第五章 6

 翌日から、オリガは政治というものをより深く学ぶことにした。授業で習うよりも、綿密に。


 彼女は、自分たちのような素人の合議には、古代国家の民会を参考にするのが最も好ましいのではと考え、それを集中的に学習した。


 資料は充実しているとは言い難かったが、十五歳の未熟な議長にとっては充分に役立った。


 大事なのは仕切ることではなく、聞くことだ。彼女はそう学び取り、次回の合議を待った。




 初めて合議を開いた日から、一週間後。


「あんたの気持ちはわかるの、コーリャ。でも、だからと言って武装することが正しいとは思えない。怯える必要はないと思うの」


 ソーフィアがニコライの説得を試みると、彼は声を荒らげて言い返した。


「違う、オレは怯えてなんかない!」


 円卓の上を歩いていた雄猫のラードゥガが素早く臨戦態勢に移行し、吠えたニコライを睨む。


 ソーフィアも負けじと、ショートヘアの毛先を揺らしながら声を張って反論した。


「武器を取るというのは、つまり、そういうことでしょ?」


 熱を帯びすぎた討論を落ち着かせるため、議長役であるオリガが声を張り、ソーフィアをたしなめる。


「待って、ソーニャ。コーリャの話を最後まで聞いて」


 ソーフィアは口を閉じ、不満そうな表情を浮かべながらニコライを見て、彼の言い分を聞く姿勢を整えた。


 ニコライもオリガのおかげで冷静さを取り戻し、丸刈りの頭をひと撫でしつつ深呼吸をしてから、穏やかに語り始めた。



「オレは皆を守るために、そう主張してるんだ。暴力なんか御免だ。争う気なんか少しもないんだよ。でも、向こうはオレ達の存在を許さないかもしれないじゃないか。オレ達は、外の世界の人々のことを何も知らない。だから、何の備えもなしに出て行くのは危険だと言ってるんだ。あくまでも防衛のためだ。みんなを守るためなんだよ。向こうが何もしなければ、オレは武器を使わない。皆だって、戦争映像を観ただろ。危険から守りたいと思うのは当然じゃないか」



 オリガによる仕切りのおかげで、ニコライは今までうまく言えなかった兄弟姉妹への思いやりを示すことができた。


 それにより、兄弟姉妹の心情にも変化が生じた。


 高圧的だったソーフィアが、一転して穏やかに反論する。


「わかるよ。わかるけどさ、あたし達が武器を持つこと自体に問題があるとは思わない?」


「思わない。当然の権利だ。これは止むを得ないことなんだよ」


 わずかに気が立ったニコライに、今度はアレクセイが反論し始めた。



「でもさ、相手は武器を見て怯えるかもしれないだろ。俺たちを脅威だと判断し、敵視するようになるかもしれない。俺たちはそれを恐れてるんだよ。だから、俺たちが丸腰であることを見せて、争う気はないと示すんだ。こっちは丸腰なんだから仲良くしようって、命を懸けて示さなきゃ」



「それで済むと思うか?」


「それは……」


 口ごもるアレクセイに、ニコライが畳み掛けるようにして主張を展開する。



「結局そうなんだよ、アリョーシャ。怯え合うことは避けられない。お互いが恐怖し合う運命なんだ。だから武装が必要だと言ってるんだよ。対立国は、オレ達の祖国に核爆弾を撃ち込み、全てを焼き払った。その地中から滅亡したはずのロシア人が現れたら、どう思うだろうな。そこが問題なんだ。向こうが抱いていた罪悪感は、一息で恐怖へと変わるぞ。オレ達から復讐されると考え、対話する前に、顔を真っ青にして銃を撃つかもしれない」



 熱くなりすぎているニコライを、議長役のオリガが制止する。


「今度はアレクセイの話を聞いてみましょうよ。まだ反論してないし」


 発言を促されたアレクセイだったが、話がまとまっておらず、少し待ってほしいと目配せをした。


 ここで、今まで黙っていた籠城派のエカテリーナが突如、口を開く。


「地上の人たちがどう思うかわからないけど、わたし達が現れたら、きっと驚くと思う。コーリャの言うとおり、戦争の続きを始めるかもしれない」


 思わぬ援護を受けたニコライは、驚きつつもエカテリーナに感謝の眼差しを向け、それから兄弟姉妹の説得を試みた。



「カーチャの言うとおりなんだ。人間というのは、復讐を恐れる生き物なんだ。やったら、やられる。遺伝子にそう刻まれているんだ。残念ながら、オレ達の祖国は核爆弾を撃ち込まれてしまった。だからオレ達は、復讐する権利を持ってしまったんだよ」



「権利をってしまった《・・・・・・》?」



 議長役に徹していたオリガが、思わず聞き返した。


 ニコライは大きく頷いてから、何故そのような言い回しをしたのかを説明した。



「そうだよ。権利を持ってしまったからこそ、向こうはより強く復讐される危険性を意識し、オレ達のことを過剰に恐れてしまうんだ。実際に、オレ達が地上の人々の前に現れたら、恐慌をきたす奴らがきっと現れるだろう。だから、オレは備えたいんだ。オレだって武器なんか持ちたくない。でも、命を守るためには持たざるを得ないんだ。オレは守りたいんだよ、みんなの命を」



 籠城派のマラートが、恐る恐るニコライに問う。


「わかるよ。わかるけど、どうしても武装しなきゃ駄目なの?」


「ああ、駄目だ。現実は甘くないんだ」


「武装が誤解を生むかもしれないのに?」


「命には代えられない。こちらに敵愾心がなくても、向こうが敵愾心を持っていた場合は戦闘状態になり得るんだよ」


「コーリャは、籠城するつもりはないの?」


「誤解しないでほしい。オレは外に出たいと思ってるんだ。外を恐れてるわけじゃない」


「そうか、そうだよね。ごめん」


 しゅんと下を向くマラートから目を逸らして、ニコライが主張を締める。


「オレは、皆の安全のために言ってるんだ。続きはまた今度にしよう。オレの主張を持ち帰って、考えてみてくれ」




 合議を強制的に終了させたニコライは、ひとり自室へと戻っていった。


 オリガは、ニコライの背中を眺めながら今日の合議を回想する中で、彼が人心の揺らぎに精通しているらしいことに気づいた。


 彼も自分と同じように独自に学習し、戦争についての知識を深めていると確信した彼女は、彼の知識が合議によって伝播して相互理解が深まることを期待しながら席を立ち、これまでよりもやや軽い足取りで円卓を後にした。




 翌日の合議は、地上に我々を敵視する人間がいない場合を想定して行われた。


 同じ議題を取り上げていては、いつまで経っても進展が見込めないからだ。


 しかし、その狙いは機能しなかった。


 ニコライは円卓に両手を突いて起立して、アレクセイの発言に意見した。



「常に最悪の事態を想像しろよ、アリョーシャ。外にはロボット兵がいるはずだ。もし巡回をしていなくても、国境付近には間違いなく駐在してるだろう。そのままでは、外の人たちとは会えない。だから、武器は必須なんだ。任務遂行中のロボット兵に、話は通じない。戦うしかない」



「大戦の終結から、もう四十年以上も経ってるんだ。巡回なんかしていないよ。みんな平和に暮らしてるはずだよ。争う理由だって、もうないよ」



「違う。理由はまだあるんだ。オレは歴史から学んだ。歴史が教えてくれた。戦争によって生じた傷は、そう簡単には癒えない。だから何度も繰り返されるんだ。地上の人たちが平和に暮らしているとしても、安心はできない」



 議長役のオリガはニコライに同調しながらも、ささやかに彼をなだめる。



「私も、歴史から教えてもらってる。コーリャの言うこともわかる。でも、歴史は戦争を避ける方法だって教えてくれると思うよ。歴史上の国家や人物が選択しなかった平和的手段を模索しましょう。疑う気持ちを払拭する方法は、きっとある。探しましょう?」



「そんなの、オレ達に見つけられるだろうか」



「勉強すればいいの。今は、地上に出てからどうやって他国民と接触をするかを考えましょ。議論を進ませて、未来の話をしなくちゃ。さあ、座って」



 そう言う議長に従ってニコライは着席し、気を新たにして今日の議題に望んだのだが、やはり合議は順調にはいかなかった。


 他国民と接触した際に起こりうる対立や武力行使について、ニコライが我慢できずに物申したからだ。


 地上への旅立ちは不確定要素との遭遇の連続であり、討論によって道筋を立てることは困難だった。


 円卓での合議は机上の空論に終止し、意見が一致したのは、ベロボーグ計画の最終段階を実行しないという一点のみだった。


 合議を重ねれば重ねるほど、第一世代の六人の間に生じた溝は深くなっていく。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る