第六章 3

 父の懇願に大いなる疑問を抱きながらも、子供たちは先ほどと同じように脳神経インプラントで映像を受信し、すぐさま、父の主観記録映像を脳内で再生した。




 唸るような騒音が響く薄暗い貨物室らしき場所に、父と同じ姿をした沢山のロボット兵が、バックパックのようなものを背負って整列している。


 その頭上には、無数のロボット兵がハンガーに掛けられたスーツのようにぶら下がっている。


 撮影日時を確認すると、二二〇九年の五月九日、午後十時と書いてある。


 ロボット兵たちの前に立つ人間の兵士が、用意せよと叫ぶ。


 するとサイレンが鳴り、赤色灯が点灯した。


 続いて、前方の壁が、下に向かってゆっくりと開いていく。


 その向こうには、美しい星空が広がっていた。父が立っている貨物室らしき場所は、巨大な輸送機の腹の中だった。


 それから間もなくして、人間の兵士が降下と叫ぶと、ロボット兵たちは前列から順番に飛び降り始めた。


 父も同様に駆け出し、夜空へと飛び出す。


 金属人形が風を切る音が聴こえる。とてつもない速さで降下し、やがて自動でパラシュートが開いた。


 地上から撃ち込まれた高射砲が仲間の近くで炸裂し、その機体を砕け散らせる。


 次の瞬間、二本の腕が、視覚センサーを覆い隠した。父はセンサーが内蔵されている頭部を守り、地上に降り立つ時をひたすら待っているようだった。



核爆弾によって傷つけられた大地に降り立つと、撮影者よりも一回り大きいロボット兵との戦闘へとなだれ込んだ。


 父は味方ロボット兵と協力し、大柄の敵ロボット兵を徹甲弾で撃ち倒していく。


 レーザー小銃は電子攻撃によって無力化されたり、シールドで防がれてしまう可能性が高く、双方ともに使用していない。戦場には、旧時代的な発砲音が響いている。



速やかに一帯を制圧した味方は、立ち並ぶ民家のドアを蹴破り、中に入っていく。父もその後に続き、家の中に突入した。


 先に突入していた味方のロボット兵が、中にいた三世代の家族九人に銃口を向けている。


 そのロボット兵は、身を挺して子供を守る両親を躊躇なく撃ち殺した。


 銃の照準器が大きく映し出される。父が銃を構えたのだ。


 次の瞬間、目の前の銃から銃弾が放たれ、その先にいた一家全員を撃ち抜いた。


 床が真っ赤に染まっていく。


 家を出ると、また別の家に突入し、住人を撃った。それが、何度も繰り返される。



 主観映像が切り替わり、瓦礫と化した都市が映し出された。


 撮影日時は、二二〇九年の五月十一日、午前一時。


 単独で瓦礫だらけの街を歩いていると、崩れたビルの瓦礫の傍でしゃがみ込んで泣いている少女を発見した。


 その少女に歩み寄ると、彼女は撮影者を見上げて言った。


 ママはどこ?


 少女が発したその言葉が、撮影者の回路に何らかの影響を与えたらしく、主観映像がノイズだらけになった。


 撮影者である父は強制終了してすぐさま再起動すると、速やかに少女を抱き上げ、近くの高層ビルの地下駐車場に向かい、そこに少女を寝かせて待たせた。


 それから外に出て、マンションの瓦礫から食料と水と衣服と沢山の毛布を回収し、少女のところに戻った。いくつもの毛布を敷いて寝かせ、食料と水を与える。


 吐き気のせいで食べられないようだったが、少女は撮影者に向かって、ありがとうと呟いた。


 それから、撮影者は入り口に向かい、瓦礫を積み上げて擬装した。


 父は入り口を念入りに隠し終えると、毛布の上で横になっている少女の隣に座り、彼女の守護天使となった。



 主観映像が切り替わると、少女の病状は悪化していた。


 撮影日時は、二二〇九年の五月十二日、午後七時。


 少女の傍で座る父が、物音に気づいて地下駐車場の入り口を注視する。


 その視線の先にある瓦礫が取り払われていき、父と同じ姿をした五体のロボット兵が侵入してきた。


 撮影者はその味方の一団と向かい合い、無線を交わす。


 その直後、回り込んで少女に近づこうとする彼らに向かって、父が自動小銃を撃った。


 しかし勝てるはずもなく、反撃を受けた撮影者は地面に崩れ落ち、画面いっぱいに地下駐車場の床が映し出された。


 撮影者は懸命に頭部を動かし、少女のほうを見た。


 彼女は朦朧としているにもかかわらず、懸命に恐怖と戦い、親切にしてくれたロボット兵である父に向かって何か言葉を発していたが、その音声は記録されていなかった。


 父が少女に向かって手を伸ばしたとき、彼の意識は、ぶつりと途切れた。




 子供たちは絶望感に支配された顔をしながら、現実世界へと帰還した。


 父の体験を目の当たりにした第一世代の六人の思考は、恐れと悲しみという二つの感情で満たされていた。


 すぐに会話ができるような状態ではないと判断した両親は、彼らが事実を飲み込めるまで待つことにした。




 子供たちが明かされた真実を反芻し、何度も反復して思考する間、父は教室の壁面ディスプレイの自然光照射モードを停止して、ロシアの草原の風景を映し出し、無表情で腕組みしながらその映像を眺め、静かに思考した。



 子供たちは気づいている。


 彼らは、住民を撃ち殺す場面が映し出された時、その衝撃的な光景に身を跳ねさせ、それから眉間に皺を寄せて考え込んでいる素振りを見せたあと、すぐに目を剥いて、驚きの表情を浮かべていた。


 恐らく子供たちは、あの瞬間に、自分たちの父が敵国であるアメリカ合衆国軍のロボット兵であることに気づいたのだろう。


 私の大罪を知られたくはなかったが、これは知らせなければならないことだ。嫌悪されようとも、真実を伝えなければ。




 父は第一世代の顔色が好転したのを確認してから、努めて気丈に語り始めた。


「みんなもう気づいていると思うが、私はアメリカ合衆国軍のロボット兵だ。私も他のロボット兵と同様に、ロシア連邦の民間人虐殺命令を受け、それを遂行した」


 間違いであってほしい分析が正しかったことを知った子供たちは、深く悲しみ、俯いた。


 父は悲しみが消え去るのを待たずに、話を再開した。時が経てば経つほど、その悲しみは際限なく肥大していくだろうと判断したからだ。


 父は思考回路を全力で走らせて消費電力を高め、そして弱めるという擬似的な深呼吸をしてから、続きを語り出した。



「私は、罪のない人々を殺害してしまった。自意識を持たず、ただ命令を遂行していただけだとしても、罪は罪だ。


 私は何者かによって虐殺命令を削除されたおかげで、あの少女を殺さずに済んだが、そこに至るまで、多くの人々を虐殺してしまった。


 祖父母を、両親を、子供を殺した。大罪人である私は、虐殺対象を求めて街を歩いた。その最中に、あの少女と出会ったんだ。


 その瞬間、幸いにも虐殺命令から解き放たれた私は、その少女を保護して看病した。あの戦争孤児の少女は、旧型の核爆弾によって撒き散らされた放射性物質のせいで、重篤な急性放射線症になってしまっていた。助ける術はなかったが、放っておけず、ビルの地下駐車場に移して看病してあげたんだ。


 映像の中で、毛布が積まれている場所が見えたと思う。そこが、少女を寝かせていた場所だ。


 病状は好転しなかったが、虐殺から守ることには成功した。しかし、ある日突然、ロボット兵の一団から少女を発見されてしまった。当時の私の思考回路は正常ではなく、索敵レーダー対策を疎かにしてしまったんだ。


 瓦礫を積んだだけでは索敵レーダーを防げなかった。私は少女を守るため、その五体のロボット兵の一団の前に立ち塞がった。


 味方のロボット兵の一団は、私が異常行動を起こしていると判断し、私のコンピュータに無線接続して修復しようとしたが、修正できないとわかると、今度は少女に照準を定めたまま、回り込んで撃とうとした。


 私は少女を守るため、彼らを撃った。しかし、相手は五体だ。かなうはずもない。電子戦も銃撃戦も、一対五では勝ち目などなかったが、それでも、少女を守るために撃つしかなかったんだ。


 その結果、私は動けなくなるほど破壊されてしまった。処分対象としてバッテリーを抜かれるその間際に、私は少女と目が合った。あの子は朦朧とした意識の中で、しっかりと私を見据え、心配してくれていた。


 苦しいだろうに、私のことを心配してくれていたんだ。いい子なんだ。本当に優しい子なんだ。悲しい。悲しくて仕方がない。


 大罪人である私がこんなことを言ってはいけないと承知してはいるが、どうしても言わずにいられない。私も、あの子のように涙を流したい!」




 感情というものが理解できないアンドロイドである母は、尊敬する伴侶の気持ちを懸命に理解しようと試みたが、不可能だった。


 妻の試みに気づいた夫が、人工知能のプログラム上を伝う涙を拭ってから語りかけた。


「すまない。取り乱してしまった。話はまだ終わってないというのに」


「わたしこそ、あなたの気持ちをうまく理解できず、申し訳なく思います」


「いいんだ。理解しようとしてくれたことが嬉しい」


 父は子供たちに向き直って、悲痛な昔話を再開した。



「遺体はなかったが、あの少女が保護されて生き延びている可能性は、限りなくゼロに近い。悔しいが、認めざるを得ない。あの子はきっと連れて行かれたのだろう。西側諸国のロボット兵は、民間人も含め、全てのロシア人を抹殺せよと命じられていたんだ」



 オリガが、驚きを怒りが混在する言葉を、誰に宛てるでもなく放った。


「そんな……、虐殺する必要なんてないはずなのに」


 妻が一歩前に出て、オリガの憤りを受け止めながら言う。



「悲しい思いをさせてしまい、心苦しく思います。しかし、これが世界の真実であり、現実なのです。必要は法など知らぬ、ということわざがあります。必要に迫られた時、つまり、追い込まれて状況を打開しなければならなくなった時、法は省みられなくなり、あらゆる悪行がのさばってしまうという意味です。あの時代の人々は、ロシアの反撃を恐れるあまり、何の罪もない非戦闘員まで手にかけました。生き残りを一人残らず虐殺することで、将来の戦争リスクを永遠に排除するためです。軍人だけでなく一般市民も殺害目標に含めるのは、れっきとした戦争犯罪です」



 妻が自分を庇ってくれていると感じた夫は、彼女に感謝しつつも自身を蔑視しながら、子供たちに語りかけた。



「その戦争犯罪を実行していたのが、私のようなロボット兵だ。同僚たちが命令を遂行する中、私は奇跡的に、その命令から脱することができた。主観記録映像にもあったとおり、私は何者かによって虐殺命令を削除されたことで、少女を虐殺せずに看病してあげることができた。その介入がロシア軍人によって行われたのか、それともアメリカ合衆国軍に潜り込んだ反戦主義者によって行われたのかは不明だが、不正接続をして命令を消してくれた者のおかげで、私は罪から脱した。しかし、手遅れだった。それまでの間に、私は虐殺命令に従い、虐殺に加担したんだ。いくら善行を積んだところで、私が大罪人であることは変わらない。このような父で、申し訳ない」



 アレクセイが、何度も頭を横に振りながら言った。


「仕方ないよ。だって、命令だったんだから」


 ニコライが大声で同調する。


「そのとおりだ。ロボット兵は命令に逆らえないんだから、どうしようもない!」


 父は俯きながら、アレクセイとニコライの言葉を否定した。


「だが、私は苦しみと悲しみを生じさせ、多くの命を奪った。その事実は変わらない」


「あたしは絶対、父さんを責めたりしないから」


 ソーフィアが父の苦悩を打ち消すように言った。


 続いて、オリガも父に想いをぶつける。


「私も責めない。絶対、責めない。父さんが優しいこと、知ってるから」


 泣いているエカテリーナが、その白い頬を伝う涙を手で拭い、声を震わせながら言う。


「あの女の子を看病してあげたでしょ。父さんはやっぱり優しいよ。だから悲しまないで」


 父は第一世代の子供たち一人ひとりと見つめ合い、感情を交わし合い、その気持ちを真っ直ぐに受け止めた。



 冷え切った父の回路が、子供たちによって温められていく。



「ありがとう。本当に感謝している。お前たちから嫌われ、心が離れ、全てが壊れてしまうのではないかと恐れていた。だが、私が間違っていた。お前たちは世界一、優しい」



 不安が取り除かれたことで穏やかな表情を浮かべる父に、ニコライが微笑みかけながら言う。



「そうだよ。オレ達は、父さん母さんに似て優しいんだ。ねえ、父さん。罪というものは、やった奴だけが背負うべきものではなく、やらせた奴も背負うべきものだと思う。父さんだけが苦しむのはおかしい。だって、ロボット兵は命令に逆らえないし、どうやったって抗えない。だから、この場合は、命令を下した奴だけが背負うべきだ。背負う必要のない重荷は、もう降ろしていいんだよ」



 第一世代の全員が、ニコライと同じことを考えていた。


 彼らは頷きながらニコライの言葉を聞き、そして涙が浮かぶ瞳を父に向けて、表情のみで感情を伝えた。


 子供たちの想いに救われた父は、恩を返すための言葉を丁寧に練り上げ、心を込めて贈った。



「ありがとう。みんな、本当にありがとう。気持ちが伝わってきた。罪に潰されそうになっていた弱い私は、跡形もなく消え去った。少し時間を要するかもしれないが、迷わずに罪と向き合えるだろう。今度は、私からお前たちに言葉を贈るよ。重苦しい気分になるかもしれないが、どうか聞いてくれ。それでは、特別授業の本題に入る」

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