第9話 脱出への挑戦
大賢者グラン・マイヨールはおそらく精霊化している。
その理由はツバサにも解らないが、彼の精霊紋が大賢者は精霊だと言っているのだ。
地球では山奥で長年修行を積んだ行者が神に近い存在になるという言い伝えがある。その存在を仙人とか神仙というらしい。
仙人――それはあたかも人間が精霊化した姿ではないだろうか。
そして、ツバサは大賢者が仙人と同じ神に近い存在になったのだと考えていた。
それでは大賢者がこの谷に囚われていたのは何故か?
おそらく大賢者だけを標的にした結界が張られていると考えるのが自然だろう。
現に、他の生物なり魔獣たちは流刑者の谷を往来している。
「グランさんを〈流刑者の谷〉から開放する方法を考えないと……」
『ツバサさま、その方法を見つけたわけではないのですか?』
「ははは、実はまだなんだよな……」
「まあ、よいではないかクラウよ。三百年間も待ったのじゃ。もう少しツバサ殿に付き合おう」
「さすが大賢者さまだ。器が大きいな」
「年寄りを
「ははは、ごめんごめん」
とりあえず情報を集めて分析しないことには、手がかりも見つけられない。
「俺が持っているスキルの中に手がかりがあるかもしれない。お
まずは自分が持っている五つのスキルから確認していこう。
・プロフィール
・マップ
・完全回復
・浄化
・自動超回復
(プロフィールって、ラノベとかでステータスとかいわれているやつだな)
『プロフィールを開きますか?』
「ああ、開いてくれ」
魔法パネルとツバサのスキル、そして人工知能のクラウはうまい具合に連動して、すべてをクラウに管理してもらえるようになった。
そしてプロフィールが表示された。
・名前:ツバサ・フリューゲル
・年齢:一六歳
・主な職業:黎明樹の巫女の護衛
・住所:不定
・戦闘レベル:221
・戦闘術:剣術レベル8、格闘技レベル5
・魔法:-
・討伐ランキング:5,021位
・スキル:プロフィール、マップ、完全回復、浄化、自動超回復、魔法パネル、異次元収納、瞬間移動、探索、鑑定、偽装、クラウ
・特記事項:精霊の紋章
・契約精霊:-
「住所不定……。なんとなく不安になるな……」
『ツバサさま。住所不定は解消しませんが、グランさまは立派な邸宅をお持ちです。お使いになりますか?』
「住所不定だけど邸宅を持っているって? どういうこと?」
『異次元の中にグラン邸があります』
「邸宅が丸ごと異次元の中にあるの? それは凄いな。どのくらいの大きさか知らないけれど、それを出す場所を確保しないとダメなんじゃないの?」
『全てを出す必要はありません。玄関だけ顕現させてそのまま中へ入ればいいのです』
「そいつは凄い! どんな酷い環境下でも疲れたら自宅で寛げるのか? でも、異次元収納みたいに時間の流れが止まってしまいそうな気がするけど大丈夫なのか?」
『大丈夫です。グラン邸の時間の流れはこの次元と同期しています』
「グラン邸に死角なしだな……」
『でも、玄関を出現させる場所には注意が必要です。町の中で出入りしたら誰かに目撃されてしまいますし、紛争地帯で外に出たらいきなり攻撃される可能性もあります』
特に、相手の攻撃に晒されたからといって安全のために逃げ込んだりすると、今度は外に出るタイミングが難しくなる。ようするに、使い所に注意しないと出るに出れなくなる。
「なるほどね。よく解ったよ。夕方になったらさっそく使わせてもらおう」
今のところツバサには時間がたっぷりあるはずだ。
後でゆっくりと内部を見学すればいい。
「やっぱり俺は魔法を使えないんだな」
『この魔法は属性魔法ともいいまして、精霊魔法の劣化版です。ツバサさまには必要ありません。それから、精霊魔法の訓練を早めにしたほうがよろしいかと存じます』
「解った。スキルのチェックが終わったら練習させてくれ」
『承知しました』
「次に、使ってないのはマップだったな」
『マップを表示します』
ツバサの目の前に大きな地図が表示された。
そこには暗黒大陸全体が表示されていて、中央付近で青い丸印が点滅している。おそらくそこが現在位置を示しているのだろう。
「暗黒大陸って、こういう形しているのか。大きさは比較できないけど、オーストラリア大陸に似ているな」
『オーストラリア大陸というのはツバサさまの世界にある大陸ですか?』
「そうだよ。ちょうどこんな形をしている」
『そうなんですか。それでは、少しづつ拡大してみます』
クラウは現在位置を中心に地図を拡大し始めた。
暗黒大陸の西側には外周に沿って山脈があり、大陸の半分を囲っている。
中央部のほとんどは平野だが中央には南北に山脈が通っていて、あたかも大陸を縦に分断しているようだ。
ツバサの現在位置はその山岳地帯の中だ。
そして、東側の地形は穏やかで、中央山脈の麓から平野が海まで広がっている。
クラウがさらにマップを拡大させると、中央山脈の構造が良く判ってきた。
「俺の目的地はエルフの里なんだけど、この大陸にあるのかな?」
『エルフの里は西岸山脈と中央山脈の間にある大森林地帯にあるはずです』
「この大陸でよかったのか。ということは、ここに飛ばされて少しはラッキーだったわけだ。クソ勇者に感謝しないとな」
『その勇者というのは先ほど話にあったガイルという者ですね?』
「そうだよ。アルフェラッツ王国に入国したらお礼の挨拶に行かないとな」
あれだけの事をやってくれたクソ勇者だ。多少は痛い目を見て貰わないと割に合わない。
今のツバサなら、ガイルを楽勝で懲らしめることができる。
(ちょっと、ワクワクしてきたぞ)
『ツバサさま、そのような小者はほっといたほうがいいと思われます』
「クラウは人格者だな。そういえば、なるべくこの世界の住人と関わりになるなとシルキーさんに言われてた」
『シルキーさんとは何者でしょうか?』
「黎明樹の精霊だけど……。クラウには話してもいいよな」
『黎明樹の存在は知っています。もちろん、グランさまもご存じです』
「知っておるぞ。というか、会ったこともあるのじゃ」
「えー、そうなの? この世界の人々には秘匿されているはずだけど?」
『もちろんそうです。でも、グランさまは別格ですから』
「ツバサ殿、心配は無用じゃ。そのことはよく解かっておる」
「ああ、信じるよ」
もし、この世界の人々が黎明樹のことを知っていたら、ツバサがこの世界に転生させられた意味がなくなってしまう。だが、大賢者が知っているということは、ほかにも黎明樹の存在は知られていると考えたほうが正しいのではないだろうか?
『わたしの知っている限りでは、黎明樹の存在は誰にも知られていません。しかし、絶対かといわれると、断言はできません』
「まあ、そのことについて議論しても仕方ないか……」
このことは旅の中で情報収集を続けるしかないだろう。
だが、その間に黎明樹が攻撃されるような悲劇があれば、
「次は瞬間移動か……これが一番の有力候補だと思うんだよな」
大賢者をこの領域から連れ出すことができる最右翼であるはずだ。
しかし、それなら大賢者自身が瞬間移動すればいい。しかし、それは大賢者が散々試したはずだ。
以前と違う条件は、大賢者自身が瞬間移動するのではなく、ツバサがそれをすることだ。
大賢者が脱出できる可能性は皆無ではない。
『瞬間移動は見える範囲が一番使いやすいですね。実際にやってみましょう。そこにある岩の上にご自分が移動するイメージを頭に思い浮かべてください』
「あっ……」
次の瞬間、ツバサは岩の上にいた。
『ツバサさまは呑み込みが早いですね』
「たぶん、俺が住んでいた世界の文化のせいだと思うよ。瞬間移動をイメージするのは簡単だった」
『そうなのですか。ツバサさまの世界には、魔法は存在しなかったはずでは?」
「存在しないと思うよ。まあ、ようするに空想の世界というものがあってな、そこには魔法があったんだ」
「空想の世界……よく解りませんが」
「気にしないでくれ」
「はい。それでは次に、見えない場所に瞬間移動してみましょう』
「アルフェラッツ王国に行ってみようか? エルカシス遺跡ならすぐにでもイメージできるぞ」
『それは面白いですね。ただ、ここに戻れなくなると困りますので、道標マーカーを設置しましょう。異次元収納から道標マーカーを一つだけ取り出してください』
流刑者の谷は普通の谷間なので、イメージし難い。だから、道標マーカーを設置する必要がある。一方、エルカシスの遺跡のような場所はイメージしやすいので道標マーカーを設置する必要はない。
「了解。グランさんを連れて行くにはどうしたらいいのかな?」
『普通は手をつないだりして接触していればいいはずです』
「さっそく流刑者の谷から脱出できそうだな、グランさん」
「うむ、そうだといいのじゃが……」
ツバサは大賢者の手をとって、エルカシスの遺跡をイメージした。まだ鮮明に覚えているのあの地を――
「それじゃあ、飛んでみよう」
「バチンッ!」 そんな感覚だった。
ツバサたちは元の場所から一歩も動いていない――
「失敗したのか? 何かにぶつかった感じがしたぞ」
「どうやら結界が張られているようじゃな。それも儂が弾かれた結界とは別の結界のようじゃ」
「別の結界?」
『ツバサさま、流刑者の谷にはグランさまだけを対象にした結界が張られています。少なくとも、ツバサさまならその結界を通り抜けることができるはずでした』
「そうじゃ。失敗するにしても儂だけがここに取り残されると思っておった」
瞬間移動の仕組みなどツバサには分からないが、流刑者の谷の結界は大賢者限定の結界だ。ツバサだけは瞬間移動に成功していたはずなのだが。
「この大陸自体に瞬間移動を阻止する大規模な結界が張られているようじゃな」
『もしかすると、ここが暗黒大陸と呼ばれる
暗黒大陸がこの世界にとってどのような意味を持つのかツバサには判らない。
しかし、暗黒大陸が特別な大陸であることはよく解った。
「暗黒大陸の事情については先送りしよう。それよりも、俺は流刑者の谷の外をイメージできない。だから瞬間移動できないことが問題だ」
大賢者はがっくりと肩を落としたが、まだ目の輝きは死んではいない。ツバサへの期待がまだ残っているのだ。
「次は探索か。実際にやってみよう」
『探索はマップと併用できます。まずはマップを開いてください』
ツバサは魔法パネルからマップを開いて、現在位置を適当に拡大した。
「この状態で探索すればいいんだね」
『はい、その通りです』
ツバサが探索アイコンをタップすると、その周辺にはいくつかの赤丸印が点滅していた。
赤丸印は自分たちに害をなす生き物らしい。
その印をタップすると、詳しい情報が表示される。
現在、流刑者の谷の周辺にはワーウルフとミノタウロスがうろついていた。
そして、もう一つ、黄色い印が点滅しているのでツバサはタップしてみた。
「神獣フェンリルだ。死にかけている……」
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