第18話 龍神族の戦姫

 暗黒大陸を住処とする龍神族。

 人類種の中では最強だからこそ暗黒大陸で繁栄することができているのだが、勢力を暗黒大陸の外に伸ばさないのは保守的な性質だからではないかといわれている。


 ツバサは龍神族の罠にかかった後、牢獄に閉じ込められていた。

 この牢屋は三方向が岩を削り出した壁に囲まれていて、もう一面には鉄格子が全面に嵌められている。


「どうしてこんなところに来たんだ?」


 ツバサは既に何回もこの質問をされている。

 今質問をしたのは龍神族ではなく人間の青年だ。

 かなり鍛えられているようで、体つきは龍神族とあまり変わらない。年齢は二十歳前後だろう。


「来たんじゃなくて、無理やり転送されたんだよ」


「エルカシス遺跡か? それなら俺の祖先と同じだ。それは気の毒だとは思うが、君の戦闘レベルだと暗黒大陸で生き残るのは難しいな」


「心配しないでくれ。俺はここに長居するつもりはない。いや、直ぐにでも旅立ちたいんだが」


「それはどうかな? 俺には君を開放する権限がないから」


 地下の牢獄に収監されているツバサ。おそらくその青年はツバサの世話係なのだろう。

 彼の話からすると、流刑にされた祖先の末裔だということだ。


「あなたの戦闘レベルはどれくらい?」


「俺はこれでも48だ。この国にいる人間の中では最高クラスに属する」


 彼の戦闘レベルは、アルフェラッツ王国でたとえると騎士団長クラスになる。人間としてはかなり強い部類たが、龍神族の国では下働きしかさせてもらえない。


「君の処遇が決まるまで、俺が朝昼晩の世話をすることになった」


「俺の名前はツバサ・フリューゲル。短い付き合いになると思うがよろしく頼むよ」


「そうだな、名前くらい名乗ってもいいだろう。俺はオリヴィエだ。短い付き合いか……」


「俺はそのつもりだよ」


「そうだといいな。次は昼頃に来る」


「ああ、よろしくな」


 オリヴィエはツバサのために朝食のトレーを檻の前に置いて行った。

 檻の下にはトレーが通るだけの隙間があるので、ツバサはそこから手を出してトレーを引き寄せた。


「パンとスープと肉野菜炒めのようなものか……。思ったよりもまともな食事だな」


 実際、パンが硬いこと以外はツバサの好みに合ったようだ。


「肉の正体が分からないけど……、脂が乗っていて美味いな」


 ツバサは牢獄に収監されてからというもの、さんざん魔法を試したのだがどれも発動できなかった。唯一の頼みの綱のクラウさえもお手上げだと言っている。


『状況が変わるまで待ってください。こちらには食糧がありますから何日でも籠城できます』


『まあ、そうは言ってもね。フェルが堪えられるかな……、おっと誰か来た』


『了解しました。それでは後ほど』


 そこに現れたのは見目麗しい姫君だった。

 その姫君は蒼く輝く髪を後ろで束ね、真っ白なドレスを着ていた。

 だが、不釣り合いなことに、腰には片手剣を佩いている。


(マジで綺麗だ、どストライクだ……。でも、戦闘狂かもしれないな……。とりあえず褒め殺しといこうか……)


「あなたが竜頭の森で捕まった人間ね。戦闘レベルが18しかないという」


 緑の瞳がキラリと光る。

 人間離れした美しさだ。

 もちろん彼女は人間ではないのだが、頭に生えている二本の角さえも、そこにあって当然のように彼女の美しさを彩るだけの装飾品のようだ。


「そうでございます龍神族の姫さま。わたしのようなつまらない男に会いに来てくださり、誠に光栄に存じます」


「まあ、礼儀正しいのね。人間にしては見込みがあるじゃない」


 姫君の釣り上がり気味の目尻が、さらに釣り上がったように見えた。


「滅相もございません姫さま。わたしのような愚鈍な人間は直ぐに国外追放するべきでございます。そうそう、わたしの母も申しておりました。『おまえなど生むのではなかった』と」


「そう卑下するものではない。お前でも何かの役に立つはずよ。ここで死ぬまで奉公しなさい」


「わたしのように醜いものが、美しい姫さまの周りを彷徨くわけには参りません。なにとぞ追放して下さいませ」


「お前の戦闘レベルだとすぐに死んじゃうのよ! 何でそれが解らないの?」


(あれ? 俺を生かすためにここに居ろと言ってるのか? それならば……)


「姫さま、俺はね。束縛されるのが大嫌いなんだよ。たとえ暗黒大陸で死ぬことになろうと、ここに留まるつもりはない!」


「へぇ、それがお前の本性なの? 人間!」


(やっちまった……。前にこのパターンでゼラキエルに殺されたんだっけ。それにしてもこの姫さまは目尻が釣り上がっているから、ただでさえ怖いのに……)


「そうさ。お姫さまごっこはここまでだ」


「見直したぞ人間。戦闘レベルが低くても精神までは腐っていないようね」


「バカかお前は。俺の精神ははじめから腐ってるんだ。これ以上腐らね~よ」


「いいでしょう。お前が暗黒大陸で生きていけるか、わたしが試してあげるわ! オリヴィエ! 直ぐに決闘の準備しなさい」


「御意!」


 麗しの姫さまは怒ったまま去って行った。


「バカはお前だ、兄弟……。仲間が増えたと思ったのに……」


「そりゃ悪かったなオリヴィエ。でもな、これが俺の生き方なんだ」


「かっこいいことを言ったつもりか? 死んだら終わりなんだぞ」


「さっきも言っただろ。束縛されるのは死ぬよりも嫌なんだよ」


 桂木翼は日本では典型的な社畜だった。

 仕事に明け暮れたため、彼女を放ったらかしにして、ひどい振られ方をした。

 その反動もあったのだろう、この世界では自分の好きに生きていきたいと、いや、好きに生きるぞと決めていた。


「何のしがらみもない世界に来たんだ。俺は俺らしく生きたい」


「どこの世界から来たのか知らないが、かっこつけやがって……。解ったよ兄弟」


 オリヴィエはそう言うと、決闘の準備のために出ていった。


『クラウ、聞いてたか?』


『はい、ツバサさま』


『勝算はあると思うか?』


『龍神族の姫さまはどのような格好をしていましたか?』


『真っ白いドレス……。腰には剣を付けてたぞ』


『最悪ですね。ドレスを着ているときにも剣を手放さないとは……。おそらく龍神族の戦姫だと思われます』


 クラウの話によると、龍神族の姫君には時折戦闘狂の姫が現れるそうだ。

 もし、先程の姫君が戦闘狂ならば、かなり強いはずだ。


『想像ですが、戦闘レベルは少なくとも150を超えているでしょう。手加減はできませんよ』


『歴代の最強勇者よりも強いのかよ。参ったな……』


 ――お姫さまにちょっかいをかけるのは止めたほうがいいです。


 このときツバサは、黎明樹の精霊シルキーに釘を刺されていたことを忘れていた――

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