第7話 大賢者からの贈り物

 暗黒大陸は落ち着いて考える暇をツバサには与えてくれないらしい。

 早速次の客が登場した。


「面白いものを見せてもらったわい」


 ツバサの前に現れたのは、長い顎髭を蓄えた背の高い老人だった。

 ローブを着ているところを見ると、魔法使いなのかもしれない。


「見世物じゃないんですけどね。あなたは誰ですか?」

「儂の名はグラン・マイヨール。アルフェラッツ王国で王立魔法研究所の所長を務めていた大賢者である。もっとも三百年前の話じゃがな。ふぉっふぉっふぉっ」

「三〇〇年前ってことは……、今はリッチということか?」


 ツバサはすぐに戦闘態勢をとった。この賢者は人間ではない。

 これだけ知性を持っているということは、リッチの上位種の可能性が高い。


「そう身構えないでくれぬか。儂は人間ではなくなっているが、リッチではない。死者であるが人間を憎む気持ちがまったくないからの。心霊系の魔物ではないということじゃ」

「魔物じゃなければ何だ?」

「それは儂にもよう解らん。それに、貴公を攻撃するつもりはないぞ」

「そうか、良く解らないが……。信用しよう」

「軽いやつじゃの。ふぉっふぉっふぉっ」


(攻撃されて痛い思いをするのは嫌だしな。できれば戦闘は避けたい)


「俺の名前はツバサ・フリューゲル。 ノルトライン領カーライル男爵の息子だ」

「ノルトライン領というと辺境の地。忘れもしないエルカシス遺跡の転移魔法陣……」

「俺はその魔法陣でここに送られた。勇者ガイルにな」

「ひょっとして嵌められたのか? 儂と似たようなものじゃな。ふぉっふぉっふぉっ」

「笑い事じゃないぜ。まったく」

「まあ、貴公はまだ生きているから深刻じゃのう。それに若い……成人したばかりではないか?」

「ああ、一六歳だ」


(精神年齢は三〇歳だけどな)


「あんたは何でここに留まっているんだ?」

「その問いには二つの意味があるようじゃな」


(いえ、一つのつもりだけど……)


「まずは一つ目じゃ。散々試したのじゃが、この谷から移動することができなんだ」

「移動できない……」


 地縛霊は死んだ場所や思い入れのある場所から離れることができないという。この賢者もその縛りで移動できないのかもしれない。


「地縛霊が死んだ場所から離れられないのと同じ理由じゃないか?」

「ふむ、おそらくそうじゃろう。だがな、儂は何故エルダーリッチでさえないのじゃろう?」


 確かに疑問が残る。なぜマイヨールは地縛霊のようにこの地に縛られているのか?


「う〜ん、神のみぞ知る……だな」

「そうじゃ、神は知っている。というか、神の仕業だと思っておる」

「と言われてもな……」


(この世界の神のことを知らないから答えようがない。もっとも地球の神のことも知らないけどな)


「そしてもう一つの答えだが……」


 大賢者マイヨールはゆっくりと顎髭をしごいて間を開けた。


「それでじゃ。貴公に頼みがある」

「内容によるけどね。安請け合いはしたくない」

「とりあえず聞いてくれるだけでよいぞ。貴公にとっても悪い話ではないはずじゃ」

「判ったよ。話してくれ」

「儂の全財産を貰い受けてほしいのじゃ」

「魔物なのに財産を持ってるのか?」

「魔物じゃないと言っておろう。いや、否定はできぬが」

「ごめん、冗談だ」

「まあよい。全財産というのは儂が持っているスキルを全部ということじゃ」

「スキルって譲渡できるのか?」

「ああ、儂ならばできる」

「魔法も?」

「魔法はスキルではない。それは人の才能と努力で習得するものだからな。それは譲渡できない。だが、スキルはスキルによって譲渡可能だ」

「もらって損はないよな?」

「まったくない。得しかない」

「それなら譲り受けよう」

「ふぉっふぉっふぉっ。じっとしておれ。おそらく一時間くらいかかる」


 賢者マイヨールは目を瞑り、両手をツバサに向けた。


(なんだかムズムズするな)


 スキルの譲渡は、実際には四〇分ほどで済んだ。


「よし、終わったのじゃ。魔法パネルも譲渡したから『オープン・パネル』と唱えてみるがよい」

「オープン・パネル」


 賢者の言われるままに呪文を唱えると、半透明のパネルがツバサの目の前に現れた。

 そこには幾つかのアイコンが並べられていて、中にはグレーアウトしているものもある。


「儂が譲渡したのはそこに表示されている六つのスキルだ。いずれも有用なので試してみるといい」


 賢者マイヨールから譲渡されたのは次のスキルだ。それと、最後にクラウという謎のアイコンがある。


 ・魔法パネル

 ・異次元収納

 ・瞬間移動(グレーアウト)

 ・探索

 ・鑑定

 ・偽装(グレーアウト)

 ・クラウ


 瞬間移動と偽装スキルはまだ使えないらしい。グレーアウトしている。

 そして魔法パネルで判ったことだが、ツバサにはもともと次の五つのスキルがあったようだ。


 ・プロフィール

 ・万能マップ

 ・完全回復

 ・浄化

 ・自動超回復


 自動超回復については、ツバサはすでに身をもって体験している。


「儂が全財産と言ったのはスキルだけではないぞ。そこに異次元収納というスキルが表示されているじゃろ。儂の持ち物は全てその中に入っている。異次元収納をタップするか、頭に思い浮かべれば中身のリストインベントリが見えるはずじゃ。その中から取り出したい物を選択すれば眼の前に出現する」

「す、すごい……。数万点のアイテムが入っている。それに通貨も……」


 さっと見た感じでは、武器や防具も含めて生活や冒険に必要なものが全て揃っているようだ。


「通貨は国毎に異なるし、前触れもなく変更されることがあるから注意することじゃ。まあそれはクラウに聞いてくれれば解るだろう」

「クラウ……。ああ、そんなアイコンがあるな」

『はじめましてツバサさま。わたしがアシスタントのクラウです。ミストガルのあらゆる知識を蓄えていますので、何なりと問い合わせして下さい。それと、冒険でお困りのことがあれば助言も可能です』

「えっ、テレパシー?」


 いきなり第三者の声が聞こえたので、ツバサは一瞬たじろいだ。


(もしかしたら人工知能? 人工生命?)


「クラウさん、俺はツバサ・フリューゲル。よろしく頼む」

『ツバサさま、末永く宜しくおねがいします』

「驚くのも無理はない。儂が生涯をかけて作り上げた魔法人工知能だからの。一番譲渡したかったのはこの娘じゃ。儂と一緒に朽ち果てるのは忍びないからの」

『グランさま……。本当にお別れしなければならないのですか?』

「それは何回も議論したではないか。蒸し返すではない」

『はい、納得できませんが……従います』

「クラウよ、それでよい」


 クラウの見せた忠誠心が、プログラムされた擬物まがいものなのか、本当の知性なのか、ツバサには解らなかった。だが、この世界の新参者であるツバサには頼もしい味方になってくれるだろう。


「あっ、今更だけど、スキルを譲渡する相手が俺でいいのか?」

「聞くがよいツバサ殿。この流刑地には多くの有能な人材が送られてきた。権力者が自分を脅かす程の人材を排除するのは世の慣わしだからな」


 この流刑地はアルフェラッツ王国の暗部だ。

 今まで多くの陰謀が優秀な人材を犠牲にしてきのだ。


「だがな、そんな中にも儂のスキルを譲渡できるものはおらなんだ……。貴公には瞬間移動を譲渡することができたのだが、まだ使えないじゃろ。スキルには戦闘レベルが密接に関係しておるのじゃ」

「なるほど、スキルを譲渡するのも使用するのも戦闘レベルが高くないとダメなのか?」

「そのとおりじゃ。戦闘レベルが150を越えないとクラウが譲渡できない。三百年の間、適合する者が顕れなかったのじゃ」


 ツバサの戦闘レベルは158だ。クラウを譲渡してもらうにはギリギリの戦闘レベルだったということだ。ということは……。


「グランさん。あなたの戦闘レベルはどのくらいなんだ?」

「221じゃよ。だからこそ生前は大賢者と言われたのじゃ」

「生きながら人間を辞めているレベルだね」


 ツバサは戦闘レベルの価値が感覚的に解かっていないので、大袈裟に喩えてみた。


「貴公も歴代最強勇者の戦闘レベルを越えているではないか。似たようなものじゃな。ふぉっふぉっふぉっ」


(たしかに、俺も人間を辞めている戦闘レベルだな)


「貴公のスキルを見て、もう一つだけ贈り物があることに気がついたぞ」

「俺の使命は黎明樹の巫女を黎明樹に送り届けることなんだ。これ以上は何も必要なさそうな気がする」

「ほう、そのような任務があったのか。なら尚更必要じゃの」


 大賢者は空に向かって両手を挙げて呪文を唱えた。


「大いなる大地と空の神よ。汝らの陰と陽、光と影の神霊力をこの者に与えよ」


 ツバサたちの上空にいきなり黒い雲が出現すると、次第に大きく膨れ上がった。


雷鎚トールハンマーよ、あの者を撃て!」


 ピシャーッ! ドッカーン!


 空と大地に稲妻が走った。

 ツバサはその光に飲み込まれた。

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