KOBANASHI

阿相界(あそうかい)

恋愛漫画×※=法廷ドラマ

 ある日、下校中にこんな話になったことがある。

「もし俺が恋愛漫画にあるようなことを現実でやったらどうなると思う」

 そのとき俺と一緒にいたのはサッカー部の嶋と、軽音部の田村と、卓球部の渡辺だったがはじめに口を開いたのは嶋だった。

「も、もしや恋の予感ですか!?」

「「おおーぅ」」

 田村と渡辺がクレヨンしんちゃんのような声でおだてる。

「こーいーしちゃったんだーたぶん」

「きづいてなーいでしょー」

 三人はYUIの懐メロを口ずさみ、スキップしはじめる。

「違う違う、違うって。俺の話を聞け。嶋、恋愛漫画にあるようなことをやったら恋愛に本当に発展すると思ってるのか?」

 嶋は、口に手をやって深く考え込んだ。隣の田村がしんのすけの口調のまま口をとがらせて言った。

「それって壁ドンとかってことだゾ?」

 田村の隣の渡辺が言った。

「それって顎クイとか肩ズンってことだゾ?」

「そうそう、そういうのをもしクラスの女子……例えばー、早乙女さんとかにやったらどうかってこと」

 早乙女さんは俺と嶋と田村と渡辺のクラスのマドンナだ。色白で髪が長くて背が低い、おまけに声がかわいい。男子にも人気があるが女子にも同様人気がある。性格もいいからだ、これは閉鎖的な学校という空間で生き残るためにけっこう重要だ。顔がよくてもスクールカーストが低かったらモテることはおろか人間として見てもらえないからな。

 俺らは、まあ、顔面偏差値的に言ってもスクールカースト的に言っても中の下だから早乙女さんと付き合おうなんて毛頭ないが例えとしては早乙女以上に適任はいないように思えた。

 田村(顔面中の下)が鼻の下をのばして「殺されるな」と寂しげにつぶやいた。渡辺(顔面中の下)は「小春あたりに抹殺される、社会的にも」と眉間に皺をよせた。小春というのは我々と早乙女さんと同じクラスの女子だ。いわゆるカースト強者。こいつの一言で合唱祭の曲目が決まり、文化祭の出し物が決まる。過言ではない。リアルだ。そして早乙女さんを溺愛している。その愛が本音か建て前かはわからない。

 ずっと口に手をあてたまま考え込んでいた嶋(顔面中の下)が重い口を開いた。

「我々がやったらイタすぎる」

「そうなんだ。我々が壁ドンや顎クイや肩ズンをやっても小春たちによって制裁が下される」

 重い空気が4人を包み込む。

「それがどうしたっていうんだ、もうこの話の結論はみえているだろう」

 嶋は海底2万マイルにかかる水圧並みの重みを両肩に感じている男子高校生たちに人差し指をたてて威風堂々と言い放った。

「つまり、これは※イケメンに限るということだ。これはすでに多様な議論が繰り返されている。いまさらほじくる必要はない」

 そうだそうだ、と田村がこぶしを揚げた。

「お前はなんで傷口にナメクジをぬるようなことを言うんだ」

「田村、落ち着けって傷口に塩、ナメクジに塩、な。どうどう」

「それな」

 口を真一文字に結んだ俺の顔を嶋がのぞきこむ。

「つまりお前は何が言いたかったんだ」

 ふう、と息を吐いて俺は三人の顔を真正面にとらえる。ごくり、と三人の喉がなった。

「つまり、だ。これと同じことがハラスメントの問題にも言えるんじゃないかってことなんだ」

 はっとした表情をみせたのは卓球部の渡辺だった。彼の所属する卓球部は先日顧問が女子生徒からセクハラを訴えられてちょっとした騒動になった。全国紙の地元版にも載ったもんだから顧問のカナヤンは精神的に病んで学校に来なくなった。冬の話だ。それから半年近く経つが、カナヤンはその後学校に姿を現すことなく辞職したようだと聞いた。

「カナヤンは無実だ」

 渡辺は鋭く空を睨んだ。

「あの事件は小春によって仕組まれたことなんだ。カナヤンは注意しただけなんだ、それは当たり前だろだって学校の部活動なんだから」

 握りしめられた手の震えが「無念」の二文字を物語る。渡辺はカナヤン派だった。そして、女子卓球部部長のスクール強者・小春はカナヤンを猛烈に嫌っていた。

「小春はカナヤンが嫌いだったんだろ」

 気の毒そうに嶋が肩をすくめる。

「カナヤンはいいやつだったけど、女子受けする顔じゃなかったからな」

「そう、まさにそれなんだよ。もしそれを数学の小林がやったらどうだ」

 田村が手をあげる。

「はいっ、あいつ俳優の岡田だか新田だかに似てるとか言われて、最近調子のりすぎだと思います」

「けど小林が同じ口調で同じこと小春に言ってもカナヤンと同じ末路を辿ることはないだろ。逆に小林がやってることをカナヤンがやったら一発退場レッドカードだ」

「※イケメンに限る、だな」

 渡辺が苦い顔で答える。

 そこで、だ。と俺は切り出す。さあ、今日のメインテーマだ。

「今、政治でもセクハラとか問題になってるじゃんか、あれも顔がよかったら訴えられなかったのかなと思ってさ」

 3人はどうこたえるだろう。

 嶋がさらに苦い顔になってあっさりと口を開いた。

「まあ、構造的には一緒かもしれないな」

「ほう」

「もし、あの官僚が記者のタイプで恋愛関係に発展したいと考えていたら録音したりしないだろう」

 コーヒーの豆を誤って噛み砕いたかのような表情の嶋に、渡辺が首をひねる。

「つまり相手側の主観によるってこと?」

「そうだろうな、完全に相手側の主観によって決まる問題だろう。相手が『良い』と思ったらハラスメントにならないし『嫌い』と思ったらそれはもう犯罪だ」

 俺は

「けど『他者の主観』はあくまで『他者の主観』だ。『自己の主観』では知覚できないし交わらない水平にあると言える」

 と補足した。

 はいっ、と田村が手をあげた。

「だけど別に逮捕されるわけじゃないんだろ、だったらいいじゃんだって事情話したらわかってくれる人もいるかもしれないじゃん」

「シケイだ」

 と渡辺が黒い塊をはきだ出すみたいに言い捨てた。

「死刑?」

「違う、私刑だ。つまり社会的に死ぬんだ、本当に死ぬよりもしかしたら辛いかもしれない。別に法律で裁かれるわけじゃなくても周囲の人間によって裁かれることもあるんだ。今はtwitterとかでの声もデカくなったしな」

「なんだか某グループの某メンバーが思い出されるんだが」

嶋の言葉に渡辺は大きく頷いた。

「あれも示談は成立してんだ。脱退は私刑によるところが大きい。まあ、某メンバーはイケメンだし、だからといって女子高生にちゅーを迫ったのも弁護できないが……刑が重過ぎるんだ」

 お、と嶋が驚いた様子で「『※イケメンに限る』の法則破れたり」とつぶやいた。渡辺はカナヤンの事件を思い出しているのだろう、鼻には何重にも深い皺が刻まれている。対照的に田村から能天気な声がでる。

「ほえー、じゃあカナヤンも社会的に死んだのか」

「セクハラ教師、なんて言われて保護者にいい顔されるわけがないだろ」

「ふえぇ」

 深いため息が4人を包む。周囲は新緑の季節まっさかりだというのに、この四人だけ光の届かない深海に沈んだようだ。

「勘違いはヤバいってことだ」

 嶋が頭をふりながら嘆く。

「恋愛漫画にほだされて、肩トントンってして振り向きざまにキスするとかいうのも……」

「そのあとキュンッてしたら恋愛漫画ルートだけど、ゲエエエエエってなったら法廷ドラマルートな」

 渡辺は天を仰いで投げやりに言い放った。

「自己否定はダメとか道徳の時間に言われたけどさ、勘違いするなってふつうに自己否定じゃね。まじ生きづらいんですけどおお」


 田村は歯も歯茎も全部みせるように

「てか酒飲んでたら勘違いするしないとか判断できないんじゃね」

 と笑った。





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