第五章 8
育児日記。二二五二年、九月二十八日。午後十一時。
今日から、子供たちは新たな段階へと進んだ。
十六歳となった第一世代は旧ロシアでいうところの中等教育に移行し、六歳となった第二世代は初等教育を開始した。
第二世代のパーヴェルは、やっと学校で勉強できると喜び勇んで、はじめての授業に臨んでいた。勉学が大好きらしい。
サッカーが好きなヴィクトルは退屈そうに算数の授業を受けていたが、体育の授業を受けてから、やっと学校のシステムに慣れ始めた。
タチヤーナは勉学も運動も終始楽しそうに取り組み、文武両道の才覚を感じさせてくれる。
マリーヤはおとなしい性格だが、意外なことに体育の授業を楽しんでいた。体を動かすのが好きらしい。
ヴァシーリーは賑やかな子だが、兄弟姉妹の中で一番の集中力を見せていた。好奇心が強くてよろしい。
エレーナは映画好きで、撮影機器で教室の風景を撮っていた。
個性的な兄姉を持ったせいか、第二世代は自意識の成長が早いように感じられる。
第一世代はと言うと、オリガがベロボーグ計画に関する合議の無期限延期を宣言してから、それぞれの思想をより適切に伝えるため、ひたすら勉学に励んでいる。
アレクセイは、ニコライの気持ちを理解するために戦争史を学ぶようになり、ニコライは行動科学を勉強し始めた。
オリガは、相変わらず政治についての学習を継続している。
ソーフィアは工学全般を学ぶようになり、マラートは分野を問わず補習をするようになっただけでなく、水彩画を経て、いよいよ油絵に挑戦するようになった。
エカテリーナは植物と動物に関する知識を深めるようになり、たまにソーフィアやマラートと一緒に映画鑑賞をして息抜きをしている。
合議の無期限延期は、よい結果を齎しているようだ。
アレクセイとニコライが口論をする頻度は格段に少なくなったし、合議期間中の食卓に漂っていた緊張感も、綺麗さっぱり消え去った。
いずれ再開される合議では、理性的な話し合いを行われるようになり、過度な対立は発生しなくなるだろう。彼らはどんどん成長しているのだから。
最近、大きな変化があった。
ニコライは、おねだりという名の命令を母に下し、医務室の片隅にヴァーチャルフィールド送信機を設置させた。
彼はしばしば医務室を訪れ、隣にある軟質ベッドに体を沈ませてヴァーチャルフィールド送信機に接続し、仮想空間で戦闘訓練を受けている。万が一に備えてのことらしい。
そして何故か、アレクセイも彼と組んで戦闘訓練を受けるようになった。
恐らく、戦争を疑似体験しながらニコライを説得しようとしているのだろう。
ヴァーチャルフィールド送信機は、作り上げた仮想空間情報を脳神経インプラントに送信し、その情報を脳内へと行き渡らせ、設定したとおりの環境を疑似体験させる技術だ。
つまり、この機械は脳神経インプラントに負荷をかけてしまう。私はそれが心配でならないのだが、妻が言うには問題ないそうだ。
ああ、マラートの芸術活動に関連して、より詳しく書き残しておかなければならないことがあった。
彼は七年前に与えた水彩画で腕を磨き、先ほど触れたとおり、最近は家族の油絵を描いている。今は、ソーフィアにモデルにして描いているようだ。
第三リビングで行われた会話が印象的だったので、記録しておく。
「マーリャ、ここで色を塗るの?」
「うん。じゃあ、その椅子に座って」
「ねえ、この
「そうだよ。僕は愛してるんだ、その、絵の具を溶かすための画溶液の匂いをね」
「あたしは苦手な臭いだなあ。鼻腔が油まみれになるような感じがする」
「ああ、そうだね、確かにそんな感じがして嫌だね」
「ねえ、なんで意見を変えるの?」
「いや、言われてみればそうだと思って」
「そういう所だよ、マーリャ。自分の意見は突き通さなきゃダメ」
「ごめん」
「謝れって言ってるんじゃないの。みんな好き嫌いがあるんだから、意見が違って当然。意見が違っても気にしちゃダメって言ってるの。意志を強く持って、自分を誇って楽しく行こうよ。ね?」
「……うん、そうだね」
このような何気ない会話だったのだが、意見と意志という言葉に強く興味を引かれた。
彼らの合議には遠慮があり、それが
ニコライは、自分の意志が届かないことだけでなく、真っ直ぐに向き合って話そうとしない兄弟姉妹の姿勢にも憤っていたのではないだろうか。
遠慮せずに腹を割って話し合えば、有意義な合議が行えるかもしれない。彼らが、強い意志を持って意見を言い合える日が来ればいいのだが。
第一世代の六人は、思い思いの知識を探求している。彼らが強い意志を持って、穏やかに意見を言い合える日が来ることを願ってやまない。
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