第52話 もう一つの遺跡
フレッチャー達が第三魔法師団に接近する数時間前、セブンス達は相変わらず暗黒魔境で魔獣を狩っていた。
「今だ! セレスティー!」
「了解、ダーリン!
目も眩む稲光と同時にピシャーという空気を劈く音が周囲を支配した。暗黒魔境に入ってからというもの幾度となく目にした光景である。セブンスとアイルに至っては自分の身で体験している。
直撃を免れた残りの三十体あまりは、地面から回り込んだ高圧電流でスタン状態に陥った。
「ボーナスステージだ!」
セブンスの掛け声で、魔族少女アイル、神獣少女フェル、戦闘メイドのクラウが突撃する。ゲームであれば軽快な音楽でも流れてきそうな場面だ。
アイルはセブンスが新たに与えたミスリル製の片手剣でオーガ・ゼネラルの首を次々と刎ねていく。もちろん、この剣には相手の生命力を吸収するような特殊効果はない。
前回の戦闘でアイルが真祖の剣を使ったせいでセブンスは酷い目にあった、それは教訓としてセブンスのここらに焼き付けられている。もう一人の被害者であるアイルは、真祖の剣を使いたそうにしているが、セブンスは断固として拒否するつもりだ。
フェルは神獣の姿に戻ってオーガ・ゼネラルの首に食らいつき、そのまま別の個体へと投げつけていく。効率は悪いが、オーガ・ゼネラルの巨体が振り回される光景は圧巻だ。
そしてクラウは短剣を持ち、オーガ・ゼネラルを軽く躱しながら足首を切っていく。フェル達が戦いやすいようにオーガ・ゼネラルの動きを止めているようだ。流石にメイドだけあって気遣いが嬉しい。
そうこうしている内に、すべてのオーガ・ゼネラルを片付けてしまった。
「セブンス様……」
「なんだクラウ? 改まって」
「私たちのパーティーは普通とは違うので、人族の街では注意したほうがいいかもしれません」
「どんな風に違うんだ?」
「強過ぎるのでございます。少なくとも、私が知っている三百年前の人族社会では、ここまで強いパーティーは存在しませんでした。もちろん、大賢者グラン様のパーティーは別格でしたが」
「そうかもしれないけど、ツバサが住んでいたノルトライン領にはマックス・フレッチャーという化け物じみた魔法師がいたし、俺の親父も人外に強かったぞ」
「そうでしたか。でも、それは一部の人族です。もし、人族の戦闘レベルが格上げされていたら、この地は暗黒魔境などと呼ばれませんし」
「それもそうだな。クラウの忠告は受け入れるよ。俺だってツバサの記憶があるから、全くの世間知らずというわけじゃない」
セブンスはセレスティ―とアイルを交互に見つめた。
「な、何よ! 私が世間知らずっていうの?」
「いや、そうじゃないけど。アイルもクラウと同時代を知っているんだよな」
「そういうことになるわね。その当時の魔族は人族よりも遥かに強かったわ。でも、そうね……。ここまで強いのは少なかったわね」
「でも、居たんだ。俺達より強い奴らって」
「そりゃあ居るわよ。魔王様は神に近い存在だったしね」
「……やっぱり居るんだ……魔王」
「魔王という位は世襲制ではないから、魔族が存在するなら魔王も存在するわ」
「近寄らんでおこう……」
「えっ、歴代の魔王は優しい人達だったから、会っても大丈夫よ」
「そうかもしれないけど……イメージがね。怖そうだし」
「セブンスだって人外の強さじゃないの! それに……」
「それに?」
「優しいし……魔王様と同じよ」
セレスティーがピクリと動く。
「ダーリン」
セレスティーが静かに怒っているのが分かる。
言霊に魔力が宿っているようだ。
「ダーリンは私だけに優しくすればいいの。私は囚われた籠の鳥。世間のことは疎いから守ってね」
「はい……もちろんでございます」
セレスティーはヤキモチ焼きだが、真祖の剣事件依頼、ちょっとギクシャクしていた関係がもとに戻りつつある。
魔獣狩りという共同作業が心の距離を縮めてくれたのかもしれない。
「ダーリン、あれを見て」
森が急に開けたかと思うと、何かの建造物をセレスティーが見つけた。
「ほう、これは以前見たことがあるものに似ているな……。みんな集まってくれ!」
「どうかしたの?」
いつものセブンスの反応と違うことに気づいたアイルが疑問を呈する。
「セレスティーが面白そうなものを見つけた」
「みんなあっちを見て」
セレスティーが岩山の一角を指差す。
「遺跡かしら? 地中に埋もれているみたいね?」
アイルが言うように、建造物の一部が地面から出ているように見える。
「思い出した。転移魔法陣があった遺跡に似てる」
セブンスの頭を嫌な思い出が過る。
勇者がツバサを暗黒大陸に送り込むために使った魔法陣……それはこんな遺跡の中にあった。
「どこの遺跡なの? 私は古代魔法文明に詳しいわよダーリン」
ハイエルフはかなり長生きである。だが、二千年近く前に失われた文明を実際に見たとは考えられない。
おそらく口伝か研究による知識があるのだろうと、セブンスは思った。
「エルカシス遺跡っていうんだ。知ってるか?」
「アルフェラッツ王国の北側にある遺跡のことね」
「そうだよ。ルクレツィア草原にある遺跡だ」
「だから転移魔法陣なのね」
セレスティーは右手を顎に添えた。
彼女の儚げな表情や仕草がセブンスは素直に好きだった。
セブンスの視線にセレスティーが気が付き、顔を赤らめる。
「ダーリン……」
「二人の世界に入り込むのはやめてほしいな」
アイルが冷たい目線で二人を睨む。
「おいっ! そんなんじゃないからな。勘違いするなよ」
「お兄ちゃん、そこ、危ないよ」
フェルが警告したが、遅かった――
「うわ〜」
遺跡の地面が不意に崩れてセブンスは落ちていく。
――また戦闘レベルが上がってしまう……。
結局、セブンスは浮遊魔法が間に合い、戦闘レベルが上がり過ぎる心配をする必要がなくなった。
その後、全員が遺跡の中に降下して、セレスティーのたっての願いで遺跡を探検することになった。
「遺跡の中って真っ暗だと思っていたけど、結構明るいのね」
「アイルは遺跡の中に入るの初めてなのね。古代魔法文明の遺跡はね、訪問者の魔力漏れを照明のエネルギー源として使っているのよ。ダンジョンも同じなんだけど知ってた?」
古代魔法文明の建造物は壁や天井に特殊な魔法陣が組み込まれていて、訪問者の魔力放射をエネルギー源として光に変えている。
「恥ずかしながら知らなかった。でも、魔力放射は抑えてるつもりなんだけど」
「それは仕方ないわよ。微弱な魔力放射でも光に変換されるから」
アイルの疑問にセレスティーが答える。
いかに古代魔法文明とはいえ無限にエネルギーを蓄積することはできない。訪問者から照明エネルギーを供給してもらうのは合理的な考えだ。凄いのは、その変換効率の良さだ。
「それにしても二千年くらい前の仕組みが稼働しているなんて」
アイルは納得していないようだ。
「魔法陣は機械的に摩耗しないから劣化しにくいんじゃないか?」
機械はいつか壊れる。
セブンスは自分の経験から機械の耐用年数が短いことを知っている。
「私もそう思うわダーリン。魔法陣の描画にも魔法的に安定した物質が使われているのね。たぶんミスリルのような」
古代魔法文明についてあれこれと話をしながら、セブンス、セレスティー、アイル、クラウ、そしてフェルの一行は遺跡の深部へと潜って行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます