第五章 2

 教室に入った両親は、二体揃って教壇に立った。


 いつもと違って前後に分かれないまま授業を始めようとする両親に戸惑う第一世代に向かって、母が声高に宣言した。


「本日は、特別授業を行います。シェルター、地上、そして、あなた達に関する情報を全て明かします」



 戸惑いを見せていた子供たちの顔が、にわかに神妙さを纏う。



 母に続いて、その右に立っている父が発言を開始した。


「早速、本題に入る。心して聞くように。じつは、お前たちに教えていない歴史がある。今から、それを全て開示する。少し長くなると思うから、集中を切らすな。妻よ、頼む」


 妻は管理者権限を行使して閲覧制限を解き、子供たちの健全な育成のために隠していた映像記録を再生した。




 教室の前方にある巨大なディスプレイに、あらゆる国で勃発した戦争を記録した書物、絵画、写真、映像が、妻によって書かれた兵器解説文と共に表示されていく。


 現代に近づくごとに記録媒体が進化し、文字、絵画、挿絵と移り変わっていき、戦地の一瞬を切り取った写真、その一瞬が連なって作られた動画、そして最後には、まるで戦地にいるような錯覚を起こさせる立体記録映像へと移行していった。


 立体記録映像によって描き出された戦場の狂気が、教室を支配した。


 子供たちの目の前を、父によく似たロボット兵が駆け抜け、その横で銃を撃つ名もなき人間兵が敵の銃弾に倒れ、その亡骸の上に輸送ヘリが墜落する。


 子供たちは恐怖と驚愕が入り混じる瞳で、その立体記録映像を見つめていた。


 彼らは両親から、地上に出られないのは国と国が喧嘩をしたからだと聞かされていたのだが、立体記録映像で目の当たりにした戦争という行為は、彼らが知る喧嘩の範疇を逸脱していた。


 しかし、彼らは激しく動揺しながらも恐慌をきたすことなく事実を見据え、得られた情報を統合して分析をしているようだった。


 父は、さすが精鋭の子だと感心しながら、精神への影響が最小限に留められていることを確信し、深く、深く、安堵した。




 冷静に現実を受け止めつつも戸惑いを隠せずにいる第一世代のために、母が解説する。


「戦争とは、国の利益を守るために他国と戦い、民の命を奪い合うことを指す行為です」


 そう言うと、母はディスプレイに殺害という言葉の意味を映し出した。



 殺害とは、他の生物を、何らかの方法によって死に至らしめる行為である。



「この殺害という行為の最たるものが、戦争です。ロシア連邦も、国土や利益を守るために戦争を繰り返してきました。そして、今から四十二年前の二二〇九年、五月八日。ロシア連邦は、中華人民共和国が引き起こしたと思われる核戦争に巻き込まれて滅亡しました。滅亡する寸前、マリーニン・ユーリ・ドミトリエヴィチ大統領は、歴代大統領によって秘密裏に準備されていたベロボーグ計画を発動しました。詳しい経緯と内容は、これから送信するベロボーグ計画書に添付するので、各自確認してください」



 何の情緒もなく歴史を語った母が、第一世代の六人の脳神経インプラントにベロボーグ計画書と履行記録を送信した。情報を受け取った脳神経インプラントが、計画書の冒頭に記された概要を子供たちの視覚野に送り、目の前に文字を浮かび上がらせる。




 ベロボーグ計画とは、ロシア人の血が絶えるのを防ぐために発案された秘密計画である。


 この計画は、歴代大統領のみに継承される。


 継承された大統領は、地下二十キロメートルに建造されたシェルターに資材と情報と遺伝子を保存し、いつ危機が迫っても問題ないように万全の状態を維持して、有事に備えること。


 祖国が滅亡の危機に瀕した際は、先代から教えられた手順に沿って計画を発動すること。


 発動後、配属されているアンドロイドは、上陸していると思われる敵兵に感づかれぬよう、二十五年の休眠期間を経てから新たなロシア人を生産し、シェルターの拡張と技術開発を実行しながら、周密精到な教育を施すこと。


 最終的には、強大な戦力を有した大軍を率いて地上に帰還し、敵を殲滅して祖国を再興すること。以下に、具体的な手順と解説を記す。




 最後の行を読んだ子供たちは、心の底から震え上がった。


 新たに生産したロシア人、つまり自分たちが地上の敵を殲滅し、ロシア連邦を再興するのが最終目的だと書いてあったからだ。


 ほぼ同時に読み終えた子供たちの中で最も早く言葉を発したのは、最前席に座っているアレクセイだった。


「これが、俺たちが生まれた理由……。俺たちに戦争をしろって言うの?」


 父が間髪入れずに否定する。


「違う。それを避けるために、この計画の詳細を明かしたんだ。私がこの計画を知ったのは、五年前のことだ。お前たちを戦争に行かせないために、私が母さんを説得したんだ。その結果、この計画書の管理者権限をお前たちに移譲することになった」


 突然、ニコライが席から立ち上がり、睨みに酷似した真剣な眼差しを向けながら言った。


「父さん、その経緯を詳しく教えてほしい」


 父は頷いて、五年前に行われた妻とのやりとりを詳しく説明し始めた。




 母はベロボーグ計画を忠実に履行する管理者だったが、子供たちが生まれたことで、ロシア連邦のアンドロイドにプログラムされている根本的最優先事項であるロシア人の保護命令が任務遂行順位の一位となり、ベロボーグ計画の順位が二位に下がった。


 それにより、母は子供たちを戦争に行かせないために行動できるようになったのだが、彼女がベロボーグ計画の管理者であることは変わらないので、計画を破棄することは不可能だった。


 そこで、ベロボーグ計画を止める策を練った結果、計画の管理者権限を子供たちに移譲することで計画から手を引けるようになることが判明し、そして今、全てを明かし、全てを託そうとしていることを伝えた。




 父は、ベロボーグ計画に固執していた母を懸命に説得した事実は伏せておいた。それを明かしてしまうと、母に対して不信感を抱いてしまう恐れがあったからだ。


 それと同様の目的で、自分がアメリカ合衆国所属のロボット兵であったことも伏せておいた。


 止むを得ない嘘も含まれてはいたが、父は詳細に説明し、子供たちはそれを心の奥深くで受け止めた。


 子供たちは計画内容を的確に分析し、現実を受け入れたようだった。

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