第八章 8

 二時間強に及ぶ沈黙が続き、ひとまず保留しようかと思い始めた時のことだった。



「合言葉を言いなさい」



 突然、極度に緊張した女性の声による返事が齎された。


 同年代と思われる若い女性からの要望に、オリガはすぐさま返信した。



「そんなものは存在しない。そうでしょ?」



 通信機の向こうで歓声が湧いたあと、喜びに弾む男女の声が聞こえてきた。



「おい、本当に仲間が来たぞ!」


「ほら、私の言ったとおりだったでしょ。外はもう安全なんだよ!」



 向こうの騒ぎように興味を抱いたオリガが、ブリャンスク・シェルターの代表に問う。


「そちらは何名いるんですか?」


「合計で四十人です。第一世代と第二世代、ともに二十人ずつ」


 脳神経インプラントで通信を聞いていたニコライが割り込んで、親しみを込めて言った。


「計画のとおり、四十人か。道理で賑やかなわけだ」


 すると、ブリャンスク・シェルターの男性も、同じようにして通信に割り込んで言う。



「騒がしくなってしまってすまない。みんな興奮してるんだ、許してくれ。ところで、きみたちは今、何人で行動しているのかな。俺等おれらと違って、随分と静かなようだが?」



 その質問に、通信に割り込んだ者同士であるニコライが答えた。



「うちのシェルターは、第一世代も第二世代も六人だ。いま迎えに来てるのは、第一世代の六人と、アンドロイド一人。うちでは、アンドロイドも一人二人と数える」



俺等おれらもそう数えるよ。……ええと、ちょっと待て。今、第一世代の人数を六人と言ったよな。第二世代までは、二十人ずつ生産すると定められてるはずだが?」



「うちの両親は、少し風変わりでね」



 笑い混じりにそう言ったニコライに、ブリャンスク・シェルターの兄弟は、またも困惑しながら返信した。


「また、おかしなことを言ったな。両親だって?」


「ああ、ちょっと訳ありでね。母さんが地上に出て、父親代わりのロボット兵を回収してきたんだ。そして、二人でオレ達を育てた。うちは変わってるんだ」


 無茶な母によって育成されたスモレンスク・シェルターの面々と、ベロボーグ計画の通りに計画を進める律儀な母によって育成されたブリャンスク・シェルターの面々は、会話に夢中になって当初の目的を忘れ、しばし通信を楽しんだ。


 彼らは、自治権を与えられていることや、ベロボーグ計画の最終段階への移行を拒否していることなどの共通点を確認し合い、わずかな時間で強固な信頼を構築した。


 ブリャンスク・シェルターの面々は説得に応じて地上に進出することを決定し、同時に、ベロボーグ計画の最終段階である復讐の永久放棄と、平和的な祖国再興を誓った。


 平和的地上進出の約束を取り付けたオリガは、ブリャンスク・シェルターの代表であるオクサナに、地上進出までの日程を確認した。



「地上に出るまで、どれくらいかかりそう?」



「私たちは地上に進出する気がなかったから、対放射線スーツも装甲車も用意していないの。でも、うちは大規模な拡張工事のために工場を増設しているから、受け取った設計図どおりのものをすぐ製造できる。二十四時間後には、そちらに行けるはず」



 そう答えたオクサナに、オリガはゆったりとした口調で返信した。



「忘れ物がないように、ゆっくりと準備して。私たちはずっと待ってる。ここを出たら、まず世界の人たちに挨拶をして、それから、一緒に仲間を探しに行きましょう。私たちの兄弟姉妹は、まだまだ沢山いると思う。きっと寂しがってる。だから、手を差し伸べに行こうよ。そして、みんなで思いっきり遊ぶの。母なる大地の上で。本物の太陽の下で!」



 復讐を運命づけられた命は、家族愛を学び、人類の過去を学び、恨みが生み出すけがれを学んだ末に命の本質を見出し、血塗られた運命を振り切って世界へと旅立ち、真の自由を手にした。


 彼らを縛り、閉じ込めるものは、もう存在しない。

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