~冬のあしおと~ epilogue

「卯月さん!」

聞き覚えのある声が、菜々の名を呼んだ。

菜々は目を丸くした。

「相馬くん!?」

――どうしてここに……?

 思ったけれど、口にする勇気が菜々には無かった。

「その……」

相馬冬李が口を開き、菜々が首を傾げる。

「一緒に、帰っても良いかな?」

「え? あ、うんっ!」

菜々は慌てて返事をした。急な展開に、菜々は思考が追いつかない。どうして? と頭の中は?マークでいっぱいだ。

 二人が歩き出す。

 そこで俺は気が付いた。

 相馬を見る、菜々の笑顔。俺の雪では見られなかったものだ。

 それに、相馬の学生鞄からは、学校で見たチョコレートが覗いていた。

 放課後のこの時間、こんな場所まで後生大事に持ち続けているということは、渡す相手はただ一人。

 相馬の菜々を見つめる瞳に、確信した。

 同時に、菜々を笑顔にした相馬コイツになら彼女を任せられると思った。

 ――俺の雪は、もう要らない。

 俺は季節。一年の約四分の一しか存在しない、すぐに去っていくもの。何も残らない、儚いものだ。菜々の傍に長くいたのは、単なる俺の我儘わがままに過ぎない。

 ――それでも。

 それでも、少しでも彼女の記憶に残ることが出来たなら。これ以上の幸せは無いのだけれど。

 叶う筈もない希望を抱くようになってしまった自分に気付いて、潮時だなと思った。

 それに、俺が居たら春が訪れない。訪れることが出来ないのだ。

 数日前から、後ろには春の気配。次は自分の番だと交代を急かされていた。

 俺は忘れないように、菜々の笑顔を焼き付ける。

 ――願わくば、彼女も。

 俺の事――今年の冬を忘れないでいてくれますように。

「これ、受け取ってくれないかな」

相馬は菜々に昨日丁寧にラッピングしたチョコレートを差し出した。

 菜々は目を丸くして、固まってしまっていた。

「バレンタインの、お礼なんだけど」

まだ自分の気持ちを伝える勇気が無くて、相馬は理由を付け加えた。

「あ、ありがとう」

頬を少し朱に染めて、微笑んだ菜々。少し戸惑いながら、菜々はチョコレートを受け取る。

 大切そうに、自分の渡したチョコレートを胸に抱く菜々を見て、相馬の胸がきゅっとなった。想いが、言葉が溢れそうで。でも、まだその勇気も覚悟も自分には無いから。相馬には照れ隠しで視線を逸らすことしかできなかった。

 でも、来年こそは!

 相馬は決意を新たに、ここからが新しいスタートだと空を仰ぐ。

 いつの間にか太陽が顔を出し、青空が見えるようになっていた。

 春の訪れを予兆するような、綺麗な空だ。今日の空を相馬は忘れないだろう。

「さっき、雪が降ったよね……」

ふと、隣を歩く菜々が言った。


 最後に俺は、菜々達のやりとりを聞いた。

「私、雪が大好きで。今日の雪の事、絶対に忘れないと思うの!」

街を去る寸前。次第に明るくなるその声の調子に、思わず菜々を振り返った。菜々が相馬に、今まで見たことのないような最高の笑顔で、そう告げていた。

 別れの寂しさに弱っていた心が、少しずつ前を向く。

 彼女の心にも、春が訪れることを祈って、俺は今度こそ本当の、別れを告げた。

 ――さよなら、大切な人。

 また、来年。


君の大好きな、雪を降らせにやって来る……。




fin.


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

冬のあしおと 春顔 @writer_harukao

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ