第九章 3


「シェルターの座標データ、もしくは探査ソフトウェアを出せ!」



 アメリカ訛りの英語を話すスーツ姿の男が叫ぶと、アレクセイは目を合わせずに言った。



「そんなものはない」




 新生ロシア人の六人が拉致されてから、二日が経った。


 いくつかの国の基地を経由したあと、彼らはアメリカ合衆国の諜報機関が所有する建物に監禁された。


 目隠しをされていたせいで時刻の感覚が失った第一世代の六人は、今日が何日なのかもわからないまま、シェルターの場所と探知技術について尋問されている。




 他者に罰を与える際に生じる原始的快感に支配された男は、パイプ椅子に拘束されたアレクセイの顎を乱暴に掴んで上を向かせ、恐怖に染まる瞳を睨みつけながら言い放った。


「その頭の中にあるインプラントを引き抜いて、解析に回してもいいんだぞ?」


 アレクセイは恐怖を捻じ伏せ、負けじと睨みながら言い返す。


「やってみろよ。脳神経インプラントからは何も情報が出て来ず、俺はインプラントを引き抜かれた影響で死ぬ。お前らの手には、何も残らない。そうなったら困るのはお前だ」


「俺はそんなことを恐れない。情報は必ず引き出す」


「じゃあやってみせろよ、口だけ野郎」


 煽られた男は目を見開き、拳を固めてアレクセイの左頬を殴ったあと、すぐさまアレクセイの制服の胸ぐらを掴んで、顔を近づけながら恫喝した。


「臆病がたたって滅亡したイワンの割には、根性があるな。おかげで暇をせずに済みそうだ。いいか、よく聞け。俺は、お前の残りの人生分の時間を握っているんだ。それを忘れるな」


 呪いの言葉を噛み殺して沈黙するアレクセイの耳元で、男が囁く。


「賢くなれよ。全てを吐いちまえば、楽になれるんだぞ?」




 別の部屋では、仕立ての良い高級スーツに身を包んだ黒髪の男による尋問が行われていた。英語を話すその男は、上品な口調でニコライに話しかけた。


「気は変わったかね、ニック?」


「変わらねえよ」


「では、もう一発」


 男が、パイプ椅子に固定されているニコライの左頬を殴る。


 歯が折れない程度に手加減しているようだったが、それでも頬の肉が歯に食い込み、口の中に新たな傷を作った。


 ニコライの味覚が、またも酸化鉄の味に犯される。


「いいかい、ニック。我々はプロだ。たとえ女性であっても、分け隔てなく尋問をする。きみの姉妹を激しく殴るか、それとも優しく撫でるか、どちらがいいと思う?」


 後者の選択肢の意味を察知したニコライが、怒りに歯を食いしばりながら回答する。


「……指一本、触れるな」


 すると、黒髪の男は、わざとらしく驚いた表情を浮かべながら言った。


「では、殴ってもいいのかい。女性は大事にしなければならないと教わらなかったのか?」


「……クソ野郎」


「言葉遣いも悪いな。親の顔が見てみたい。ああ、そういえば、すでにテレビで観たことがあった。我々は、きみの家族全員が現在どこにいるのかも把握しているぞ」


「ふざけるなよ」


「家族を守りたいなら、地下シェルターの位置を教えるか、探査技術を提出したまえ」


「オレは知らない」


「ならば、他の者にくとするか。私は女性に優しいんだ」




 じつのところ、各国の情報局職員は焦っていた。


 安定自白剤を使用しても、脳神経インプラントが脳内物質を放出して薬効を相殺するので、尋問が膠着状態となったからだ。


 インプラントを抜き取ることもできず、遠隔解析もできない。その結果、彼らは古い形式での尋問に頼り始めた。


 それにより、新生ロシア人の六名は肉体的にも精神的にも追い込まれ、わずか数日で激しく消耗した。


 食事も寝床もあったが、それは何の慰めにもならず、彼らの脳は、脳神経インプラントが支援しきれないほどに弱っていた。


 そんな中、ニコライは気を強く持ち、独房で状況を分析した。




 長時間に渡る移動だった。いくつかの国の領空を通ったことは間違いない。


 つまり、あいつらは各国の了承の下に行動している諜報機関だ。


 相手は強大だ。オレが残してきたものが効力を発揮するかどうか……。


 ああ、空調がうるさい。意図的に騒音を響かせて睡眠を阻害し、肉体的にも精神的にも弱らせるつもりだろう。脳神経インプラントを使って、耳の機能を一時的に麻痺させるしかないか。




 拉致されてから一ヵ月が経った。


 ニコライは今日も独房から引きずり出され、尋問室へと連行された。


 椅子に拘束された痣だらけのニコライは、男がやってくるであろうドアを、生気の抜けた目で見つめながら思った。



 今日も始まるのか。



 しばらくして尋問室のドアが開くと、ニコライの目に生気が戻った。


 なんとアトヴァーガが開け放たれたドアから顔を出して、こちらを覗いているではないか。



 助けに来てくれたのか!



 ニコライはそう思ったが、すぐにそれが思い違いであることに気づいた。


 アトヴァーガの顔の隣に、尋問役の男が同じようにして顔を覗かせたからだ。


 アトヴァーガの顔が不自然に上下したかと思うと、今度は、頭を横に振り始めた。


「お仲間が、様子を見に来てくれたぞ」


 そう言いながら、尋問役の男が入室した。首から下がないアトヴァーガを連れて。



「シェルターを探査する方法を教えてくれないのでね、体の中にあるコンピュータに直接訊いてみることにしたんだ。センサーしか入ってない頭は不要だから、連れてきてやった」



 その言葉を聞いたニコライは、喉の耐久性を遥かに凌駕した叫び声を上げ、息子を殺した男に向かって憎しみの言葉を放ち続け、やがて、悲しみと怒りに溺れて卒倒した。

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