第十章 罰

第十章 1

 安寧を潰しそびえる塵柱じんちゅうが、死を見下ろして命をわらう。



 空は薄茶色の土煙に覆われ、分厚いカーテンのように太陽光を遮っている。


 かろうじて輪郭を現している午前十時の太陽が、核攻撃によって見る影もなく崩れ去ったアメリカ合衆国屈指の大都市ニューヨークを、力無く照らす。


 歴史ある建造物を形作っていたコンクリートの瓦礫と、高熱で溶けた金属建材が作り出す灰色と鈍色の風景を、薄茶色の土煙が鬱々と覆う。


 聞こえるのは、乾いた風の音と、時折響く瓦礫の崩れる音だけだ。




 ベロボーグ計画を善なる方向へ推し進めることに成功したはずの夫と妻は、熱線によって溶け落ちた擬似皮膚がこびり付いた骨格を晒しながら、呆然と瓦礫の上に立ち、動くものはないかと視覚センサーを凝らしている。


 その傍らに、第二世代の姿はない。




 先進諸国から自動反撃プログラムによって放たれた大陸間弾道ミサイルからばら撒かれたおびただしい数の核弾頭が、アメリカ合衆国の軍事基地と都市に降り注いだ。


 復讐心に囚われたノヴェ・パカリーニャによって発射された核兵器がきっかけとなり、世界各地の都市を焼き尽くした。


 醜悪な復讐心が、無辜むこの命を無残に喰らい尽くした。




 平和を求めた新生ロシア人の家族が、ホテルから出て人員輸送車に乗り込む寸前、彼らの頭上で核融合爆弾が炸裂した。


 両親の腕に抱かれた第二世代の子供たちは、一瞬にして熱線に焼かれ、そして間もなく襲いかかった爆風によって、瓦礫もろとも吹き飛ばされた。


 両親は、子供たちの体を探し出す術がないことを理解していたが、それでも懸命に探し続けた。


 子供たちの体の各部の重量を計算し、吹き飛ばされたそれらが、どの程度の距離を飛んでいったのかを算出して、導き出された地域の瓦礫を掻き分けて探したが、やはり発見することは叶わなかった。




 突然、夫が叫び声を上げた。


 それを聞いた妻は、静かに俯く。


 夫と妻は、その腕に抱いていた愛する子供たちの体が、熱線によって一瞬にして沸騰し、焼けただれ、その直後に襲い掛かった爆風によって関節ごとに解体されていくのを目の当たりにして、その光景を鮮明に記憶してしまっていた。


 柔らかな肌が熱線によって沸騰して泡立ち、溶けていき、爆風によってバラバラに解体されていくというおぞましい光景が自動再生されるたび、夫はスピーカーから悲痛なノイズを放つのだった。


 彼はそれを何度も繰り返しながら、生存者を探し続けている。




 動体センサーも心音センサーも心電センサーも反応しないという絶望的な状況の中で、夫婦は生存者を捜索を続ける。誰でもいいから、生きている者に会いたくて仕方がなかったからだ。


 保護すべき存在がいないという状況は、人を守るために生まれた機械にとっては耐え難いものであり、そのため、夫と妻は絶望の中で本能的に救助活動に身を投じているのだった。


 夫婦は、第一世代を捜索するためにアパラチコーラ空軍基地に向かうという選択肢を排除していた。アレクセイ達の死を認めたくなかったからだ。


 彼らは第一世代の捜索をしないことで、六人が生存している可能性を残し、それを希望として心に据えて活動した。そうしなければ、機能が停止してしまいそうだった。




 爆風によって巻き上げられた土煙で細部がよく見えないので、夫婦は赤外線放射エネルギーと音波を感知することによって生存者を探そうとしたが、いくら探査し続けても反応は得られなかった。


 辺りには、炭化した遺体がいくつも転がっている。


 中には、建物内にいたことで熱線に晒されなかったと思われる遺体の一部も散見された。それらはビルの崩落に巻き込まれたらしく、平らになって引き千切られ、脂肪の黄色と筋肉の赤色を晒している。




 異音に気づいて顔を上げると、遠くに、全ての擬似皮膚を失ったアンドロイドの姿が見えた。


 何をしているのかと観察すると、そのアンドロイドは、年齢も肌の色も異なる複数の遺体の一部をかき集めて並べ、決して報われることのない看病を試みているようだった。




 もう誰も生きてはいないのか。そう思って諦めかけたとき、跳ね返ってくる音波に変化が生じた。


 急いで反応があった場所に向かうと、そこには、瓦礫を掻き分けて地下施設から這い出してきたアンドロイドの姿があった。


 そのアンドロイドは力無く立ち上がり、解けた擬似皮膚をぶらぶらと揺らしながら、いるはずもない生存者を探して彷徨さまよい始めた。


 その個体に続いて、もう一体のアンドロイドが這い出してきたのだが、その個体は瓦礫から抜け出すことに成功したあとも、這うのを止めなかった。下半身が千切れていたからだ。


 夫婦の聴覚センサーが、下半身を失ったアンドロイドが小声で発している言葉を捉える。


「ロミーナ……、ロミーナ……、しっかり前を向かないと転んでしまいますよ……」


 下半身のないアンドロイドは異常をきたし、記憶の断片の中で、愛する幼子と散歩をしているようだった。その個体が失ったのは、下半身だけではなかった。



「このアンドロイドは、夢を見ているのか?」



 夫がそう呟くと、妻はそのアンドロイドから目を逸らしながら答えた。



「とても幸せな夢のようです。そのままにしておいてあげるべきでしょう」



 また、地下施設から新たなアンドロイドが這い出してきた。


 その個体は立ち上がることができたのだが、バランス機構が破損しているらしく、その場で円を描き始めた。今にも倒れ込んでしまいそうな足取りで、延々と。



「あのアンドロイド達は機体だけではなく、コンピュータにも傷を負っているようだ。直してあげられるだろうか?」



 夫がそうたずねると、妻は微動だにしないまま淡々と説明した。



「コンピュータそのものに損傷があるようなので、完全修復は困難でしょう。機能する部品だけを再利用して、作り直す形になります」



「残念だ」



 いずれのアンドロイドも、擬似皮膚が溶け落ちているせいで、男性型か女性型かを判別することはできなかった。


 持続型核融合爆弾によって生じた熱線は一瞬では終わらず、長時間に渡って地を焼き、地下をも焼き尽くしていた。そのため、地下にいたアンドロイド達は外装だけでなく、内部の主要部品まで破壊されたようだった。


 妻が、第一世代から贈られた機体の胸部に手を当てながら言う。



「第一世代の子供たちが作ってくれた特製の耐熱外装のおかげで、彼らのように破壊されずに済みました」



「そうだな。あの子達に救われた」



 夫婦は第一世代の六人に感謝しながら、望みのない人命救助を再開した。

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