第九章 29

 午前七時二十九分。


 アパラチコーラ空軍基地施設を挟むようにして北北東に延びる四本の地上滑走路に隣接する着陸帯の地面が割れ、その地下に隠されていたミサイル射出口が露になるのと同時に、第一波の八発の多弾頭水爆ミサイルが、リニアモーターによって一斉に射出された。


 天高く送り出された多弾頭水爆ミサイルは、後部に並んでいる核融合装置を起動させ、それによって起こされる核融合爆発を推進力として利用し、とてつもない速度で上昇して、四方の空へと飛翔していった。


 ミサイルサイロは、次のミサイルを撃ち出す用意を自動的に終え、第二波、第三波、第四波を次々に送り出す。




 三十分を待たずして、ノヴェ・パカリーニャの構成員によって全対応型迷彩が施された核弾頭が防空網をすり抜け、世界各国に着弾した。


 それにより、アメリカ合衆国からの攻撃に備えて設定されていた各国の自動反撃プログラムが実行され、先進諸国からアメリカ合衆国に向けて多弾頭水爆ミサイルが発射された。


 各国は、表向きでは共に平和を享受していたが、猜疑心から逃れられず、互いを核の標的として設定し合っていたのだった。




 おびただしい数の多弾頭水爆ミサイルがアメリカ合衆国に向かって空を翔けている頃、ホテルに待機しているアレクセイ達の両親と弟妹は、ノヴェ・パカリーニャのロボット兵団からの攻撃に晒されていた。


 ニコライを騙して家族の情報を入手していたノヴェ・パカリーニャは、脅威であるアレクセイ達に手を引かせるため、両親と第二世代を拉致しようとしていたのだった。


 襲撃を受けてから、もう三時間以上が経っている。


 トムレディーからの依頼で新生ロシア人家族の護衛任務に就いていた市警のロボット機動隊が、迫り来るロボット兵団を迎え撃ち、さらに巡回していた警察官が騒ぎを聞きつけて集結して、ロボット兵団を挟み撃ちにして制圧しようと試みた。


 しかし、敵ロボット兵の厚い装甲を破壊できず膠着状態に陥ってしまい、両親と第二世代はホテルに籠城するしかなかった。


 戦闘はホテルの一階にあるエントランスだけではなく、ホテルの外壁でも巻き起こった。


 双方は足底の電磁吸着を利用してホテルの外壁に立って撃ち合い、一進一退の攻防を繰り広げている。


 ロボット兵団は絶えず電子攻撃を仕掛けてくるが、戦闘に参加せずに部屋で待機しているロボット機動隊長が、部下に無線接続をして絶えずプログラム修正を施し、部下が乗っ取られてしまわないように防護し続けている。


 トムレディーやアカランと同じく非凡なロボットである機動隊長がいなければ、新生ロシア人家族は瞬く間に拉致されていたことだろう。


 ノヴェ・パカリーニャのロボット兵団は、ブルガーニン暫定大統領が死したことも、ミサイルが発射されたことも把握しておらず、今や意味を成さなくなった命令を完遂しようと、両親と弟妹がいるホテルの高層階を目指して襲いかかり続けている。




 恐怖と戦いながら肩を寄せ合う第二世代を抱きしめて勇気づける母と、妻子を護衛する父とヴェガ分析官とロボット機動隊長の通信機に、突然、警報が飛び込んできた。


 防衛の指揮を執るロボット機動隊長であるNYPD―AU242が叫ぶ。



「通信が復旧し、新たな情報が齎されました。アパラチコーラ空軍基地から多弾頭水爆ミサイルが発射されました。その後、各国から、合衆国に向けて多弾頭水爆ミサイルと思われる飛翔体が発射された模様です。現在、飛来中とのことです!」



 ヴェガ分析官は眼鏡型端末で警報を確認しながら、独語のように言った。



「ああ、なんということだ。作戦は失敗した。ミサイルを撃ち出すだけでなく、各国から攻撃されることになろうとは。しかし、不自然だ。各国の反応が早すぎる。恐らく、反撃プログラムによる発射だろう。取り決めによって禁止されているというのに!」



 通信の復旧により、我が子が参加している作戦が失敗したことを知って唖然とする両親の通信チャンネルに、送信元不明の通信音声が届いた。



「これから貴様らは、核の炎に焼かれる。これは復讐だ。血であがなえ」



 それは、全世界に向けられて強制的に発せられた、ノヴェ・パカリーニャからの声明だった。


 その音声を遺しておいたブルガーニン暫定大統領は、身元を明かさず、思想を述べることも、恨み言を並べることもしなかった。


 それには、ある狙いがあった。


 先進諸国の人々が、復旧した国内通信網を介してまず最初に知ったことは、他国から核ミサイルが撃ち込まれ、まもなく弾着するという悪夢のような情報だった。


 そして突然、テレビや情報端末から聞こえてきた、謎の男による脅迫。


 それに聞いた各国の人々は、いずれかの隣国から戦争を仕掛けられたと思い込み、混乱と恐怖を自ら増幅させ、対立した歴史がある周辺の国々を罵りながら避難を開始した。


 ノヴェ・パカリーニャは、現在発生している危機を各国の人々に知らしめて恐怖させるために、通信網の支配を解いたのだった。


 互いの国を攻撃させ合い、各国の民衆を混乱の渦に突き落とし、恐怖に震える体を焼き払って、死に至らしめる。そうして、かつてロシア人を虐殺した国々を滅亡させることこそが、ブルガーニン達が新たに立案したチェルノボグ計画の最終目的だった。


 彼らの望みどおり、世界は混乱と怨念と恐怖にまみれた。




 各国の人々と同様に、アレクセイ達の両親も激しく動揺していた。


 ロボット兵団の襲撃に晒されているホテルの一室で、敵の侵入に備えて第二世代の六人を守るように立ち塞がる父は、窓の向こうに見える空を見つめながら、第一世代の身を案じた。


 アパラチコーラ空軍基地から大陸間弾道ミサイルが発射されたという報の背後には、基地奪還作戦が失敗したという事実が隠されている。つまり、第一世代は敗北したのだ。


 彼は今すぐ助けに行きたいと願ったが、今は第二世代の安全を最優先しなければならないと自らを戒め、目の前にある脅威への警戒をさらに強めた。


 彼は気を確かに持ち、襲撃に怯え続けている第二世代に微笑みかけ、ロボット機動部隊員の活躍を言って聞かせて勇気づけた。


 両親は子供たちの心と体を守りながら、事態を少しでも好転させるために策を練って、ヴェガ分析官に提案した。



「通信が復旧している今のうちに、各国と連絡を取れば――」



「無駄だ、通信がまた妨害された。それに、核はすでに発射された。もう手遅れだ」



 ヴェガ分析官は、自身の口から出た言葉に改めて絶望した。


 彼は口を半開きにしたまま虚空を睨み、次に取るべき行動を模索したが、良い案など浮かぶはずがなかった。


 各国から多数の核ミサイルが飛来しているという現実を、自分自身の言葉によって改めて突きつけられたヴェガは、頭を抱えながら畜生と叫ぶという、似つかわしくない行動を起こした。


 しかし、彼は絶望に埋もれたまま終わるような男ではなかった。


 彼は息を深く吸い、強引に混乱を抑え込んで、冷静に指示を出した。



「賭けに出るしかない。包囲網を強行突破し、急いで核シェルターに逃げよう!」



 その言葉を聞いた両親の戦闘用プログラムが、即座に起動した。


 彼らは子供たちの手を引いて、ノヴェ・パカリーニャのロボット兵団に取り囲まれたホテルからの脱出を図る。

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