カプチーノに聞こえていたら

ほんの少しの勇気と、1杯の珈琲があれば、私の人生は満足のいくものになると気がついた、夕暮れのころ。

柏木さんは近くインドネシアへ行くことになっていて、私たちは近所のカフェで冷めたワッフルを食べながら、今までの思い出を語り合っていた。2人が単純に恋人として過ごした時間は、驚くほど短かったのだけれど、それはとにかく濃密な日々で、カプチーノのミルクの泡のようだと思った。

ちょっと目を離したスキに、溶けて消えてしまうような!

夕暮れは彼の頬を赤く照らしていて、それが本当に夕日の赤なのか、彼の頬の赤みなのかの判断もつけられなかった。

ただ私は、そんな彼の顔を見つめながら、今この瞬間にも溶けて消えていく泡のひとつぶひとつぶに想いを馳せて、まるで涙がこぼれる1秒前のような気持ちになった。

「きっと帰ってきてねとか、いつまでも待っているよとか、そんな無責任なことは言えない。人の心はとどまってはいられないから。それは季節が流れるように儚くて、当然で、たとえば去年の夏が暑かったかどうかすらよく思い出せないように、移ろっていくものだから」

コーヒーカップを両手で抱えたまま、底の見えない暗い液体に視線を落として、私は絞りだすように言葉を続けた。

「だから、もうこれで終わり。この先の人生は、私たちの人生ではなく、あなたの人生と、私の人生になるんだね」

彼はなにも言わず、ただ深く息を吐いた。

いつのまにかカプチーノの泡はみんな溶けて、私たちの今までもきれいに消えてなくなった。

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Short Scrap 片山径路 @yonsyan_sen

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