第九章 28
「足止めは成功したようですね。ニコライは、見事に役目を果たしました」
ミサイル発射管制室の巨大モニタに映し出された監視カメラ映像で全てを目撃していたノヴェ・パカリーニャの母が感心しながらそう言うと、ブルガーニン新生ロシア連邦暫定大統領は満足げに答えた。
「狙いどおりだ。屈強な精鋭部隊よりも、たった一人の愛する肉親が立ち塞がったほうが、より多くの時間を稼げる。膠着する程度の兵装で戦わせたことで、想定どおりの足止めをしてくれた。母よ、プロテクトはどうなった?」
「たった今、解除しました」
「ご苦労だった。これより、チェルノボグ計画の最終段階に入る。我々は決して屈しない。我が祖国の力を見よ。過去の蛮行を悔やみながら、燃え尽きるがいい」
多弾頭水爆ミサイルを発射させるため、ブルガーニンが透明な防護カバーを開いて、旧式の最終確認ボタンを押さんとした時だった。左後ろにある作戦司令室へと繋がるドアが開かれると同時に、十三名の侵入部隊員が飛び込んできて、ノヴェ・パカリーニャの母を撃った。
金属音を響かせながら、司令室に並ぶ操作デスクの谷間に倒れる母の姿に呼吸を詰まらせながらも、ブルガーニンは逃げ隠れせずに素早く最終確認ボタンを押し、あらゆる命を焼き尽くす連鎖反応のきっかけとなる核兵器を撃ち出した。
「同族よ、あとは任せた。
チェルノボグ計画を完遂して役目を終えた新生ロシア連邦暫定大統領ブルガーニン・セルゲイ・ミハイロヴィチは、そう叫びながら振り返り、宿敵を睨む。
その直後、十三名の兵士たちが撃った四十四発の非金属弾が、彼の胸を次々に貫き、絶命させた。
CIAの実働部隊員の一人が、首謀者とその従者の殺害確認をしようと踏み出した、その時だった。
彼の心臓が、突如として外気に晒された。
彼の胸部に右腕を貫通させたのは、真っ先に撃ち倒されたはずのノヴェ・パカリーニャのアンドロイドだった。
彼女の体は、アンドロイド機体でありながら戦闘用としての機能を有していて防弾性能が高く、衝撃によって一時的に機能停止したが、すぐに復旧し、音もなく忍び寄って攻撃に転じたのだった。
心臓を失った実働部隊員の意識が途切れる寸前、ノヴェ・パカリーニャの母は心臓を握り潰しながら、仇の耳元に口を近づけ、ノイズ混じりの声で唸るように言った。
「よくも私の子を殺したな」
怒り狂った母は、十三名のアメリカ兵の体を思う存分に引きちぎってから、
「ほら、御覧なさい。あともう少しで、あなたの想いが世界に届きますよ。よくやりましたね。本当に、よく戦いましたね。私の自慢の息子よ」
任務を完遂した母は、四十年余りに渡った育児生活の中で、最も優しい言葉を口にした。
しかし、その言葉は、すでにこの世を離れて地の底へと旅立った息子に届くはずもなく、無意味な音となって消えた。
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