第六章 5

 翌日。二二五四年、十月二十日。午前九時。



 噴出するであろう質問に答えるために、父は昨日とは異なる特別授業を開始した。今日の授業も特別なものになるだろうと予測していた第一世代の六人は、少しも動揺せずに父の言葉を聞く。



「昨日は、過去について語った。今日は、未来について語ろうと思う。私の記憶が完全に甦ったことで、戦後の地上の状況が明らかになった。そこで、お前たちが地上に出る選択をした場合に必要となる情報を整理しようと思う。西側諸国はロボット兵を使ってロシア人を虐殺したあと、ロボット兵を駐留、巡回させている可能性がある。もし撤退命令が出されていたとしても、国境付近では多くのロボット兵が配置され、警備に当たっていると考えておくべきだ」



 続いて、母が見解を述べる。



「わたしが父さんの機体を回収しに地上のビルに赴いた時には、雑音もありませんでしたし、通信も傍受できませんでした。しかし、安心してはいけません。父さんの言うとおり、敵ロボット兵を警戒すべきでしょう。問題は、それだけではありません。旧式の原子爆弾によって生じた放射性物質は、飛散しないように固着剤によって地面に定着させられているものと思われ、ロシアの地は現在も高濃度汚染状態にあるはずです。放射線量の数値は極めて高いので、どのようにして放射線を防ぐのかを策定しておく必要があるでしょう」



 両親からの助言を受けた子供たちは、一様に虚空を見つめ、各自が最適であると信じる未来を思い描いていた。


 いま話しても耳に入らないだろうと判断した父は、昨日と同じように腕組みをして、子供たちが予測を終わらせるのを待つことにした。




 やがて、子供たちの目線が教壇に戻り始めたのを確認した父が、彼らの脳内に湧いているであろう疑問を引き受けにかかったのだが、父の予想に反して、第一世代は挙手しなかった。


 父は感情読み取り機能を活用して、質問をしようか迷っている子を一人発見し、問いかけた。


「どうした、マラート。自由に発言していいんだぞ?」


 促されたマラートは驚きつつも手を挙げ、教師役である父の許可を得てから発言した。


「あのさ……、予測してみて思ったんだ。やっぱり危険だよ」


「待ってよ、マーリャ。一生このまま過ごすっていうの?」


 すぐさま反論したソーフィアを援護するように、アレクセイが発言する。


「そうだよ。悲観しすぎだ。父さんと母さんは、最悪の状況を想定しているだけだ。ただの判断材料だよ。四十年以上も目を光らせているわけがないじゃないか」


 アレクセイの言い分に、ニコライが鋭く切り返す。


「そう思い込むのは危険だぞ、アリョーシャ。人間は危機に備える生き物だ。敵が待ち構えている可能性も考慮すべきだ。やはり、備えは必要だ」


 向かい合って討論を始めた第一世代に、父はさらなる情報を与えた。



「ちょっといいかな。これから私が言うことは、特定の意見を支持するためではないということを留意しながら聞いてくれ。現実は、お前たちが考えているほど甘くはない。地上を移動するお前たちを見つけた敵ロボット兵は、容赦なく攻撃してくるだろう。何故ならば、ロシア連邦と西側諸国との敵対関係は解消されていないからだ」



 アレクセイが挙手をして、許可を受けてから質問した。


「国境警備のロボット兵も、父さんみたいに話ができる可能性は?」



「有り得ない。私は何者かによって命令を削除されたから、こうして自由に行動できるようになっているのであって、命令遂行中のロボット兵は危険だ。だが、望みがないわけではない。敵ロボット兵との接触を避けて、地上の人間とうまく接触できれば、状況は一気に好転する可能性がある。人間となら理解し合える。地上の人間と円滑に対話するには、こちらに敵愾心がないことを理解してもらう必要がある。お前たちは、彼らの仕打ちをゆるせるか?」



 教室が沈黙に包まれた。しかし、その沈黙は昨日ほど重苦しくはなかった。


 子供たちの思考は、両親の予想に反して前向きなものだったからだ。


 沈黙打開の口火を切ったのは、誰よりも建設的に行動してきたアレクセイだった。


「俺はゆるすよ。きっと、これ以上の核戦争を繰り返すのが怖かったんだろう。怖くて仕方がなくて、虐殺なんていう馬鹿なことをしてしまったんだ。こちらが赦せば、関係を改善できるかもしれない。父さんが言ってたとおり、きっと理解し合えるよ」


 息子の意見に父が答えようとした時、ニコライが挙手をせずに話し始め、父の発言機会を奪った。


「そうは言い切れない。地上の人々はオレ達のことを恐れて、話にならないかもしれない」


 それをきっかけに、再び論争が巻き起こった。



 秩序を投げ捨てて意見をぶつけ合う第一世代に、父が秩序を投げ戻す。



「待て、聞いてくれ。ニコライの言うことも正しい。戦争というものは、人の命だけでなく、自由も奪う。敵国民を殺せとプログラムされれば従わざるを得なくなるロボット兵と同じように、人間も支配されてしまうんだ。命令に逆らえば、非国民として扱われて社会から排除され、国によっては投獄され、最悪の場合は殺されてしまうからだ。どれほど志の高い善人であろうとも、戦争の前では悪意に塗り潰されてしまう。だから、時が経ったからと言っても油断はできないんだ。これは紛れもない事実だ。愛する子供たちよ、絶望させてすまない。しかし、これが現実なんだ」



 第一世代は、冷や水を浴びせられたように沈黙した。


 彼らは、久し振りに意見をぶつけ合ったことで過度に興奮してしまった浅慮な自身を恥じながら、父の言葉に耳を傾ける。



「希望と捨てろと言っているのではない。私が語ったのは、ただの仮説だ。お前たちには、あらゆる可能性を考慮した上で現実に適応し、希望を持ち続けて行動してほしいんだ。困難な状況の中にいながらも、希望を捨てずに備えられることこそが、人間の強みであり本領だ。お前たちには、そんな素晴らしい力が備わっていると信じているぞ」



 父はそう言って特別授業を切り上げると、以降の時間を全て自習とすると言い渡し、母と共に教室から去って、子供たちに討論の機会を与えた。


 第一世代は討論を解禁し、三年前のように意見を言い合った。


 成長した彼らは、冷静に討論を繰り広げた。三年の間に蓄えられた知識と意見が止め処なく出されたことで、必然的に討論の内容は濃くなったが、やはり意見は平行線を辿り、議論は相変わらず滞った。



 合議を終えたオリガは、議長役を務めた疲労のせいで重く感じる両腕でゆっくりと夕食を摂ってから自室に戻り、ベッドで少しまどろんでから、満腹の肉食動物のような動作で起き上がって机に向かい、個人領域に保存されている日記への書き込みを始めた。


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