第四章 歓喜と自供

第四章 1

 二二四六年、五月八日。


 どれほど季節が移り変わろうとも、隔絶された環境で生活する機械と機械と子供たちには、一切関係のないことだった。


 彼らは、在りし日のロシア人が感じていた夏の爽快感も、秋の充足感も、冬の孤独感も、春の解放感も、何一つ知らない。



 そんな彼らにも、季節のような節目が訪れた。第二世代が誕生したのだ。



 アレニチェフ・ヴィクトル・ヴァシーリエヴィチ。男性。


 ゼレンコ・エレーナ・アンドレーエヴナ。女性。


 イヴァノワ・タチヤーナ・エフゲニエヴナ。女性。


 ロボフ・ヴァシーリー・ウスチーノヴィチ。男性。


 チチェーリン・パーヴェル・グリゴロヴィチ。男性。


 ジュマチェンコ・マリーヤ・アレクセーエヴナ。女性。



 六名全員、第一世代と同じく健康体だ。


 誕生から十二時間後。第二世代の疲労が取れたらしいことを確認した母は、授業を終えたばかりの第一世代を新生児保育室に連れてきて、弟妹ていまいたちと対面させた。


 アレクセイが、赤ん坊を驚かせないように小声で言う。


「うわあ、小さい」


 エカテリーナが赤ん坊を見つめながら、母親のようにまろやかな声で言った。



「すごく小さいし、すごくかわいい」



 手品を見せられたかのような驚きと感動が混在した笑顔を浮かべて、赤ん坊の寝顔を観察する兄姉けいしたちの様子を眺めながら、父はこの場にそぐわない神妙な顔つきで、静かに覚悟を決めていた。赤ん坊はどこから来たのか問われるだろうと予測したからだ。



 父は自身のコンピュータ上に存在する模擬実験場の中で、最も適切な回答を見つけるために試行錯誤して言葉を選びながら、第一世代と第二世代の触れ合いを見守った。


 父の備えは無駄となった。第一世代の六人は、質問をしてこなかったのだ。


 それから一週間が経っても、父が想像していたような、赤ん坊はどこから来たのかという質問をされることはなかった。


 父は不自然に思いながらも、子供たちがひどく混乱するような事態に陥らずに済んだことを素直に喜び、親子揃って育児に邁進した。




 十歳になった第一世代の六人は、積極的に第二世代の世話を手伝うのだが、満足な世話などできなかった。


 彼らは役に立たないどころか、哺乳瓶による授乳後のゲップのさせ方が下手なせいで吐き戻させてしまったり、育児練習用のおむつを履かせるのに失敗して漏らさせてしまって肌着を汚してしまうなどして、洗濯物を増やす一方だった。


 両親は自らの複製を検討しなければと冗談を言いながらも、引き続き第一世代に手伝いを頼み、彼らの成長を根気強くうながし続けた。




 第二世代の育児でどれほど忙しくなろうとも、第一世代の教育の質が低下することはなかった。授業と育児を同時進行できるからだ。


 リアルタイムで描写される両親の立体映像が、教室の大型ディスプレイを指し示しながら解説するという形式で行われ、従来どおりの授業が施された。


 子供たちは脳神経インプラントの通信機能を介して質問することが可能で、差し支えなく知識を伸ばすことができる。




 第一世代の子供たちは脳神経インプラントに内蔵された記憶媒体に授業映像を記録しながら、重要な説明や公式などをテキスト情報として書き込んで保存するという手法を使って、授業を受けるようになっていた。


 脳神経インプラントの電極が脳の大部分と繋がり始めたことで、未だ不完全ではあるが、ある程度の性能を発揮できるようになったのだ。


 そのおかげで、両親は第一世代の教育に手を焼くことが少なくなっていった。




 学習能力の向上は育児にも反映され、その手腕は見違えるほど上達し、たった二週間で頼もしい兄姉へと成長した。


 両親は想定していたほど多忙にはならず、加えて、第一世代が差し支えなく能力を伸ばし続けていることを受け、第一世代の教育計画と第二世代の育児が成功したと認定し、大いに喜んだ。


 その先に、計画の成否を分けると言っても過言ではないほど重要な岐路が待ち受けているとも知らずに。


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