第八章 7

 二二五六年、八月二日。午後一時。


 夏の日差しが旧ロシアの地をまばゆく照らし、放射線の影響で歪に育った草花を厳しくも優しく育み、その傍で生きる虫たちに糧を齎す。


 そんな命の循環が粛々と行われている、人間の介入がなくなって久しい野性味あふれる野原を、一台の装甲車がひた走る。


 窓のない装甲車に乗り込んでいる第一世代の六人は、荒々しくも美しい車外の風景を肉眼で見ることはできずにいるが、その胸中は、車外の陽気よりも軽やかで晴れやかだった。


 祖国の地を、怯えることなく自由に走ることができているからだ。




 外部カメラ越しに見える遅咲きのライラックの花が、制服に身を包む第一世代の六人とアンドロイドのアトヴァーガの会話を、より彩らせる。


 世界と繋がった彼らは、初めて地上に出た時には目に入らなかった風景を楽しみながら、ロシアの地を走る。仲間を迎えに行くために。




 第一世代の六人は、不完全ではあるが擬装帯を探知する技術を開発し、そのソフトウェアをアトヴァーガのコンピュータに導入して、シェルターを探し出す手段を確立した。


 自分たちのシェルターが都市の近くの地下にあったことから、他のシェルターも同じような場所に建造されているのではと推測した六人は、現在、ブリャンスク周辺を走り回りながら地下に向かってレーダーを照射し、アトヴァーガに導入された探査用ソフトウェアによって反応を解析しながら、特定のノイズを探している。




 旧ロシアの地を走り回ること、三時間。


 突然、アトヴァーガが平坦な口調で呟いた。


「これが、あれか」


「何が?」


 ホログラム表示画面で地中レーダー探査の反応を確認しているニコライがそう聞き返すと、アトヴァーガは発言を修正して報告した。


「皆には読み取れないほど微弱なノイズを感知したよ。真下にシェルターがあるみたい」


「最初からそう言え!」


 ニコライは息子同然のアンドロイドの怠慢を叱りつけながら、探査の第二段階の準備を始めた。


 彼は運転しているアレクセイに報告して停車させてから、無線で装甲車の紐状アームを操作して、地下に向かって細い穴を掘り始めた。




 一時間かけて地下十五キロまで掘り進めたあと、長く長く伸びた紐状アームの先端から、オリガが録音しておいたロシア語のメッセージが発信された。



「こんにちは。こちらは、ミハーイロワ・オリガ・ティップトゥエヴナ=ガブドゥラフマノヴナです。恐れないで聞いてください。こちらは、あなた達と同じようにベロボーグ計画によって誕生し、シェルターで生まれ育った新生ロシア人です。私たちは、先にシェルターを出て、国境を越え、世界と対話し、平和を獲得しました。もう隠れなくてもいいのです。地上は安全です。何か質問はありませんか。繰り返します。こちらは――」



 メッセージは自動再生されるように設定され、地下にあると思われるシェルターに、オリガの声を届け続けた。


 いくら待っても返信はなかったが、スモレンスク付近のシェルター出身の六人は、焦りも怒りもしなかった。外の世界から得体の知れない通信が入ったときに生じる衝撃の大きさを、容易に想像できたからだ。


 彼らは気長に、ブリャンスク付近のシェルターに住む同胞からの返信を待った。

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