第九章 30
ロボット機動隊長が、かろうじて繋がる短距離通信で部下に命令を下した。
「防衛人員を半分に減らし、保護対象の下に集結せよ。これより、保護対象を連れてホテルの緊急階段を降りる。指示に従い、活路を切り開け」
両親と第二世代たちは、生存確率が著しく低下することを了承した上で部屋を出て、ロボット機動隊員に守られながら一階へと向かい、外に手配してある輸送車に乗り込んで、最寄のシェルターを目指すことになった。
一刻を争う事態であったため、第二世代のパーヴェルは猫のラードゥガをキャリーバッグに入れる暇すらなく、急いで抱きかかえて連れて行くしかなかった。
まず最初に、ロボット機動隊員が緊急階段の安全を確認し、保護対象を導いた。
第二世代は、階下から聞こえる銃撃音に
背後からは、防衛が手薄になった壁を駆け上がってきた敵ロボット兵が迫ってきたが、
階段の踊り場には、敵兵にやられた一体のロボット機動部隊員の亡骸が転がっていた。両親は、その亡骸の前に立って第二世代の視線を遮るようにしながら、先を急がせる。
なんとか無事に一階へと到達した一行は、まず呼吸を整えて、強行突破に備えた。背後から敵ロボット兵が迫っているので、長々と休むわけにはいかない。
ヴェガと第二世代たちの息が整い、全力疾走で外に出る用意ができたのを確認したロボット機動隊長は、行動開始の指示を出した。
緊急階段区画と一階ホールを遮るドアを開くと同時に、七体のロボット機動隊員たちが飛び出し、機敏に展開して銃撃を加えながら、捨て身で突進する。
炸裂弾を撃ち込まれた一体のロボット機動隊員が大破させられたが、残りの六体のロボット機動部隊員は、激しく破損しながらも近接戦闘での関節破壊によって同数の敵兵を無力化することに成功した。
しかし、彼らが片付けたのは一階ホールに待機していた一部の敵ロボット兵に過ぎず、外壁で戦闘しているロボット兵団がエントランスへと攻めてくる可能性があり、一時も立ち止まるわけにはいかなかった。
付近のロボット兵団を掃討し終えたことを確認したヴェガ分析官は、両親と第二世代を裏口へと導き、そのドアを開けると同時に、陸軍に在籍していた頃のように叫んだ。
「行け行け行け行け、走れ!」
ロボット機動部隊が次々に飛び出して安全を確保し、それから両親が、子供たちを三人ずつ無造作に抱えて、裏口から飛び出した。
その衝撃で、父が担いでいるパーヴェルに抱かれていた猫のラードゥガが暴れ、小さな腕を振りほどいて着地し、老猫とは思えぬ勢いで、背を波打たせながら走って逃げてしまった。
「父さん待って、ラードゥガが逃げた!」
「すまないパーヴェル、今は逃げるのが先だ!」
懸命に走る家族だったが、その姿は敵ロボット兵に捉えられてしまっていた。
両親の戦闘用プログラムがその気配に気づいたが、遅かった。敵のロボット兵はすでに、母を目掛けて、ホテルの外壁から飛びかかってきていたのだ。
母は第二世代の三人を抱えているため、回避行動を取れない。
彼女は衝撃を吸収して子供たちを守ろうと、擬似筋肉を思いきり張り詰めさせて備えたが、二秒経っても、予測していた強烈な衝撃が生じなかった。
母が走りながら振り向いて後方を確認すると、そこには、仰向けになった敵ロボット兵の首元にレーザーナイフを突き立てている、ロボット機動隊長NYPD―AU242の姿があった。
彼は降ってきたロボット兵に飛びかかって、間一髪のところで防いでくれていたのだ。
彼は無言のまま、空いている左手を振って別れを告げながら、足底の電磁吸着機構を起動させて、ホテルの外壁にいるロボット兵を掃討するために壁を駆け上がっていった。
両親は走行速度を維持したまま、通信を介してロボット機動隊長に礼を言い、引き続き輸送車を目指して、裏口から道路へと伸びる一本道を全力疾走した。
ロボット機動隊長の指示で裏口に乗り付けられたニューヨーク市警の人員輸送車まで、あと十五メートル。
もう少しだ。車に乗れば、あとは全速力で核シェルターに避難できる。
第二世代の三人を抱えて走る父がそう思った直後、彼の戦闘用プログラムが、不自然な空気の振動を感知した。
言い知れぬ不安を覚えた彼が天を仰ぐと、核兵器によって描かれた幾筋ものミサイル雲が、美しい青空を細かく切り分けているのが見えた。
なんということだ。
擬似皮膚全体に埋め込まれている触覚センサーが、知覚できない何かに撫で回されたかのような感覚に襲われ、父の感覚中枢に不快な信号を捻じ込む。
やめてくれ。嫌だ。
やめてくれ。助けてくれ。
この子たちを助けてくれ。
前を向き直り、ドアが開け放たれた人員輸送車に飛び込もうとした、次の瞬間――。
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