第九章 2
十五分後。
洗練されたバロック様式のオフィスで、座り心地のよい黒革の椅子に座る細身の老年男性が、実働部隊長からの通信を受けた。
「
作戦成功の報告を受けた男は、椅子の背もたれに体を預けながら返答する。
「ご苦労だった。後発した輸送機に彼らの装甲車を積み込み、速やかに帰投せよ」
「了解。予定どおりに掘削部隊を残し、バルト海を経由してシュパングダーレム空軍基地で給電したのち、荷物と共に本国へと帰投します。掘削の結果に関しましては、追って報告します。通信を終わります」
通信を終えたアメリカ訛りの英語を話す身なりの良い男は、椅子と同様に格式高い机の上に置かれた特別通信端末に指先で触れて生体認証を済まし、眼鏡型端末で通信先の情報を脳波入力して、新たな通信を開始した。
ニュートリノ通信の向こうにいる複数の人物が呼び出しに応じて通信を繋ぐと、彼の眼鏡型端末に、机に着いている男女が映し出された。
「荷物を確保した」
アメリカ訛りの英語を話す男がそう告げると、ブラウンヘアの中年女性がいち早く反応し、ドイツ訛りの英語で言った。
「貴国に任せたのは正解だったようね」
「作戦が成功したのは、貴女の尽力があってこそだ。シュパングダーレム空軍基地の使用許可を出していただいたことに感謝する」
「お安い御用よ」
「皆さんにお願いしておいたレーダー情報の擬装と隠蔽も成功したようだ。感謝する」
二人の話を聞いていた黒髪で太り気味の中年男性が、机に両肘を突いて身を乗り出しながら、堅苦しい英語を使って、実働部隊を動かした細身の老年の男に問う。
「約束したとおり、尋問は合同チームによって行われるのだな?」
「もちろんだ。いつでも人員を派遣してくれ」
「感謝する。うちの者が、すぐそちらに向かう。連中は油断しきっていたようだな。わざわざ、他のシェルターの場所を教えてくれるとは。掘削についてはどうなっている?」
問われたアメリカ訛りの英語を話す男が、現在行われている作戦について説明した。
「目下、掘削中だ。結果は追って報告しよう」
白髪混じりのライトブラウンの髪をした初老男性が、フランス訛りの英語で言う。
「初回の会合で、第三次世界大戦以前の報告書に、長年に渡って大量の物資がクレムリンに運ばれているという記述があったことを話したが、やはり地下には相当数のシェルターが隠されていると判断すべきだろうな」
英語を話す男が、その知的雑談に乗る。
「そう考えておくべきだ。我が国の諜報機関は、ロシアの物資移動を備蓄だと決めつけていたようだが、実際は、それらの物資は地下通路を経由して、周辺にあるらしいシェルターに運ばれていたというわけだ。その後、通路は綺麗に埋められ、完璧に擬装されたようだ。まさか、マントル層に肉薄して建造するとはな。その耐熱、冷却技術には驚かされる。そのせいで、大戦後にクレムリンの地下を探索した部隊は、シェルターの存在に気づくことなく引き揚げてしまった。困ったものだよ」
艶やかな黒髪をした中年女性が、深呼吸のような溜め息をついたあと、イスラエル訛りの英語を駆使して言った。
「高性能な擬装機器のせいで探知ができなかったようね。それは、現在も変わらない」
ブラウンの髪をした長身の中年男性が、オランダ訛りの英語で憤りを吐露する。
「我々は探知技術を過信しすぎたのだ。こうも簡単に隠れられ、再起を許してしまうとは」
静かに話を聞いていたアメリカ訛りの英語を話す男が、口角鋭く冷酷な微笑みを浮かべながら、落ち着き払った声で発言した。
「だが、やられっ放しでは終わらない。我々は今、連中の首根っこを掴んでいる。連中から技術を吸い上げれば、他の地下シェルターを探知する方法を得られるだろう」
「失踪の報が流れたら、陰謀が絡んでいると騒ぎ始める者達が現れるのではないかと思うのだが、対策は講じているのか?」
ポーランド訛りの英語を話す男の問いに、アメリカ訛りの英語を話す男が即答する。
「コントロールは容易だ。いつもどおりに、こちらから先行して陰謀論を流し、それから、その陰謀論を
英語を話す男が即答した。
「世論の支持を固めてから、ロシア掃討作戦の件を公表すると言って各国を
イスラエル訛りの英語を話す女が反論する。
「いいえ、急いてはならない。騒ぎ始める兆候があった場合にのみ対処するのが得策かと。あの両親まで処理してしまえば、陰謀論が真実であると気づかれてしまい、沈静化できなくなる。あの両親はCIAで監視し、情報をこちらに流していただきたい。見返りは渡す」
アメリカ訛りの英語を話す男が、軽く頷いてから答えた。
「そのように計らおう。抜かりなく対処する。各国にも、同様に対応する用意がある。情報を希望する場合は、連絡をくれれば交渉に応じる。BNDは、本日の件に感づいている周辺国がないか、監視を継続していただきたい」
そう打診されたドイツ訛りの英語を話す女は、微笑んで言った。
「万事順調よ。こちらの動きなら、すでに把握してらっしゃるのでは?」
そう言われたアメリカ訛りの英語を話す男は、挑発交じりの笑みを浮かべる彼女に向かって意味ありげに微笑み返してから話を進めた。
「把握していないから質問したのだよ。引き続き、監視を頼む。さて、改めて皆さんに申し上げておくが、これより行われる合同尋問を除き、我が国での活動は許可しない。全てを我々に任せていただく」
アメリカ訛りの英語を話す男の横柄な発言に対し、英語を話す男は不快感を隠さずに発言した。
「頼もしい限りだ」
その非礼を受け取ったアメリカ訛りの英語を話す男は、表情一つ変えずに話を続けた。
「引き続き、良好な協力体制を維持しようではないか。では、会合を終える」
各国諜報機関の長による通信会合を終えたイギリス情報局秘密情報部長官は、右手の人差し指で机を小突きながら、ひとり吐き捨てるように言った。
「万人の敵め」
第三次世界大戦後、世界の武力均衡は崩れ去った。
中国とロシア亡き後、多くの国家から脅威と見なされるようになったのは、戦後も引き続き強大な武力を保持していたアメリカ合衆国だった。
新生ロシア人の出現という世界的リスクをきっかけとして行われるようになった諜報機関の特別会合においても、アメリカ合衆国は武力を背景に存在感を誇示し、会合を主導している。
スモレンスク・シェルターで生まれ育った新生ロシア人の六名を連れ去ったのは、西側諸国だった。
アメリカ合衆国は、かつて結託して虐殺行為を行なった国々の諜報機関と連絡を取り合い、結託して拉致を実行した。
新生ロシア人による会見を受け、西側諸国は秘密裏にロシア連邦の地へ人員を派遣して他のシェルターを探したのだが、見つけられずにいた。
そんな中、新生ロシア人がロシア連邦の地に戻って仲間を探すらしいとの情報を得た各国の諜報機関は、話し合いの末に、CIAの実働部隊を送り込むことを決定した。
虐殺という戦争犯罪を永遠に隠蔽し、新生ロシア人による復讐を未然に防ぐために。
三時間後、通信会合が再開された。
「掘削した先にあったシェルターからは、何が出てきた?」
イギリス情報局秘密情報部長官が、接続完了と同時にそう言うと、CIA長官が無感情に報告した。
「ブリャンスク付近の地下シェルターを制圧したが、データが抹消されていたらしく、何も得られなかった」
「こちらの動きが察知されないよう、静かに掘り進めて急襲すべきだったな」
失敗したアメリカ中央情報局長官を嘲笑うようにイギリス情報局秘密情報部長官がそう言うと、細身の老年の男は、またも無感情に語り出した。
「作戦が失敗したのは、装甲車内から強襲されたという通信を送られていたからだ。通信妨害をする前に勘づいて、地下のシェルターに伝えていたらしい。だが問題ない。確保した連中から、擬装システムの在り処を解析する技術を聞き出す」
彼らがシェルターに保存されているデータにこだわるのには、理由があった。
彼らは、新生ロシア人という精鋭によって新たに開発された新技術の研究資料を欲しているのだ。
彼らは新生ロシア人の制圧だけではなく、技術も求めていた。各国が新生ロシア人によってさらに改良された唯一無二の迷彩技術を欲するのは、当然の成り行きだった。
各国の諜報機関の長が注目する中、CIA長官が目つきを鋭くしながら言った。
「データが得られ次第、もぐらを徹底的に駆除する」
「我が国は、その案に賛同する」
「我が国も賛同する。国家の安定を脅かす存在を排除することに、一切の抵抗はない」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます