第六章 4
子供たちは席に座り直し、父の教えを漏れなく受け止める心構えを整えた。
「私が伝えたいのは、個人規模の戦争についてだ。これまでの授業で習ってきた戦争は、国家規模の情報のみだった。しかし、それだけでは戦争の本質など到底理解できない。
だから、私が体験した戦争の主観記録映像を開示した。地上に向かうか否かを選択する前に、戦争の本質を知ってほしかったからだ。
私は、機密に該当しないと判断されて消去されずに残っていた過去の戦闘記録と、この地下シェルターのデータベースに保存されていた資料から学び、多くの異常性に気づいた。
戦争は異常だ。罪のない人々が、誰かが始めた戦争のせいで殺されるんだ。過去に起きた全ての戦争で、殺し合う必要のない人々が殺し合うという異常事態が発生してしまった。
第三次世界大戦でも、同じ悲劇が起こった。あの少女も、命を奪われた。戦争という異常が、彼女の命を奪った。
記憶が復元されてから、私は苦悩した。回路が焼き切れそうなほどの怒りに支配され、虐殺命令を下した者を恨みかけた。
しかし、私は冷静さを取り戻すことに成功した。考えを改め、個人を恨まないことにしたんだ。私は、本来は優しい心を持っているはずの人間を変えてしまう戦争そのものを恨むことにした。
戦争は、ほんの少しの恐怖や不和が積み重なって発生してしまう。私は、戦争の原因である恐怖や不和を憎むことにしたんだ。お前たちも、そう在ってほしい。
もしかしたら、お前たちの中にも、虐殺命令を下した人間を許せないと考えている者がいるかもしれないね。でも、それは恥ずかしいことではない。そう思うのが人間というものだ。人間を模して作られた私もそうだった。
大切なのは、ただ恨むだけで終わらないことだ。そこから一歩踏み出して、解決法を考えるんだ。
いいかい、みんな。人を恨むということは、未来の戦争の火種を抱え続けるということなんだ。恨みは口から零れ落ち、次世代へと受け継がれる。語られた恨みは世代を超えて伝播し続け、さらに次の世代へと受け継がれてしまう。
罪は継承されないというのに、直接被害を受けていない子孫が、直接被害を与えていない子孫を恨むことになってしまうんだ。
身に覚えがないことで恨まれたら、反感を覚えるだろう。その反感は、いとも簡単に怒りへと変換されてしまい、やがて寛容さを失わせる。
そして、いがみ合う必要がない者達が、いがみ合ってしまうんだ。
こうして、過去の者が伝えた恨みのせいで、被害を受けていない者同士が対立し始め、新たな戦争が始まる。
決して大袈裟に言っているわけではない。いま言ったことは、実際に起こり得る。世代を超えて積み重ねられた恨みが、不条理な憎悪を生み、また新たな戦争を芽吹かせるんだ」
子供たちは、父が語った戦争の本質と、戦争の火種が未来へと伝わってしまう過程を脳神経インプラント内で模擬実験し、理解を深めた。
この世から戦争がなくならなかった理由を知った子供たちは、無意識に両手を組んだり俯いたりするなどしながら、これから自分たちがどのような選択をすべきなのかを思案し始めた。
その様子を見ていた父は、ひとり静かに情報を整理する時間が必要だろうと判断し、特別授業を終えることにした。
「最後に言わせてくれ。私は未来のために恨みを捨て、悲しみだけを語り継いでいきたいと思っている。悲しみは国境を越えて共有できる。悲しみの共有を広げることこそが、戦争に抗う唯一の手段だと思う。さあ、疲れただろう。すまなかったね。あとは自由に休んでもらって構わない。午後の授業は休みとする。考える時間が必要な子もいるだろうから、昼食は各自好きな時間に摂るといい。では、解散」
特別授業は終了したが、子供たちは席を立とうとしなかった。
何らかの質問を投げかけられるのだろうかと父が身構えていると、オリガが
「父さん、全てを包み隠さずに話してくれて、ありがとう」
父は、安堵と幸福感が含まれた微笑みを頭部前面に描写しながら答えた。
「お前たちこそ、私が伝えたかったことを理解してくれて、ありがとう」
その夜、子供たちは第一リビングに集まってソファーに腰を下ろし、父の過去や戦争について考えたことを発表し合った。
自室で何度も思考を巡らせて、悲しみと折り合いをつけた彼らは、議論するでもなく、感情的になるでもなく、冷静に語り合った。
彼らの思考に、もう迷いはなかった。全てが明らかになったことで、地上という未知の領域への漠然とした恐怖感が、一息に吹き飛んだからだ。
それぞれの考えを語り終え、それを共有した子供たちは、最後に残った謎の検証に着手した。
ソーフィアが、父の主観記録映像の最後の場面についての疑問を口にした。
「ねえ、あの女の子、倒れた父さんに向かって、何か言ってたよね。破損の影響で音が拾えなかったようだけど、口の形は見えた。あの子、最後に何を言ったと思う?」
その件について検証を済ませていたアレクセイが、結果を発表した。
「俺も気になってた。口の形から判断すると、たぶん、死なないでって言ったんだと思う」
ひとり壁を見つめながら戦争のことを考えていたニコライが、兄弟の分析を聞いて発言した。
「やっぱり、そうか。オレもそう思っていた。悲しい顔だった。なんだか、他人っていう気がしない。あの子も、オレ達の兄弟姉妹みたいに感じる」
第一世代は、ニコライらしくないその言葉に驚きながらも頷いてみせて、同意した。
二日にも満たないほどのわずかな期間ではあったが、少女は紛れもなく、父の子だった。
自分たちと同じように、父から看病してもらっていた。
第一世代の六人は今日、十三人目の兄弟姉妹の存在を知り、そして失った。
長女と言っても差し支えない彼女の死によって、彼らの未熟な心に戦争という怪物が肉薄し、彼らの思考に巨大な影を落とす。
一生忘れられない日となるであろう今日の出来事を思い返しながら、第一世代は浅い眠りについた。
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