第六章 7
育児日記。二二五四年、十一月十八日、午後十一時。
第一世代は、私たちの手から離れつつある。
彼らは、通信のみで合議をするようになってしまった。成長し、脳神経インプラントの電極が彼らの脳に馴染みきったことで、言葉を発さずに通信のみで不自由なく意思疎通できるようになったからだ。
日頃から子供たちの会話を盗み聴いている――、もとい、見守っている私にとって、これ以上の不安はない。
焦燥に駆られた私は、監視カメラの集音機能に頼るのをやめ、自らの機能を活用して情報収集することにした。私は隠密型ロボット兵なので、潜入任務を得意としている。
彼らが第四階層の議事室で合議を開始したのを確認した私は、第二世代の子供たちの世話を妻に任せ、議事室に隣接する空き個室に陣取って、漏れ出てくる微弱な信号を傍受した。
堅牢な通信保護を解除し、暗号化された情報を復元するのは困難を極めたが、一応は会話内容を傍受することに成功した。
ただし、把握できた会話内容はごく一部のみで、全容は把握できていない。そこで、書き連ねながら考察してみようと思う。
傍受できたのは、極めて不明瞭な、雑音だらけの通信音声だった。
「武器を――、外に――」
ロボット兵の手に隠された四つの爪で金属板を引っ掻いたような雑音が鳴り続けるなかで、誰の声であるかも判別できない音声が辛うじて聞こえる程度にしか復元できなかった。
困ったことに、あの子たちは独自の通信保護や暗号化を開発して導入しているらしかった。その成長ぶりは嬉しいが、傍受している最中は素直に喜べなかった。
私は通信の保護解除に難儀しながら、引き続き通信を傍受した。元の通信内容を復元することはできそうにないが、一応記録しておく。
「父さんの言う――、――との接触――、武器を手に――、お前らを――、煙幕――」
「地上――、夢――」
「地上――、リストを――」
「――に沿って、準備――」
「二年後――、――を
「――学んだ。武器を――、――を危険に――、私たちなら――」
「二年後――、――準備を――、――を模索――」
「急いた者は笑い者になる――、――自転車の――」
把握できたのは、二年後に何かが起こるということと、誰かがロシアのことわざを口にしたことの二点だけだ。
しかし、収穫が全くなかったというわけではない。
きっかけは、合議を終えて通信保護と暗号化が解除されたあとに聴こえてきた、オリガの肉声だった。
「ところで、コーリャ。そのパン、おいしいの?」
「スメタナの風味と酸味が、キャビアの香りを強めるんだよ」
どうやらニコライは、スメタナと呼ばれるロシアのサワークリームとキャビアを添えたパンを食べながら、合議に参加していたようだった。
ここで、ソーフィアが一言。
「うわ、最悪の組み合わせ。どう考えても、魚卵とサワークリームは合わないでしょ」
「そんなわけない。ブリヌイの付け合わせに使われたり、ロシアではよく見られた組み合わせなんだ。キャビアの醍醐味である風味を引き立てるんだから、最適な組み合わせだ」
「ちょっと頂戴」
文化全般に興味を持っているエカテリーナが、ニコライからパンを分けてもらい、一口かじって一言。
「うう、キャビアが腐ってるみたいに感じる」
上品なエカテリーナが呻く。
よほどひどい顔をしていたのか、五人が一斉に噴き出した。どうやら、微笑ましい光景が展開されているようだった。
第一世代の六人は、対立しないだけでなく、じつに楽しそうに合議をしているではないか。幼少期の頃のように笑い合っている。
久しく訪れていなかった一体感が、朗らかに笑う六人を包んでいた。
兄弟姉妹は、再び一つになった。意志を繋ぎ合った彼らの心には、もう迷いなどないらしい。各自が勉学に励んだ結果だろう。よくやったぞ。
父は満足そうな様子で、メインコンピュータ内の個人領域に保存されている日記への書き込みを終了した。
それから父は、第一世代の観察を継続した。
彼らは定期的に合議をしながら勉学に勤しみ、それ以外の時間には第五階層の研究施設で、なにやら研究しているようだった。
彼は詮索せず、穏やかに、息子と娘の成長を見守った。
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