エピローグ
ソフィアを待つ間、寝転がるわたしと、柱によりかかるレイ。戦闘自体はなくなったが、緊張感だけは、わたしたちに共有されていた。
ここはパブリックな場所である。客、従業員、警備員など、どんな人間が現れてもおかしくはない。やられ尽くして抵抗する気力もない状態では、なんの対処も取れそうにないからだ。
「アウトレットに来たのは、やっぱり失敗だった。ソフィアの言う通り」
ぽつりと、レイが漏らす。雑談ができるくらいには、余裕が出てきているらしい。
わたしの肩の傷だが、弾は貫通していなかった。おかげで、仰向けであれば出血を抑えられている。正直、右手の方がケガの具合はマズそうだ。感染症の危険もある。
「わたしが来たいって行っちゃったからなあ。レイは行きたいとこある?」
「リサと一緒ならどこでも」
悩んで出てくる答えがそれかい。なら、わたしにも考えがある。
「じゃあ、レイの行きたいとこに行きたい」
「えー、それズルいよ……。じゃあ、海とか」
「今絶対テキトーに決めたでしょ」
「そんなことない。なんかこう、南の島でバカンス? みたいな」
「したいの? バカンス」
「リサと一緒なら」
「レイは趣味を見つけるところから始めないとダメかなぁ」
そのとき、駐車場に乗り入れてくる車――マクラーレン。
わたしは身構えようとする。しかし、身動きが取れないのでどうにもならない。だがレイは、ふう、と一息ついた。おそらく、安堵のため息。あれに乗っているのは、味方らしい。
マクラーレンより降り立つ長身の影。見慣れた麗人の姿だと確認したとき、わたしも思わずため息を漏らした。彼女の姿は、クールな車種によく似合う。
「おい、たった数分でなんだこのザマは」
ソフィアは、明らかに呆れていた。無理もないだろう。彼女が離れてすぐ、わたしたちは轢かれた。むしろ、車でここまですぐ現れたソフィアの方が気になるというもの。一体どこに車を置いていたのか。
「いやあ、これには深いわけが……」
「クラリッサには聴いてねえ。オレの愛弟子、なにか言うことは?」
「いやあ、車に轢かれて」
「そんくらいでへこたれてどうすんだ。守るんだろ、全部」
「あたしはソフィアでもないし、アイアンマンでもないし。アイアンマン観たことないけど」
その言葉に対し、ピクリと反応するソフィア。レイのおでこの傷を、容赦なく指でなでた。
「うおおああ痛いっ!」
「オレはアイアンマンじゃねえ。ちゃんと生身でも戦える」
そういうところをアイアンマンと称したのでは。しかし、言うのはよしておいた。
それから、すぐに止血やらなにやらを施した後、乗って来た車の後部座席に放り込んでくれた。なんだかんだ言って、彼女は良心を有する人だ。それに幾度も助けられたわたしが言うのだから、間違いない。
「ありがとう、ソフィアさん」
「これも依頼料取るからな。覚悟しとけよ」
そう言って、運転席のソフィアはタバコをふかす。煙が後部座席にまで漂って来て、思わずむせた。
「ソフィア、リサは煙だめなんだけど」
「ああ、そうだったな。悪い」
解放される窓。外に流れていく煙を眺めていると、自然と駐車場に転がる死体群が目に入る。
わたしの――否、わたしとレイの逃避行は、おそらくここが終着点となる。さっきもレイが言ったけれど、わたしたちは既に命運を握れる状況にない。ソフィアが上手いこと逃げきれれば生き延びるし、ダメなら死ぬ。そこまでだ。
たくさん、殺してきた。わたしたちの生は、多くの屍を踏み越えたことで成立している。それだけ、わたしの命に価値をつけた人がいるということに他ならない。正直、追われる側としては、はた迷惑な話だけれど。
最初は、ほんの少しの裏切りと野心。今思えば、あれは本当に野心だったのだろうか。
「リサ。ちょっと聞きたいんだけど」
問おうとする彼女の表情は、やや憂いを帯びていた。なんだか、聞くのをためらっているようですらある。
「お父さんのこと。まだ殺そうと思ってる?」
この質問には、即答できる自信があった。
「ない。わたしね、レイとの想い出が詰まった街を守りたくて、親を殺そうとしたんだ」
「えっ……そんな動機だったの? つまり、あたしのため?」
「まあ、お父様のやり方が気に食わなかったっていうのもあるけどね」
たった数日で、多く失いすぎた。地位も、権力も、コミュニティも、想い出も、大事な人も。
だが、それでいい。そのために、ここまで来たようなものだから。
隣に手を伸ばす。触れ合う手と手。共有されるぬくもり。
ここに辿り着くためには、過酷な運命が必要だったのだ。そうでなければ、ここに座ってはいない。ここで生きてはいない。ここで手をつなげていない。愛する人と、共に在れない。
「バカみたいだ。そんなことのために父親を殺そうなんて」
「でも、そうしなきゃわたしたちは再会できなかった」
「ま、積み重なった屍に、リサのお父さんは入ってないけどね」
「……もうどうでもいい、そんなこと。だって、最高の幸せが、ここにあるんだもの」
「……そうだね。あたしたちの、あたしたちだけの幸せ」
車が発進する。戦いの日々に別れを告げるときが来た。まあ、外に出た途端爆破、みたいな可能性は捨てきれないけれど。それならそれで、仕方ない。
強く手を握り合い、外の世界が現れるのを待つ。ずっと日陰で生きて来た。レイを日陰に巻きこんだ。そんなわたしが、行き着く先――
真っ青な空が、広がっていた。
〈おわり〉
永訣の弾丸-The bullet of accomplice- いかろす @ikarosu000
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