第五章 戴冠

第五章 1

 二二五一年、五月八日。


 このシェルターの歴史上で、最も重要な日が到来した。


 今日は一家の祖国が滅亡した日であり、第一世代の十五回目の誕生日であると同時に、ベロボーグ計画の全容を開示し、その計画の管理者権限を移譲する日でもある。




 朝の食卓を囲んだあと、五歳となった第二世代を遊戯室に待機させた両親は、夫婦部屋に戻って最終打ち合わせを実行した。


 夫は、妻の任務優先順位が元通りになって、ベロボーグ計画遂行が最優先任務に返り咲いてしまうという最悪の事態が発生しなかったことに感謝しながら、今日の予定について語り始めた。


 夫は子供たちの精神が揺さぶられる回数を最小限に留めるため、ベロボーグ計画の全容を伝えるのと同時に、隠していた新生ロシア人向け教育用データも見せて、一日で全てを明かしてしまおうと提案し、妻はそれに賛同した。


 第一世代に全てを明かす特別授業を施し、ベロボーグ計画を開示し、そして管理者権限の移譲を実行している間、第二世代には第四階層の遊戯室でアニメを観ながら待機してもらう。




 父は、記念すべき瞬間を前に、子供たちと過ごした日々を回想した。




 みんな大きくなった。


 ソーフィアは、青みが強い灰色の瞳になり、首にかからない長さのブラウンのショートヘアを手櫛で整えている。昔から活発な子だ。奔放だが野蛮ではなく、誰よりも人懐っこい。私に感化されたのか、部屋を拡張する工事をしたがったので、彼女のために不必要な第七階層を掘削してあげたこともあった。その後、彼女は予想通りに映画館を作った。



 ニコライは、青い瞳にライトブラウンの髪をしていて、髪を伸ばすのは非合理的だからと言って丸刈りにしている。兄弟姉妹が髪型にこだわっているのに対し、彼は靴にこだわりを持っているようで、一際ひときわ目立つ赤い靴を愛用している。ロマノフ朝の頃に描かれた貴族の肖像画のような顔つきをしている彼は、とにかく好奇心が強く、何でも知りたがる。特に、外の世界について。幼い頃の腕白わんぱくさは、知識欲へと変換されたらしい。非常に勉強熱心だが運動も欠かさないという、文武両道を具現化したような男に育ってくれた。発言に説得力があるので、リーダーに向いていると思う。子供の頃に期待していた通りの成長を見せてくれる、親孝行な子だ。



 オリガは、青味が強い灰色の瞳をしていて、髪色はブラウンだ。前髪を作らずに肩甲骨のあたりまで伸ばしたワンレングスと呼ばれる髪型をしている。ファッションモデルの画像から抽出した頭髪データを使って散髪しているらしい。髪型は華やかだが、その視線は有能な政治家のように知的だ。観察眼が鋭く、しばしば調停役として兄弟姉妹間の紛争を解決している。リーダー気質というわけではないが、人の意見をよく聞き、その上で納得させて問題を解決するのが上手い。ロシア連邦最後の首相であるミハーイロフ氏と祖先が共通しているからだろう。道理で納得だ。良い意味で、昔から変わらない子だ。



 マラートは、青みが強い灰色の瞳をしており、ブラウンヘアを横に撫で付けて、長めの前髪を垂らしている。彼もまたモデルの画像から抽出した頭髪データを使っていると思われる。運動よりも読書を好み、とにかく研究熱心で、大きくなってからは母親に師事をして学者のようなことをしていて、優れた学者だった両親の血を感じさせる。その柔らかな視線は、何故だか綿花を連想させる。彼の穏やかさが、そう感じさせるのだろう。



 アレクセイは、ブラウンの瞳をしていて、緩やかに波打つ二十センチほどの濃いブラウンヘアを無造作に流している。歴史の授業で時折見かける軍人のように凛々しい顔をしている。仕事をよく手伝い、なんでもこなす。真面目だが積極性があるので、新しい遊びを考えるのは、いつもこの子だった。思いやりがあり、リーダー気質がある。融通が利く道徳家という印象だ。とにかく器用さが目立つ。体を動かす遊びが得意で、勉学にも優れ、社交性も抜群だ。必ずと言っていいほど、会話の中心にいる。面倒見のいい頼れる男だ。



 エカテリーナは色素が薄く、青い瞳をしている。髪色はライトブラウンで、前髪を作ったセミロングの髪型をしている。おとなしい性格だが、広い視野で物事を考えられる。たとえば、何か行動を起こす時に生じる弊害を分析し、兄弟姉妹に言って聞かせるのは彼女の役目だ。慎重であるが故に思慮深く、少し臆病だ。リーダー気質ではないが、補佐役として最も優秀だ。優しい子で、地上を花でいっぱいにしたいと語り、花を育てて種を採っている。もちろん、花だけでなく、猫のラードゥガの世話も欠かさない。



 みんなが頼もしく育ってくれたことを嬉しく思う。


 やることが山積している毎日だった。そして、それはこれからも続く。しかし、嫌ではない。心地よい多忙は、無機物の集合体である私にも、命というものを疑似体験させてくれる。


 だが、今日を境に、子供たちとの関係は変わるだろう。


 彼らはこれから出生の秘密を知り、自らに課せられた使命と向き合うのだ。運命と対峙したあと、彼らは私たちと、どのように付き合っていくのだろう。



「妻よ、特別授業へと向かおう」



 夫婦は機械らしく淡々とした足取りで教室へと向かったのだが、その足取りとは相反して、思考回路上では過剰なデータが縦横無尽に行き交っていた。

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