトラスがやろうとしているいことが、それだけ危険だからだ。
そしてエリアスもカトラスから距離をとり、魔法障壁を第三魔法師団全体に展開した。
「それじゃあ行くぞ。
カトラスは強力な魔力放射を北西から南西方向に角度を狭めて放った。
その魔力放射は、魔法生物――魔力を持つ生物――にぶつかると反射する性質を持つ。つまり、レーダーやアクティブソナーのように反射波で魔力生物の位置を特定することができる。
だからこそカトラスはわざとこの魔技を使った。
フレッチャーに自分がいることを知らせるためだ。
「お頭! どうでやんした?」
「フレッチャーの位置が判ったぞ。我々のほうが先にお客さんを捉えることができるはずだ」
カトラスはニヤリと笑う。
とても悪い顔だ。
「カトラス団長、いい顔しますね。兄貴と呼ばせてくだせぇ」
「ダメに決まってるだろ」
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