第8話 流刑の谷を浄化する
『ツバサさま、起きてくださいませ! ツバサさま!』
戦闘レベルが158のツバサでも、稲妻の直撃で気を失った。
「いきなり何するんだよ~。死んだかと思った……」
ふらつきながらツバサは立ち上がると、頭の中にアナウンスが聞こえた。
『身体能力向上術式が完了しました。術式の効果により戦闘レベルが158から221に上昇しました。これで自動超回復プロセスを終了します』
「戦闘レベルが221になった」
「おお、奇しくも儂と同じレベルになったのう。ふぉっふぉっふぉっ」
『ツバサさま、瞬間移動と偽装スキルがアクティベートされました。いつでも実行可能です』
「これが贈り物かよ! でも、これで全部使えるようになったのか。結果オーライだけどねぇ……」
ツバサは渋い顔をするしかない。気絶していたといっても、強烈な魔法攻撃を受けたのだ。
(この爺さんは変わり者だな)
「それにしても便利なスキルじゃのう。〈自動超回復〉というのは。儂も生きている内にほしかったぞ」
「最後の贈り物って、これのことか……。でも、こんなに戦闘レベルを上げる必要あるのか?」
「もちろんあるぞ。この世界には龍神族や天空族、そして魔族もおるしのう。旅の途中はクラウの忠告をよく聞くことじゃな」
「ああ、そうするよ」
ツバサはこの世界のことをまったく理解していない。というか、甘く見ているきらいがある。
それは彼だけが悪いのではなく、黎明樹の精霊シルキーが〈簡単なお仕事〉だとツバサに吹聴したのも原因だ。
兎にも角にも、大賢者からの警告はありがたく頂戴したほうがいいだろう。
(護衛任務が大事にならなければいいけどな……)
「それでは貴公ともお別れをせねばな」
「ああ、そうだな。俺はエルフの里を探さなければならないんだ」
「ちょっと待て、貴公には浄化のスキルがあったな」
流刑者の谷には死者の魂が成仏できずに彷徨っている。ツバサは彼らを成仏させる方法がなくて悔やんでいたが、実際には浄化というスキルを持っていた。
「この谷ごと浄化してほしいのじゃ」
「えっ、まさか」
「そうじゃ、儂もようやく成仏できる」
「……」
三百年間、大賢者は流刑者の谷を彷徨ってきた。
それが精神的にどれだけ苦しかったのか、ツバサには想像もつかない。
だから、止めることなどできないのだ。
『グランさま……。本当のお別れです。わたしを創造してくだり、ありがとうございました。この御恩は一生忘れません』
「クラウよ、儂からも礼を言うぞ。今まで仕えてくれて感謝する。これからはツバサ殿に仕えてくれ」
『御心のままに』
クラウに命じれば〈浄化〉を起動することはできる。しかし、ツバサはとてもクラウに命じる気になれない。
「なに二人で
桂木翼は善しにつけ悪しきにつけ三十路の大人である。人生を要領よく生き抜くための悪賢さが身についている。
そしてツバサ・フリューゲルは辺境最強のカーライル男爵に純粋培養された清廉潔白な精神の持ち主だ。
この状況を打開するためにあらゆる可能性を模索する翼――
そして、大賢者マイヨールを是が非でも助けたい純粋なツバサ――
二人の精神は意気投合し、大賢者を救うのが当然であるという結論に達した。
「しかしツバサ殿。儂は三百年間も試行錯誤してきたのじゃぞ。それでもこの地を離れるのは無理じゃった」
『ツバサさま。解決策があるのでしょうか?』
「あるさ!」
やってみなければ判らない。しかし、ツバサは断言した。
「あんたが一人でできないことも、二人でやればできるかもしれないってことだよ!」
ツバサは両手を腰に当てて胸を張った。
死者であるはずの大賢者の瞳には生気が蘇ってきた。
「俺が思うに、おそらくあんたは人間ではない」
「そうじゃ。いくら儂でも何の魔法も使わないで三百年も生きることはできぬ」
「だが、エルダーリッチでもない」
「リッチ系の魔物は生者を憎むからのう……」
「つまり」
「つまり?」
大賢者は息を呑んだ。
「グラン・マイヨールは精霊だ!」
「はい?」
『そんな……』
大賢者の頭の上には「?」マークが浮かんでいる。クランも体があれば同じ様な表情をしていただろう。
「まあ、精霊という言葉が正しいのか俺には解らない。でも、地縛霊ではないと思う」
「証明できるのじゃな?」
「できると思う」
ツバサは自分の胸を指差してこう言った。
「おれは精霊紋の保持者だ!」
彼の胸には〈精霊の紋章〉が浮かび上がっていた。
「おお! これは……」
「判ったか? 大賢者」
「何の紋章じゃろう?」
「知らないのかよ!」
いかに大賢者でも、精霊の紋章のことを知らなかったらしい。ツバサは仕方なく説明する羽目になった。
「精霊はな、俺の願いを聞いてくれることになってるんだ。理由は訊くなよ」
「そ、そうか……。やってみてくれ?」
「大賢者マイヨール、後ろの魔獣を駆逐せよ!」
大賢者の後ろには、いつの間にか五体のオーガが迫っていた。
三人ともそれに気がついていた。
「ほう、先頭はオーガキングのようじゃな。オーガどもがこの谷に入ってくるのは珍しいのう」
大賢者は魔法の杖をオーガキングに向けて魔法を放つ。
「アイスキャノン!」
「キューン!」という音を立ててテニスボール大の氷がオーガキングの胸を貫いた。
胸を貫かれたオーガキングは声を上げることもできずに倒れた。
『お見事です! グランさま!』
そして、残りの四体にも魔法を放つ。
「
目に見えない真空の刃がオーガたちを容赦なく切り刻む。
オーガたちから大量の血が吹き出し、次々に倒れていった。
「ゾンビになられても困るからのう。
オーガたちは灼熱の炎を上げて燃えだす。そして骨さえも残らず灰になった。
「すげえ……。大賢者、すげえ……」
リッチたちがツバサに放った火炎弾とは格が違った。これが本物の魔法ではないかと、ツバサは感動せずにはいられなかった。
「どうじゃ、ツバサ殿?」
「と言われても、凄いとしか言いようがない」
「いや、魔法のことではなくてじゃな。儂が精霊であると証明できたかということじゃ?」
「俺の願いを叶えてくれただろ。だから、精霊に間違いない」
「ツバサ殿に言われなくてもやっていた気もするが……、ツバサ殿の言うことを聞きたくなる感はあるのじゃな」
「そりゃそうだろう。精霊だからな」
(この賢者の性格なら俺にやってみろと言うはずだ。ところが自分でオーガを駆逐した)
実際にはもっと適切な願いもあるはずだが、ツバサはこれで確信した。
そして魔法パネルを開き、浄化アイコンをタップした。
「流刑者の谷全体を浄化せよ!」
ツバサが叫ぶと、流刑者の谷全体が白く輝き出し、光の玉が顕れ、次々と空に舞い上がっていった。
「ツ、ツバサ殿、いきなり浄化とは……」
「問題ないさ。どうせ成仏する気だったんだろ? マイヨールさん」
ツバサは両手を合わせる。
「そうか、ようやく解ったぞ。儂がこの世に存在していた理由が……」
「えっ、なんか言ったか?」
〈流刑者の谷〉全体が金色に輝き始め、光の粒が大量に生まれた。
そして、ゆっくりと空に昇り、消滅する。
『グランさま……』
大賢者グラン・マイヨールも光りだすが、光の粒にはならなかった。
「ほれ、みい」
少なくとも、大賢者は心霊系の魔物ではなかった。
そして、大賢者は自分の体を見回すが、何も変わらなかった。
「これはどういうことじゃ……」
『ツバサさま、ありがとうございます』
「いや、問題はこれからだ」
ツバサは大賢者グラン・マイヨールをこの谷から開放しなければならない。
そちらの方が問題なのである。
――これって、簡単なお仕事なのか?
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