第六章 2
午前九時。子供たちに真実を話すための特別授業が開かれた。
「今日は特別授業を行います」
母は、第二教室にいる弟妹に立体映像で遠隔教育を施しながら、第一世代に向かって授業開始の挨拶をした。
その言葉によって、第一世代は十五歳の誕生日のことを回想した。真実を知った時に感じた、強烈な苦味が甦る。
これから伝えられる真実が子供たちの心に過度な衝撃を与えないよう、母が静かに、深く、柔らかに語り始めた。
「真実は目に痛い、というロシアのことわざがあります。これから父さんが話す歴史の真実は、あなた達にとって非常に衝撃的なものとなるでしょう。語るべきかどうか悩みましたが、わたし達は決断しました。あなた達に真実を教えます。真実を知らないということは、虚像の世界を生きることと同義です。虚像の世界から、何を学べましょうか。何を作り出せましょうか。あなた達には、曖昧な生き方をしてほしくはありません。甘い嘘より、苦い真実のほうが尊い、ということわざもあります。どれほど目が痛かろうが、直視してください。どれほど口に苦かろうが、飲み下してください。いいですね?」
「はい、母さん」
第一世代の六人は表情を強張らせながらも、いつも授業中にしているような返事をした。
母は満足そうに頷くと、右隣に立つ父と目配せをして一歩下がった。
今度は父が、若干の緊張を表しながら語り出す。
「まず、母さんが私を回収した際の記録映像を観てほしい。今、送信する」
母の視覚センサーによって記録された主観記録映像が子供たちの脳神経インプラントに送信され、その情報が視覚野に展開される。
子供たちは全神経を注ぎ、脳内で再生されたその映像を視聴し始めた。
微かな音もしない暗闇。
その漆黒に、小さな光が生じる。
その光は、妻が操る小型の静穏掘削機によって徐々に大きくなっていき、やがて頭部が通り抜けるくらいにまで広がった。
母は聴覚センサーを駆使して誰もいないことを最終確認すると、穴から頭を出して、辺りを見回した。
等間隔に円柱が並び、遠くには車両が並んでいる。その柱の太さから察するに、高層ビルの地下駐車場のようだ。
その場所は明るく見えるが、それは母が映像補正をしたからで、実際は真っ暗だ。
母は穴から這い出て、地下を歩き回り始めた。
地下駐車場の入り口は瓦礫でほとんど塞がれていて、人ひとりが通れるくらいの穴があるのが見える。
外は闇に包まれているらしく、その穴から光は差していない。
突然、歩き回っていた母の動作が停止した。
視覚センサーの中心には、埃を被ったロボット兵が横たわっている。父だ。
その五メートルほど先には、かき集められたものと思われる沢山の毛布が、無造作に積み置かれている。
母が父の機体に歩み寄って抱え上げたところで、映像が終了した。
未だかつて経験したことのない沈黙が、教室を支配していた。その映像は、戦後の地上を映したものだったからだ。
建物内とはいえ、子供たちにとっては非常に衝撃的な映像だった。
父が地上に横たわっていて、それを母が回収したという事実に、第一世代の六人は驚きを隠せずにいる。
重苦しく粘るような沈黙は、第一世代の思考までも絡め取り、重く圧し掛かって離れなかった。
それは、両親も同じだった。これから彼らは、さらに衝撃的な真実を明かさなければならないからだ。
父は、より良い未来のために勇気を奮い立たせ、できれば知られたくはなかった秘密を解き放つため、静かに語り出した。
「いま観てもらったのは、母さんが地上にある建物の地下施設に出向いて、機能停止状態の私を回収したときの映像だ。次に、私が地下駐車場で機能停止するまでを撮影した記録映像を観てもらう。通常であれば、機密に該当する記録は作戦終了後に削除されるんだが、私は作戦行動中に破壊されて捨て置かれたため、普段なら消されてしまうような作戦映像が、そのまま残存したんだ。では、私が撮影した主観記録映像を送信する。どうか、どうか、私から離れないでくれ」
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